47 「取引」
俺は目を閉じて記憶の閲覧という名の読書をしている。
片目を開けて窓から外を見ると日もとっぷりと暮れて月明かりに照らされた街が見えた。
特に目を引くものも無いので目を閉じようとすると外が騒がしくなってきた。
悲鳴や叫び声が増えて、走り回る人間の足音が響く。
耳を澄ますと…。
「火事だ!」
「またかよ!?今度はどこだ!」
おいおい。もう焼いたのか?
いくらなんでも早すぎるんじゃないか?
聞いてた手筈は屋敷の制圧、「主役」が坊ちゃんを痛めつける、最後に屋敷を燃やして〆。
あの様子だと痛めつける件で時間をかけるかとも思ったが…。
外を見た感じだとさっくりカタを付けたのだろう。
恨み辛みも、喉元過ぎれば…か?
まぁ、いいか。俺も溜飲が下がるし今後、煩わされる事もなくなった。
素晴らしい結果だ。
…いや、始末した…よな?
少し不安になった。
いくらなんでも早すぎるし、まさかとは思うがしくじった?
え?いや?マジか?いくらなんでもないだろう。
取り巻きや近くに居そうな駒は全てひっくり返したはずだ。
事前に調べさせて、十分に制圧できるどころか釣りが出る戦力を送った…はず。
うーむ。気になるな。見に行くか?
あ、「交信」すればいいじゃないか。
――おーい。聞こえるなら返事してくれ。
――あ、はい。何かあったっすか?
…あ、ポック生きてたか。
――随分早いけどどうなった?
――問題ないっす。片付きました。屋敷に居た連中も皆殺しにしたんで大丈夫っす。
――そんなにあっさり殺ったのか?
――……あぁ、あのクソガキっすか?そうっすね、手足を落として達磨にした後、あっさり首を飛ばしてました。
…本当にあっさりだったのか。
――証拠とかは大丈夫か?
――それも大丈夫っす。全員離れた後に屋敷を焼いたんで足は付いてないかと思うっす。預かったダミーも判別がつく程度に潰して置いておきました。
ま、無事終わったんならいいか。やる事もやっているみたいだし問題ないか。
――分かった。じゃあ、お前らは何人か残して手筈通りここを離れろ。
――うっす。えっとオラトリアムでしたっけ?
――あぁ、領主の館にファティマって女が居るからそいつの所で世話になれ。
――うっす。
言う事は言ったので交信を終える。さて、次はファティマか。
あー。あいつと話すの嫌だな。今まで何かと理由付けて、連絡しなかったしいい機会か。
ファティマに交信を飛ばす。
――ファティマ。起き…。
――はい!ロートフェルト様!あなたのファティマです!
うお。凄い速さで喰いついてきた。
何だかこいつキャラが壊れ始めて来たな。
――えーと。今大丈夫か?
――大丈夫です。大丈夫ではなくても大丈夫にします。
あ、そうですか。
――領地の方はどうだ?
――今の所、特にこれと言った問題はありません。
――そうか。では、本題に入るぞ。今はウィリードなんだが……。
――メドリームですか。あそこは色々ありますから茶葉か何かをお願いしますね。
おい。何さらっと土産を要求してるんだ。
暗に帰って来いってか?勘弁してくれ。
――何人か増やした。そっちに送るから面倒を見てくれ。
――………浮気ですか?止めろとは言いません。英雄色を好むと言いますが、せめて最初の子供は私に仕込んでくださいね?
俺は無視した。
――精々こき使ってやってくれ。
それだけ言って、強引に交信を切る。
付き合ってられねぇ…。
…やる事やって宿に戻るか。
街に残すと面倒な奴らはファティマに押し付けよう。
特に聖殿騎士の2人は捨てるには惜しい。装備も貴重品だしな。
ポックに預けたのは本人そっくりに加工した死体だ。
適当に損壊させて現場に残すように言っておいた。
街に残した連中は万が一、足が付いた時の尻尾切り用だ。
無事だった場合は連絡要員として街に置くつもりだが…まぁ保険だな。
…そろそろ戻って来る頃かな?
出入り口を見る。
音もなくドアが開き、黒い外套を着た男が入って来た。
「早かったな」
「小物過ぎて痛めつける価値すらありませんでしたな」
被ったフードを取る。
20代前半ぐらいの厳つい顔つきの素顔が現れた。
「爺さ…ってもう爺さんじゃないな」
「客人…いや、ロー殿。あなたには感謝しております」
若返った爺さん――トラストは跪く。
「あぁ。別に礼はいらない。これは取引だからな」
トラストは頷く。
「これで未練はなくなりました。息子達も安心して旅立てるでしょう」
俺はトラストの頭を掴みゆっくりと『根』を伸ばして耳から入る。
「最期に言い残す事はあるか?」
「ロー殿。この恩は死んでも忘れませんぞ」
「別に忘れてもいいぞ。結果的に見殺しにしたからな」
トラストは黙って首を振る。
「じゃあな」
魂を喰い尽す。
トラストの体が一瞬硬直して脱力。
「立て」
無言で立ち上がる。
「先行した連中に合流してオラトリアムへ向かえ。場所は分かるな」
俺は金の入った袋を投げて渡す。
「それで茶葉や菓子を買って「俺からだ」と言ってファティマに渡してくれ」
面倒をかける訳だしこれぐらいはいいだろう。トラストは頷いて音もなく家から出て行った。
俺は軽く息を吐く。
あの時、燃える宿から離れようとした所でトラストにまだ息がある事に気が付いた。
そのまま放置しても良かったが、いくつか試したい事があったので取引を持ち掛けたのだ。
試したい事は「元の自我を残したまま肉体の改造ができるか?」と言う物で、代償に復讐に手を貸してやる事と命を貰うと条件を付けたが迷わず了承。
取引成立後、俺は近くの死体を魔法で適当に潰してトラストの体があった場所にぶちまけた後、彼を連れてその場を離れ、適当な場所で改造を施す。
人体改造は自分の体で散々やったので慣れた物だ。
まずは記憶を読み取って、全盛期の肉体を再現。
次に筋力等の身体能力を大きく引き上げるように改造を施す。
最後に裏切った時の保険として脳に根の塊を寄生させて完了。
全身を弄ったので相当量の『根』を使ってしまったが、我ながら高いレベルでバランスの取れた仕上がりになった。ついでに得物も失っていたのでサービスで試作した武器をプレゼントして準備完了だ。
最初は戸惑っていたが、慣れていくにつれて獰猛な笑みを浮かべ始めた。
リベンジも兼ねて聖殿騎士にぶつけてみたが文字通り瞬殺だった。
後ろで見ていたが何をやったのか全く見えずに驚いたものだ。
一番の驚きは鉄壁の防御を誇るあの鎧を物ともせずに斬った所だろう。
あの妙な技はトラストが独自に編み出した技だとか…。
俺にも一応、使えはするだろうが使いこなせるかは怪しいな。
かなり独特な技だ。無意識だろうが魔力を使って効果を底上げしている。
つまりこいつは陣も無しに魔法に近い効果を発生させているって事だ。
これは凄い。使い方によっては色々と転用できそうだな。
…まぁ、その辺りはおいおいやっていくか。
俺もポックの家を後にする。
そろそろハイディも戻ってる頃かな?
火事の所為で激しく行き交う人をかき分けて宿に戻ると、ハイディが窓から外を眺めていた。
俺に気づくと「おかえり」と言ってベッドに座る。
「また火事みたいだね」
「そうだな」
燃えている場所も同じだしな。
「どこが燃えているか聞いてる?」
「聞いてないな」
知ってはいるが。
「あの領主の息子が建てた屋敷が燃えているらしいよ」
「そうか」
「……どう思う?」
…これはもしかして探りを入れられてるのか?
「まぁ、あちこちで恨み買ってるだろうし、火の1つも付けられるだろう」
当り障りのない事を言っておくか。
ハイディは俺の方をじっと見た後「そうだね」と言って立ち上がる。
「プレートの発行は済んだのかい?」
「あぁ、問題ない」
俺は新しくなったプレートを見せる。
「明日からは少し難易度の高いクエストを請けられるぞ」
「それは楽しみだね。何があるか分からないし気を抜かないで行こう」
その後、ハイディは昨日まで受けていたクエストの話を始めたので俺はその話に耳を傾けた。
夜は更けていく…。
日が昇り朝が来て、昨日の騒動も喧騒も収まり、街は元の活気を取り戻していた。
その騒動の現場も同様に落ち着いており、さっきまで忙しく動き回っていた国の騎士達も何やら話し合っている。
それを見ながら、あたし――グノーシス聖騎士見習いジョゼは今、聖堂騎士のクリステラ様の供回りでこの現場に来ていた。
少し離れた所にある焼け落ちた屋敷の跡地ではあたしと同じ聖騎士見習いのサリサが騎士と何やら話をしています。肩まで伸ばした髪がさらさらと風に揺られています。
本来、こういう事件は騎士が調べるのですが、この屋敷で聖殿騎士が護衛に入っていたと言う事で、あたし達が確認にきました。
隣のクリステラ様を見る。腰まで伸びた白っぽい色の長い髪と同性のあたしからみても凄い美人で、思わず見とれてしまいます。
あたしがそうしているとサリサが戻って来た。
「クリステラ様、戻りました」
「ご苦労様。どうでしたか?」
「はい!国の騎士と野次馬に聞き込みと遺体の確認をした所、ディラン、アレックス聖殿騎士本人でした」
それを聞いてクリステラ様の表情が悲し気に曇りました。
「そう…あの2人は…」
サリサも表情を曇らせる。
「はい。消火自体はすぐに済みましたが遺体の損傷が激しく、何とか本人と判別できましたが死因の特定は難しそうです」
よく見るとサリサの顔が青い。遺体はかなりひどい事になっていたみたいだ。
「他の遺体も同様の有様でした。特にトリップレット様は持ち物と着衣でしか…」
「そうですか…私は立場上、彼らが使命を果たせなかった事を責めねばならないのですが…今は死力を尽くして使命を全うした彼らの冥福を祈りましょう」
クリステラ様は祈るように目を閉じ、サリサも同じように目を閉じる。
あたしも同じように目を閉じた。
「…ではサリサ。続きをお願いします」
少しの間そうしているとクリステラ様が声をかけて下さいました。
サリサは小さく頷く。
「はい。騎士の話では夜に火の手があがり、気が付いた民の通報ですぐにメイジ達が駆け付けて消火しました。その後、焼け跡から死体を掘り出したそうです」
サリサは懐から手帳を取り出して開く。
「確認できた死体はディラン、アレックス両聖騎士、トリップレット様とその使用人と…その…愛妾…方
が死んでいました。死体は…大半が他と同様に徹底的に潰されていたので正確な人数も確認できていません」
手帳を捲る。
「野次馬から聞き取りをした所、火が付いた直後に何人かの男が離れたのを見た者が居ます」
「妙ですね」
クリステラ様が顎に手を当てて考える仕草をします。
「…妙ですか?」
思わず声が出ます。
「はい。まず確認したいのですが、ディランたちの装備は見つかりましたか?」
サラサは慌てて手帳を確認する。
「いえ、鎧の破片のような物はいくつか回収されましたが、大半はまだ見つかっておりません」
「…でしょうね。白の鎧はそう簡単には燃えません。つまりあの2人は殺された後、鎧をはぎ取られた可能性があります」
「死体を破壊する為では?」
「それは何故ですか?」
「……あそこまで惨い事をするぐらいです。恨んでいたのでは?」
「それはトリップレット様に対しての恨みであって彼らに対してではないでしょう」
サリサは「確かに」と呟いて押し黙りました。
「状況だけで考えるなら賊は何らかの方法で彼らを殺して鎧を奪ったと言う事になります」
「復讐に見せかけた強盗…ですか?でも、トリップレット様相手に強盗というのは…」
「はい。だから妙だと感じました。もしかしたら狙いは最初から白の鎧かもしれません」
サリサが顔色を変える。
「…という事は教団の敵対勢力?」
「私はそれを疑っています。事情も知りたいですし可能な限り生きて捕らえましょう」
「分かりました」
サリサが力強く頷いているので、あたしもうんうんと頷いておいた。
「では、私は犯人の足取りを追ってみます」
「私達はもう少し現場を調べてみます。頼みましたよサリサ。ジョゼは私と来なさい」
『はい』
あたし達はそれぞれ動き出した。




