473 「苦労」
別視点。
聖女が去った後、葛西 常行は肩の力を僅かに抜いた。
顔を晒さないのは気に入らないがそこはお互い様。
彼にとって聖女ハイデヴューネと言う女はまだ信用できる部類の人間だろうと考えていた。
少なくとも話はまともに聞いてくれるし、進んではいないが行動は起こしている。
その証拠に調査の進捗は包み隠さず報告してきている。 もしかしたら隠しているかとも最初は思ったが、この数か月の間に何度も足を運んで会話をすると何となくだが人物像は掴める。
何と言うか人の良さが滲み出ているので警戒するのが、馬鹿らしくなってきたぐらいだ。
これで全部嘘なら大した役者だが、その可能性は小さいと葛西は考えていた。
「取りあえず、六串さんと為谷さんはいいとして、北間ぁ……お前、そろそろいい加減にしろよ。 藤堂の奴が殺されちまったのは気の毒だとは思うが、いい加減に折り合いを付けろ。 あの聖女は藤堂が死んだ件には関係ないだろ?」
問題は北間で、彼はあの一件からずっとこの調子だ。
クリステラやエルマン相手ならまだ分からなくもないが、関係のない相手にもその態度は良くないと葛西は考えていた。
転生者は見た目が完全に人外なのでこの異なるとはいえ、人間が最大の勢力を誇る世界に自分達の居場所はそう多くない。 だから、自分達の有用性を示して権利を勝ち取らなければならないのだ。
葛西は思う。 転生者は確かに強い。
人間を遥かに凌駕する戦闘能力に身体能力。 スペックという点ではどれを取ってもそこらの魔物や人間では相手にならない。
それが複数いるのだ。 そうそう負ける事はないだろう。
だが、それがどうしたと言うのだ。 強いだけで無敵じゃない。
葛西は転生者という存在をそう定義していた。 藤堂は勿論、自分達の中で最も強かった加々良が死んだ事でその考えは顕著になった。
聞けば、加々良だけでなく香丸、六串、為谷の四人で仕掛けて返り討ち。
二人が殺されているのだ。 この世界には想像もつかないような強者が居るという事実は葛西の心に深い陰を落としていた。 だから、聖女の要求にも積極的に答えたし、訓練にも一層励んだ。
全ては帰る為、延いてはこの地獄のような世界から逃げ出す為に。
「……分かってる」
……だというのに周りにはその辺を理解せずに勝手な事ばかり。
北間の不貞腐れたような返事に分かってねぇだろと内心では苛つきながら何とか刺激しないように宥める。
もう、藤堂が死んでからそれなりに時間が経っている。 いい加減に切り替えろと言いたいと思っていたが努めて口には出さない。 葛西は別に藤堂の事を嫌ってはいなかったがそこまで仲が良かったわけでもない。
だからこそ簡単に切り替えられたのだが、北間にはそうでもなかったようだ。
気持ちは分からなくもないが、そろそろ立ち直ってこっちを手伝えと怒鳴りつけてやりたい気持ちでいっぱいだった。 その点、六串と為谷は実にドライで、切り替えも早かった。
二人も加々良の死に思う所があったのだがこの先、生きて行く為には切り替えが必要だと考えていた。
それに加々良の事は頼りにしていたが、あくまで仕事の上司という認識だったので、関係は精々知人止まりだった事もそれに拍車をかけている。
ただ……と葛西は二人を一瞥する。
確かに協力はしてくれるが自発的に動こうという気は余りないようだ。
それが彼にはとても不満だった。 本来なら年長者である六串に先頭に立って貰いたかったが、自分には無理だとごね始めたのでやむを得ずに前に出る事になったのでその点も気に入らない。
為谷もそうだが主体性がなさすぎる。
加々良が生きていた頃もそうだったが、葛西の二人に対する印象は金魚の糞だ。
引っ張ってくれる相手がいないと何もしない、できない手合い。
高校の時にこう言う奴がいたなと考えるが、頼る相手が居ないという事実は葛西の心を大きく蝕んでいた。 その為、彼は常にイライラしていた。
本音を言えば怒鳴り散らして暴れたい気分だったが、諦めて次へ向かう。
他の三人はいても居なくても変わらないので、簡単な予定などの擦り合わせを行って上階へ。
部屋を一つ一つ回って声をかける。
いい加減に訓練にだけでも参加しろと説得を試みているが、芳しくない。
一部屋目。
「おい! そろそろ訓練にだけでも参加してくれよ。 自分の食い扶持ぐらいは自分で稼げ!」
部屋の扉を強めにノックして声をかける。
「……あ……え? 何? ご飯?」
寝ぼけた声が返って来た。 もう昼前だぞ。いいご身分だな、ふざけんな。
二部屋目。
「あ? 訓練? いらねーだろそんなもん。 俺らはチート持ちの転生者だぜ。 ま、何かあったら手ぇ貸してやるから今はいいだろ? つまんねー用で声かけてんじゃねーよ」
調子の良い事を言っているがこいつは口だけで、何があっても言い訳して出てこないと半ば確信していた。
知ってるんだぞ、最初はチートチート俺最強Tueeeeeとイキっていたけど加々良にボコボコにされてから震え声でつまんねーつまんねーいって部屋に引っ込んで出て来ねーのは。 だからお前は雑魚なんだよと言ってやりたかったが、後が閊えているのでスルーした。
三部屋目。
…………。
反応がない。 いや、部屋の奥でもぞもぞと動く気配。
居留守かよ。 居るのは分かってるんだぞシカトしてんじゃねーよ。
四部屋目。
「いや、言っている事は分かってるんだけどね? 分かってるんだけどね? ちょっと待って欲しい。 こっちにも心の準備がね? ほら、分かるでしょ?」
お前、ここ一ヶ月ぐらい同じことしか言ってねーぞ。
もっとましな言い訳をしろよ。 決まった返事しかしない人工無能かお前は。
葛西はそんな調子で次々と部屋を回り――最後の一部屋へ辿り着いた。
「おい三波さん! そろそろ出てきてくれ! 落ち込むのは結構だが、いい加減にしろ。 こっちは手が足りねーんだよ」
いつもなら声だけかけて引き下がるのだが、今日の葛西は日頃の苛立ちと聖女からの催促もあって虫の居所が悪かった。
「入るぞ」
扉を開けて中に踏み込む。
彼女の部屋は最低限の家具だけしかない簡素な部屋だったが、照明は落とされており薄暗い。
部屋の片隅には脱ぎ捨てられた専用装備の全身鎧と長剣が雑に転がっていた。
当の本人は――いた。
ベッドの上で膝を抱えて座っている。 鎧を身に着けていないのでその姿が露わになっていた。
蛍に似た外見で専用装備の能力と併せてかなりの強さを誇っていたが、今では見る影もない。
「おい! 返事ぐらいしろよ。 ……というかせめて飯ぐらいは……」
葛西が声をかけるが三波の反応は薄い。
ぶつぶつと小さく何かを呟くだけだったので葛西は苛立ちを隠さずに近寄る。
「何言ってるか分かんねーよ。 はっきり喋れ」
耳を近づけると――
「もういい。 皆、嘘ばかり吐く。 正義なんてなかったんだ。 馬鹿々々しい」
三波はそればかりぶつぶつと壊れたレコードのように呟いていた。
「……はぁ……」
葛西は大きな溜息を吐いて思う。 駄目だこれは。
一応、早く立ち直るように言ってから大きく肩を落としてその場を後にした。
異邦人たちが一枚岩になる日は遠そうだ。
誤字報告いつもありがとうございます。




