469 「要請」
別視点。
枢機卿。
グノーシス教団の最高位に位置する立場で教団の舵取りを行う重要人物だと聞いている。
本来ならこのウルスラグナにも二名ほど居る筈だったのだが、両名とも死亡が確認されていた。
第八司教枢機卿 ジネヴラ・リアム・ユーゴ・ウェンティア。
城塞聖堂最奥にて守護に当たっていたが、クリステラさんとダーザインの構成員との戦闘で死亡した事が彼女からの証言で明らかになった。
第八司祭枢機卿 ペレルロ・ディレイ・ワースン・アリアラ。
事件当時、王城にいたという話だったが襲撃して来た正体不明の賊により国王と共に殺害されたと、奇跡的に生還した公官のルチャーノさんの証言で明らかになった。 両者とも死体は原型を留めていない有様だったので証言のみでの確認となっており、一部では本当に死んでいるのかと疑問符を浮かべる声もあったが……。
現在、僕――ハイディの居る場所は王都にあるアイオーン教団城塞聖堂最奥の大聖堂。
左右にはエイデンさんとリリーゼさんにクリステラさんとグレゴアさんの四名。
目の前には僕を訪ねて来た客が居る。
歳は三十前後ぐらいだろうか細身の体に優し気な顔つきではあるが疲労や心労の為か頬のこけた顔に、落ち着かないのか額から流れる汗を布で常に拭っていた。
「……まずは自己紹介を。 私はグノーシス教団第八助祭枢機卿 ワイアット・イーライ・レオ・マーベリックと申します。 聖女殿のお噂はかねがね……」
腰の低い態度で余り偉い人には見えないけど、彼はグノーシスで高い地位に付いていると聞く。
その後ろには彼が連れて来た聖堂騎士が三名。
一応、さっきこっそりクリステラさん達に知っている人かと聞いたけど全員見た事のない顔だと言っていた。
「ぼ――私はハイデヴューネ・ライン・アイオーン。 この教団の長を務めさせて頂いています」
僕がそう返すとマーベリック枢機卿の目が一瞬、細まり、後ろの聖堂騎士達の注目が集まった。
その後はクリステラさん達が順番に自己紹介をして、マーベリック枢機卿が連れている聖堂騎士達が順に名乗る。
一番大柄の男はアイザック・ジョン・オーエン聖堂騎士。
腰に大剣を佩いて手には巨大な大盾を持っていた。 一人だけ兜を被っており、寡黙なのか名乗ると小さく会釈してそれ以降は黙ったままだ。
もう一人の男はランドン・エズラ・リーガン聖堂騎士。
歳はマーベリック枢機卿と同じぐらいだろうか。 腰には剣と鎧の腕部分に小盾。
気になるのか視線がやたらと聖剣に注がれている。
最後の一人は若い女性で、リリアン・レア・ペネロペ聖堂騎士。
短く切りそろえた黒髪が特徴的で腰には小剣が二本。
視線は鋭く、さっきから僕を睨みつけている。
「挨拶が済んだ所で早速本題に入らせて頂きましょう。 まずは聖女様が新たに立ち上げたアイオーン教団。 実に見事な手腕で民の信頼を回復していっているとの事。 我々としては――」
「遮るようで申し訳ありませんが、我がアイオーン教団はグノーシス教団とはもはや無関係です。 我々は自分達の力で一からやり直すと決めているので、手出しは無用に願います」
先に言っておきたい事があったので、遮るように言葉を被せる。
治安が回復してから現れて何を言ってるんだと、目の前の者達に憤りを感じる。
今まで何の行動も起こさなかった者達を僕は一切信用しない。
「ぶ、無礼な! この方をどなたと――」
「聖女様も仰っていたではありませんか。 我々はグノーシスではありません。 その為、貴方方とは立ち位置は対等な筈です」
ペネロペ聖堂騎士が腰の小剣に手をかけながら気炎を上げようとしていたが、クリステラさんが即座に割り込み、同時に前に出る。
彼女も応じるようにそっと腰の剣に手を乗せる。 その視線には抜くなら受けて立つと暗に言っていた。
クリステラさんの無言の圧力にペネロペ聖堂騎士は気圧されたかのように僅かに後退る。
「ペネロペ聖堂騎士、下がりなさい。 ……失礼しました。 彼女はまだまだ未熟な点が多く、どうかご容赦願いたい」
「……っ!? 失礼……しました」
マーベリック枢機卿の言葉でペネロペ聖堂騎士が絞り出すようにそう言って、武器から手を放して戦闘態勢を解いた所で、クリステラさんも同様に剣から手を放す。
「……では話に戻りましょうか。 聖女ハイデヴューネ。 我々グノーシス教団はアイオーン教団に無理な恭順を求めていません。 あわよくばと考えている者がいることは否定しませんが」
僕は答えずに続きを促す。
そうしながら相手の思惑を考える。 一応、事前にエルマンさんから相手が言ってきそうな事とその際の返事に関しては打ち合わせておいたので、ある程度の要求には柔軟に対応できる……筈。
……だ、大丈夫だよね?
実を言うと割と緊張しているのでお願いだから想定範囲内での要求でありますようにと祈る。
こんな時は兜を被ってて良かったと心底思う。 きっと傍から見ても表情が強張っている事が分かるだろうからだ。
「今回、この場へ来たのは貴女とアイオーン教団に協力を頼みたい事があるのです」
……協力?
今一つ意図が分からなかった。
まさかとは思うけど、例の人体実験に関するの資料の引き上げ?
それにしては言い回しに引っかかる物を感じる。 協力? 一体何の……。
「話を始める前に聖女ハイデヴューネ。 貴女はバラルフラームという地をご存知ですか?」
……?
聞き覚えのない地名だ。 どこだろう?
分からなかったので振り返るとグレゴアさんがそっと教えてくれた。
「ユルシュル領の外れにある荒野で、辺獄の領域と呼ばれている辺獄種の多発地帯ですな」
辺獄の領域。
話には聞いた事があったけど相当危険な場所らしいとだけ知らされていた。
「……そのバラルフラームが何か?」
「あの地を攻めるのに御助力を願いたい」
「……攻める? それはユルシュルを攻めると言う事ですか?」
言っている意味が理解できなかったので思わずそう返す。
マーベリック枢機卿小さく首を振る。
「いえ、言葉通りの意味です。 あの地を攻める事に力を貸していただきたい」
「馬鹿な!? それは辺獄を攻めると言う事と同義だ! そんな無謀な真似に付き合えなどと良くも……」
声を上げたのはグレゴアさんだ。
確か彼は一度辺獄へ行って帰って来たと言っていたけど、話によれば相当過酷な場所だったらしい。
だからこその言葉だろう。
僕はそっと彼を手で制してマーベリック枢機卿を真っ直ぐに見つめる。
視線を受けて彼は静かに続きを話し始めた。
誤字報告いつもありがとうございます。




