466 「三巴」
六件目のレビューを頂きました。
本当にありがとうございます。 今後も頑張って行きますのでよろしくお願いします。
別視点。
……帰りてえ。
それが俺――エルマンの今抱いている偽らざる気持ちだ。
目の前には王子達、隣には聖女。
周囲には兜越しに白けた目で心を無にしている近衛騎士に死んだ目の公官達。
こんな異常な空間で俺は一体何をすればいいんだ?
いや、分かっているさ。 俺が来たくもない王城に近況報告を兼ねて定期的に足を運んでいる理由。
それはこいつ等の誰でもいいので王でも女王でもいいから名乗って欲しいと催促する為だ。
玉座が空席である以上、ユルシュルの領主が掲げている王になるという目的に正当性が生まれてしまう。
国が纏まるならそれでもいいような気もするが、奴を国王にするのは良くないと俺は考えている。
それは奴の今までのやり方だ。 ユルシュル領は周囲の領や敵対勢力を武力によって捻じ伏せて勢力を拡大してきた。
騎士国などと名乗っているが、やっている事は力で従えているだけなので将としては大器かもしれんが、王の器かと聞かれれば大きな疑問符が付く。
悪いが俺に言わせれば山賊と変わらん。 実際、色々と言ってはいるがやってる事は玉座の簒奪だ。
……まぁ、気持ちは分からんでもないか。
不慣れな感じで話す王子を見れば、こいつ等にこの国を任せるのは不安と考え、自分の方がマシじゃないかと思い上がる奴が現れるのも無理のない話だ。
もっとも、そんな簡単に王が務まるほど楽じゃないだろうがな。
咳払いと共に脇に控えていた公官が前に出る。
特等公官、ルチャーノ・ペルティ・パカーラだ。 先の事件で生き残った数少ない特等公官であり、国の立て直しに尽力している立役者と言って良いだろう。
「そちらが噂の聖女殿ですね。 出来れば兜を取って名乗って頂きたいのですが?」
「ハイデヴューネ・ライン・アイオーン。 アイオーン教団の長を務めさせて頂いています。 教団は聖剣の下に集いて人々を導く物、そして私は聖剣の担い手として身命を捧げた身。 無礼とは存じますがこの身は鞘、この聖剣こそが私自身。 その為、素顔を晒す事に意味はありません」
そう言ってすらりと聖剣を抜いて掲げると、水晶のような刃が荘厳とも言える輝きを放つ。
刃の輝きを見た者達はその神々しい光に呑まれたのか、おぉと驚いた声を上げる。
……まるで詐欺みたいな茶番だな。
ハイディが名乗ったのは聖女としての名だ。 ちなみにライン・アイオーンと言う名前は教団発足に伴い付け足した。
一応、冒険者ハイディとは別人と言う事になっている。
彼女自身の命を守る為でもあるので、素顔を知る者は最低限に留めており、今後も増やす予定はない。
その為、兜を取らないようにする必要があるとは話していたが、あの聖女様は「僕に考えがある」とか自信満々に言っていたので任せたが、聖剣を光らせて誤魔化しただけじゃねーか!
確かに迫力だけなら大した物だが、そんな物で誤魔化される程甘くないぞ。 あ、くそ、胃が痛たたたた。 魔法、治癒魔法で治さないと――。
そっと自然な動作で患部に手を当てて痛みを癒す。
痛みが引いた所で場を取り繕おうと俺が口を開きかけたが、ルチャーノの追及の方が早かった。
――が――。
「仰っている事は理解し――」
「素晴らしい! それが聖剣エロヒム・ツァバオトか! 聞きしに勝る素晴らしい剣だ!」
ルチャーノが何か言いかけたのを遮って王子達が興奮した声を上げる。
出鼻を挫かれた奴は一瞬、不快気な顔をしていたが諦めたのか沈黙した。
その後、王子達は聖剣を見て満足したのか次の話題へと話が移る。
……嘘だろ。
冗談だと思いたかったが、信じられない事にあれだけで誤魔化しきりやがった。
王子達の興味が聖剣に移り、ルチャーノの追及が逸れたのも大きい。
抜いた間も良かったな。
……運の良いお嬢さんだ。
こういった事は何度かあった。 街角で民相手に何かを話す時も絶妙とも言える間で話を通し、不思議と良く通る声は荒れた連中の心の隙間に驚く程に的確に潜り込んで落ち着かせた。
当初は洗脳でもしているのかとも邪推したが、あのお嬢さんの人柄を考えるのなら有り得んだろう。
それを差し引いても……。
俺は派手に光っている聖剣を一瞥。
本人の資質によるものなのだろうが、あの剣が何らかの作用を引き起こしていると考えている。
ただ、具体的に何をしているかはさっぱり分からんがな。
話に耳を傾けられやすくなる? それとも単純に幸運に恵まれる?
恐らく周囲に自分の意思を通りやすくする類の物と推測されるが……。
……まぁいい。 精々、話を聞こうという気にさせる程度の物だ。 今の所はそこまで気にする必要はないだろう。
わざわざ、胃痛の種を増やしてどうする。 俺はそう思い、考えるのを止めてこっそり溜息を吐く。
視線の先では聖女と王子達がいつの間にか仲良く談笑していたのを見て、もう一度溜息を吐いた。
「さて、王子達が聖女殿と話している間にこちらはこちらの話をするとしようか」
場所は変わって王城内の一室。
俺はルチャーノとお話の時間だ。
遊びに来た訳じゃないんで、やる事をさっさと済ませたい。
「……あの様子だと第一王子はそろそろ使えそうなのか?」
俺がそう言うとルチャーノは小さく溜息を吐いて表情を歪める。
「周りに弟妹を置いてようやく玉座に座ってくれたよ」
その声からは疲労が滲み出ている。
奴は今まであの手この手で玉座に座らせようと苦労していたからな。
何となく通じるものがあったので気が付けば仲良くなっていた。 現在は暇を見つけて少しだけ飲みに行くぐらいの仲ではあるな。
「状況はどうなっているんだ?」
「騎士国――ユルシュルはさっさと玉座を渡して下に付けの一点張りだ」
「……まぁ、そうだろうなぁ」
領土は綺麗に分かれているが、王国に付いている領主連中もいい加減に方針を決めないと離れて行くだろう。
それに――
「オラトリアムの件もあるしな」
俺がそう言うとルチャーノは力なく首を振る。
「……そうでもない。 あそこは金さえ払えば物を売ってくれる以上、下手に機嫌を損ねなければ付き合う相手としてはまだ気楽だ」
オラトリアム。
王国、騎士国とも違う第三勢力。
ウルスラグナの北方に陣取っており、国内の流通の大半を担う大商会を擁する領と呼ぶには巨大すぎる勢力だ。
ルチャーノの言う通り、機嫌を損ねなければ比較的付き合い易い連中だろう。
ただ、一度怒らせると不味い事になる。
少し前の話だ。 ユルシュルが早々に目を付け、取り込もうとしたが拒否されたので、攻めた事があった。
結果はユルシュルの大敗。
どこから用意したのか正体不明の戦力でユルシュルの送り込んだ軍勢を皆殺しにして死体の山を送り返して来たのだ。
その後、商会に働きかけ一切の流通を止めて兵糧攻めを行った。
流石に連中も食料を自給してはいるが完全ではない。
その為、長期間に渡り制限を喰らったユルシュルは早々に音を上げて和解を申し入れたらしいが……。
「ま、ユルシュルの連中は相当吹っかけられたらしいからな」
攻めて来たのだから損害賠償をしろと言われ、相当に毟り取られたらしい。
お陰でこちらに攻め込むという目論見が崩れ、立て直しに随分と苦労しているようだ。
「……そうだな。 だが、彼等のお陰でこの膠着状態に持って行けたとも言える」
「結果的にだがな。 それもいつまでも続かんだろう?」
俺がそう言うとルチャーノは黙りこむ。
これは奴に取っても頭の痛い問題だろう。 現状、落としどころを探し辛いのだ。
ユルシュルの主張は自分が王になるからお前等は俺の下に付けと歩み寄る気がない。
「……にしてもユルシュルの領主様ってのは何でまたそこまで玉座に拘るのかねぇ」
「それが一番の問題なのだ」
独り言のつもりだったが意外にも答えが返って来た。
誤字報告いつもありがとうございます。




