463 「面接」
別視点。
妹が増えて仕事が激減しましたが、なくなると言う事はありません。
何故なら規模が大きくなるとその分やる事が増えるからです。
数日前まで採掘都市建造の指揮を執っていましたが、来客があったので私――ファティマは急遽オラトリアムへと戻る事になりました。
最近、手に入った転移魔石は便利ですね。
森を越えるのにかなりの日数を要するのですが、これを使えば一瞬です。
お陰で、このような突発的な来客にも対応できるのは大きな利点ですね。
本来ならメイヴィスに任せるのですが、相手が相手なので私が自分で対応した方がいいでしょう。
場所はオラトリアムにある屋敷の庭園。
「どうもお久しぶり」
「えぇ、お久しぶりです」
テーブルの対面に座っているのは中性的な顔立ちの少年――いえ、確か性別を変えられるのでしたか。
まぁ、どうでもいい話ですね。
名前はアスピザル。 少し前に王都での一件まで手を組んだ相手です。
お互い契約を履行したので特に何もなく別れた相手ですね。
確か、シジーロで組織の立て直しをしていると聞いていましたが……。
何を考えているか今一つ読み辛い笑顔とその傍らには夜ノ森という熊の転生者。
視線を向けると彼女は無言で会釈。 私も同様に返します。
「さて、早速ですが用件をお伺いしても?」
私がそう言うとアスピザルは笑みを浮かべてすぐに用件を切り出して来ました。
「いきなりなんだけど、僕達を雇ってくれないかな?」
……まぁ、そんな事だろうと思っていました。
内心で小さく嘆息。
国内が荒れて来ている以上、身動きを取り易くはあるが組織を維持するのは難しい。
それにアイオーン教団の活躍と勢力の安定化に伴い、治安も回復傾向にあるので少しずつ行動に制限がかかるのは目に見えています。
その為、色々とやり辛くなったのでしょう。
自分達だけでは将来的に立ち行かなくなる事を見越してオラトリアムの庇護を求めてと言った所でしょうか?
「……多分、ファティマさんが考えている通りだと思うよ」
アスピザルはこちらの考えを見透かしたかのように続けました。
それを聞いて内心で微かに眉を吊り上げます。 正直、この手の輩は何を考えているか読み辛いので余り好きではないのですが……。
だが、悪い話ではないと私の理性が囁きます。
ダーザインは隠密能力に長けているし、守秘義務は命を以って履行します。
この情勢が動きやすい国内では諜報関係の強化は必須と言って良いでしょう。
恐らくそれを見越してこのタイミングで自分達を売り込みに来たのでしょう。
上手い手だと素直に称賛しましょう。 こちらに取っても旨みのある話ですし、念の為にロートフェルト様に許可を頂いてから返事をすれば問題はありません。
「分かりました。 ただ、私の一存では決められないのでロートフェルト様と相談してから返事をしても?」
「うん。 問題ないよ。 ところでそのローはどこ? 居ないって事はもう他所の国に行った感じかな?」
私は笑みを浮かべて答えません。
アスピザルはなるほどと小さく呟いて頷きました。
「いないなら仕方ないか。 取りあえずオッケーならこっちの構成員と転生者全員はオラトリアムの配下って事になるね。 僕達、結構使えるよ?」
構成員もそうですが、転生者は戦力としてかなり優秀です。
アスピザルを筆頭に、夜ノ森とここには来ていない石切の三人。 敵対されると厄介だし、配下として使えるのならかなり美味しい話だと考えます。
梼原の例で考えるのなら戦力ではなく単純な労働力として扱っても悪くないでしょう。
多少の懸念はありますがロートフェルト様のお話を聞く限り、簡単に裏切る手合いではないと聞いているので監視を付けておけば良いだけの話です。
一先ず、ダーザインに関してはこれでいいでしょう。
雇い入れた後の業務の割り振りなどはメイヴィスに任せておけばいいので問題ありません。
さて、この後どうしますか。
ライアードの方はケイティに任せればいいでしょう。
グアダルーペは近隣領との折衝。
後は森の開拓の監督と最後の一人は屋敷から動かせないのでそのままですね。
今の所はこれで問題はありませんが、今後を考えるのならメイヴィスを獣人国へ送る?
現状、ウルスラグナの三分の一近くを押さえられたのは大きいが、一気にやり過ぎて掌握できていない部分も多い。
目立った問題は起こっていないが、足元も固めずに手を広げすぎるのも悪手です。
その点は妹達も良く理解しているのでいちいち指摘する必要もない。
……内に関しては時間の問題である以上、目を向けるべきは外か。
王国――こちらは問題ない。
物資をしっかりと買ってくれるお得意様です。
自称騎士国――基本的には問題ないが、王を名乗るユルシュルという男には少し注意が必要でしょう。
近隣領を力で併呑した事を考えると奪ってねじ伏せる事を是とする手合いです。
自称騎士国発足当初も随分と上から目線で傘下に入れと言って来たのはまだ記憶に新しい。
物資の流通を止めてあげたら即座に音を上げましたが、使者の反応を見る限り将来的に報復を企んでいる事は明白。
攻めて来るなら返り討ちにしますが、戦をするのも無料ではありません。
可能であるなら無駄な出費は避けたい所ですが……。
内心で否定します。
恐らく、王国を攻める前にこちらを落としにかかるであろう事は目に見えています。
そうなるとそう遠くない内に始まるでしょう。 かといってあちらの追いはぎ紛いの要求を呑むのは論外です。
境界に面している領には事前に通達してあり、いつその時が来ても対応は可能ではあるので、備えは怠っていません。 転移魔石があるため戦力を即座に送り込めるので、被害を最小に抑えて撃退も可能。
人型のレブナントとスレンダーマンが居れば大抵の事は処理できるでしょう。
防衛に関しては問題ありませんがバラルフラームの件もあるので早めに処理しておきたい案件ではありますね。
現状、例のアンデッド流出は起こっていないので猶予はあるようですが、楽観は禁物でしょう。
ロートフェルト様が得た魔剣と同様の存在は看過できません。
何者かの手に渡る事は危険。 使えないにしても可能であればこちらの管理下に置いておきたい所ですが……。
「今は難しいですね……」
位置が悪いのです。
ほぼ国の反対側な以上、領土を広げるか話を付けないとどうにもなりません。
考えましたが、現状では有効な手立てはありません。 のんびりと構えるのは愚かですが、時間が必要なのも事実。 ままならないと考えながら次の案件へ思考を移します。
アイオーン教団。
例の聖女とやらが旗頭になった新しい教団組織。
グノーシス教団の不正を暴いて組織の浄化を行ったとの事だが、短期間で虫の息だった組織を再編して立て直した手腕は素直に評価するべき事です。
あの教団に関しては不透明な点が多い。
例の聖女の正体も不明。 外に居る時は常に全身鎧にしっかりと兜を被っており性別以外は一切分からないという徹底ぶりです。
ただ、腰に提げている聖剣とやらが彼女の存在に大きな説得力を持たせています。
聞けば、聖剣は持ち主以外に触れる事が出来ないらしい。
触れられないと言えば聞こえはいいが、恐らくロートフェルト様の魔剣同様、持ち主から離せない類の代物でしょうと内心で当たりを付けています。
勢力を問わずにあちこちで色々やっているようなのでそう遠くない内にこちらにも接触があるでしょう。
他に任せてもいいですが少し気になりますし、直接対応してもいいかもしれませんね。
脳裏に処理すべき案件についての対応などを考えながら不意に思考に空白が生まれました。
そんな時に考えるのは主であり夫の事です。
……ロートフェルト様。
無性に声が聞きたかったが、あの方は今頃大陸の南部へ向かっている途中でしょう。
定期連絡の時間までまだ間があります。 次の機会を待ち遠しいと思いながら私はやるべき事をやる為に歩く足を早めました。
誤字報告いつもありがとうございます。
今回で十四章は終了となります。 ここまでお付き合いいただきありがとうございました。




