449 「山道」
翌日。
俺は一度戻って依頼人の指示を仰ぐと適当な事を言って村を後にした。
村から少し離れただけで悪臭が突き刺さる。
充分に離れた事を確認して方向転換。 目指すは頂上だ。
少し気になったのでサベージに連絡を取ったが何とか下山に成功したようで、現在は影響の薄い場所で待機している。
……それにしても……。
チャクラね。
今まで仕入れた情報とも矛盾しないし、恐らくは間違いないだろう。
生物に流れる魔力の流れの存在は知っていたが、それを意識する事によって魔法に似た現象を起こせるとはな。
ちなみに昨夜、朝までかけて試してみたが俺の体にそんな物はなかった。
話によれば七か所もあるという話だったが、どこを探しても見当たらん。
色々と試してみたが、これは俺は使えないと見て間違いないだろう。
使えない理由にも見当がついている。
間違いなく中身を弄り過ぎている所為だろうな。
恐らく人間に備わっている機能の一つなのだろう。 魔物が使えるかは知らんが。
中身を人間と同様に作り変えれば使えるとは思うが、正直な所微妙だな。
メリットとデメリットが釣り合っていない。
チャクラとやらを使えれば便利ではあるのだろうが、間違いなく身体能力が大きく下がる。
少し惜しい気もするが今は習得は諦めるとしよう。
その内、機会を見つけて研究すれば使えるかもしれんし、諦めるには早いな。
人間に備わっている七つのチャクラ。
それぞれ使いこなせれば場所に見合った能力を引き出せるとの事だが、最大で六つまでなら使える奴はいるが、七つ全部を使える奴は今の四方顔に居ないらしい。
極めれば理を越えた存在にすら届き得るとかなんとか言っていたが、実例がない以上は参考程度に留めておくべきだろう。
……理を越えた存在。
まぁ、天使とか悪魔とかその手の連中の事だろう。
額面通りに受け取るなら連中の戦闘法は天使や悪魔に対しての物なのだろうか?
間違いなく効くだろうし、納得できなくもないが……。
四方顔の目的もそうだが、昔から存在する組織――グノーシスにも妙な傾向がある。
グノーシスは世界の滅びだったが、四方顔はいずれ世界を襲うであろう脅威への備えと言っていた。
どちらもいつかは知らんが未来に起こるであろう何かに対して警戒している風だ。
一体何をそこまで恐れているんだ?
前に始末したペレルロという枢機卿の事を思い出す。
奴は世界は滅びると言い切った。
それがいつかは知らんが今まで得た知識からも連中は本気で信じているようだ。
……世界の滅び。
正直、ピンとこない話だし、もし滅ぶと言うのならそれはそれでいいのかもしれんな。
俺の寿命がどれだけかも知らんが、世界が滅ぶと言うのならそこで終わるからだ。
だから滅ぶと言われてもあぁそうなんだと心底どうでもいい。
そんなどうでもいい事より、俺が意識を向ける必要があるのはこの先にいる悪臭を垂れ流しているであろうカンチャーナとかいう女をどうにかする事だけだ。
大雑把な位置関係もラーヒズヤから聞いているので迷う事はない。
ただ、霧の所為で視界が効かない事はやや問題だな。
どうやったのか霧に権能を乗せているらしく魔法での索敵が妨害されている。
一通り試したが全て弾かれた。
地面にも浸透しているらしく土を媒介にして気配を探る<地探>も通らない。
索敵できんのはやや痛いが、どうせ向かって来るだろうし気にする必要もないか。
山を一つ越えた辺りで周囲の雰囲気が変わった。
霧が濃くなったのだ。 同時に何かの囁きのような物が聞こえる。
ぶつぶつと陰気な物を感じるが、何やら手を引こうとしているような印象を受けるが無視。
次の山へ登る前に下りの道を歩いていると水の流れる音が聞こえる。
川が近いな。 考えている傍から見えて来た。
水でも飲もうかと近寄ったが小さく眉を顰める。
「……これもか」
川からも例の臭いがする。
見た目は澄み切った水の流れだが、ドブのような臭いの所為で酷く汚いものに見えた。
流れの方向を見る。 これはラーヒズヤ達の村の近くで流れていた川に繋がっているのか?
山を一つ越えているので微妙だが、こんな物を日常的に飲んでいれば遠からずおかしくなるのは目に見えているな。
例のチャクラによる自浄作用とやらがどこまで効果があるのかは不明だが、完璧と言う事はあり得ん。
ラーヒズヤと同等の奴が何人いるかは知らんが一人でも正気を失えば一気に傾くだろう。
……まぁ、焦るのも無理のない話か。
あの村から動かんのも外に出られん奴等を慮っての事だろう。
正直、俺には欠片も理解できん行動だな。
まず自分の安全を確認して余裕が出来たら他人だろう? 違うのだろうか?
そんな事を考えながら川を渡る。
渡り切った所で魔剣を即座に抜いて一閃。
飛んで来た斬撃を打ち落とす。 そろそろ本堂も近い、守っている奴がいるのならそろそろ出て来るだろうと思った。
男が一人。
薄汚れた服に伸びきった無精髭。 目は虚ろで手にはぶら下げるように刀を持っている。
口元はぶつぶつと小刻みに動き、何かを呟いているのか微かに何かが聞こえた。
視線はこちらを向いているが明らかに俺を見ていない。
そして――一瞬、焦点が俺にあったように目が細まり、それと同時に腕が霞む。
「<三舌>」
熱を纏った斬撃が飛んでくる。 数は三。
上手く散らしているが全てが急所を狙っており、明らかに殺しに来ている動きだ。
一撃目は胴体、二撃目は首、三撃目は両断するように縦に飛んでくる。
飛んで来た順番に魔剣で切り払う。
三撃目を防いだと同時に男が間合いに入る。 速いな。
「<拝火>」
刀が熱を帯びて赤く染まる。
こいつ等は反応がいいからな。 少々のダメージは覚悟して確実に仕留めるとしよう。
一閃。 赤熱した刃は俺の左腕を肩口から切断。
腕が宙に舞う。
ここだな。 切断の瞬間に体を振って斬られた腕が飛ぶ軌道を操作。
男の頭上を通るように仕向ける。
瞬間、切断された腕から百足が飛び出し男の頭部に喰らいつき即座に粉砕。
男は反応する間もなく即死した。
俺は周囲を警戒。 敵が居ない事を確認して、落ちた左腕を拾って接合。 まったく、傷口を焼きやがって、くっつけるのが面倒じゃないか。
念の為、死体は魔法で完全に消し飛ばして処理。
安全になった所で小さく息を吐く。
流石に本丸の近くを守るだけあって動きがいい。
この先はこれ以上の奴が出て来ると考えると楽にはいかんか。
そんな事を考えながら俺は先へと歩を進めた。
誤字報告いつもありがとうございます。
 




