447 「轆轤」
「あの儀式に使われた者は四方顔の者ではないのだ」
ラーヒズヤは絞り出すように言葉を紡ぐ。 そこには言いたくないといった感情が多分に含まれていた。
それを聞いて小さく眉を顰める。
妙な話だな。 ここは部外者の立ち入りは厳禁ではないのか?
「この山は四方顔の者しか足を踏み入れる事は許されん――だが、例外がある」
それは奴隷や麓の村から輿入れ――要は嫁入りしてきた娘だ。
基本的に下山は許されないが、跡継ぎは必要になる。 ならどうやって頭数を増やすのか?
もう奴隷や嫁入りと言った単語で分かるように他所から女を仕入れて来るのだ。
後者は見合いのような前段階を踏まえての結婚という形を取るので比較的穏便だが、前者は――まぁ、考えるまでもないな。 どうも比較的最近できた決まりらしく、奴隷の方は俺の知識にはなかった。
わざわざ奴隷を買い込んでいる理由は理解できる。こんな密閉された空間だ。 色々と溜まる物もあるだろうからな。
奴隷なら何をしても許される――とまでは言わないが多少の無茶は大目に見てくれるし、何より身分が低いので手放しで虐げる事が出来ると言うのはこの世界では万国共通だ。
……何をされるかなんて考えるまでもないな。
その結果、男が生まれればまだましだが、女が生まれればそいつも奴隷人生が確定する。
で、だ。 その触媒に使われたのも奴隷の子供で何年も捌け口にされていたらしい。
最後には悪魔召喚の触媒と何とも救いのない人生だな。 まぁ、現状を見るに結果的に怪我の功名とでもいうべきか?
「なるほど、それがカンチャーナとか言う奴か?」
俺がそう言うとラーヒズヤは大きく目を見開く。
「何故……その名を……」
「来る途中に始末した奴がブツブツ言ってたぞ」
正確には頭の中がそれで埋まっていたんだがな。
「そうか……」
ラーヒズヤの声は重い。 何だ? 思う所でも……まぁ、あるか。
何せ住み処を滅茶苦茶にされたんだ。 ない方がおかしいな。
ラーヒズヤの話は続く。
儀式を行った連中は自分達で使えるようにする為、奴隷女で実験して安全性を高めようと考えた訳だ。
それで行った試行段階の儀式がなんと大成功。 その結果、カンチャーナは全身から怪しげな何かを垂れ流し、それの影響を受けた奴は次々とおかしくなったと。
おかしくなるだけならまだ良かったのだろうが何を血迷ったのか、隣のアラブロストルに攻め込んで街や村を次々と襲って大量の人間を誘拐。 片端から自分の影響下に置いているようだ。
「……取りあえず、今回の一件の原因は分かった。 次に聞きたいのはここだ。 見た感じ霧の影響を受けていないようだが?」
「ここは龍穴が近い。 その為、あの娘の影響を撥ね退ける事が出来るのだ」
「龍穴?」
また何か妙な単語が出て来たな。
俺が聞き返すとラーヒズヤは話し始めた。
大地には龍脈という魔力の流れが存在し世界を循環しているらしい。
そして龍穴はその魔力が噴き出している穴のような代物だという。
要は霧に含まれた魔力を龍穴から噴き出した魔力が防いでいるという状態らしい。
ただ、龍脈の位置は年々少しずつ変わって行くので徐々に魔力の噴出量が落ちており、いつまでも防いでいられないのでここの連中はかなり焦っているようだ。
そうでもなければ部外者の俺に事情を話さんだろう。
……龍脈に龍穴か。
これまた面白い単語が出て来たな。
大地には魔力が循環しており、世界を維持する血液のような役割を担っていると。
そして龍穴はその魔力が噴き出している所謂パワースポットと言った所か。
聞けばこの辺はそう言った魔力の噴き出す場所が多かったので修行場としてはこれ以上ない環境らしい。
「その修行とやらを行えばあんたらの使っている怪しい技を身に着ける事が出来るのか?」
俺の物言いが気に障ったのかラーヒズヤはやや表情が険しくなったがややあって小さく息を吐く。
「……そうだ。 こうなってしまった以上、四方顔は終わりだ。 隠す意味もない」
その口調には諦観が混ざっており、先の見えないこの状況に疲れているのが良く分かった。
「我等の技は己の身に宿る龍脈から力を引き出す事を極意としている」
……んん?
何を言ってるんだ?
龍脈って大地を循環している魔力の事じゃ――あぁ、確かに人間の体にも魔力の流れはあるな。
それに見立てているって事か? 今一つ理解できんな。
「人の身にも龍脈と龍穴が存在する。 それぞれ、煙道と轆轤と呼ばれている。 そして魔力の流れを意識する事によって力を得る」
……今一つ良く分からんな。
もう少し細かく質問をして詳細を聞き出す。
面倒だから記憶を吸い出してやろうかとも思ったが、手が柄から離れていない所を見ると、妙な真似をしたら間違いなく即座に反応される。 最低限の警戒はしているようだ。
そんな訳で、根気強く質問を重ねて何とか連中の技の概要は理解した。
要は人間のみならず、生き物には魔力の流れがあり、その通り道がナーディというらしい。
そしてその魔力が溜まり易い特定部位をチャクラと呼称し、そこから力を引き出す事によって魔法に似た現象を引き起こす事が可能と。
チャクラは人体に合計で七つ存在し、それぞれの部位から違った力を引き出す事が可能だが、相性があるのかかなり難しいらしい。 ただ、どんな奴でも最低一つ――ラーヒズヤ曰く、第一のチャクラからは比較的簡単に力を引き出せるので大抵の奴は第一と第三のチャクラ――それぞれ第一轆轤、第三轆轤というらしい――由来の技は使えるようだ。
……それでか。
連中が一つ覚えのように同じような技を連発してくるのが気にはなったが、要は技のレパートリーが少なかった訳だな。 なるほどと納得する。
ラーヒズヤは説明が余り上手い方ではなかったがしっかりと概要は理解しているので質問で誘導してやれば理解しやすい答えを返してくれた。
感覚的な物に理屈が付いて来ると言うのは中々興味深い。
「あんたの話だと第一と第三は使いやすいという話だったが、第二はどうなんだ?」
「比較的ではあるが、扱いやすい部類に入る。 ただ、性別的な相性があるのか、女性の方が習得が容易という話を聞いた事がある」
四方顔には女の剣士もいるには居るが、極端に数が少ないらしい。
まぁ、奴隷が罷り通っている以上、環境的に居辛いだろうな。
そこでふと内心で首を傾げる。
思い返してみると攻めて来た連中は全員男だったな。
ラーヒズヤの口振りだと少ないとはいえ、一定数は居るような印象だがその辺はどうなんだろうか?
誤字報告いつもありがとうございます。
 




