441 「破棄」
そう言ってアカラシュは言い淀む。
明らかに言い難そうな話題を切り出そうとしているな。
言いたい事の内容に見当がついたので助け舟を出してやろうじゃないか。
「依頼を降りたい――と言った所か?」
俺が先にそう言ってやるとアカラシュははっとした表情になる。
正直、この惨状を見た後では誰でも考えつきそうな事だ。
スワープも納得したような表情をしていたが、ジーニーはそうでもないようだ。
アカラシュに厳しい視線を向けている。
「アカラシュ! あんた怖気づいたってのかい! 仲間がやられたんだよ! 仇を討たないで逃げるなんて……」
ジーニーの言葉にアカラシュは力なく首を振る。
「仲間がやられたからこそだ。 ここにいた連中は恐らく雑兵、それなのにこの強さだ。 それに死を恐れずに向かって来る。 あんな連中と戦っていたら命がいくつあっても足りんぞ」
「俺もアカラシュに賛成だ。 敵討ちをしたいって君の気持は分からんでもないけど、それでもっと仲間を喪ったら元も子もない」
ジーニーは二人が消極的な事に不快気な表情をした後、何故かこちらを見た。
……察するに何か言えと?
「当然だな。 アラブロストルの連中が当てにならない以上、この先冒険者の負担が増すのは目に見えている。 今なら依頼の取り下げも受理されるかもしれんし、引くなら今の内だろうな」
冒険者への依頼は取り下げる事は可能だ。
ただ、依頼人と冒険者、双方の合意が必要になる。 依頼人都合で取り下げる場合は報酬の半額を違約金として支払う事になる。 逆に冒険者都合で取り下げる場合は冒険者が違約金を支払う事になる。
額は同様に報酬の半額。 アカラシュ達は数が減ったとは言えまだまだ人数が残っている。
上手く取り下げられたとしてもかなりの出費になるだろう。
正直、良い判断だと思う。 金に拘って引き時を見失うぐらいなら損失を覚悟して安全を取るべきだろう。
金は生きていればまた稼げるしな。
アカラシュとスワープもその辺をよく理解しているようで、躊躇いはない。
だが――
「ふざけんな! この腑抜け、あんた等それでも男なのかい!」
納得のいかない奴が一人いた。
奴のお仲間も奴に同意のようで、俺達に侮蔑の視線を向けて来る。
中にはこの腰抜けだのと揶揄する奴までいた。
言いたい奴には言わせておけばいいと思うので特に腹は立たない。
アカラシュ達も完全に聞き流していた。
「何とでも言ってくれ、悪いが俺達は降りる。 ローも降りると言う事で構わないか?」
「……あぁ」
チャリオルトは放置できないがアラブロストルの指揮下では動き辛いし、この調子なら無茶をやらされるのは目に見えている。 動くなら好きに動いた方が良さそうだ。
現状、ただでさえ連中の垂れ流す悪臭で不快なのに、これ以上詰まらん事をやらされれば先にアラブロストルを滅ぼしたくなってしまう。
……これは良くない傾向だな。
珍しく苛ついているのが自分でも分かる。
これ以上ストレスが溜まらないように、不快感を煽る要因は可能な限り排除しておくべきだろう。
正直、あの不快な臭いを散々嗅がされたので面倒ではあるが、臭いの元は正体を見極めた後、必ず消してやろうと半ば以上決めていた。
さて、方針が決まったはいいが果たして連中が貴重な戦力である冒険者を解放してくれるかどうか……。
「残念だが、君達への依頼は取り下げる事はできない」
場所は変わって街に仮設されたアラブロストルの指揮所。
そこで俺達は依頼の取り下げを願い出たのだが――
……まぁ、分かり切った反応ではあったな。
虎の子の魔導外骨格が全滅した上に兵の損耗も大きい。
その上、現状で最も当てになる冒険者にまで抜けられたら控えめに言っても厳しくなるだろうな。
国の上層部は面子にかけてもチャリオルトを仕留めに行きたいだろうし、前線にかかるプレッシャーは並ではないだろう。
周囲を見ると俺達と同様に依頼の取り下げに来ている冒険者が列をなしていた。
はっきり言って筋を通しに来ている俺達はまだましな方だろう。
実際、こうなる事を見越して断りなしに逃げ出している奴は少なからずいる。
そいつらは今後、冒険者としてかなり厳しい事になるだろうが、死ぬよりはましと判断したのだろう。
いい判断なのかは何とも言えんが、少なくとも命は助かるだろうな。
視線をアカラシュへと向けると、奴は頑張って交渉を行っているがあれは無理だ。
連中は意地でも首を縦に振らんだろう。
それだけ状況が逼迫しているとも言える。 要は連中は態度で自分達は厳しい状況ですと白状しているような物だ。
俺は小さく嘆息してそっとその場を離れる。
人目に付かなくなった所で<茫漠>で存在を消す。
さて、手頃な奴がいればいいのだが――
狙うのはそこそこ身分の高そうな奴だ。 単独で行動してくれていればベストだが――手頃なのが居たな。
何だか偉そうなおっさんが目に付いた奴に怒鳴り散らしながらイライラと歩いていた。
内容も役立たずだの腑抜けだのと非常に分かり易い。 責任者というのは責任を取るために居るからな。
勝てると見込んでいた戦いが蓋を開ければこの有様。
さぞかし面白くないだろうよ。
結果、誰彼構わず八つ当たりだ。 お陰で奴の部下もとばっちりを恐れて近づかない。
大変都合がいいな。
適当に尾けて、人目がなくなった所で背後から口を押えて根を送り込む。
そのまま即座に洗脳。 記憶を確認すると――あぁやはり当たりか。
ここの責任者のようだ。
えっと? 名前は――ディビルね。
さてと指示を出そうとした所で背後に気配、俺は正体を確認せずに左腕を嗾ける。
「……ご、ふ」
不可視の百足は背後にいた奴の胴体――肺の辺りをぶち抜いて沈黙させる。
そのまま引き抜かずに貫いたまま引き寄せると――おや? スワープじゃないか。
大方、列に並んでいたら埒が明かないとでも判断したのかな?
まぁいい。 念の為に周囲を確認するが他に人はいない。 偶々、ディビルを見かけて直談判でもしようとしたのかな?
流石に殺してしまうのは不味いのでスワープにも洗脳を施した後、損傷を修復。
正直、余計だが何かに使えるかもしれんし良しとしておこう。
「さて、ディビル。 俺はこの依頼を降りる。 この後、手続きをするから受理しろ。 できるな?」
「お任せください」
「スワープは依頼を続行。 気になる事があれば報告を」
「分かりました」
よし、では行けといいかけたがふと思い出した。
アカラシュだ。 他はどうでもいいが奴には飯を奢って貰った借りがあったな。
「後はアカラシュという冒険者の申請も受理してやれ。 他は知らん」
借りがあるのは奴個人であって他は関係ないからな。
ディビルとスワープは分かりましたと言って行動を開始した。
さて、俺はこれからどうした物か。 少し考えたがしばらくは様子を見た方がいいかもな。
直接乗り込んでもいいが現状では少し厳しいか。
カンチャーナとか言う奴がどれだけの強さかは不明だが、取り巻きが大勢いる状態で突っ込むのは危険だ。
ザリタルチュ侵攻を思い出す。
流石にあの飛蝗レベルの奴がそうそう出て来るとは思えんが、対処に困る奴だった場合、敵陣で孤立するのは不味い。 最低限、分かり易く手薄になるまでは待つべきか。
なら、戦況が動くまでは様子見に徹した方がいいだろう。
それに敵の能力等にまだ不透明な部分が多い。 可能であればその辺の見極めも行っておきたいしな。
アラブロストルが負ける心配はしていない。
かなり押し込まれるだろうし、犠牲者もそれなりに出るだろう。
だが、この国は大陸有数の大国だ。 土台が違う。
加えてグノーシス教団の支援もある以上、負けると連中の沽券にも関わる。
要は教団にも面子があるので下手に長引いたり無様を晒すと挽回する為に他所から次々と聖堂騎士を筆頭に聖騎士が押し寄せて来るだろう。
……可能であればそうなる前にケリを付けてしまいたいがな。
必要以上にこの国にダメージを与えると折角手に入れたエマルエル商会の活動に支障が出る。
そうならない程度の見極めが必要だが――
俺は面倒なと思いつつその場を後にした。
誤字報告いつもありがとうございます




