425 「出世」
別視点(梼原)
こんにちは。 梼原 有鹿です。
今は農作業に戻って収穫や出荷の手伝いを行っていたのですが――
「えー……っと、本日より皆さん収穫班の代表となりました梼原 有鹿です。 よろしくお願いします」
そう言ってペコリと頭を下げる。
目の前のゴブリンさんやオークさん達はじっとこちらを見た後、ややあって拍手してくれました。
「オメデトー」
「キュウリョウフエタノナラナンカオゴッテクレー」
祝福に混ざって何か聞こえた気がしたけど概ね好意的に受け入れられたようで良かったとほっと胸を撫で下ろす。
最近、メイヴィスさんがよく見に来るなと思ったらどうも全体的に農作業の管理をする人を決める為だったらしい。 それが私というのはどう言う事だろうとは思うけど……。
……というのが実は数か月前の話だったりします。
こうして収穫班班長という肩書を得たのですが――良い事もあれば悪い事もあったなぁ……。
まず良い事は、分かり易く給料が跳ね上がりました!
ちょっと驚くぐらい貰ったので、奮発して畑の近所に家を建てられる程です!
異世界に来てまさかマイホームを建てる事が出来るとは思わなかった。
しかも値段は驚くほど安くついたのも嬉しい誤算だ。
理由はゴブリンさんやオークさんが手伝いに来てくれたからだ。 しかもタダで。
流石に甘え切る訳にはいかなかったので余ったお金で手伝ってくれた全員にお酒と食事をしっかり振舞ったけど。
結果、屋根裏付きのちょっと大きい家が出来ました!
今までの宿舎はちょっと狭かったけどこの家なら私の体でものびのびと生活できるので気持ちがすっごく楽だ。
ちょっと広めの庭もあるし、お金には余裕もあるので偶に仕事が早く片付いた時は皆を呼んでバーベキューしたりとかの楽しみもできた。
最近、オラトリアムでは食肉用に家畜を取り扱い出したと聞いているので高いけど肉を買えるようになった事も大きい。
……オラトリアムって何でもやってるなぁ……。
あんまり積極的に情報を入れていないけど、自然に耳に入る物だけでもすごさが伝わって来る。
最初こそ畑での果物だけだったけど、最近は肉やダーク・エルフさんから買い付けた織物の類に始まり、武具なども大きく取り扱っているようです。
果物もただ売るだけじゃなくて、少し前から保存が効くドライフルーツ等にしての販売を打ち出したとか。
少し前にメイヴィスさんにサンプルをご馳走になったけど、とても美味しかった。
値段次第だろうとは思うけどアレは売れるなと私ですら確信できる程の物だ。
オラトリアムが安泰なのは私にとっても良い事だと思う。
ここが無事なら私の生活も安心と言う事だからだ。
あのローって怖い人もいないし、平和平和。
……と、ここまでがいい所だけど当然ながら立場が上になればそれに見合った苦労もある。
まずは朝礼での報告だ。
未だに慣れずに緊張するので最近は事前に報告内容をまとめたカンニングペーパーを作って読み上げるという形を取っている。
報告の体を成しているので特に怒られていないけど、紙がちょっと高いので支出を抑えるという意味でもいい加減、カンペなしで言えるようにならないとダメだなぁと思ってはいるのだけど……。
……これはちょっと時間が要るかも……。
後は部下の把握と管理。
これが一番の難題だ。
まずは顔と名前を完全に覚える事なんだけど、普段から接している人達は問題はない。
ただ、それ以外の人になるとちょっと難しいのだ。
管理にはシフトの調整も含まれているので休日などの兼ね合いもあって中々上手くいかない。
うっかり穴を開けてしまった事も何度かあったので、ここ最近は特に気を使っている。
その他、上への進捗の報告と収穫量の概算報告、ノルマの設定などなど……。
やっぱり給料をたくさん貰えると言う事は相応に厳しい仕事を振られるんだぁと今更になって社会の仕組みを学ぶ事になったのは不思議な感じだった。
それでもやりがいはあるし、部下の皆はこんな私について来てくれる。
少なくとも彼等の信頼と期待には応えたいので何とか踏み止まっていた。
でも、私の能力には限界がある。 そんな時、ある人がくれたアドバイスで救われました!
同郷の首途さんです。
彼が言うには大事なのは報連相だと。
要は報告、連絡、相談の三つで、それを密にする事によって負担とミスを大きく減らす事が出来るとの事。
これは実践してみて目から鱗が落ちる思いだった。
今までは何でも自分で抱え込んで来たけど、班長という立場に拘らずに皆に頼っていいんだと言う事に気付かされたからだ。
お陰でミスが大きく減って仕事が上手く行って、少し楽しくなりました!
ありがとう首途さん!
オラトリアムもあのローって人が居なくなってからも平和そのものでしたが、時折ファティマさんがちょっと寂しそうにしているのが気になりましたがそれぐらいでしょうか?
あ、他に変わった事と言えば何か怖い人達が増えました。
私は黒い人達と呼んでいるけど、どうやら首途さんの部下でいつも朝早くから山の方へぞろぞろと訓練に行く姿をよく見かけたけど、どんな事をやっているのだろう?
良く分からなかったし怖そうだったので近寄らないようにしてるので、彼等の事はあまり知らなかった。
ただ、黒い人達のリーダーの凄く黒い人は散歩が好きなのかあちこちを散策しているのをよく見かける。
時折、ジェヴォーダンやコンガマトーと言った騎獣を眩しそうに見つめているのが印象に残ったけど……もしかして乗りたいのかな?
他に気になる事と言えば何故か凄く黒い人は良く緑の人に絡まれている。
二人で連れ立って訓練場に行っては戦っていた。
毎回見ている訳じゃないけどいつも緑の人が負けていて勝っている所を見た事がない。
これは凄く黒い人が強いのか、緑の人が弱いのか……。
うーん。 わかんない。
後は特筆する事のないような穏やかな日々だったけど、数日前にちょっとした動きがあった。
何だか首途さんと黒い人たちが忙しそうにしていたので何かあったのかななんて考えていると、オラトリアムとライアードの境界の近くで何かあったらしい。 聞けば施設が出来たとか出て来たとか?
夜中の内に何かあったのか遠くで音が微かに聞えて来たのが印象に残ったけど……。
首途さんが関係しているのかここ最近はその施設に通っているのをよく見かけた。
一度会った時に質問したら、まだ口止めされているといって濁されたのでその内分かるだろうと興味を持つ事をしなかった。
いや、だってここって余計な事すると死に直結するから知らずにいる事こそ、身を守るに必要な事だと思うし。 所謂、私なりの処世術?と言う奴だ。 死にたくないし。
今日も指示を出しながら野菜や果物の収穫を行っていたのだけど……。
……アレ、なんだろう……。
何故か緑の人が膝を抱えてこっちをぼーっと見ていた。
風に乗って声が微かに聞えて来る。 どうやらブツブツと何かを呟いているようだった。 怖い。
この体になって耳が良くなったので少し集中すると断片的にだが聞こえて来た。
「いいなぁ……あのゴブリン……褒められてる……」
……ひぇ、何か言ってる。 き、気持ち悪い。
その後もオークさんや通り過ぎている騎獣を見て褒められているのが羨ましいのか「いいなぁ、いいなぁ」と言い続けていた。
怖かったので努めて見なかった事にして私は作業に集中。
き、今日も仕事頑張ろう。
空を見ると雲一つないいい天気だった。
誤字報告いつもありがとうございます。




