419 「転移」
別視点。
アラブロストル=ディモクラティア国立魔導研究所は眠らない。
一日中、どこかの部門が稼働しており、常に研究や作業を行っているのだ。
この施設は大きく分けて三つの部門に別れている。
まずは魔法その物に関する研究を行う魔法部門。
新しい魔法の開発や既存の魔法の強化や最適化などを模索する部署で、日がな一日魔法の構築や試射を行ってデータ収集を行っている。
基本的にこの部署は魔法のみを扱うので所属している人間は自然と魔法道具等の補助を受けずに高いレベルで魔法を行使できる者が集まっていた。
元々、冒険者や研究者で実力や研究テーマを見込まれて集められた者が多く、我が強い者が多い。
次に魔法道具の研究や開発を行う魔法道具部門。
この国の主戦力と期待されている銃杖や魔導外骨格の技術の骨子を開発したのはここになる。
やる事は主に製図だ。 思いついたアイデアを図面に起こしてサンプルを作成し上に提出。
評価を得られれば開発者として名を残す事が出来る。
名誉を欲した者が多く、新兵器や新技術の父や母になって歴史に名を刻もうとしている野心家が多い。
当然ながら上からの評価が出世と成果の提出に響くので全体的に従順だ。
その為、上からの依頼に沿った魔法道具の作成や既存の魔法道具の改造及び再調整等も請け負っている。
そして最も重要な第一、第二セクションの成果を統合する開発部門。
こちらは両セクションから得たノウハウを活かして技術を実用段階まで引き上げ完成させるのが目的で、スタッフは専門の者もいるが第一、第二と兼任している者が多い。
魔導外骨格や銃杖を最終的に完成させたのはこの部署となる。
同時にこの施設で重要な技術や情報が集まるので身分の高い者が多い。
現在は新型の魔導外骨格の開発を行っている最中で、完成間近の追い込み中だ。
大型化と同時に鈍重さも緩和された新型は彼等の持てる技術を費やした自信作で、近い将来に起こるであろうチャリオルトとの戦いで大きな戦果を挙げるだろうと確信している。
その日も忙しく作業が予定より若干遅れていたので交代で宿舎に引き上げる筈の人員も残って作業を手伝っていたのだ。
「十番から十三番の回路通し終えました! 充填お願いします!」
作業員らしい男が声をかけると白衣を着た男が大きく頷いて傍の装置を操作する。
ここは第三セクションにある施設で主に組み立てと調整を行う場所だ。
広々とした空間に所狭しと様々な器具や魔導外骨格のパーツが吊り下げられている。
その内の一つ。 腕パーツに繋がれた管から銀色の液体が流し込まれる。
作業員が腕パーツの窪みに腕を入れて何事かの操作を行うと吊り下げられた腕パーツが手を開いたり閉じたりを繰り返す。
「動作確認完了。 大丈夫でーす! 回路から水銀抜いてください!」
そんな会話が施設全体で飛び交っている。
装置を操作した白衣の男――この施設の責任者であるハムザ・ケレム・オーレルはそれを見て満足げに頷く。
ハムザはこの施設の責任者を務めており、こうして現場にも精力的に顔を出して作業を手伝うので下からの受けは悪くない。
彼自身も作業場の雰囲気が好きなのでこうして積極的に足を運ぶ。
何よりも士気の高い現場を見るのが好きなのだ。
魔導外骨格の評価は極めて高く、彼自身も鼻が高いと我が事の様に喜んでいた。
確かに、魔導外骨格は優秀な兵器でこの世界の戦いの形を変え得る品である事は間違いはない。
だが、無敵ではないと言う事はハムザ自身も良く理解していた。
十一区に引き渡した魔導外骨格が残骸になって帰ってきた事もそれを裏付けている。
無残な姿に驚いたが、まだまだ改良の余地があるとハムザは奮起した。 だが、同時に奇妙な点も多い。
破壊のされ方だ。 徹底的に破壊されていたので、はっきりした事は何とも言えないが、明らかに最も頑丈に作った正面装甲が破られている所を見ると突破の手段が存在するのは明白だ。
報告には銃杖で撃退とあったが、一体どういう使い方をすればあそこまで破壊できるのだろうか……。
技術と成果は積み上げる物。 この新型が発展と成果の礎とならん事を。
ハムザはそう考える。 そしてその過程で傷つく者や死ぬ者の存在は頭の片隅にもなかった。
時間は深夜。 月は天頂に在りそろそろ日付も変わろうかという時、それは唐突に起こった。
下から蹴り上げられたかのような衝撃、次いで激しい揺れ。
悲鳴を上げる者、咄嗟に備品を守ろうと動く者、即座に机などの下に身を隠す者と反応は各々異なったが、いきなり起こった現象に皆戸惑った声を上げる。
「静まれ!」
ハムザが一喝。 良く通る声が空間に響き渡る。
少し置いて場が静かになった。
それを見て小さく頷くと次々と指示を出す。
「まずは何が起こったのかの確認を! 誰か外を見て来てくれ! それと警備部へ通達、念の為に動かせる魔導外骨格を全て起動するんだ!」
作業員や研究員達は彼の指示を理解して即座に散って動く。
何が起こったのかを把握する為に。
状況はある程度ではあるが、即座に把握できた。 そして同時に問題も噴出。
かなり危険な状況であると言う事がその場に居た全員に伝わった。
「……それは事実か?」
「はい、間違いなく我々は別の場所に転移した模様です」
外を見ると暗くて分かり辛かったが、明らかに違う場所だ。
状況を考えると明らかに施設ごと全く別の場所に転移したと言う事になる。
ハムザは嫌な音を打ち鳴らす鼓動を抑え込んで、冷静に状況を分析。
何もしてないのに施設が丸ごと移動するなんてありえない。
当然ながら心当たりはある。 何せ彼等が開発して外に出した技術だ。
転移魔石。それを使えばこれぐらいの芸当は可能だろうと考えるが、同等の否定が脳裏に渦巻く。
確かに転移魔石を使えば理屈の上では可能だ。
内部の式を弄る必要こそあるが、複数の同規格かつ同じ記述の魔石を複数用意して範囲を括ればいい。
ただ、それをやる上で問題が一つ。
それこそがハムザの推論に陰りを生んでいる理由だ。
この施設を丸ごと転移させるとなると必要量は膨大となる。
数百――いや、千を大きく越えるはずだ。
そんな数の転移魔石を用意する手段は彼には想像もつかなかった。
「複製自体は不可能ではないが、それだけの量の材料を一体どこから……」
そう、作成自体は可能なのだが、それだけの魔石をどこで賄ったかが疑問だ。
作成に使用する魔石は質、大きさ共に最上級の物を求められる。
その為、かかる資金は右から左にと簡単に動かせる額ではない。
個人や組織では不可能だ。 比喩抜きで国が傾く程の資金が必要になる。
ハムザは心当たりを予想するが、一つしか浮かばなかった。
自分達に技術の骨子となる物を齎した者達。
彼等なら恐らく可能だろう。 だが何故――
そこまで考えていたが、思い直して思考を切り替える。
理由を考えるより直近の問題に対処する方が先だからだ。
「全てダメか?」
「はい、一通り試しましたが外に作用するものは完全に使い物になりません」
施設の外で魔法が使えないのだ。 例外は自己に作用する物は使用可能と言う事だった。
同様に魔法道具の一部が使用不能になっている。
共通するのは外に何かを放出する類の物で、お陰で通信魔石を使用しての外部との連絡が遮断されているのだ。 幸か不幸か施設内では使用可能なので外部との連絡以外は問題はない。
つまり現状、この施設は訳の分からない場所で完全に孤立している。
それを悟ったハムザの息は自然と荒くなり背には冷たい汗が流れた。
周囲に悟られないように抑えながら指示を出す。
「敷地からは絶対に誰も出すな。 魔導外骨格は全機起動。 出荷予定の物も全部動かせ! 調整が終わってない物もだ! とにかく出せる戦力は全て出せ! 手の空いている者も武器庫から銃杖を持って来て武装!」
ハムザの判断は的確だった。
少ない判断材料で状況を判断し行動に移した彼の手腕は確かな物だ。
現状で打てる最善の手ではあった――だが……。
外に居る存在が何なのかを彼等はまだ知らない。
誤字報告いつもありがとうございます。
敵は施設ごと拉致って行くスタイル。




