414 「収穫」
転移魔石は片道分の魔力しか内蔵していないので、再度使用するには魔力を充填する必要があるらしく、徒歩で戻る事になりそうだ。
十一区の街並みを見ると確かに外縁の区よりは全体的に裕福そうな印象を受ける。
民主主義を謳う割には区という階級が存在するピラミッド型の権力構造と言う訳だ。
歩きながらこれからの事を考える。
取りあえず、テュケの拠点らしき場所は潰してからこの国を出るつもりではあるが、問題はここが連中の本拠かどうかだ。
アメリアが死んだ以上、代わりが居るだろうしそいつの方針も読めないので潰しておく方が無難ではある。
ただ、連中の保有戦力が分からない。 怪しい技術を駆使した武器や兵器を使用してくるのは間違いないし、それで身を固めた転生者が向かって来るのは想像できるが、王城でのことを踏まえると俺の想像を超えた何かを繰り出してきそうだな。
……まぁ、連中の本拠ではなくて充分に制圧可能な程度の戦力であった場合は正面から行くが。
それにしても……あの連中の目的は何だ?
研究者集団と称するには余りにもやる事が周到すぎる。
どうにも連中の最終的な目的が今一つ見えてこない。
技術の研鑽が目的と言われれば納得できなくもないが……。
どちらにせよ何とか幹部クラスを捕えて記憶を引き抜くか転生者を捕まえて拷問にかけるかのどちらかをやる必要があるか。
差し当たっては一区とやらにある国立魔導研究所とかいう兵器や様々な研究全般を行っている施設は調べる必要があるな。
記憶によれば一から三区はこの国の中枢と言う事で出入りに関してはかなりチェックが厳しい。
そもそも一見さんお断りの場所で、入るには関係者の同伴か許可証または紹介状が要る。
ブティルは魔導外骨格を受け取る際の手続きで一度入ったようだが、恐らく二度目の許可は下りないな。
中の様子が多少なりとも分かったのは収穫ではあったが、肝心の施設内の情報は皆無だった。
流石に気安く部外者を入れるほど、ガードは緩くないようだ。
建物の外観から内部の構造を予想する。
加えて自分の能力で制圧できるかを吟味。
……まぁ、少し疲れるだろうが何とかいけるだろう。
だが、単騎である以上、討ち漏らしが出るのは間違いないだろう。
特に蜻蛉女が居た場合は高確率で取り逃がす事になるだろうな。
ファティマには悪いがやはり王都の時と同様にグロブスターをばら撒くと言うのが一番確実か。
適当にレブナントを――そうだな、五百程量産して施設に突っ込ませれば流石に落とせるだろう。
こっちには魔剣もあるし仕留めるのはそう難しくはない。
ただ、後始末が面倒と言う事と本拠でなかった場合、俺の足取りが完全に掴まれると言ったデメリットがある。
鬱陶しく絡まれない為に先んじて潰すという目的で攻めるつもりなのに、付け狙われる理由をこちらから作ってどうするんだという話だな。
少し悩んだがいい案は浮かばなかった。 自分で動くとどうしても派手になってしまう。
周囲に影響を可能な限り与えず、取りこぼしもなく施設丸ごと制圧できるような手段……か。
……そんな都合のいい物早々出て来る物でもないか。
取りあえず攻めるのは確定だがどう攻めるかは少し考えてから実行に移そう。
今はドゥリスコス達の所に戻って報告と行こうか。
これで面倒なお守りも終わりだ。 基盤はできただろうし、俺は俺の目的を果たすとしよう。
適当に人気のない所に入り<茫漠>で姿を消すと<飛行>で一気に十六区へと向かった。
「ロ、ローさん! 心配しましたよ!」
ドゥリスコスの店に戻るなり、すぐに駆け寄って来た。
無傷の俺を見てほっとしたように胸を撫で下ろしている。
「あぁ、ところで報告をしたいが構わないかな?」
俺は特に構わず用事を済ませたいと言った旨を伝えると、ドゥリスコスは察したのか大きく頷いて部屋へ通してくれた。
店内で慌ただしく人が行き来しているのを尻目に奴の私室へ通される。
「……随分と騒がしいな」
「えぇ、つい先程サンティアゴ商会からの使いが来まして……自分達の傘下に入れと言ってきました」
……だろうな。
もっともオーナーであるブティルはとっくにくたばっているので傘下もクソもないが。
ドゥリスコスは不意に目を伏せる。
「……今回の一件ですっかり思い知らされましたよ。 家族であっても安易に人を信じるのは間違いであったと」
そう言って自嘲気味に笑う。
「信じた結果、長年一緒にやって来たルアンさんを失いました。 彼の部下は敵討ちに燃えています。 傘下に入るならこの店を離れるとまで言っている者もいます。 自分としては――」
何だ。 そんなつまらない事で悩んでいたのか。
ドゥリスコスのどうでもいい葛藤を切り捨てて戦果を報告する事にした。
「あぁ、その事ならもう心配いらないぞ。 寧ろ連中が身の振り方を考えるべきだろうな」
「……え? それはどういう……」
「ブティルとか言うおっさんならさっき始末して来た。 それをネタに逆に連中を強請ると良い」
ドゥリスコスは俺が何を言っているのか理解できなかったのか固まっている。
「じ、冗談ですよね?」
「いや、護衛も皆殺しにしたし奴自身も間違いなくこの手で仕留めたな」
「替え玉と言う事は?」
「恐らくはないな」
引っこ抜いた記憶を見る限り、間違いなく本人だ。 寧ろどう間違えろと言うのだといいたい所だな。
信じられないのか口をパクパクと開閉させている。
「わ、分かりました。 では部下に――」
「それは後でもできるだろう? その前に少し確認をしたいんだが?」
「確認?」
「あぁ、俺の依頼はこれで完了で問題はないか?」
そう言うとドゥリスコスは小さく驚いたかのように目を見開くが、ややあって納得したように大きく頷く。
「……そうですね。 サベージやソッピースの事もありますし、いつまでも拘束する訳にはいきませんか。 分かりました。 これで依頼は完了とさせて頂きます。 本当にありがとうございました」
そうかそうか。
これで最低限の義理は果たしたと言った所かな。
「できれば今後もがっ!?」
何か言おうとしていたドゥリスコスの顔面を鷲掴みにする。
驚愕に目を見開いているが無視して根を送り込んで即座に洗脳。
要は単独で動くから証拠の隠滅が難しく行動に制限がかかるのであって、活動基盤を支える組織さえあれば問題ない訳だ。 我ながら冴えてるな。
洗脳ついでにこちらの事情と目的などの必要知識も植え付けておく。
「さて、お前の役目は理解できているな?」
「はい。 自分の目的は商会を大きくして版図を広げ、ローさんの活動を支える事です」
結構。 その為にわざわざ邪魔になるであろう兄と父親を始末しておいたんだ。
ついでにブティルも居ないので十一、十六区の商業シェアはほぼ手中に落ちたと考えていいだろう。
「サンティアゴ商会の後始末は任せても問題ないか?」
「はい。 自分にお任せください。 交渉の際にはローさんの一件を持ち出し、それを背景に圧力をかけて吸収合併を行います。 ……とは言ってもすぐにとは行かないので少し時間を頂きたいのですが――」
「分かった任せる。 俺の扱いは引き続き雇用を継続しているとでも言っておいてくれ。 後は折りを見てサベージとソッピースの回収を頼む」
分かりましたとドゥリスコスが頷いたのを見て俺は部屋を後にする。
客間で休む為だ。 面倒だがファティマにも一応、経過を伝えておきたいしやれる事はやっておくべきだろう。
しばらくはここで足止めかと内心で小さく嘆息して頭の中でファティマに伝える内容を考えた。
誤字報告いつもありがとうございます。




