40 「老人」
出る前に女将に挨拶をして冒険者ギルドへ向かった。
位置は街の東側、実はここからだと反対側だったので少し面倒だったが仕方がない。
ウィリードの冒険者ギルドはさすがと言うべきか、エンカウより遥かにでかい規模だ。
出入りしている連中の質も高かった。
青だけじゃなく赤も多く。それだけ仕事が多いのだろう。
少し待たされた後、カウンターで登録を済ませる。
「はい。ローさんとハイディさんですね。これで登録は終了しました。隣のカウンターでクエストを受注できます。後は…お2人はパーティーを組んでいないようですが、結成はされないのですか?」
あぁ、すっかり忘れていたな。
ハイディに視線を向ける。彼女は俺を見て頷く。好きにしろってか。
やっておくか。
冒険者のパーティー結成の利点は複数人が一括で仕事を受けられる事と、パーティー単位で評価されるので冒険者のランクを上げやすい事だ。
ランクが上がれば割のいい仕事が受けられるし、社会的にも高い地位が手に入りやすい。
受注もパーティー単位なのでメンバーに高ランク保持者が居れば、ランクが高い仕事を受ける事も可能になる。
とは言っても実力が伴っていないとうっかり命を落とす事になるから、金魚の糞して上げた奴はあまり長生きはできていなかったりする。さすが自由業、自己責任ここに極まる。
妬まれて殺されたというケースもあり、どこの世界でも出る杭は打たれるようだ。
「そうですね。俺と彼女でパーティーを結成するので、登録をお願いします」
「はい。承ります。では、パーティー名を決めてください」
「…」
どうしよう。考えてなかった。
何かカッコいい名前ないかな…。
……………これでいいか。
「『アノマリー』でお願いします」
我ながら皮肉が効きすぎてるかな?
登録を終えるとギルドには今の所、用事はない。
街を出る前に何かしらクエストをして金を稼ぐ事になるとは思うがまずは観光だな。
ハイディと別れた俺は街の南側に向かう事にした。
こっちは食事処が軒を連ねている。
ウィリードの街は本格的な物ではないが塀に囲まれている。
出入り口は北と南に各一ヶ所。
その為、外から来た連中の目に入りやすいように門の近くに市場の類は密集している。
北は物品、南は食事処だ。
俺は適当に目についた店に入り食事を始める。
煮込んだ肉のスープ。野菜炒め。パスタっぽい料理。
肉を豪快に丸焼きにした物…ケバブっぽいな。
相変わらず、味は分かるが今一つ感情が付いてこない。
…美味いとは思うんだが…な。
まぁ、いいか。食えば食う程、動けるようになる。
食事は俺が執着する数少ない行為だ。
楽しんで行こう。
「のう。そこの兄ちゃん」
俺がテイクアウトしたケバブっぽい肉をパクつきながら歩いていると爺さんに声をかけられた。
身なりは悪くない。物取りには見えないな。
何故か腰に剣…と言うよりは刀か?を下げている。
…ん?この爺さん覚えがあるな。
誰だったか…あぁ、思い出したわ。宿の爺さんだ。
「そんなに警戒せんでも別に取って食ったりはせんよ」
「いきなり声をかけられれば警戒ぐらいはするさ。…で宿の爺さんが俺に何の用だ?」
「ほ。気づいておったか。何、ワシも食い歩きをしておったら我が家の客がおったからつい声をかけただけじゃ」
俺は目を細める。
嘘だな。少なくともこの爺さんは俺に真っ直ぐ近づいてきた。
それに食べ歩きに武器は要らんだろう。
付け加えるなら、この爺さん結構強そうだな。
気配が薄い。魔法じゃなくて体の動きで気配を消しているのか?
視認できる距離まで気が付かなかった。変わった技を持っているな。
「そうかい。なら、お互いこの時間を楽しもう。じゃあな」
「まぁまぁ、そう急くな。これも何かの縁、案内するぞ?」
まぁ、そうくるよな。
何を企んでやがるんだこの爺さん。
客相手に追い剥ぎでもしてるのか?
「………いや、…」
「おやおや。誰かと思えば、ボロ宿の爺さんじゃないですか」
俺が口を開こうとしたら後ろから別の声がかかった。
おいおい。今度は何だ?
「…貴様…」
爺さんが腰の剣に手を触れる。
「おお、怖い。止めてくださいよ。ボクは何もしていない」
声をかけてきたのは金髪の優男だった。
容姿はそれなりに整ってはいるが、人を見下すような目と嘲るような口元が評価を8割程下方修正。
左右には全身鎧を着込んだ騎士が2人、優男を守るよう控えている。
俺は内心で失笑した。何て分かりやすい。
この手の輩はどこにでも居るな。
と言うかこいつにも覚えがあるぞ。
「見た所、そいつが新しい客ですか?」
初対面でソイツ呼ばわりかよ。
「手出しはさせんぞ」
「おやおや、根拠のない言いがかりは止めてください。お宅の客に不幸があったのはボクのせいじゃあありません」
爺さんは殺意すら宿った視線で優男を睨んでいる。
んー?あ、思い出した。あいつアレだ。
領主のバカ息子。権力を笠に着て色々やってるって話だが、成程…。
「そんな事より、あの店をボクに売る決心は付きましたか?あんな年季の入ったボロ宿なんて処分して新しい宿を立てた方がいいですよ?」
確かに困った奴だな。地上げ屋かよ。
とんでもないな。
「ボクは親切で言ってるんですよ?あぁ、そうそう。そこの人?金糸亭に泊まっているんでしょう?早めに出る事をお勧めしますよ。何でもあの宿は呪われていてですね、泊まった人間に不幸があるらしいですよ?」
忠告…と言うよりは警告か。
優男は言いたい事だけ言うと護衛を引き連れて去っていった。
会話をしない人か。うざい奴だな。
「すまんのお客人。あやつは…」
「領主の息子だろ?名前は…トリップレット・メドリームだったかな?」
爺さんは少し驚いたように目を見開く。
「お客人あんた…」
「察するに爺さん、あんた俺を守りに来たな?」
「それは…」
「話してくれ、聞く権利ぐらいはあると思うが?」
爺さん――トラスト・アーチは渋々だが事情を話してくれた。
金糸亭は西の外れの開けた場所にあり、新しく何かを建てるには最適の立地らしい。
…で、その最適の立地にあのトリップレットって坊ちゃんは別宅を建てるつもりのようだ。
あの様子なら碌な使い方はしないだろうな。
要するに家建てるから立ち退けって事か。それを言われたのが数日前。
それを断るとあの坊ちゃん、宿に嫌がらせを始めた。
客を襲わせ、悪評をバラ撒いた。爺さんが俺に近づいたのもこの辺が理由か。
結果、宿から客が消え失せた訳だ。
…と言うか、数日でこんな直接的な手段を取ったのか?
堪え性が無いにも程があるだろ。
最初は親の権力で解決しようとしたが、断られたらしい。
次は買収。最後に脅迫と分かりやすいな。
それで女将も2日で区切ったのか、何時でも出て行けるように。
「それでも皆で作ったあの家を棄てるなんてできん。あの宿にはワシ等の思い出が詰まっとるんじゃ」
その後は爺さんの半生を語って聞かせてくれたが、興味なかったのでスルー。
何でも剣に生きた青春時代とか、自分のオリジナル剣技がどうのとか言っていたな。
爺さんには悪いが状況的に詰んでるとしか言えないな。
この世界では土地の権利なんて物は存在しない。
基本的に昔から住んでいる人間がそのまま何となく土地の持ち主になっている。
領民になるには税収の問題で手続きが要るが、それ以外は基本曖昧だ。
家が欲しければ人から売って貰うか、何もない場所に自分で建てる。
日本じゃ考えられないな。
領主側にも土地の権利がない以上、簡単に追い出せないって訳だ。
やってやれない事はないだろうが、迂闊にやると領主は都合の悪い住民を追い出すのか?と言った噂がたつのを嫌がったのだろう。
…で、坊ちゃんが自力で追い出す事になった訳だ。
先代はイケイケ(死語)の領主だったらしいが、数年前に代替わりしてからは随分と保守的になったとか。
あぁ、よく聞くアレだな。
2代目が会社をダメにして、3代目が会社を潰す…だったか?
あの坊ちゃんが3代目だとマジで潰れそうだ。
…少し脱線したな。
追い出せないとは言っても相手は領主の息子だ。
間接的な嫌がらせはやりたい放題だろう。
何とか諦めさせないとあの宿に明日はない。
…が、あの様子では難しいだろうな。
爺さんも巻き込みたくはないと思いつつも客は逃がしたくないって心理が働いてこっそり警護っていう中途半端な事をしている。
どうにもならんな。
悪いが巻き込まれるのはゴメンだ。
明後日には別の宿でも探すか?その辺はハイディと相談だな。
「話は分かった。って事は俺の連れの方にも…」
「あぁ、息子を行かせておる」
「そうか。じゃあ飯の続きでもするか。爺さん、案内してくれ」
「何?」
「どうせ追い払っても付いて来るんだろう?ならついでにこの辺の案内でもしてくれ」
爺さんは不思議そうな顔をしている。
「お客人。ワシはてっきり…」
「2日は泊まる。金を払ったしな。後の事はその時考える」
「…恩に着る」
「着なくていいから案内してくれ」
爺さんは嬉しそうに頷くと近所の店を案内してくれた。
さすがは地元民、俺の記憶にもない店まで網羅しており、俺の楽しい食べ歩きは良い感じで終了した。
帰り道、爺さんの話を聞きながら歩く。
日も随分と傾いている。このペースだと到着は暗くなってからだな。
「…でだ!ワシは襲い掛かって来た連中を薙ぎ払い我が子を守ってだな…」
「はいはい。それで、落ち延びたのがここで息子と2人で家を建てたんだろ?」
「おお!分かっておるじゃないか!」
「もう5回は聞いたぞ」
爺さんは俺との食べ歩きが楽しかったらしく途中、酒まで飲んでいた。
お陰で壊れたレコードみたいに同じ話を繰り返している。
そして俺は何故か肩を貸して歩く事になった。爺さん、もっとしっかり歩け。
「それでだなお客人!」
「はいはい。息子が嫁さん捕まえたんだろ?で、その嫁さんのお陰で宿がでかくなったと」
「そう!その通り!それでだな…」
「…孫が出来たんだろ?もう6回目だぞ。別の話しろよ」
「おおそうか!じゃあ婆さんとの馴れ初めを…」
「それも聞いた。あんたの初体験とか何度も聞きたく無いぞ」
何が悲しくて爺さんの初体験を細かく聞かされないといけないんだ。
「それでなぁ…」
あー…早く宿に着かないかなぁ…。




