407 「手遅」
続き。
「あの……ドゥリスコスさんよ。 俺ぁ、何て言ったらいいか……」
場所は変わって同じ建物の客間。
家族との話を終えた自分達は空いている部屋に集まっていた。
今夜はここで一泊となりそうだ。
ルアンさんが心配そうに何とか慰めの言葉を捻り出そうとしており、マテオさんは冷めきった表情で嘆息。
ローさんは無言で壁にもたれかかっていた。
「いくらなんでもあれはない。 ベンジャミンの旦那もウーバードの大旦那も商売人としては尊敬できますが人としては軽蔑しますな。 あれが血を分けた家族に対する仕打ちとは……」
侮蔑を隠しもしないマテオさんのお陰で少し落ち着く事が出来た。
自分は家族には恵まれなかったのかもしれないが、仲間には恵まれたのかもしれないと少しだけ救われた気がしたからだ。
「……それで? これからどうする。 あんたの兄貴の提案に乗るのか?」
あの後、興奮気味に勝算を並べ立てた兄は自分にも抗争に参加するように求めた。
すっかり気力の萎えた自分は答える事が出来ずに時間が欲しいとその場を辞したのだ。
結局、ローさんが正しかったのだろうか?
自分は両親に投資させる程の物を見せられなかったからこうなったのだろうか?
答えは出ないが……家族の在り方に大きな疑問を抱いてしまった事は間違いない。
ローさんの質問はもっともだ。 これは早めに答えを出さなければならない。
下手に延ばすと巻き込まれかねないからだ。
少し考えた。 ここで手柄の一つも立てれば父や兄を見返せるのではないかと。
考えて即座に首を振って否定。 そんなつまらない見栄の為に仲間を危険にさらすなんてありえない。
「……明日ここを発ちます。 兄には悪いけど、付き合ってられない」
「あぁ、それがいい。 こんな辛気臭ぇ場所なんてさっさとおさらばしちまおう」
「そうですね。 ただ、ここで引き下がると今後の本店との関係も見直さないといけません。 その点にだけ留意を」
自分の決断に二人は即座に賛同してくれた。
ローさんは小さく頷くだけだったが、同意してくれているようだ。
「そうと決まれば今日はもう休みましょうか。 明日の朝一番に出発したい」
「……その前に聞きたいのだが構わないか?」
話が終わりと言った所で不意にローさんが声を上げる。
「何でしょう?」
「あの銃杖という武器だが、あんた達は初めて見るのか?」
「……えぇ、少なくとも自分は初めて見ましたね」
概要は兄から聞かされた。
魔石を弾として射出する射撃武器のようだが、あんな発想良くできたなと大いに感心したくらいだ。
流石はアラブロストルの誇る魔導研究所、発想力が違う。
ただ、弾として魔石を使い捨てる事を考えると費用が嵩む代物だなという感想だった。
念の為にと二人を振り返るが首を振って否定。
「俺ぁ、この手の情報は積極的に集めているつもりだがあんな代物は初めて見たな」
「そうですね。 ベンジャミンさんの言葉を信じるのなら工房から出したばかりの代物で、本当に他所に流れていない全く新しい武器なのでしょう」
「まぁ、そうだろうな。 一回使うたびに魔石を一個使い捨てるってのは勿体ねぇが、例の軌道を操る魔法道具と併用すりゃぁ必中だ。 音も殆どしないし暗殺にも向いているだろうよ」
二人の銃杖に対する評価は高い。
運用費用にさえ目をつぶれば優秀――いや、優秀過ぎる武器と言っても過言ではないだろう。
だが、今まで何の情報もなかった事が引っかかる。
まるで……もとからあった物をそのまま持って来たような唐突さだ。
優秀過ぎるがゆえに完成まで情報が一切漏れなかった事が気になる。
そこでふと気が付く、ローさんもその点が引っかかったのだろうか。
……だからこんな話を?
「ローさんもあの武器に何か思う所が?」
「……概ねあんた達と同意見だ。 これだけの代物がいきなり現れるなんて不自然だからな」
……?
何だろうか? 彼の物言いに何か含みがあるように感じる。
「何か引っかかる物言いだな。 気になる事があるならはっきり言ったらどうだ?」
ルアンさんも同様に少し気になったのか自分と同じような疑問をぶつける。
ローさんは少し考え込むように目を閉じ、ややあって開く。
「この一件。 連中を焚きつけたのは双方の区長――というよりは国だ。 それは間違いないな」
その点は間違いない。 兄もそう言っていたし、あんな代物を用意できた時点で国が絡んでいるのは疑いようがないだろう。
「運用試験を兼ねた抗争? 俺にはそれだけとはとてもじゃないが思えなかった。 確かに情報収集の側面は間違いなくあるだろうが、それは銃杖に限った話なのかなと思うんだが?」
「……」
彼の言葉の意味を考える。
この抗争が銃杖の運用試験――いや、銃杖だけの試験ではない?
ローさんは自分達に構わずに続ける。
「俺の見立てでは、銃杖と言う武器はほぼ完成している。 こんな強引な手段を取ってまで運用試験を行う必要がない」
「なら、この状況は一体――」
マテオさんが困惑をそのまま言葉にするが自分には分かりかけて来た。
同時に嫌な汗が背中を伝う。
つまり彼が言いたいのは本命は銃杖の試験ではなくもっと別の代物の運用試験ではないのかと言う事だろう。
恐らく銃杖はついでだ。
そう考えると国が兄に<照準>の魔法道具を気前良く譲渡した理由にも納得がいく。
彼等は嘘をついていない。 ただ、サンティアゴ商会にはもっと別の代物を渡していると言う事だろう。
……それも銃杖よりも強力な代物を。
「まさか、兄達は――いや、エマルエル商会は生贄だとでも言うのですか……」
「あんたも言っていたじゃないか、この国の重要な施設などは中央に集中していると。 平等を謳ってはいるが、実際の所は明確な序列があるんだろう? つまり、国からすれば中央から外に行けば行くほど住民の価値が下がるんじゃないのか?」
「そ、そんな馬鹿な!」
思わず反射的に否定するが、彼の言葉に対する反論が出てこなかった。
正直、兄や父の自分に対する仕打ちを見た後では否定するのは難しい。
普段ならもっとましな事を言えたのかもしれないが心が弱っている今の自分には無理だ。
「馬鹿なも何も事実を並べてみたらどうだ? 現状は限りなく胡散臭いと思わないか?」
言葉が出てこない。 我ながら弁は立つ方だと自負していたが、ここまで何も言えないなんて……。
「おいおい、あんまりウチの雇い主を虐めんでくれよ。 それで、現状がやべえかもしれねぇのは良く分かった。 それだけ並べて終わりじゃないだろ? あんたの結論を聞かせてくれよ」
自分の有様を見かねたのかルアンさんが割って入る。
「……明日の朝なんて悠長な事を言わずにさっさと逃げた方がいいかもしれんな」
そう言ってローさんは肩を竦めた後、こう付け加えた。
――もう遅いかもしれんがなと。
同時に衝撃が屋敷全体に響き渡る。
少し遅れて轟音と悲鳴。 そして怒号。
聞こえる声を耳が拾う。
――敵襲だと。
誤字報告いつもありがとうございます。




