405 「呼出」
別視点
動き出してから数日が過ぎた。
自分――ドゥリスコスはジリジリと焦燥感に苛まれている。
もどかしい。
マテオさんはそろそろ向こうに到着している頃だろう。
彼は上手くやっているだろうか?
普段ならここまで気を揉んだりはしないが今回は別だ。
何せ相手は実家なのだから。
兄や父は一筋縄ではいかない相手だ。
何もないのなら取り越し苦労で済むが、そうでないのなら……。
彼にはルアンさんの部下を護衛に付けている。
そう簡単にやられるとは思えないが心配――
いや、それもあるが本当の懸念は別にある。
あの山賊達が本当に兄の差し金であった場合だ。
――要領の良さを見て愛情と関心を示すという形で投資したと言う訳だ。
ローさんの言葉が脳裏に蘇る。
馬鹿なと内心で否定。 愛はそんな冷たい物じゃないはずだ。
愛や友情は気持ち。 少なくとも自分はそう思っているし、そう信じている。
自然と溢れ出て来る物であって、お金や物品と違って切り売りするような物では断じてない。
だから、だから……。
……でも何故だろうか……。
彼の言葉を完全に否定できない自分も居るのだ。
頭の片隅にカビのようにこびりつくその考えを無理に見ないようにして自分は仕事に戻る。
体を動かしていないと落ち着かないからだ。
マテオさんの無事を祈りながら自分は目の前の書類に意識を向ける。
そうでもしないと不安に押し潰されてしまいそうだ。
そして更に数日が経過した。
渡して置いた通信用の魔石にも反応がなく、彼に何かあったのではないかと焦りが生まれる。
ルアンさんの部下からは定期的に連絡が入っているので無事なのははっきりしているが、どうなっているかが不明なのだ。
そんなある日の事だ。 魔石に反応があったのは。
待ちに待ったマテオさんからの連絡だ。
彼の口調は落ち着いており、内容は父、兄との話が出来た。
そして今回の一件について二人の口から直接説明するので来て欲しいとの事だ。
悩む。 家族が裏切る訳はないのでさっさと行って話を聞こうと考えるが、芽生えた疑念が本当にそうかと囁く。 もしかして罠なのではないのかと。
自分はその囁きを無視。
どちらにせよ行かなければはっきりしない以上、行かないという選択肢はない。
……行こう。
決めさえすれば後は早い。
ルアンさんとローさんに声をかけて出発の準備、持って行く物や移動手段などを脳裏に思い浮かべながら自分は歩き出した。
連絡がきた当日に準備を済ませ馬車と馬を用意して出発。
馬車は一台。 周囲にはルアンさんの部下。
同乗しているのはルアンさんとローさんの二人と馬車を操っている御者のみ。
「お二人はどう思いますか?」
ガタゴトと揺れる馬車の振動以外に音のしない車内の沈黙に耐え切れずに思わず口を開く。
「あー……マテオの奴は何か言っていたのか?」
「……いえ……」
連絡を受けた際、確認をしようとしたがはっきりとした返事はもらえなかったが関与は間違いないと言われた。
正直、かなり堪えた。 無関係であって欲しいという自分の願いが無残にも打ち砕かれたからだ。
ルアンさんは何とも言えないと言った表情で答えてくれたが、ローさんは小さく肩を竦めるだけだった。
目的地はこの区の中心――一番街だ。
そこにエマルエル商会の本店がある。 今目指しているのはそこなのだが、そう離れていないとはいえ馬車でも数日はかかるので少しの間は馬車での旅だ。
アラブロストルは魔物の駆除を積極的に行っているので街の近辺では驚く程、魔物の被害は少ない。
流石に街から離れた場所はその限りではないが、街道を移動する分には他所の国と比べると安全と言っていいだろう。
遮蔽物も少なく見通しがいいので野営するにも適している。
何かが近づけばすぐに分かるし、魔法道具の類を使用して身を隠したとしてもそれを感知する魔法道具が存在するので、奇襲を防ぐのはそう難しくない。
現在はルアンさんの部下が手際よく野営の準備を進め、ローさんは他に混ざって周囲の警戒に当たっており、自分の周りにいるのはルアンさんだけだ。
「ドゥリスコスさんよ。 あんたは雇い主だし、世話になっているからあんまり方針やらに口を挟む真似はしたくねぇが言わせて貰うぜ。 あのローって冒険者は本当に信用できるのか?」
不意に彼はそんな事を言い出した。 二人きりになってすぐの事だったので恐らく言い出す機会を見計らっていたのだろう。
表情にはやや心配そうと言った感じの物が浮かんでおり、職務などではなく純粋に自分の身を案じていると言うのが伝わる。
「流石に付き合いが浅いので絶対に大丈夫とは言い切れませんが、少なくとも彼は仕事に真摯に向き合う感じの人に見えます。 だから自分は信じたい」
これは嘘偽りのない自分の気持ちだ。 信じて貰うには信じる事が大切。
今までの人生で培った信念と言ってもいい物だ。
それを聞いてルアンさんはやや大げさに溜息を吐く。
「……なるほど、らしいっちゃらしいか。 ま、あんたはそう言う奴だしな。 了解だ。 奴を信じるあんたを信じよう。 それにマテオの話を聞く限り、あいつの言う事もあながちデタラメって訳でもなさそうだしな」
その通りだ。
マテオさんの連絡で自分達は本店へと向かっている。
何もなければ異常なしの報告で済み、取り越し苦労と笑い話で終わるはずだった。
そうならなかった時点でローさんの話の裏が取れた形になっている。
「ルアンさんはどう思います?」
家がどう言うつもりで自分に賊に扮した手勢を差し向けたか意図が掴めない。
無意味に事を荒げる事にしかならないと思うのだけど……。
「……俺ぁ、体動かすぐらいしか取り柄がないからそういった事の機微は分からん。 ただ、あんたを始末するのか拉致るつもりだったのかは今となっては分からんが、どちらにせよあんたが居ると困るか、あんたが消えると得するかのどっちかなんだろうなとしか言えねぇな」
……。
彼の言う事はもっともだ。
目的がどうあれ、そう言った手段を取ろうとした時点でそれが最善と判断されたのだろう。
だが、自分を排除する事によって得られるものとは何だ?
結局、今の情報だけで判断するなら他所の商会との関係に亀裂を入れるだけにしかならないとしか……。
それが目的? 考えたが腑に落ちない。
仮にそうだとしても何の得にもならないだろう。 商売人である兄や父がそんな事をするとは考え難い。
……それとも……。
何か自分が知らないだけで何かしら利点になるような事でもあるのだろうか……。
考える。 あるとしたらどこかからの取引?
大口の依頼であれば傭兵を使っての荒事を請け負う事もあるがそう多くない。
自分達は商人であって傭兵団ではないからだ。
保有している戦力はあくまで自衛の為であって積極的に振るう物ではない。
要するに下手に使って傭兵を失うような事になると短期的には潤うかもしれないが、新しく雇い入れる事等を考えると余程の額でもない限り割に合わないのだ。
……だが……。
ここまで思い切った事をしている以上、もしかしたらそう言う事なのか?
いや、でも……。
色々と考えてみたが、まだまだ情報が足りなさすぎる。
どう動くにしても本店で父や兄の考えを聞かなければ始まらないか。
自分はそんな考えを棚上げし、せめて今だけでもと話題を明るい物に変えてルアンさんとの会話を楽しむ事にした。
誤字報告いつもありがとうございます。




