391 「注進」
「し、正気に戻ってくれ……」
か細い声を耳が拾う。
視線を落とすと片手と片足を挽き肉にされたシシキンが呻いていた。
周囲に居た連中は残らず始末を終えた所で、しぶとく生き残ったシシキンにとどめを刺す所だ。
まったく、最初の一撃を下手に受けずに即死しておけば良かった物を。
中途半端に防ぐからこうなるというのに。
シシキンははっと目を見開き、俺の足に縋りついて来た。
服が汚れるから放してくれないか?
「頼む……俺はどうなってもいい。 彼女を……彼女を助けてやってくれ……」
彼女? あぁ、そういえば後ろで第三形態に擬態した靄とやり合っていたな。
振り返るとそちらも片付きそうだ。
前衛は焼け焦げた人型の炭の塊になったり磨り潰されて元が何だったのか分からない有様だった。
残っていたのはシシキンの彼女ともう一人の後衛だったが、ちょうど目の前で靄に飲み込まれた所で、内部からくぐもった悲鳴が響き渡る。
……あー……ちょっと遅かったな。
シシキンの表情が絶望に彩られる。
まぁ、あれだ。 依頼の内容はしっかりと確認するべきだったな。
苦しめるのは趣味じゃないしさっさと後を追うと良い。 ちょうどここはあの世みたいな物だし結婚式とやらはここでやるといいんじゃないか?
俺は魔剣を振り下ろす。 それで全てが終わった。
サベージに連絡を取ると向こうも生き残りの処理を終えたらしい。
念の為、ソッピースに確認を取らせたが、動く人影はなし。
俺自身も探知系の魔法を走らせるがこちらも反応はない。
よし、これで全滅かな。
さーて、後は適当に足がつかなさそうな物を漁って引き上げるとするか。
サベージに指示を出し、手分けして死体から金銭などを漁る。
嵩張るし現金のみでいいだろう。
……その前に……。
この手から離れない剣はどうにかならんのか?
へばりついたままだと生活に支障が出るんだが……。
色々と調べてみたがどうもこの剣は体から一定の距離――まぁ、十数センチメートルと言った所だが――なら離しても問題ないらしく、手から離す事は出来るので適当にサイズの合う鞘を死体から剥ぎ取って腰に差す。
軽くなったお陰で何だか落ち着かんな。
何だかんだであの重さに慣れていたんだろうなと考えながらサベージ達を呼び戻した後、魔剣の力を解放する。
次の瞬間、俺は元居たザリタルチュの荒野に立っていた。
さて、戻れたし取りあえずギルドに適当に報告しておくとしようか。
俺はこの後の動きを反芻しながらサベージ達を連れて歩き出した。
報告に戻ったのが俺一人と言う事で随分な騒ぎとなった。
そりゃそうだろうな。
赤の冒険者は腐るほどいたにも拘らず、中の下程度の俺しか帰ってこなかったんだ。
その後はまぁ、控えめに言っても鬱陶しい質問攻めにあった。
中の様子に始まり、辺獄に取り込まれた経緯、アンデッド共の動き。 攻め込んだ結果。
……等々。
しかも大勢が次々と交代で現れて、同じ質問をしてくるお陰で時間がかかってしまった。
いっそ書面で報告して提出した方が早かったかもしれんな。
実際、報告の為にギルドに一泊する羽目になったのは予想外だった。
さて、どのように報告したのかと言うと……。
――ザリタルチュ侵攻に関する報告。
投入人員。
アラブロストルから兵員 約五千。
フォンターナから兵員 約三千五百。
グノーシスから聖騎士 聖殿騎士 約千五百。
冒険者、傭兵等の外部から調達した戦力 約千三百。
合計 約一万千三百名。
先鋒として荒野を進んだ外部戦力が荒野の中頃に到達したと同時に消失。
その後、後続の聖騎士達と両国の総軍が荒野の半ばを越えてしばらくした後、同様に消失。
同時に辺獄種の流出が停止。
荒野は凪いだように静かになったが、数日後に変化が起こる。
帰還者が現れたのだ。
一名だったが、内部の様子の聞き取りに成功。
以下はその冒険者の証言である。
辺獄の内部はザリタルチュと同様の荒野。
辺獄種が唐突に現れる異常な空間で、到着と同時に冒険者達は奇襲を受けた。
彼等はその襲撃を何度も受けて疲弊。
それでも突き進むと街を発見。 恐らくそこが辺獄種の発生源と思われる。
苦戦を強いられはしたが、後続の本隊が合流した事により戦局は覆り街の殲滅に成功。
報告によると大規模な魔法攻撃で焼き払ったとの事。
多くの犠牲を出しはしたが見事に危機を打ち破り、今後は辺獄種の発生も抑えられるだろう。
ただ、生き残った多くの者達が向こうに取り残されているとの事。
戻って来た青の冒険者も気が付けば元の場所に戻っていたとの事なので帰還の方法は不明。
彼の報告通り、辺獄種の発生は確認されておらず、危機は去った物と思われるが今後は取り残された者達の救出を目的としてあの地の調査を行う。
……まぁ、結果だけ見ればそこまで間違ってはいないから問題はないだろう。
連中が俺から聞き取った事を書き起こした物に目を通しながらそんな事を考える。
現在地はザリタルチュ近くにある砦だ。
ただし、アラブロストル側の。
フォンターナでの事情聴取を終えた俺は今度はこちら側で同じ話をしなければならない。
流石に面倒なので移動前に書き起こした物の写しを貰っておいたのだ。
こいつを提出すれば多少は手間が省けるだろう。
出来ればまた一日使わされるのは面倒なので勘弁してほしい所だな。
……あぁ、そう言えばファティマに連絡するのを忘れていた。
事前に辺獄へ向かうから連絡が出来なくなるかもと言う事は伝えてあるので問題はないだろう。
行く前に色々とやらされたが、果たして成果は出ているのだろうか?
なるほどと思った物もあったが、一部常軌を逸した頼みもあったので奴の負担自体は大幅に軽減されただろうが……。
――まぁ、そんな訳で結果的に上手くは行ったが、妙な拾い物をしてしまった。
――魔剣ですか? お話では相当な代物と言う事は分かりましたが……。
一通り聞いたファティマの反応は芳しくない。 今一つ理解し切れていないと言った感じだ。
実際、あそこで経験した事は口では説明し辛いからな。
――どちらにせよザ・コアを失った以上、このうるさい剣と付き合っていく事になる。
――何とか引き剥がせないのですか?
――試したが無理だった。
腕を切断して体から離そうとしたが腕ごと戻って来た。
しかも使用者の傷を癒す能力もあるらしく、勝手に傷まで塞がったのだ。
破壊しようと試したが一体何でできているのか魔法や物理攻撃も効果がなく、何をやっても傷一つ付かなかった。
仕方がないので今は離す事は諦めた。
どうせ得物がないので使わざるを得ん。
――それにしても……辺獄の領域ですか……また厄介な問題ですね。
――あぁ、ウルスラグナにもある事を考えると楽観はできん。
――そうですね。 位置は南寄りなのですぐにどうにかなる問題ではありませんが、将来的に調査が必要なのは間違いありませんね。
確か南東の辺りだった筈だが……。
調査が難しいと言う事は、国内がそろそろ荒れて来たと言う事か。
どちらにせよ、ザリタルチュと同等の戦力に守られている可能性を考えると相応の犠牲を覚悟しないと厳しいだろうな。
――はい。 国内はあちこちで派閥を作って分裂。 場所によっては始まっている所もあるようですね。
あぁ、もう一部では始まっているのか。
いよいよ玉座を懸けた本格的な内乱が始まったと言う訳だ。
――北方は完全に抑え、戦力の配置も完了していますので少しずつですが時期を見て切り取りを行うつもりです。 采配を振るう手も足りていますし、問題はないでしょう。
……そうだろうな。
あんな物を作らせたんだ。 手は足りるだろうよ。
それに新しく作った改造種共も威力を発揮しているようで食料生産に関しては更なる向上を見せたようだ。
――お話は分かりましたが、この後は……?
――折角アラブロストルまで来たんだ。 しばらくはこの辺りをうろつくとしよう。
――分かりました。 何度も申し上げていますが……。
――支援が出来ないから行動には気を付けろだろう?
言われなくても分かっている。
金も死体から剥ぎ取った分と依頼の成功報酬があるからしばらくは困らん。
――いえ、ですから……ロートフェルト様は他国から来たと知られているので急にそんな大金を得たら流石に怪しまれるのでは? 冒険者ギルドは支払った報酬額も把握しておりますし、一度怪しまれたらかなり追及されるので、くれぐれも、本当にくれぐれも行動には――
あぁ、はいはい。
俺は適当に聞き流しながらファティマの話に相槌を打った。
誤字報告いつもありがとうございます。




