38 「出発」
予定通り2日でオラトリアムの屋敷に戻れた。
戻った俺達から、何食わぬ顔で報告を聞いたファティマはわざとらしく驚いて諸々の手配を行った。
とんだ茶番だな。
「さて、これでズーベルの後始末は終わりましたね。色々と一段落したところで、これからお2人はどうされるのですか?」
場所は応接室。
報告を聞いたファティマはこれからの身の振り方について切り出してきた。
聞かれるまでもない。俺は気楽にやるんだよ。
「お前には悪いが、俺は冒険者として身を立てると決めている」
ファティマは悲し気に目を伏せる。
迫真の演技だな。お前、女優か何かやれよ。
「決心は変わりませんか?」
「ああ」
「戻られるつもりはありますか?」
「気が向いたらな」
ファティマは「そうですか」とだけ言うと今度はハイディに視線を向ける。
「ハイディ様はこれから…」
「彼と一緒に行きます!」
ハイディは食い気味に答える。
最後まで言わせてやれよ。
っていうか俺、何も聞いてないぞ。何を勝手に決めているんだ。
「僕は彼と…その…彼が…そう! 僕が彼と居たいんだ!」
…………はい?
ファティマは目を細める。
「それはあなたがロートフェルト様に懸想していると取ってもよろしいのでしょうか?」
おいおいおいおい。
何言ってんだ。
ハイディは少し沈黙して……頬を染めて慌てだした。
「いや、違うんだ。そうじゃなくて、いや、違うんだ」
しばらくの間「いや、違うんだ」と言い続けた。
…ははは。何だコレ? 他所でやってくれないかな。
ハイディは深呼吸を数回して落ち着きを取り戻した。
「僕は彼を…その異性としてではなく人として尊敬しているので……その…彼と共に旅をして僕は自分に足りない物を見つけたいんだ!」
御大層な決意表明は結構な話だが、俺を巻き込むな。
「盛り上がっているところ悪いが、俺は同行を許可した覚えはないぞ?」
「……え?」
ハイディが「何で?」って顔で俺の事を凝視していた。
いや、何で?はこっちのセリフだぞ?
何を当然のようについてこようとしているんだ。
「……どうして…いや、そういう事か…」
何やら呟き始めた。
え?何に納得したんだ?
ハイディは何か考え込むように俯いた後、表情を明るくして顔を上げる。
そして頬を染めながら…。
「ぼ、僕と彼はしょ、将来を誓いあった仲なんです」
ファティマは眉を動かして俺の方へ「聞いてませんよ」と言わんばかりの視線を向けてくる。
何を言っているんだこの女は?
俺はお前と将来を誓い合った覚えなんて無いぞ?
「彼は…その、僕に言ってくれたんです。身も心も捧げるって…」
ははは。笑わせるなよ?
あんまり調子に乗って舐めた事言ってると殺すぞ?
俺はゆっくりと腰の剣に手を添える。
「ファティマさんもその…聞いているはずです」
ファティマは少し思案顔になり…。
「……………確かに仰ってましたね」
おいおい。
お前まで何を言ってるんだ?
俺がそんな歯の浮くような臭いセリフを………あ、言ったわ。
確か屋敷の前で戦った時にファティマを煽るのにそんな事を言ったような…言ったな。
「そ、そんな理由で僕は彼と一緒に行きます!」
随分と力技で来たな。
さっきから言ってる事ブレまくりだぞ。
何でまた俺と来たがるかね。何を企んでいるのやら…。
後、そのドヤ顔止めろ。
何をやり遂げた顔をしているんだ。
「彼と一緒に行きます!」
僕――ハイディは意思を込めて2人を見つめる。
彼が目を丸くしているように見えるがきっと気のせいだろう。
同行すると申し出た時、彼が難色を示した事には驚いたが直ぐに彼の意図は伝わった。
…納得させろという事だね!
これは彼が僕に課した試練。つまりは勝ち取れって事だね!
考えろ。彼はできない事は言わないはずだ。
鍵は彼の言った言葉。その中に答えがある。
彼との会話を必死に思い出した。
………これだ!
彼がファティマに言った言葉を思い出す。
それを切り口に2人を説得する。
…どうだい?これでいいんだろう?
僕は彼に笑顔を向ける。
分かっているよ。婚約者のファティマを納得させる必要もあるんだろう?
ふふ。彼も驚いているね。僕の発言が予想を超えていたのかな?
ファティマは手で顔を覆うと溜息を吐いた。
「…連れていってはいかがですか? 私の方は1人でもどうとでもなります」
…何だろう。今の言い回しに何だか違和感が……。
彼も軽く上を向く。
「……………………もういい…何か考えるのが面倒になってきた」
何か呟いていたけど問題ないみたいだね。
「出発は2日後だ。準備をしておけ」
……どうしてこうなる。
準備をしてくると言ってハイディは早々に退室した。
それを尻目に俺は内心で頭を抱える。
どういう事だ? やはり何か目的があるのか?
「おめでとうございます。これで寂しい一人旅をせずに済みますね?」
「止めろ。頭が痛くなってくる」
お前、ふざけてないで引き留めろよ。
「あれは無理でしょう。言っても無駄です。それこそ、力尽くでもないと難しいでしょう」
ファティマは薄く笑いながら「手足でも圧し折りますか?」と付け足した。
そのつもりなら早い段階で潰して食料にしている。
そもそも殺すつもりなら、今までの苦労は何だったんだという話だろう。
だからこそ突き放したんだが、効果は無かったか。
まぁ、能力に頼り過ぎる戦い方も良くないしその辺の改善に使える…か?
そう思わないとやってられないな。
「少し妬けてしまいますね」
ファティマは相変わらずの薄笑いでそんな事を言ってくる。
うるさい。黙れ。
俺は大きく溜息を吐いて「俺も準備をしてくる」と言って部屋を後にした。
前向きに行動しよう。
準備だ。準備をしよう。装備を新調しよう。
そうだ。そうしよう。
俺は軽く現実逃避をしながら廊下を歩いた。
さて、まずは武器の作成に入ろう。
この剣は便利ではあるが、どうも使い辛い。
今までの経験から棍棒等の鈍器の類の方が手に馴染む。
新たに手に入れた能力で武器を作る事にした。
まずは、腕の表面をデス・ワームの外殻に変化。
長さを調節。関節と指を消して肩から下を完全に固める。
そして自切。
腕を再生させて切り落とした元腕を掴んで振る。
ふむ。少し軽いか? 何度か表面を軽く叩いて感触を確認。
まぁ、こんなところか。
後は握る部分に適当に布を巻いて完成。
防具は…………要らんな。
後は…出発まで訓練に精を出すか。
デス・ワームの毒液と触手の使い方でも練習しよう。
2日後。
準備を終えた俺達は出発の日を迎えた。
ファティマが見送りに来ていた。
「もう行ってしまわれるのですね」
「ああ、世話になったな」
「ありがとうございますファティマさん」
俺は形だけの挨拶をファティマにする。
ハイディを交えるとこいつとの会話は本当に茶番だな。
隣のハイディはファティマに複雑な表情を向けている。
「これからどちらに向かわれるのですか?」
「アコサーンで冒険者プレートを再発行してから南下してメドリーム領へ向かう。その後は…適当に大陸を見て回るつもりだ」
ファティマは俺にしなだれかかると体のあちこちを撫でまわし始めた。
いきなり何だ?
「いつでも戻ってきていいのですよ? 私はいつまでもお待ちしています」
ああ、はいはい。変化があったら連絡しろ。
こっちからも定期的に連絡は入れる。
「気が向いたらな」
俺はそれだけ言うとそのままその場を後にする。
ハイディは慌てて付いてきた。
少しの間お互い無言だったが、ハイディは沈黙が苦痛なのかすぐに話を振ってきた。
「これからエンカウへ戻るんだね」
「ああ、さっきも言ったが冒険者プレートの再発行が必要だ」
冒険者プレートは酒場で襲われた時、失くしてしまった。
そんなに時間が経っていないのに随分と昔に感じるな。
「それはエンカウじゃないとできないのかい?」
「ああ。冒険者プレートは登録している支部でしか再発行できないんだ」
詳しく説明すると、冒険者プレートを作成するとその支部で情報が登録される。
ちなみにその状態では他の支部での仕事は請けられない。
他の支部でクエストを受ける場合はその支部でプレートを見せて登録しなければならない。
それさえ済ませればプレートを喪失した場合でも再発行(有料)が可能。
余談だが冒険者のランクが高いほどプレートは高額なので上位の冒険者はプレートを大事にしている。
俺の場合はエンカウでしか仕事をしていないので再発行がそこでしかできないのだ。
「なるほど。なら僕もそこで冒険者登録をするよ」
ああ、それはいいな。自分の食い扶持は自分で稼げ。
登録料ぐらいは出してやる。
移動ルートは来た時と同じだ。
オラトリアム~アコサーン間の山を越えてエンカウへ向かう。
行きと違って急ぐ必要もないから気楽なものだ。
前回より半日ほど余計に時間をかけてエンカウへ到着。
ホッファーの所へ行けば宿ぐらい都合してくれそうだがさすがに気が引けたので、街中で宿を取る。
到着してすぐに冒険者ギルドへ行きプレートの再発行とハイディの登録手続きを済ませた。
発行は翌日になるのでそれまではお互い自由行動だ。
ハイディはホッファーに挨拶をすると言って早々に出ていった。
わざわざ、宿を取ったのに余計な事を…。
俺は空いた時間で街の状況と依頼の確認をしていた。
街の状況は特に何もなく、酒場とホッファーの屋敷が襲撃を受けた事で少し騒ぎにはなったが、今は落ち着いているようだ。
現在はコルクボードの依頼を確認していた。
探しているのは護衛系の依頼、メドリームまでの護衛クエストがあればベストだな。
上手く行けば馬車に便乗できる。
…馬は普通に居るんだよな。
俺の世界に居た馬とは微妙に違うが、名前も見た目も完璧に馬だ。
違いは角で、種類によって様々な角が生えている。
一角獣じゃないのか?とも思ったが、角の見た目の所為でそうは見えなかった。
どう見ても山羊や羊、見た事も無いような見た目の角を持った奴までいる。
ユニコーンっぽい奴は確かに居るが馬の1カテゴリーで括られているらしい。
他の特徴は角に応じた魔法や特殊能力が使えるようだが、馬車などに使われている馬は角を折られて能力が使えないようにされている。
ちなみに高価なので商人は場合によっては品物より馬を優先する者までいるぐらいだ。
…まぁ、今のところは金もないし要らんな。
さて、依頼は何があるかな?
・薬草採取。違う。
・迷子のおじいちゃんを探してください。自分で探せ。
・妻の浮気調査。これってここに持ってくる話か?
・地竜の捜索及び討伐。あ、まだやってたんだ。見つかるといいね。
・商隊護衛。アコサーン~メドリーム~……。お、あった。
メドリームの先まで行くのか。終点は…王都。
途中で降りられるか交渉してみるか。
受付に事情を話して、依頼人と引き合わせてもらい交渉。
断られるかなとも思ったが、別に構わないとの事。
この商隊は街々で抜けた護衛を補充しながら移動しているらしい。
冒険者にとってはありがたい話だな。
移動もできて路銀も手に入る。
…ともあれ路銀と移動の算段が付いた。
出発は3日後。
明日プレートを受け取ったら移動まで簡単な依頼でもやって時間を潰すか。
 




