383 「滲出」
空から降ってきて大量に突き立った十字架と括り付けられている派手に損壊した死体は中々ショッキングだったらしく、早くも集団の士気に影響を及ぼした。
「な、何で先に行った連中が……」
「化け物共、俺達を狩って楽しんでやがるんだ!」
気の弱い奴は早くも怖気づき、死んだ連中の仲間は怒りに表情を歪ませる。
シシキンはやや顔を引き攣らせ、ラッチマンは無表情。
他の連中は差異こそあれ、他と似たような物だった。
「皆! 聞いてくれ! 斥候が全滅した以上、街の情報を集める事は難しく、出たとこ勝負になる。 だが、俺はこの面子であるならば苦戦はしても負ける事はないと思っている! だが、強要する事はしない! もし、あれを見て勇気が出ない、戦意が萎えてしまった者は戻って後続を待っている者達と合流するんだ! そしてやれる気概のある者は俺達と共に来てくれ! あの街を落とす! アンデッド共に目に物を見せてやるんだ!」
思い直したシシキンがいきなり声を上げで演説を始める。
半ば自分に言い聞かせているようにも見えるが、やる気はあるようだ。
ここまでくるともはや意地だな。
奴の仲間もその点は同感のようで、突っ込むつもりのようだ。
他の冒険者連中、特に赤や青の上位――位の高い連中は行く気満々のようで視線は街に注がれていた。
逆に低い連中は完全に腰が引けており、一部は早々に踵を返して抜ける奴までいる。
それを煽って殴り合いを始めている連中もいるが無視していいだろう。
「マシーカ、頼めるかい?」
「えぇ、やるわ。 どちらにせよ逃げても状況は好転しないしやるしかないでしょ」
シシキンに聞かれマシーカは表情をやや引き攣らせながら頷く。
その点は俺も同じだ。
ここが辺獄である以上、どこからでも連中は湧いて来る。
それは最初の襲撃で分かり切っている事だ。
待っていれば間違いなくジリ貧になるのが目に見えている以上は行くしか選択肢がない。
その点を理解している奴は行くつもりのようだ。
逆に理解できていない奴は助けが来るのを待つなどと寝言を言っているが、来る訳ないだろうが。
後続がここに入れるようになるのは間違いなくここの面子が全滅した後だ。
生き残るには腹を括るしかない。
「先行組! あたし達に付いてきて!」
「後続組! 行くぞ!」
シシキンとマシーカがそれぞれ声を上げ、行く連中はそれぞれ分かれて後に続く。
俺はサベージに跨って先行組の後ろに付く。
今の所は敵影なしか。
空を監視させているソッピースも異常を見つけられずにいる。
どうなる事やらと先の事を考えながら進み始めた。
今の所、体に違和感はなし。 あのゴミ屑は筥崎の言う通り完全消滅したと考えて良さそうだな。
内心で胸を撫で下ろしつつ、意識を周囲に割く。
辺獄は油断のできない場所である以上、気は抜けない。
他の連中もその点は身に染みているので過剰なぐらいに周囲に気を配っているのが分かる。
移動を始めて十数分と言った所だろうか。
流石に足自慢が揃っているだけあってペースが速い。
これならそう時間はかからずに街に辿り着くだろう。
……何も起こらなければという但し書きが付くが。
さて、そんなこんなで街までもうすぐと言った距離まで来たが襲撃はなし。
これは誘い込むつもりか?
地の利がある街中で仕掛けてくると言うのは理に適っているとは思うが……。
先頭を歩くマシーカもその点を気にしているのか進むか迷っている素振を見せる。
やがて意を決したのかこちらへと振り返った。
「ここから一気に行くわ! 精々、中で暴れて引っ掻き回してやりましょう!」
周囲の連中も勢いをつける為か雄叫びを上げる。
「さぁ! 行――」
マシーカが振り返ったと同時にその頭がパンと弾けた。
次いで地面に何かがめり込む。
そちらに視線を向けるとボーリングの玉ぐらいのサイズの石が地面に突き刺さっているのが見えた。
「――っ」
誰かが声を上げようとしたがそれは叶わない。
次の瞬間、俺達の周囲に何の脈絡もなくアンデッドの群れが現れたからだ。
知ってはいたがフィルムのコマ落ちのように唐突な現れ方だな。
上手い手だ。
完全に意表を突かれた形になった。
まぁ、俺に言わせれば目の前に敵が居るという分かり易い状況の方が、奇襲を気にするよりは気楽だな。
そんな事を考えながら俺はザ・コアを構えてサベージに走れと指示を出す。
周りの連中が邪魔なので飛び上がって集団から離れ――
不意に上からでかい網が落ちて来る。
投網って奴か?
流石にこれは読めなかったのでサベージごと網に絡め取られる。
同時に一気に引っ張られ集団から引き離された。
元々離れるつもりだったので好都合ではあるが、敵の思い通りになってやるのは面白くない。
適度に離れた所でザ・コアを起動して網を千切る。
拘束が解けたところで即座にサベージが立て直し、網を引いている連中に肉薄。
アンデッドではあるが服装が他とはやや違う。
上半身が裸で最低限の防具しか身に着けていない連中だった。
以前に見た剣闘士みたいな格好だ。
そいつらが複数、網を手に持っていたが、千切れたと判断して投げ捨てる。
各々、拳を握って構えた。
迎え撃つつもりのようだが、やはりアンデッドにしては理性的な動きだ。
元々、そう言う連中なのか?
分からんがどうせ敵だ。 始末してから考えるとしよう。
敵の数は五。 武器はなしで、徒手空拳と言った所か。
間合いに入る直前で<榴弾>を三連射、同時にサベージから飛び降りる。
着弾と同時に連中に突っ込んだ。
手近な奴にザ・コアを叩き込み粉砕。
アンデッドだけあって脆い。 ザ・コアなら当てれば仕留められる。
サベージが三体を相手にするようで、俺は残り一体で良さそうだ。
そいつはボクシングの様な拳を引いた構えで身を低くしつつ迫って来た。
ザ・コアを掻い潜る気か。
悪いがその手の手法で仕掛けて来る輩は見飽きたな。
俺はザ・コアを振らずに前蹴りを叩き込み、ザ・ケイヴを起動。
杭が飛び出しアンデッドの胴体に風穴を開けて吹っ飛ばす。
地面を転がりながら離れているアンデッドに<榴弾>を叩き込んでとどめを刺した。
動きはいいがそこまで怖い相手じゃないな。
振り返るとサベージが最後の一体を尻尾の薙ぎ払いで仕留めている所だった。
……他はどうなった?
集団の方を見ると完全に乱戦の様相を呈してした。
正直、付き合ってられないし助ける義理もないので予定通り街へと向かう事にした。
念の為、ソッピースに監視を行わせ変化があれば報告するように<交信>で伝え、サベージに跨って街へと向かう。
空中を蹴って加速し一気に距離を稼ぎ街へと一気に近づく。
目前に来た所で街の全容が見えて来た。
建物の大半は風化しており、辛うじて原形を残している物もあるにはあるがほとんどは元が何だったのか分からない有様だ。
明らかに数百年――もしかして数千年単位か?
詳細は不明だが、かなりの時間経過を感じさせる。
今でこそ遺跡の様な有様だが、少なくとも人の営みがあった事は間違いないだろう。
それに不自然に破壊された跡があちこちにみられる所を見ると、当時に大きな戦いがあったのかもしれない。
風化した建物の破損具合を見るとそれらしき痕跡も散見された。
……戦火に晒されて滅んだ街?
見る限り、そんな印象を抱いたが同時に疑問も湧く。
そんな街が何故辺獄に存在する。
辺獄とやらは建物まで取り込むと言うのか?
それとも――
――元々、ここに在ったかだ。
そうだとしたらここに居る連中は元はここの住人?
疑問は尽きないが、外から見ただけでは分からん。
全ては中に入ってからか。
誤字報告いつもありがとうございます。




