372 「町長」
止まる前に何とか切りのいい所まで行きたい。
「ま、待って――」
待つ訳ないだろ。
俺は左腕を振るう。
目の前の男の首が飛んで川に着水。
残った胴体も断面から派手に血を噴いて、どさりと音を立ててその場に倒れる。
……よし。 これで全部か。
報告にあったのと数も一致しているし、問題ないな。
現在地は川の前で、そこで固まっていた冒険者の生き残りを排除し終えた所だ。
可能な限り頭は残したつもりだったが、いくつか破壊してしまった者もいるのは不可抗力とは言え失敗したな。
片端から記憶を検めるが、前に仕留めた三人とそう変わらない内容だったが収穫もあった。
今仕留めた連中で森に入ったのは、片付いたと見ていい。
生き残りは居るには居るが、ガイドの連中なので恐らくはもう逃げているようだ。
どうもグイの群れに襲われたのも、ガイドの忠告を無視して無理なルートを通ってああなったらしい。
なるほど。 そりゃ、盛大に襲われる訳だ。
取りあえず嵩張らない金目の物を頂いて残りはその辺に纏めて置いておく。
気が向いたら回収しよう。
纏まった金銭が手に入ったのはありがたい。
ウルスラグナとは硬貨が違うから調達しておきたかったんだ。
……さて、いい加減に行くとしようか。
サベージと鳥を防衛に残して一人でアープアーバンを抜けてフォンターナへ向かう。
<飛行>と<茫漠>の併用で姿を隠しながら飛べばそう時間はかからない。
森を眼下に収めながら飛んでいると、不意に視界から森が途切れる。
どうやら抜けたようだな。
眼下に広がるのはウルスラグナとは趣が違うが確かに人の営みを感じさせる風景だった。
フォンターナ王国。
アープアーバン未開領域に隣接する国家で、主な収益は農業と魔物の素材取引だ。
あの地は危険ではあるが様々な種類の魔物の群生地でもあるので、冒険者が貴重な素材を求めて集まり、森に入るのだ。
それと同様に危険視もしているので備えも怠らない。
魔物の氾濫に備え、町や村には障壁としての役割も存在している。
訪れて見れば分かるが、全ての町や村が巨大な障壁を備え、物見櫓が多く設置されていた。
さて、今回のターゲットはその町の中で最も領域の近くにあるゾンネンという場所らしい。
連中も詳しくは知らされていないが依頼人はそこの町長との事。
……まぁ、手を引かせればいいだけの簡単な話だし、早い所片付けるとしよう。
町についても抜いた記憶で予習済みだし問題ない。
中に入るのも冒険者プレートを見せれば通してくれる。
出入りを管理している兵士はウルスラグナのプレートを見て驚いていたが、快く通してくれた。
最近知ったがどうも冒険者のプレートは国によってデザインが違うようだ。
その為、見れば一発で他所の出身と分かるようになっている。
空を見上げるとまだ日は高いので夜を待ってさっさと決着を着けてしまおう。
さて、夜まで町でも回って時間でも潰すか。
ゾンネンは――というよりはこの国はウルスラグナから流れて来る川と言う巨大な水源があるので水が豊富だ。
その為、水を利用した物が多い。
町や村への移動は船を利用した移動用及び、農業用の用水路の整備。
この国の特色だな。 ウルスラグナ南端にあったシジーロの街に近いが、こちらは毛色が違う。
水稲という稲の栽培による食料の生産。
水源があり、雨量も比較的多いこの国ではその生育に適しており、特産と言っても過言ではないだろう。
それを他国へ輸出する事でこの国は大きな収益を得ている。
品質も高く人気があるので、恒常的に売れているようだ。
栽培は基本的に村で行われ、町に集めて出荷、販売というスタイルらしい。
要は町と村の違いは前者は純粋に国民の居住エリアだが、後者は生産拠点として括られている。
実際見てみると確かに特色が出ているな。
あちこちに水路が通っており小船が通っているのが見える。
その他、細かい生活用の用水路なのか民家の裏手から洗濯をしている者が見えた。
こうして独自色があると街並みの印象も随分と変わる。
あちこち眺めながら最初に向かったのは冒険者ギルドだ。
この組織は国境を越えて運営しているので、プレートの更新も可能なので済ませておく。
……失くした時、再発行できないと困るからな。
中は流石にそこまで変わらないようで、冒険者が依頼の確認を行っていたり、併設された酒場で食事や酒盛りを行っている。
取りあえず、更新を行って軽く依頼を確認。
今請ける訳じゃないが、将来的には依頼をこなす必要がある。
一応、ウルスラグナから金貨は持って来ているが、換金の際に足元を見られる可能性が高い事を考えるとどこかで稼がないとな。
今までは配下による支援があったので金には困っていなかったが、ここではそれが受けられないので路銀が尽きれば自分で増やす必要がある。
まぁ、流石に特に変わり映えのしない物が並んでいるが、アープアーバン関係が多い。
特定の魔物の討伐に始まり、割とどこでも見かける薬草採取等々……。
ただ、魔物の討伐に関しては種類ごとに細かく料金レートが定められており、中でもストリゴップスは群を抜いていた。
他にも報酬で同格の魔物もいたが、あの鳥は捕捉さえできれば仕留めるのが簡単だからな。
依頼とは関係なしに仕留めて一発当てようという輩が後を絶たないのも頷ける。
それにしてもあの鳥にそこまでの価値があるのか理解に苦しむが、記憶を抜いたので作る事は可能だ。
……そうか。 作ってバラ売りすればいいのか。
中々の名案だ。 我ながら冴えてるじゃないか。
金に困ったら適当に羽やら嘴やらを売り飛ばすとしよう。
内心で大きく頷く。
将来の懸念が消し飛んだ所でプレートの更新も終わり、冒険者ギルドを後にする。
次は町長の屋敷とやらの下見と行くか。
さて、その屋敷とやらは四方を細い用水路に囲まれており、出入り口は北側と南側にある門。
門番は出入り口一つに付き二人。 加えて巡回が三人。
正直、何の問題もないな。
門番や巡回の動きを見る限り、聖騎士や近衛騎士に比べると質が二段も三段も劣る。
舐めてかかる気はないが本腰を入れる価値もないか。
内心でそう結論付けてその場を後にした。
宿を取ろうかとも思ったが、やる事をやったらアープアーバンへ戻るつもりなので無駄な出費かと止めておいた。
町を一通り見て回り、見る物がなくなった所で適当な食事処へ入って腹ごしらえを済ませた頃には日はすっかり暮れていたので、そろそろ動くとしよう。
人気のない所で<茫漠>を使用。
姿と気配を消す。
最初は門番を処理しようかとも思ったが、屋敷を囲んでいる塀にも特に仕掛けは施されてはいないようなので上から行く。
<飛行>で飛び越えて中へ入る。
流石に仕留めた冒険者共も入った事はなかったようで内部構造は不明だが、二階建ての小さな屋敷だ。
部屋の配置を見れば大体分かる。
そもそも窓から漏れている灯りの数もそう多くないしな。
<飛行>を維持したまま二階の窓から内部へ侵入。
内部の意匠はそこそこ立派だが、今まで見た中では並の上と言った所か。
この辺の金のかけ方で経済状況がぼんやりと分かるな。
相応に裕福だが、手を広げるにはやや足りないといった所か。
定期的に冒険者共を魔物の巣窟に放り込んでいる所と鳥の養殖を目論んでいる事実も合わせるとその辺が良く分かる。
考えながら歩いていると明かりのついている部屋に到着。
そのままおもむろにドアを開けて中へ踏み込む。
「何だ? 扉が勝手に?」
おっと<茫漠>を解いていなかったか。
傍から見るとドアが勝手に開いたように見えたようだ。
そしてこの部屋で当たりか。
身なりの良い男が居たのでそのまま無言で詰め寄ると口を塞ぐように顔面を掴む。
そのまま手の平から出した根で侵食。
洗脳を施すと同時に記憶を頂く。
一応は事情を知っておきたいしな。
どれ、洗いざらい教えて貰おうか?
誤字報告いつもありがとうございます。




