365 「出発」
空を見上げて目を細める。
ここ最近、雨なども少なくいい天気が続いていた。
もはや日課となった散歩をしながらこれまでとこれからの事を考える。
俺がオラトリアムに戻って来てから早くも数か月が経過した。
あの実験に関しては概ね上手く行き、変異の傾向も多少ではあるが理解が進んでいる。
途中で首途が凄まじい事を思いついて実行に移した結果、生まれた連中の戦闘力も見事な物だった。
お陰で用意していたらしい一番良い素体を使われたとファティマは若干不満そうではあったが。
……まさか首途があそこまで食い下がるとは思わなかったな。
あのナリで縋りついて来るとは流石に俺の想像を超えていた。
出来上がった首途曰く「最高傑作」は確かに凄まじい出来で、物は試しにとマルスランと模擬戦を行わせたがまるで相手にならなかったな。
防衛戦力としては些か過剰ではないかとも思ったが首途が泣きながら喜んでいたのでまぁいいかと流した。 この国も物騒になったし戦力はあるに越した事はないか。
そんな事を考えながら屋敷の近くをぼんやりと歩く。
何だかんだと過ごしていたが意外と忙しい日々だった。
まずやっていたのはファティマの依頼で大量に買い込んだ奴隷の洗脳作業。
もう何人やったか思い出せないな。
次に新しい改造種――主に領地の生産関係に力を発揮する者を何種か作成。
後は個人的に頼まれた正気とは思えないお願いをいくつか聞いた。
必要な理由も頷けるが、よくやると少し呆れた物だ。
首途は相変わらず、自前の武器を量産して売り捌いていた。
飛ぶように売れる上にメンテにも訪れる客も多いので笑いが止まらないとは本人の言だ。
ヴェルテクスは時折、その辺をぶらついているのをよく見かけていたが、最近は施設内に温泉などのスパを作ってそこに入り浸っていた。
首途の所へ顔を出すと、居住スペースでよくパンツ一枚にタオルを肩にかけ洗面用具を片手に歩いている姿を見かける。
……満喫してるな。
サベージは屋敷の裏で良く昼寝をしており、たまに寝ながら何かを喰っていた。
前にも肉塊を持っていたので、少し気になり見ていると定期的にマルスランが現れ餌を献上しているようだ。
奴はサベージに「どうか、どうかお口添えを!」と囁いていて見事な土下座を決めていたが意味が良く分からなかった。 奴はあんな畜生に頭を下げて何がしたいんだ?
あぁ、そうそう。
ファティマから依頼されていた植物の本体への命名も済ませた。
正直、決めかねていたので適当にユグドラシルとでも名付けるかとも思ったが、たまたまその場に居た首途に「折角、でかい図体やねんから名前もでかく行こうやないか」と意見を出してきたので、それを採用した結果、名称は「パンゲア」とした。 特に文句も出なかったので問題ないだろう。
何だかんだで色々あったな。
そうこうしている内にこちらに来てから季節が二度ほど変わり、国内の状勢も少しではあるが落ち着いてきたようだ。
……随分と変わった展開になっていたな。
集めた情報によると、王都の魔物の襲撃――要はレブナント共はあれから数日で鎮圧された。
思ったより粘ったな。 正直、翌日ぐらいに全滅する物かと思ったぞ。
時間がかかった理由は簡単で、国王、枢機卿といった王国、グノーシスと両陣営のトップが軒並み死亡した為、指揮系統が混乱。 結果、足並みが全く揃わず指示が錯綜。
場所によっては足の引っ張り合いまで起こったらしい。
紆余曲折あったが魔物の始末は済み、暫定の代表が決まり、事後処理となる筈だったのだが……。
ここで困った事実が判明した。
グノーシスからの内部告発だ。
連中が王都内に構えた重要拠点――城塞聖堂。
そこの地下で人体実験を行っている施設が発見されたのだ。
調査の結果、出るわ出るわ解剖された人間の残骸に始まり、禁忌とされている儀式を行った形跡まで発見されたとあっては言い訳のしようがない。
加えて責任者らしき奴は軒並み死亡。 残っていたのは研究者みたいな連中ばかりで、情報を吐かせようとしたら全員爆散。
お陰で施設が作られた経緯や事情を知っていそうな奴は残らず消え失せ、困惑するだけだった。
連中も時機を見て公表するはずだったが何故か王都中に知れ渡ってしまい、隠す事が出来なかったらしい。
そして追い打ちとばかりに、魔物はグノーシスの実験の結果生まれた存在で、制御に失敗して暴走したという噂まで流れ、現在進行形で凄まじい突き上げを喰らっているそうだ。
爆散する職員がいる研究施設なんて代物を抱えていたら言い訳のしようがない。
……それにしても誰が噂を流したんだろうな?
その事を俺に報告しながら酷薄な笑みを浮かべるファティマを見ればお察しと言った所だろう。
そして国の方も随分と酷い事になっている。
国王が死亡した事により、急ぎで後釜を決めねばならなくなったのだが、ジェイコブの言う通り奴の子供達は随分と温厚な奴が多く、玉座を取り合う所か譲り合う始末。
確かに奴の望みを考えると絶望もしたくもなるか。
さて、そんなはっきりしない連中が国のトップになろうとしている。
これを機に行動を起こそうと言う奴が次々に現れた。
要は領主連中の一部が独立を宣言したのだ。
手を組む奴、他に頼らず独立を宣言する奴、国への忠誠心で裏切らない奴。
反応は様々だが、それぞれ自分の都合で動き出したのだ。
この状況を見るとあのジェイコブという男は上手に国を回してきたというのが窺える。
オラトリアムは大丈夫なのかとファティマに聞いたが、既に手を打っているので問題ありませんと即答。
手回しの良い事だ。
……話を王都に戻そう。
色んな事情で国を仕切れそうな組織はガタガタ、治安も悪化の一途を辿っていたが……。
――ある日、転機が訪れる。
積極的に治安維持に乗り出した組織があったのだ。
パトリック商会。
幸運な事に被害が少なかったこの商会は積極的に炊き出しや破壊された王都の復興に乗り出した。
彼等はライバルであるはずのセバティアール家の立て直しまで行い、騒動に巻き込まれて死んだ当主に代わって舵取りをしていたパスクワーレがそれに深く感謝し、合併を視野に入れた提携を表明。
恩恵を受けている連中を始め、セバティアールで世話になっている従業員達は路頭に迷わずに済んだ事もあり、諸手を挙げて大喜びだ。
……事情を知っていれば失笑物のマッチポンプだがな。
そしてもう一つ。
グノーシスには更なる困難が降りかかる。
施設の発見により諸悪の根源扱いされて信者連中が国のあちこちで派手に暴動を起こしたらしい。
まぁ、有り得る反応ではあるな。
特に信じ切っていた連中からすれば裏切られたと感じたのかもしれん。
街ではリンチにあった神父やシスターが殺害されて街角に晒される事件も多発したようだ。
信仰も度が過ぎると良くないという典型だな。
そして、そんな時に現れたらしい。 聖女が。
最初に聞いた時は何だそれはと驚いた物だ。
顔等は全身鎧と兜のフル装備のお陰で分からなかったが、はっきりしているのは聖女と呼ばれているので女であるという事。
それと驚きなのは、聖剣とやらを持っていたらしい。
恐らくだがアメリアが使っていた剣だろう。
どこへ飛んで行ったのかと思えば、自分で持ち主を探し当てたと言う事か。
その聖女とやらとクリステラがあちこちで説得に当たり、暴れている連中を正気に戻したそうだ。
お陰で現在、王都は落ち着いているらしい。
治安も戻ったのでルチャーノに冒険者ギルドに例の書類を通す事が出来、後数日もすれば俺の手配もどうにかなるだろうとの事。
……だらだらと過ごすのも悪くはなかったがそろそろ潮時だろう。
あれから少し悩んだが、次は国外を目指すとしよう。
――探せ……お前自身の……望み……を……。
この国の王だった男の言葉が妙に引っかかる。
具体的にどうと言う訳ではないが、自分にとってそれを知る事は重要なのかもしれないと。
ならば、答えを得る為には外へ――広い世界へこそ向かうべきではないのだろうか?
そう考えれば向かう先は自ずと決まる。
……行くとしようか。
俺はそう決めた。
翌日。
ファティマに出発する旨を話し、荷物を纏める。
元々、準備は済んでいたので後は状況が許せばいつでも出られる状況だった。
「もう、行かれるのですか?」
見送りはファティマと首途だ。
「あぁ、外の国に興味があるからな」
「ウルスラグナの外では支援が出来ません。 資金の調達などにはくれぐれも注意を」
その後もくどくどと旅の注意を並べていたが、大きく頷いて流す。
「ま、兄ちゃんの事やからそこまでは心配してへんけど、お嬢さんの言う事ももっともやで? 世の中何が起こるか分からへんからな」
転生するぐらいやしなと首途は豪快に笑った後、装備の事で分からん事があったらいつでも連絡してくれと付け加える。
俺は分かったと答え、サベージに跨った。
「あ、あの! ロートフェルト様!」
不意に上ずった声を上げたファティマに何だと見返す。
「行かれる前に一つお願いが……」
「何だ? さっさと言え」
珍しくやや緊張した面持ちでこちらを真っ直ぐに見て来るファティマの反応にやや訝しみながら、口を開くのを待つ。
「わ、私にオラトリアムと名乗る事をお許しいただきたいのです」
「…………あぁ、なるほど。 好きにしろ」
何を言っているんだこの女はと首を傾げたがややあって納得した。
確かに手は打っておいたが、俺が常にいない状況でオラトリアムの代行として先頭に立つファティマの姓がライアードでは何かと都合が悪いな。
特に困るような事でもないし良いんじゃないか?
寧ろ、勝手に名乗れと言ってやりたいぐらいだったが、物事には手順が必要らしいからな。
許可が欲しいなら出してやろう。 名乗っていいぞ。
「あ、ありがとうございます! ロートフェルト様とオラトリアムの名に恥じない働きをご覧に入れます!」
何やら高揚した表情で喜んでいたが、あぁそうかいと流す。
何やら満足しているようだし、まぁいいか。
さて、これ以上は何もなさそうなのでさっさと行くとしよう。
行けと声をかけるとサベージは小さく鳴いて跳躍。
そのまま空中を蹴って高度を上げる。
一定の高さに辿り着いた所で空中を蹴って加速。
風景が一気に流れオラトリアムが遠ざかる。
その光景を眺めながら脳裏で地図を広げて、移動ルートの吟味。
色々と思う所はあるが、今は気ままな一人旅を素直に楽しむとしよう。
俺は流れる景色を見ながらそう考えた。
誤字報告いつもありがとうございます。




