361 「原罪」
ザ・コアを預ける手配とアメリアの拳銃とジェイコブの使っていた銃杖と剣の解析を依頼し、代わりに改修が終わるまではと持たされた武器――量産型クラブ・モンスターを背に差して工房を後にする。
恐らく使う事はないだろうが丸腰は落ち着かんからな。
「それで? 王都の方はどうなっている?」
黙々と歩いてもいいが、聞けることがあるなら聞いておこうと隣を歩くファティマに話題を振ると、打てば響くといった速度で返事が返って来る。
「まず国王を始め、宰相や国の重鎮が軒並み死亡しましたので、随分と慌ただしくなっております」
まぁ、まずは後釜を祭り上げる所から始めないといけないからな。
加えて祭り上げる筈の特等公官まで軒並み死んでいるので、それすら上手く行っていないといった有様だ。
お陰で指揮系統もボロボロで復興の指示すら覚束ないと完全に悪循環となっている。
幸か不幸かこの国は飛び地になっているお陰で他所から攻められる事はないが、他国の間諜からすれば中々熱い話題らしく、そう遠くない内に他所に広まるだろうと言うのはファティマの言だ。
「あの様子では王国樹立以前まで逆戻りの可能性すらありますね」
そう言うと楽し気に笑う。
確か群雄割拠と言った状態をグノーシスの支援を受けた初代王が統一したって話があったな。
なるほどと納得する。
ここまで頭が機能していないとなると、野心を表に出す奴が現れてもおかしくはないか。
「グノーシスはどうなった?」
次に気になるのはあの連中だ。
ペレルロとか言う偉そうな奴――恐らくは枢機卿だろう――を始末したが、それがどの程度の影響を及ぼすのかが分からん。
アスピザル達に丸投げしたのでどちらかと言うと連中の戦果の確認に近い。
「こちらも同様に酷い事になっていますね。 枢機卿と呼ばれる最上位の神官が不在の者を除いて全員死亡したらしく、王都と同様に指揮系統が機能していません。 加えて……ふふ」
不意に愉快なとばかりに含み笑いを漏らす。
「随分と面白い事になっていましたよ? 教団の関連施設が密集している区画の最奥――城塞聖堂と言う場所があったのですが、その地下から実験施設が発見されまして」
「実験施設……あぁ、あの連中、王都でもやってたのか」
呆れた話だ。 あいつらは拠点に一つ、あの手の施設を用意しないと死ぬ病気か何かか?
見つからない自信があったのだろうが、裏を返せば見つかってしまえば言い訳できないだろうに。
ファティマは馬鹿にしたようにふっと鼻で笑う。
「そのようですね。 現在調査中との事ですが、何が出て来るのやら」
それがゲリーべの時と似たような物だったのなら間違いなく突き上げを喰らうだろうな。
下手をすれば暴動にすら発展するだろう。
これで連中は俺に構っている余裕はなくなったな。 これは中々の朗報だ。
……まぁ、その手配も遠くない内に消滅するがな。
「次にダーザインについてですが、事の顛末を記した手紙を宿に送っておいたので宰相を始末し契約が完了した旨は伝わっている筈です」
あぁ、そっちもあったな。
連中の事だ、死んではいないだろうからそれで問題ないだろう。
こっちは義理を果たした。 後はお互い好きにやればいい。
「最後に手配の方ですが、例の王直筆の命令書をルチャーノが冒険者ギルドに提出したので状況が落ち着き次第、触れが出るとの事です。 そう長くお待たせする事はないでしょう」
「分かった。 なら解除され次第報告を。 さて、一通り聞いたか……そちらからは何かあるか?」
「例のセバティアールの生き残り、パスクワーレと言う女の事ですが……」
……パスクワーレ?
思い出すのに一瞬間があったがややあって思い当たる。
あぁ、そんなのも居たな。 レブナント共が割れたスイカみたいな有様で持って帰って来た奴だ。
記憶の吸い出しに失敗したから脳みそを詰め替えてボロが出ないように振舞えとだけ命令して放置した覚えがあったが、アレがどうかしたのか?
確か日常生活に支障をきたさない程度の記憶を適当に突っ込んだので、元とは似ても似つかない有様になってしまった。
権能を手に入れる前だったので感情の再現すら碌にできないマネキンだ。
「私に任せて頂いても?」
「構わんが、適当に臥せっていると言い訳させて屋敷に置いているだけで使い物にならんぞ?」
「いえいえ、とんでもない。 使い道はありますとも」
そう言うとファティマは仄暗い笑みを浮かべる。
少し気になったので聞き返す。
「使い道?」
「えぇ、このご時世、女で当主と言うのは中々便利な使い道があります」
今一つピンとこなかったので先を促す。
「彼女にはパトリックと結婚して貰おうと思います」
……あぁ、なるほど。
そこまで聞いて俺の脳裏に理解が広がる。
「つまり、合法的にセバティアールを乗っ取ろうという腹か」
「えぇ、あの家はそこそこの権力者で様々な場所にも顔が利きます。 取り込んでおけば便利なので……」
「なるほど。 良く分かった。 好きにするといい」
俺には何の価値もないが有効に使えると言うのなら好きにさせておくべきだろう。
「ところでロートフェルト様。 こちらからも質問をしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「途中、簡単にはお伺いしましたが、あの宰相に何かを植え付けられたとの事ですが……」
……あぁ、その事か。
「あの時、不覚にも俺は連中に捕まってしまってな。 ゲリーべでやっていた実験と同じ事をされた」
召喚用の魔石を刺され、頭に直接何かを流し込まれる。
中々経験できない感覚だったな。
「あの時、何があったのですか?」
「そうだな……」
意識を失った俺はアレと出会った。
正直、アレとしか形容できない見た目だったからだ。
形すらない曖昧な存在。 辛うじて居るとだけ分かる者。
怪しい存在ではあったが、何故か脅威とは感じられなかった。
……とは言っても入られるのは不快だったのでさっさと吸収してやろうと思ったのだが……。
――話がしたい。
奴はいきなりそう言って来たのだ。
どうも俺が何をしようとしているのかを察していたようで、話を聞いてくれれば大人しく吸収される上に、魔法陣の一部を書き換えて抜け出す手助けをすると言って来たのだ。
手を貸してくれる上に抵抗しないと言うのなら俺としても好都合なので、言ってみろと促す。
まず最初に話したのは自身の能力について。
俺が得た権能『人格模倣』の骨子となる内容だった。
人格や感情の模倣、加えて対象に自分の望む人格を与える能力。
ただ、相手に人格を植え付ける場合、本来の物との乖離が激しいと拒絶反応が出る。
実際、アーヴァというガキは馴染まずに壊れるだけだった。
恐らく精神が強靭であれば撥ね退ける事も可能だろう。
所詮は急造の人格。 生まれ持った物に比べると弱い。
加えて、使用すると根を持って行かれる事を考えると割に合わないのだ。
戦闘ではまともに使えんので、必要に迫られない限りは使用は控えるべきだろうな。
それと権能と呼ばれる能力についてだ。
特定の天使や悪魔が使える固有の能力らしく、信念や感情をトリガーに使う事が出来る。
維持には魔力とトリガーになった信念、または感情の維持が求められる。
人が持つ原罪と呼ばれる負の感情。 日本でもそれなりに有名な七つの大罪がそれに該当する。
以前に戦ったプレタハングは分かり易い『嫉妬』だったな。
他は『傲慢』『憤怒』『怠惰』『強欲』『暴食』『色欲』と続き、該当しないものは美徳だか元徳だかのどれかに分類されるようだ。
原罪は悪魔、美徳は天使の権能の傾向と言った所だろう。
基本的にこのどれかの感情をトリガー及び燃料として求められるらしい。
自分で使ってみて分かったが「嫉妬」の権能であそこまでの威力を引き出したプレタハングは、小物ではあったがその嫉妬心は本物だった。 その点は素直に称賛に値する。
さて、話は戻るがここで俺が何を引いたのかだが……。
答えは七つのどれでもない。
「でも権能という力を振るえている以上、何かしらの感情が必要なのでは?」
ファティマの疑問ももっともだ。
そいつはこう名乗った。
――自分は『虚飾』の悪魔だと。
唯一トリガーに感情を要求しない権能。 寧ろ余計な感情は起動の妨げにすらなる。
虚飾、虚栄、中身のない虚ろな洞。
それこそが自分だと。 そしてそんな自分だからこそお前に呼ばれたのだと奴は言った。
どうも奴と俺は相性がこれ以上ない位に良かったらしい。
そもそも普通の触媒では呼び出せない程、自分の存在は希薄だとそいつは付け加えた。
仮に適性があったとしても他の大罪の適性の方が高く、まず喚ばれないらしい。
完全に適合する者が居ない。 加えて存在自体が薄いので酷く弱く、か細い存在。
だから抵抗しても無駄なので大人しく喰われると淡々と語る。
一通り必要な事を話すと最後にそいつは俺に頼み事をした。
その内容は――……?
妙だな。 思い出せ……いや、違うな。 吸収すれば分かると言っていたか。
大した事ではないので可能であればで構わないと言っていたので頷いたが……。
そして妙な点がもう一つ。
奴を喰った筈なのに奴自身の記憶や知識が得られなかった事だ。
お陰で奴の頼み事やらも内容が分からない。
そう言う物なのかとも思ったがペレルロと戦った時、泡のように僅かな知識が脳裏に浮かんだのを覚えている。 恐らく、何らかの形で俺の中に知識は存在するのだろう。 だが――
――知っている筈なのに何故か思い出せない。
間違いなく奴はその点を見越していたのだろうな。
だからこそ俺と直接会話をするなんて面倒な真似をしたと考えられる。
そこは何となく理解できるが、知識が引き出せない事に少しだけ嫌な引っ掛かりを覚えた。
誤字報告いつもありがとうございます。
可能であれば後一度、更新します。
※不覚にも捕まった× 順当な結果〇




