340 「儀式」
……これは……。
体の自由が利かない。
押さえつけられている訳でもなく、物理的に拘束されている訳でもない。
……にも拘らず指の一本も動かせないとはどうなっている?
ついでにザ・コアと顔に施した偽装も解けているな。
鎖が消えたのは単に解除されただけで、これとは無関係か。
目の前のアーヴァとか言う娘――いや、ガキで良いな――の仕業なのは間違いないが、何をされているかさっぱり分からない。
魔法的な拘束である事は間違いないが、具体的に何をされているか不明なのだ。
「これは素晴らしい。 これが王都の一角を消滅させた協奏隊の力ですか。 この件が済んだ暁には我等にも技術供与をお願いしたい所ですな」
「そう言った話はこの件が済んでからでお願いします」
二人が何か言っているが拾っている余裕がない。
力でこの拘束を解くのは無理だ。
それにしても個人でこれ程の魔法を使うとはどうなっている?
アスピザルやヴェルテクスでもここまでの拘束力を発揮する魔法は使えない筈だ。
だが、魔法であるのならザ・コアでどうにかなる。
ついでに消し飛ばしてやろう。
――ザ・コア。 第二形態だ。
手に握ったザ・コアが内部機構を動作させようとしたが、金属が軋む音を立てて動きが止まる。
……何だと?
強引にでも動けと命じるが、何かに押さえつけられているかのように動かない。
同時に背後で扉が開く気配。
足音で分かった。 加々良達だ。
追いついてきたようだ。 面倒な時に面倒な奴が来たな。
悪いが構っている余裕がないので無視。
ならばと次の手を打つ。 魔力の吸収機能を起動して空間内の魔力を吸い取り始める。
「……邪魔」
――だが。
アーヴァがさっと腕を振るうとザ・コアが俺の腕から離れて吹き飛ぶ。
ザ・コアは回転しながら地面を何度か跳ね、壁に突き刺さった。
これでザ・コアも使えなくなったか。 呼び戻せん事はないが無駄だろう。
不味いなこれは。
身体が勝手に動く。 無理矢理操作されているようだ。 何とか抵抗しようとしたが叶わない。
強制的に両手を床に付けて土下座の態勢を取らされる。
これで視界が床一色になったが、そうはいかない。
頭部に分からないよう、眼球をいくつか作って視界を確保。
背後には加々良とさっきの近衛騎士。
正面にはアメリアとその手下に、アーヴァとか言うガキ。
後はグノーシスの幹部らしき者とその護衛。
加えて立て直した蜂女だ。
「ったく。 随分とやってくれたじゃない」
蜂女はゆっくりと俺に近づくと頭を何度も踏みつけてきた。
「このっ! このっ! ざっけんじゃねーぞ、このカスが! あたしに何してくれてんだよこのゴミが!」
その後、滅茶苦茶に蹴られ始めた。
別にそこまで痛くはないが、頭を踏むのは視界が塞がるから止めて欲しい所だな。
目下、最も脅威なのはアーヴァだ。
この拘束を何とか解かないとどうにもならん。
蜂女が普通に動けている所を見ると、これは空間ではなく個人に作用する魔法なのか?
その割にはザ・コアの起動まで止めて見せたが……。 様々な可能性を検討し、いくつかの解が浮かぶ。
あぁ、もしかして範囲内の物体を操るとかそんな感じか?
それなら蜂女が動けている事にも納得だ。
……まぁ、分かった所でどうにもならんのが悲しい所だがな。
ふと意識を内から外に向けると、いつの間にか蜂女の打撃が止んでいた。
見てみると蜂女は肩で息をしており、俺を見る視線は憤怒に染まっている。
どう見ても気が済んだって風じゃないな。
針を出す。
何だ。 打撃から針に変えるだけか。
刺すなら出来れば頭以外にして欲しいな。
「使徒ハリヤ。 気は済んだだろう? そろそろ下がって貰えないか?」
突き刺そうとするのを止めたのはアメリアだ。
蜂女は「あぁ?」と威嚇するように振り返る。
「は? こいつぶっ殺すのは決定事項でしょ? あたしがやっても問題ないじゃん?」
「悪いが殺すつもりなら別の手段を取っている。 彼にはまだ用がある。 もう一度言う、下がってくれないか?」
「………チッ」
俺の頭に全力で蹴りを入れると蜂女は舌打ちしながら下がった。
明らかに納得はしていないが、従っている所を見ると上下関係ははっきりしているようだ。
入れ替わるようにアメリアが俺の傍に寄って来て、少し離れた所で屈みこむ。
「さてと、落ち着いた所で自己紹介と行こうか。 私はアメリア。 アメリア・ヴィルヴェ・カステヘルミ。 この国で宰相をしている。 冒険者のロー殿だったかな? 貴方にご足労願ったのはいくつか聞きたい事があるからなんだが、答えてくれるか?」
……悪いが現状、呼吸はできるが喋れないから答えられんな。
まともに答える気もないが。
俺が黙っているとアメリアは思い出したように一つ頷く。
「……あぁ、そういえば口も利けないんだったか。 アーヴァ、口を利けるように」
「はい」
不意に口の拘束が解ける。
「では質問をしよう。 ゲリーべという街は知っているかな?」
俺は答えずに馬鹿にしたようにふっと鼻を鳴らす。
それを見てアメリアはやれやれと嘆息。
「答える気は無しか。 では、質問を変えよう。 私の部下になる気は無いかな? 君ほどの人材なら即戦力だ。 好待遇を約束できるが?」
俺はアメリアの垂れ流す妄言を無視して意識を内側に集中させる。
この魔法の正体が分かりかけて来た。
体内には干渉されていない所をみると、範囲内の視界に入る物体にのみ作用しているようだ。
臓器類が普通に動いている所を見ると、その点は間違いないだろう。
恐らく範囲内で尚且つ見えて認識できている物であれば任意に動作を操れると見ていい。
敵味方の識別はしっかりできているようだし、完全に引っかかるとほぼ詰むという初見殺しだ。
だが、見える物のみに作用するという点に俺は注目した。
恐らくは魔法を使っても範囲内で見えていればどうにでもなるのだろう。
見えていれば。
魔法起動。 使用するのは<飛行>だ。
思った通り体が持ち上がる。 やはり目に見えた効果の魔法でないと干渉できないようだ。
行ける。 俺はそのままアメリアに――
――掴み掛ろうとしてその場に圧し潰された。
空気を固めて押さえつけている?
重力と言うよりは硬い何かに圧し掛かられる感覚。
地面に張り付いて再び身動きの取れなくなった俺を見てアメリアは笑みを浮かべる。
その後ろに控えているアーヴァは息を荒くして汗を滴らせていた。
「驚いた。 あの状態で動けるとは思わなかったな」
その表情には僅かな驚きが浮かんでいたが、余裕は消えていない。
攻略法は見えたので、魔法を使って体を強引に動かそうとする。
僅かではあるが動く。 もっと魔力を使えば――
「アメリア様! 急いでください! あの人、私達の魔法を跳ね返そうとしています!」
「……まったく、人の忠告は素直に聞く物だな。 皆! 儀式を行う! 陣から離れろ!」
アーヴァの焦った声を聞き、アメリアは苦笑して腕輪に触れる。
すると床が俺を中心に光り出す。
悪魔や天使を召喚する際に使う魔法陣って奴か。
――しかもこれは。
陣の記述に覚えがあった。
サブリナの記憶にあった使役する為の魔法陣。
わざわざこんな広い空間に誘い込んだのはここに俺を拘束する為か。
……不味いな。 本当に不味い。
ここに来て、俺は目の前の女の目的を悟った。 この女は俺を――
その予感は正しく、アメリアは懐から例の針のような魔石を取り出す。
ただ、サブリナが使っていた物と色が違う。
俺が回収した物は青に対してアメリアが使っているのは金だ。
「あぁ、これが気になるか? 君も向こうから来たのならこう言えば分かるんじゃないかな? 私の知人曰く「確定がちゃちけっと?」らしいぞ?」
アメリアはそう言うと、おもむろに俺の頭にそれを突き立てた。
「素直に従ってくれればそれに越した事はなかったのだが、結果は変わらないな。 君は私の配下として末永くコキ使ってやろう。 どんな大物が召喚されるか楽しみだ」
刺さった魔石に魔力が充填され、俺の体内でその効果を発揮する。
――そして、俺の頭の中で何かが弾けた。
魔石から得体の知れない違和感が染みのように広がっていく不快感。
俺は内心で忌々しいと感じ――
――意識を失った。




