331 「提案」
別視点。
「さて、片付いたけどこれからどうしようか?」
アスピザルと呼ばれた少年は何事もなかったかのようにそう言う。
それに少し不快感を感じたが、ジネヴラの殺害に加担した以上、何かを言う資格はない。
私――クリステラは小さく息を吐くだけで努めて反応を面に出さない事にした。
「ところで、お姉さんの目的をちゃんと聞いていなかったけど、良かったら教えて貰えないかな?」
「……知ってどうするつもりですか?」
思わず声が固くなる。
必要だったので共闘には応じたが、割り切れていない事もある。
少なくとも私に取ってムスリム霊山の件は過去ではない。
「お互いの目的が競合しないのであればもう少し仲良くできるかなって思ってね。 ……疑っているみたいだし、先にこっちの目的を話すよ。 僕達の目的はテュケの排除と手配の取り下げ」
……テュケ?
手配の取り消しは、分からなくはないが、問題はもう一つの方だ。
確かダーザインと同系列の組織だった筈。
あまり表に出てこないので、下部組織ぐらいの認識だったが……。
仲間割れ?
「テュケは貴方たちの仲間ではないのですか?」
「今は違うよ? ちょっと前までは仲間と言うよりは使いっ走りだったけどね」
使い走り? つまり実際の立場は逆?
「貴方たちがテュケの傘下だったと?」
「そうだよ。 実質、彼等の隠れ蓑が僕達ダーザインだったからね」
本当だとしたら教団は今も謀られていると言う事なのか?
「流石に付き合いきれなかったから、この前縁を切ったんだけど、しつこく絡んできそうだからここらで仕留めて後腐れなくしようと思ってね。 それが僕達がここに居る理由だよ」
「……言っている事は理解できましたが、何故ここに居るのかの答えになっていませんよ」
彼等の目的がテュケであるならグノーシスの枢機卿を襲う意味が分からない。
「僕らがここに居ること自体が質問の答えだと思うけど?」
思わず言葉に詰まる。
その言葉に意味するところは――
「……つまりグノーシスはテュケと繋がりがあると?」
「あるよ」
さも当然といった口調で答えたアスピザルに私は思わず口を閉じる。
「ちなみにだけど、異邦人って呼ばれている聖堂騎士の一部はテュケの構成員だよ。 付け加えるなら彼等の首魁はここの宰相。 ここまで言えば察しは付くんじゃない?」
アメリア宰相がテュケの頭?
……確かに彼等の話を鵜呑みにするのならここを攻めるのも理解できなくはない。
彼女が敵であり、自分の手勢をグノーシスに送り込めるほどの影響力があるのなら教団は完全に敵だ。
目的の一つである手配の取り下げを狙うというのなら教団との連名である以上、位の高い者の承認が必要となる。
確かに枢機卿であるならば取り下げるのに何の問題もないだろう。
後は国側の承認は考えるまでもない。
「そうなると後の目的は宰相の捕縛ですか」
「……可能であればそうしたい所だけど、手配の取り下げが出来るのなら彼女でなくてもいい。 はっきり言ってアメリアは僕達にとっては脅威でしかないから、最終的には始末するつもりだよ」
アスピザルは「こっちの目的は話した」と付け加えた。
私は少し迷ったが話す事にした。
ゲリーべに端を発したグノーシスへの疑問と人体実験。 それを正す為に枢機卿を押さえたいと言う事。
一通り聞いたアスピザルは大きく頷く。
「なるほど、そう言う事ならこの件が片付くまでは手を組めそうだね」
不意に後ろで重たい音が響く。
アズサと呼ばれていた異邦人が元の大きさに戻って膝を付いていた。
息は荒く消耗が激しい事が窺える。
「梓、大丈夫?」
「……えぇ、ただ……少し、疲れたわ。 休めば動けるから……」
そう言うと壁に寄りかかって目を閉じた。
「取りあえず梓を休ませたいから、断るにしても休戦してくれると嬉しいな?」
「……貴方達を信じろと?」
「利害は一致していると思うけど? お姉さんの目的が枢機卿を捕まえて教団の後ろ暗い部分を暴露させて組織の浄化を図りたいって事でしょ? 僕達はテュケの排除と手配の取り下げ。 それさえ済めば枢機卿には用がないからそっちの好きにしたらいい」
……確かに。
彼の言葉を額面通りに信じるのなら今回は協力できるだろう。
ちらりとアズサを一瞥。 彼女は勿論、彼の後衛としての技量も卓越している。
手を組む事が出来ればこの先、かなり楽に動く事が出来る筈だ。
それは信用出来ればと言う但し書きが付く。
「返事をする前にいくつか聞きたい事があります」
「何かな?」
「ムスリム霊山を襲ったのは貴方達で間違いありませんね」
「そうだよ」
即答か。
「理由を伺っても?」
アスピザルは微かに目を細める。
こちらの意図を探っているようにも見えるが……。
少し黙っていたがやや躊躇いがちに口を開く。
「当時は僕の前の首領が色々と幅を利かせている時代でね。 あそこを襲う事は僕の意向じゃなかった」
随分と歯切れの悪い答えだ。
「つまり指揮は執ったが、意図までは知らされていないと?」
「……想像はできるけど、どこまで合っているのか……。 ただ、前首領はテュケの意向で動いていた。 そう考えると色々と見えて来るんじゃない?」
………。
つまりあの襲撃を裏で糸を引いていたのはテュケであったと?
だが、ダーザインとグノーシスの両者の裏に居るというのなら潰し合わせる理由は何だ?
「分かりませんね。 ですので、貴方の想像と言うのを聞かせて頂けませんか?」
考えてもこれと言った意図が見えてこなかったので、はっきりと言うように促す。
アスピザルはやや考える素振を見せる。
「……あの夜、僕達が連れていた魔物なんだけど、見覚えある?」
「……どれも覚えのない種でしたね」
直接戦う事はなく、遠目に見るだけだったが、明らかに記憶にない種だった。
類似と言う点では心当たりはあるが、明らかに別物だ。
ダーザインが怪しげな儀式や実験で使役した魔物と思っていたが……。
「あの魔物達は攻めろと依頼された時に寄越されたんだけど、僕達も出所が良く分からないんだ。 ……もしかしたら、性能を試す意味合いもあったのかもね」
魔物の力量を計る為の試金石としてあれだけの惨劇を?
つまりはテュケがあれらを用意してダーザインを通して攻めさせたと。
「全ての元凶はテュケだと?」
「少なくとも僕達の問題の元凶は彼等だね」
……判断が付かない。
確かにアスピザルの話に不透明な部分は多いが一応は筋が通っているように感じる。
悩む。 信じるべきか否か。
正直、戦力としては魅力的ではあるが信を置くという点では不安が付きまとう。
「……別に無理に信用する必要はないよ」
不意にアスピザルがそんな事を言って来る。
「どう言う意味ですか?」
「別に今回限りの同盟だし、最低限の約束だけして後はお互い利用しましょうで良いんじゃない? 僕としては受けてくれると嬉しいけど、抵抗があるのなら断ってくれてもいいよ。 足だけ引っ張り合わないようにだけ気を付ければいいしね」
私は悩んだがどうしても判断が付かなかった。
「仲間と相談します。 時間を頂いても?」
「どうぞどうぞ」
私は彼等から少し離れた所へ移動して魔石を起動。
相手はエルマン聖堂騎士だ。
この手の駆け引きは彼の方が上手なので、意見を求める相手としてはこれ以上はいない。
――エルマン聖堂騎士。
――クリステラ嬢ちゃんか。 どうした?
応答したエルマン聖堂騎士は声の調子が少しおかしかった。
息も上がっているようだし、どうやら動き回っているようだ。
――そんな事よりそちらの状況は?
――あー……何と言うかすまんな、少ししくじった。 城塞聖堂の地下に避難用の隠し通路を見つけたんだが、どうも対侵入者用の仕掛けに引っかかっちまってな。 今は戦いながら逃げ回っている所だ。
――仕掛けとは?
――審問官の連中が天使みたいな羽を生やして襲ってきている。 見た感じ理性やらも吹っ飛んでいる有様でかなり手強い。 一対一ならどうにでもなるが数が多くてな。 ところでそっちは? 連絡を寄越したって事は枢機卿は捕まえたのか?
――いえ、こちらも失敗しました。 枢機卿を発見はしたのですが、戦闘になり……殺めてしまいました。
――おいおい、殺しちゃまずいだろ! ……まぁ、お嬢さんの腕で殺すしかないって事――あ、くそ、また出やがった。 悪い。 切るぞ。
一方的に切られ、エルマン聖堂騎士の声が途切れる。
口調こそ気楽に言っていたが明らかに切羽詰まっていた。
恐らく助けが必要だろう。
……悩んでいる場合ではないか。
踵を返してアスピザルの所まで戻る。
「あ、相談終わった?」
「協力の話ですが、受けたいと思います。 ですが、その前に手を貸してほしい事があります」
私の提案にアスピザルはどうぞと続きを促した。
嘘は言ってないけど、本当の事も言わないスタイル。




