323 「通路」
続き。
最後の一人の顔面に槍を突き立てた所で、維持するのを止めた煙が晴れる。
良好になった視界に移るのは転がっている死体とすました顔のエイジャスだけだった。
「流石ですね。 聖堂騎士の名は伊達ではないと言う訳だ」
「……そりゃどうも」
それを見て俺は忌々し気に表情を歪める。
どうしようもない事が分かったからだ。
「……で? 安全な所に居るお前はこのまま逃げて報告か?」
「はっはっは。 お見通しでしたか」
よく見ると楽し気に笑うエイジャスの姿が透けている。
その足元に視線を落とすと奇妙な箱の様な物が落ちていた。
恐らくは姿と声を遠隔で伝えるための物だろう。 道理で足音がしない訳だ。
最初に煙を出した時に奴の姿が一瞬ブレたので、本人は来ていないか近くに居たが逃げたと判断。
追えば追いつけたとは思うが取り巻きのお陰でそれも叶わなかった。
その時点でもう隠蔽工作は不可能と悟る。
完全にクリステラに賭ける事になってしまった。
……しくじったら国外逃亡だな。
「聖堂騎士様とまともに戦ったら私なんて瞬殺ですからね? 馬鹿正直に前に出る訳がないじゃないですか。 では、上に報告がありますので私はこれで失礼しますね」
エイジャスは爽やかな笑顔を浮かべ「私の出世の礎になってくれてありがとうございます」と言うと姿が掻き消えた。
残されたのは沈黙した魔法道具のみ。
「………………はぁ」
俺は溜息を吐いて魔法道具を拾い上げ魔石と本体を分離させると懐にしまった。
どこぞに売り飛ばして資金にしてやろう。
それがせめてもの意趣返しだった。
幸か不幸か配置されていたであろう人員を始末出来たので、他の部屋を一気に調べる。
面倒だったので施錠されている部屋は扉を蹴破って中を検め、施錠されていない部屋も苛立ちの発散を兼ねて蹴破った。
どれも似たような部屋でおいてある物が違う程度だったが、ある部屋でふと止まる。
違和感があったからだ。 床の感じが微妙に違う?
この建物は完全な石造りだ。 床も同様で、堅牢な作りは壁を破壊しての侵入を難しくする。
見た所、他とそう変わらないように見えるが…。
奥へ入ってそっと触れる。 冷たい石の感触だが、違和感があるな。
軽く叩いて回ると、部屋の隅で音の反響が変わった。 明らかに空洞がある。
紫煙の短槍を軽く回して煙を出すと床の一部が歪み、指を引っ掻ける窪みの様な物が見えた。
……これか?
罠の類がない事を確認した後、窪みに指を引っ掻けて力を込める。
少し重かったが簡単に床の一部が剥がれた。
空いた先を見ると真っ暗な闇と梯子が顔を覗かせている。
どう見ても地下室って風じゃない。
小さく息を吐く。 どうやら当たりを引き当てたようだ。
……それにしても。
外した蓋を見ると裏に魔石が嵌まっている。
こいつで分からんようにしていたのか。
随分と上手く隠していた。 正直、最初からあると疑っていないと見つけるのは難しい代物だったな。
俺は梯子に足をかけてそのまま下へ降りる。
当然、蓋を戻す事を忘れない。
魔法で光源を確保して気持ち急いで下へ向かう。
降りきった先は長い通路だ。 方角は城塞聖堂の方を向いている。
さて、当たりっぽいが果たして向こうに繋がっているのかな?
どうか俺の勘が当たっていますようにと祈りながら通路を進む。
何もないかとも思ったが途中にいくつか部屋があり、中を覗くと食料や武具などの倉庫に宿泊が出来そうな寝台や机がある部屋。
入って調べてみたが埃なども殆ど積もっておらず、定期的に清掃が行われている事が窺える。
恐らく緊急時の避難所も兼ねているのだろう。
逃げるのが難しい場合はほとぼりが冷めるまでは身を隠すといった用途に使うつもりか。
教団の最高位に位置する者が影でこそこそと自分達専用の逃げ道作りとは何とも言えんな。
まぁ、連中も人間だ。 こういう俗っぽさは共感できるがね。
そんな事を考えながら先へと進む。 距離はそうないからそこまでの長さはない筈だが……。
歩きながら脳裏でこの近辺の地図を広げて自分の位置を大雑把に推測。
多分だがそろそろ水堀の下ぐらいか?
耳が微かな音を拾う。 水が流れる音?
進むにつれて音が大きくなる。 やがて開けた場所に出た。
円形の空間で足元が格子状になっており下が見える。
床の下は大きな空洞になっており、盛大に水が流れ込んで下に落ちている。
……何だここは?
位置を考えるなら城塞聖堂の真下辺りになる。
枢機卿の居住区はこのままここを通り抜ければ行ける筈だが……。
それとは別に扉がもう一つあった。
普通に考えるのなら別の出口だろうが……引っかかるな。
少し気にはなったが今はクリステラの退路を確保するのが先だ。
この様子なら問題なく奥まで入れるだろう。
俺はやや後ろ髪を引かれながらも先へ進む。
広場を抜けると通路が広くなり、足音がやたらと響く。
……ここは一体何だ?
最初はただの抜け道かとも思ったが、さっきの広場といい、道にあんな物は必要ない。
何かの施設であると推察できるが、どう言う用途で使用するのかがまるで分からん。
見たままで考えるのならさっきの広場は水堀の水を廃棄しているという所までは分かる。
だが、それ以上の事がまるで分らん。
そもそも水堀の水量が減っていない事を考えると常に入れ替えているのであろう事は察せられる。
あれだけの量の水をどこから引っ張ってきているのかも謎だし、あの水が何処へ流れているのかもまた謎だった。
……訳が分からん。
教団は地下にこんな施設をこさえて何をやってると言うんだ?
クリステラから聞いたゲリーべのマルグリット孤児院の実態を考えると碌な物じゃないと言う事は想像に難くない。
――天使。
天から使わされる教団が主と仰ぐ神の使い。
連中の研究はその天使に人がどこまで近づけるかと来た。
どう考えても教義的にダメだろう。
それを上が積極的にやっているのだから救いがない。
連中も権力を得たから今度は物理的な力を求めたと考えるのが自然かね。
やっている事はダーザインとそう変わらないという事実を連中はどう考えているのやら。
この様子だと本国でも積極的にやっているのだろうな。
「……はぁ……」
思わず溜息が漏れる。
背信がバレた以上はもう教団に俺の居場所はない。
そうなると事の成否に関わらず国外逃亡か身元を偽って再出発だな。
幸いにも蓄えはあるのでどこぞの辺境にでも引き籠ってしまおうか……。
……それが良いのかもしれん。
脳裏にスタニスラス達の事が過ぎる。
連中の仇は勿論取ってやりたいが、現状ではどうする事も出来ない。
いっそ教団にオラトリアムの情報を流して潰し合わせるか?
いくら連中の得体が知れんといっても教団が本気になれば対処は難しい筈だ。
出来ないとは言い切らない。 それだけあの地は異常だからだ。
仮に教団が返り討ちに遭ったとしても驚かない程度には警戒してはいる。
……それで潰し合わせるのに失敗すれば俺は両方から恨みを買う訳だ。
小さく身を震わせる。
やるにしても最後の手段だな。
基本的に逃げる方向で考えよう。 面倒事は可能な限り避けるべきだ。
周囲を警戒しつつ真っ直ぐに歩いていると通路の終わりが見えて来た。
開けた場所に出る。 広さはさっきの広場とそう変わらない。
中央に巨大な螺旋階段。
他にはこれと言って変わった物は――。
精々、壁に埋まっている照明代わりの魔石ぐらいか。
さっきの通路にも埋まっていたおかげでいちいち魔法を使う手間が省けた。
……まぁ、用途と使う人間を考えたらない訳がないんだがな。
そんな事を考えて広場に足を踏み入れる。
特に誰かいる訳でもないし、このまますんなり通して――
「――くれる訳ないよなぁ……」
床が発光して複数の光の柱が現れ、中から黒い鎖帷子で全身固めた審問官が出て来た。
「そう来ると思ったぜ」
そもそもここまですんなり来れたのが不思議だったぐらいだ。
枢機卿が非常時に使う逃げ道だ相応の備えはあって当然だろうが……。
様子がおかしい。
連中、仮面の所為で表情が分からんが挙動が妙だ。
だらりと垂れ下がった両腕に前に傾いた上半身。
明らかに力が入っていない。
各々武器を手にしてはいるが、持っているというよりは手に引っかかっている状態だ。
俺はゆっくりと短槍を抜いて構える。
それに反応したかのように連中が頭を上げた。
同時にガクガクと全身を痙攣させる。
それに合わせるように帷子が内側から波打つ。
背中の部分が大きく盛り上がり、帷子を突き破って羽が生えて来た。
痙攣しながらも視線は俺を真っ直ぐこちらに向く。
仮面からは表情は伺えないが、隙間からドロドロと粘ついた血のような液体が流れだす。
……おいおい。 何だありゃ。
どう見ても普通じゃない。
それ以前に背中の羽は何だ? まるで天――。
連中は声もなく羽を震わせて真っ直ぐに突っ込んで来た。
誤字報告いつもありがとうございます。




