322 「台座」
続き。
どさりと音を立てて出入口を守っていた見張りが崩れ落ちる。
完全に無力化した事を確認して小さく息を吐く。
……備えておいて本当に良かった。
隠密行動になるのは目に見えていたからな。
相手の意識を奪う道具や薬は多めに仕入れておいた。
俺の足元に転がっている見張り達は睡眠薬でしばらくは起きて来れないだろう。
随分と手薄だがどうなのかねぇ……。
無力化した二人以外に人影はなし。 中にはすんなり入れてくれそうだ。
片開きの扉をそっと開けて中へ。
ここは余り人目に晒したくない場所なので区画の隅に建てられた場所で、外の騒ぎと大っぴらに見張りを配置できないという二つの理由である程度は入りやすいと睨んではいたが、ここまでとは思わなかった。
中にも足音や魔法道具による侵入者感知の類もなし。
これは外れかとも思ったが、確認しない事には始まらない。
上階は調べる必要がないからある程度は楽に調べられる。
初見の建物なので構造が今一つ分からんが、端から順に調べるとしよう。
……手早くな。
手近な部屋を確認。
中を覗き込むと複数の棚に怪しげな書物や魔法道具が立ち並んでいる。
形状からどう言う用途で使用するのか全くの不明だが、ここに放り込まれる程度には危ない代物なのだろう。
ざっと室内に目を走らせるが怪しい物は――怪しい物しかないが、隠し通路の類は見当たらない。
ここらの物品には興味があるが、今はそんな余裕はないな。
そのまま素早く次の部屋を覗く。
似たような部屋だった。 次も同様で、違いは怪しい武具が置いてあるぐらいだ。
……おかしい。
誰もいない。 完全に無人だ。
気配すらしない。 外の門番以外に人員を配置していない?
片端から覗いているが、似たような部屋ばかり。
半分近く見た所で足を止める。
今までと毛色が違う扉があったからだ。
ここまでで開けた扉は全て片開き。 目の前の扉は両開き。
明らかに雰囲気が違う。
手をかけようとして気付いた。 足元だ。
鎖と錠前の様な物が複数転がっていた。
見た所、かなり厳重に施錠――いや、封印されていたのか?
それが開かれている。
ここまで厳重に封印されている以上、中には相応の代物がある……いや、間違いなく持ち出されている筈だろうからあったのだろう。
扉を開ける。
中は広々としており、扉を開ける際に生じた音が妙に響く。
何もない。 あるのは部屋の中央の妙な出っ張りぐらいだ。
……あれは?
よく見ると、出っ張った部分に何か穴? の様な物――。
違うな。 恐らくあれは何かが刺さっていた跡か?
だとするとあれは台座なのか?
そうなるとここにあったのは形状から判断するに剣か槍か……。
よく見ると台座の近くにも鎖の様な物が散らばっていた。
随分と厳重に封印されていたのが窺える。
……ここまでやる必要がある武器?
正直、想像も……まぁ、眉唾物の話でなら心当たりはあるが……。
小さく鼻を鳴らして馬鹿々々しいと考えるのをやめる。
さっさと次の部屋を――。
「っ!?」
扉を閉めずに一気に開いて室内に飛び込む。
風を切る音がして何かが俺の頭上を通り過ぎる。
短槍を抜きながら振り返った。
「侵入者と聞いて何者かと思えばこれはこれはエルマン聖堂騎士。 こんな所でどうされました?」
俺の視線の先――扉に寄りかかるように一人の男が居た。
エイジャス・コナー・ラオス。 最近、俺の尋問を行っている審問官だ。
何故、こんな所に……。
「ここは私の管理している施設でね。 侵入者があるとすぐに知らせが来るようになっているのですよ」
……どうやら見落としていただけで侵入者を感知する仕掛けはあったらしい。
エイジャスはゆっくりとした足取りで部屋に入って来る。
後ろには特徴的な黒い鎖帷子で全身を覆い、顔には仮面を被った者達。
審問官の専用装備。 戦闘よりは捕縛・拷問に特化した連中だ。
主に出自の怪しい者が送られる部署と言うのがもっぱらの噂だが……。
仮面に隠れているが隙間から下卑た含み笑いや嗜虐的な感情が伝わって来る。
……まぁ、罪人上がりって所か。
いくら何でも品が無さすぎる。
罪人関係の施設も連中が押さえている事を踏まえると、使えそうな連中を拾い上げているんだろうな。
表情は分からないが、あの仮面の下は碌な物じゃないだろうよ。
対外的にはあの無機質な仮面は罪人の恐怖心を煽る為の物らしいが、どこまで本当なのか。
各々、武器を構えて自然な動きで俺を半包囲する。
数は――十。 多いな。 狭い部屋でこの人数はしんどい。
これはしくじったな。
言い訳のしようがない状況だ。
持ち場を離れてこんな所で家探し、終わったなとしか言いようがない。
加えて逃げ場もない以上、こいつ等を皆殺しにでもしないと切り抜けるのは難しそうだ。
……まったく。 何で俺がこんな目に遭うんだろうな……。
どこで道を踏み外したのやら。
考えても仕方がないので今は目の前の事に集中。
拷問などを嬉々として行うような連中だ。 捕まったらどうなるか目に見えている。
ここは意地でも切り抜ける必要があるな。
まぁ、やるだけやるとしよう。
「いや、ちょっと散歩していたら道に迷ってな。 そんな事よりそこの台座ってなにが刺さってたんだ?」
「ほほう。 道に迷ったと? 見張りを昏倒させておいてそれはないんじゃないですか? 後、余り白々しい事は言わない方がいいですよ? そこにあった物は御存じなのでしょう? 当てが外れて残念でしたね」
どうも勘違いされているようだ。
ここの台座に刺さっていた代物はそこまでの物なのか?
だとすると――やはりアレか。
「オールディアから持ち出されたって聞いていたがこんな所にあったとはな」
探りを入れるとエイジャスの笑みが深くなる。
その反応で確信した。
やはりか。 まさか大当たりとはな。
――聖剣。
例の遺跡から持ち出されたと言う代物の筈だ。
どこぞに保管されていると聞いていたが、国内にあったとはな。
正直、存在自体が眉唾物と思っていたので、実在すら怪しいと思っていたからだ。
それが実在し、本国ではなくこんな所に保管されていたとは……。
「どこで嗅ぎ付けたかは知りませんが実に惜しい。 数日前まではここにあったのですよ」
「……そうかい。 そりゃぁ残念だ」
俺がそう言うとエイジャスは困ったというように表情を変える。
「さて、エルマン聖堂騎士に二心ありと言う事になると、先日の聞き取りにも虚偽が混ざっていると疑わざるを得ませんね」
嘘吐け、ハナから疑っていやがった癖によく言うぜ。
「素直に色々と話して頂ければこちらとしても楽でいいのですが、そうもいかないでしょう。 話は尋問室で詳しく聞くとしましょうか」
エイジャスが手を上げたと同時に俺は短槍を投擲。
狙いは澄ましたそのツラだ。
俺の投げた短槍を奴は体を傾けて躱す。
同時に取り巻き共がこちらに突っ込んで来る。
分かり切った事なので驚きはない。 下がりながら腰にある紫煙の短槍を抜いて全力でぶん回す。
煙が一気に充満して視界が塞がる。
――戻れ。
魔力を送り、投げた槍を手元に戻す。
両手で二槍を構えて、手近な相手に肉薄する。
身を低くして足払いをかけて転倒させた後、短槍を顔に突き刺す。
仮面を貫通して顔面を抉る。
仕留めた手応えを感じたと同時に後ろに跳んで距離を離す。
まずは一人。
「……ったく、どうなってんだこれは……」
思わず呟く。
隠し通路の出入り口探しに来たのに聖剣盗みに入ったと勘違いされて襲われるとかどういう事だよ。
狙いを悟られていないのは幸いだが、この様子だと隠し通路があるかは微妙な所だな。
片手で紫煙の短槍を回しながら走る。
とにかく位置を悟らせない事が一対多では重要だ。
加えて自分以外の全てが敵なんだ。 間違う心配がない点は気楽だが……。
帷子だと刃が通り難いので基本的に狙いは関節か顔だ。
仮面は頑丈ではあるが帷子と比べれば簡単に抜ける。
目の辺りを狙って抉り抜く。
仕留めた後、抜く手間を省く為に突き刺してから魔力を流して手元に戻す。
二人目。 一所に留まらず常に移動し、空いた瞬間に煙を吐き出し続ける。
「腐っても聖堂騎士か。 魔法で煙を払え!」
エイジャスの声が聞こえるが、内心で甘いと呟く。
何人かが魔法を行使するが、煙は晴れない。
当たり前だ。 この煙は魔法を打ち消す効果がある。
ある程度は相殺されて消えるが吹き払われる事はない。
三人目に襲いかかるが、鋏の様な物で受け止められる。
舌打ち。 流石にそろそろ反応されるか。
蹴りを入れて距離を取り、下がり際に短槍を投げつける。
足に当てた後、手元に戻す。
動きは悪くないが、悪くないだけで脅威としてはそこまでじゃない。
数はいるがこのまま煙に乗じて削り殺す。
戦い方を組み立てながら俺は冷静に次はどいつを仕留めるか吟味する。
余裕も時間もない。 早く全員仕留めて捜索に戻らないとな……。
冷静な思考の片隅で僅かな焦りが身を焦がす。
努めて考えないようにして俺は次の獲物に襲いかかった。
誤字報告いつもありがとうございます。




