321 「予想」
別視点。
城塞聖堂内部は結構な騒ぎになっていた。
クリステラに先んじて中に入った俺――エルマンは内部を真っ直ぐに進むが、困った事にここの構造に明るくない。
だが、ある程度であれば予想は付く。
この施設内で最も堅牢な場所。 恐らくそこが枢機卿の居住区で間違いないだろう。
…そうなると…。
まぁ、一番奥だろうな。
聖堂を抜けて内部に入り廊下を真っ直ぐに行く。
するとちょっとした広場に出る。 奥へ行きたければ真っ直ぐだが…。
邪魔物が居る。
角ばった印象を受ける全身鎧に、背には戦槌。
特徴的な兜を被っており、一目で聖堂騎士――それも異邦人と言う事が分かった。
適当言って通して貰うかとも思ったが、失敗した時の事を考えると良い手じゃないな。
裏から回ったクリステラの事もある。
少し慎重に動こう。
俺は慌ただしく動き回っている聖騎士達に混ざって、施設内を調べる事にした。
少し歩き回り、この施設の造りは何となくだが分かって来たが…。
…失敗したな。
枢機卿や異邦人の住居など、知られちゃ不味い場所が施設の中央に集中している事に確信が持てはしたが、逆に困った事も分かった。
施設中央がそれ以外から完全に独立している点だ。
全てを見た訳ではないが、恐らくさっきの広場からしか入れない造りになっているのだろう。
そうなるとさっきの異邦人をどうにかして突破する必要が出て来る。
俺は面倒なと思いながらクリステラにそれを伝えようと魔石を取り出したが、逆に向こうから連絡が入った。
聞けば例の広場を突破して奥を目指しているらしい。
完全に出遅れた形になってしまった。
内心で舌打ちしつつ彼女の話に耳を傾ける。
こっちはまだ大丈夫だが、向こうには余裕がないのかやや早口だ。
クリステラによると廊下を抜けた先は異邦人の住居で、更に奥にある離れが枢機卿の居住区画となっているらしい。
何とまぁ厳重なと少し呆れたが、同時にどうした物かとも考える。
クリステラはこれから離れに入るので退路の確保を頼んで来た。
俺はそれに了解と返して会話を終える。
…と、安請け合いしたが、どうするかねぇ…。
単純に考えればあの広場を押さえるのが早道のような気もするが、今は侵入者と例の異邦人が戦闘を繰り広げているらしいので近づきたくない。
いや、逃げ道の確保って無理じゃないのか?
区画として完全に独立してるんだろ?
加えて出入り口は一つ。 俺だけで制圧するには戦力不足。
最低限、騎士団規模の戦力が必要だ。
忌々しい。 苛立ちが募りここを作った奴を罵ってやりたくなる。
最奥の離れに、その手前は異邦人共の巣。
鉄壁の布陣だ。 どうやって突破しろと言うのだ。
いや、クリステラならやりかねんが、帰るところが問題だ。
奥まで行けたとしてどうやって逃げる? 元来た道――いや…。
引っかかる物がある。
ここまでしっかりと守りを固めている連中が、万が一城塞聖堂が陥落した事について考えない?
考え難い。 ならあるんじゃないか? いざという時の為の隠し通路が。
俺は踵を返して早足に進む。
走りたい所だが、目立つのはあまり良くない。
進みながら思考を加速させる。
さて、仮に隠し通路があるとしよう。 出口はどこに設える?
この建物内? 有り得ないな。
連中の住居が脅かされる段階まで来ているのなら施設全体が危険地帯だ。
そんな所に出口を作って出て行くなんてノコノコ死にに行くような物だ。
ならこの施設の外か?
考え難い。 何故ならここは水堀に囲まれ、孤立した場所だ。
侵入者を阻む水堀がそのまま自分達の逃亡の妨げとなる。
俺なら水堀の向こう――王都内に出口を設置する。
ここから然程離れていなくて、人目に付き辛く、グノーシスが押さえている施設。
以上三点の条件を満たしている場所が恐らく出口だ。
周囲に視線を巡らせながらある一点に目が留まる。
警備の詰所だ。 扉は開いていたのでそっと中へ入った。
そこでは聖騎士達が慌ただしく外と連絡を取っている。
中には魔石に向かって怒鳴り散らしている者も居た。
俺は話し終えて手が空いた聖騎士に声をかけて街の地図はないかと尋ねる。
一瞬、嫌そうな顔をされたが俺が聖堂騎士と分かると大慌てで地図を渡してくれた。
礼を言って地図を受け取ると空いている机にそれを広げる。
…道を通すならどこを選ぶ?
考える。
十中八九地下を通って水堀を抜けて街に入るはずだ。
普通に考えるのなら比較的距離の近い、大聖堂辺りに繋げると思うが…。
あそこは現在、騒ぎの真っ只中だ。
近づくような真似はしないだろう。
さて、だとしたらどこだ?
隠し通路に関しては俺が知らなかった以上、限られた者しか知らないのは間違いない。
そこまで分かれば後は簡単だ。
王都の関連施設は一通り足を運んでいる筈だが、そうじゃない場所がある。
距離を考えるのなら候補は三か所。
まずは押収品などを扱う倉庫。 あそこは外に出せない違法な代物が多いので聖堂騎士であっても特別な理由と許可がなければ近づけない。
もう一つは罪人の収監所、悪人や教義に反する凶悪な罪人を捕らえておく施設。
詳しくは知らんが、どうも吐かせたい事や生かしておかなければならない事情がある者を放り込んでいるらしい。
こちらも同様、出入りには理由と許可が必要になる。
最後は留置所、収監所と何が違うのかと言うとこちらは尋問などを主に行う場所というのが表向きだが、実際は拷問で収監される罪人の心を圧し折る教団の裏施設だ。
さて、この三つに共通しているのが、管理が審問官になっているという点だろう。
…こりゃ、連中の関連施設に的を絞って問題なさそうだな。
念の為、他の場所も頭に叩き込んでその場を後にする。
外に出ると相変わらず戦闘は継続中だ。
町民に扮したダーザインと聖騎士の戦いはちょっとした膠着状態となっている。
戦力では聖騎士の方が上だが、見分けが付き辛く一部には躊躇が見られる。
対するダーザインも戦力の全てを吐き出さずに小出しにしており、必要に応じて正体を現すと言った方法を取っているので尚更だろう。 この手を考えた奴の性格の悪さを窺わせる。
恐らく連中の目的は陽動だ。
どうみても積極的に攻める気がない。
恐らく本命は異邦人と戦り合っている奴だろう。
対等に渡り合っている時点で部位持ちか同類とみて間違いない。
正直、潰し合ってくれる分には大歓迎だが、こっちはこっちでやる事をやっとかないとな。
鎧の効果で姿を消すと、俺は戦闘に紛れて城塞聖堂を後にした。
問題はどこを調べるかだ。
…近場から潰すか?
余り時間をかけてもいられないので、安易には動きたくはない。
罪人関係の施設か倉庫か…。
考えたが比較的、人の出入りの少ない倉庫が一番怪しいな。
そこから当たるとするか。
王都内におけるグノーシスの関連施設は固まっており、全ての施設はそう遠い位置にない。
俺は騒ぎを避けつつ目的の場所を目指すが、酷い有様だった。
建物の大半は破壊されており、元形を留めていない住民の死体があちこちに転がっている。
移動しながら遠目に暴れている魔物を一瞥するが、やはり見た事のない種だ。
いや、それ以前にこいつ等は本当に魔物なのだろうか?
視界に入った奴等だけでも個体差があり過ぎるのだ。
ここまで生態が違うと、もしかしたらこいつ等は人為的に作られた存在なのではないのだろうかと言う疑念が浮かぶ。
そうでなければ説明が付かない点が多い。
加えて、そうだとしたらいきなり湧いてきた理由にも説明が付くからだ。
…恐らくはこいつ等には元々の姿があって急激に姿を変えた。
そう考えるとこいつ等は元は人間で、何らかの方法でこの姿に変えられた。
想像の域は出ていないが的は外していないと思っている。
元々、人間の姿だったとしたら怪しまれずに王都内に入れるし、適当な場所に配置して時が来れば正体を現して暴れさせればいい。
少なくとも俺ならそうする。
あからさま過ぎる陽動だが、被害の規模と範囲を考えると戦力を割かざるを得ない。
分かり易い手だが、防ぎようがないのが嫌らしい。
そこでふと疑問が頭を過る。
大掛かりな陽動とそれに合わせる形での城塞聖堂への襲撃。
普通に考えるのなら全てがダーザインの仕業とみて間違いないのだろうが…。
違和感がある。
王都と城塞聖堂への襲撃。 これは本当に同一勢力の仕業なのだろうかと。
明確に形にはなっていないが、両者のやり方――裏で糸を引いている人間の意図が違うというか…。
考えが徐々に形を成そうとした所で霧散する。
目的地が見えて来たからだ。
…どうか当たりでありますように。
内心でそう祈りながら俺は気配を消してそっと近づいた。




