320 「庭園」
続き。
部屋を後にした私は一気に廊下を駆け抜ける。
途中、いくつか階段があったが無視。
教えられた通り、真っ直ぐ離れを目指す。
走りながら魔石を取り出してエルマン聖堂騎士と連絡を取る。
さっき知った情報を伝えるためだ。
――俺だ。 今はどの辺だ?
――北の廊下から真っ直ぐ枢機卿の居ると思われる離れを目指しています。
――離れ? そんな物があるのか。 ならそっちの方が近いな。 悪いが俺は少しかかりそうだ。
――そちらの現在地は?
――西側だ。 この建物思ったより厄介な構造をしていやがる。 恐らくだが、その北側とやらには中央の広場を通らないと入れない。
エルマン聖堂騎士の話によれば、この建物――城塞聖堂は異邦人の住居であるここと枢機卿の住居である離れは独立した造りになっており外から見えていた部分は中央に据えられたこの両者を囲むように作られているようだ。
つまりはさっき通った通路が交差した広場を介してしかここへはたどり着けない。
――ご丁寧にそっち側の壁には窓の類はない。 要は重要箇所に入りたいなら正面から入れって事だ。
エルマン聖堂騎士の居場所と現在の私の位置を考えれば期待はしない方がいいか。
――分かりました。 ではエルマン聖堂騎士には退路の確保をお願いします。
――了解だ。 何とかしよう。 気を付けてな。
私はそちらもと返して会話を終了。
魔石を懐に戻す。
…それにしても…。
警備の聖騎士が居ない。
いや、ここの性質を考えるのなら軽々に配置できないのか…。
それともカサイ聖堂騎士の仕業?
不明だが好都合だ。 このまま一気に行く。
移動していてこの区画の構造は概ね把握した。
一定の間隔である階段。
一階は殆ど共用の部屋が多い所を見ると下に共有施設を固めて上は住居なのだろう。
階段がある場所は開けており広い。 恐らく住人に配慮した結果、この形に落ち着いたのだろう。
三つ目の階段が見えた所で廊下の終わりが見えて来た。
…カサイ聖堂騎士の話が本当ならこの先の筈だが…。
ここまで来て妨害に遭わないのはどういう事だ?
離れが教団の重要人物の住居なら相応の番人が居ても不思議はない筈だが…。
疑念とは裏腹に人の気配はない。
私は周囲に警戒しつつ奥の鉄扉にそっと近づく。
両開きで、特に施錠はされていないように見える。
扉に触れる。 罠の類はない。
ゆっくりと押す。小さく金属が軋む音を立てて扉が開いた。
先は照明の類が少ないのか薄暗い。
構わず中へ。 途中、いくつかの部屋があったが全て無人。
流石におかしい。 脳裏で警鐘が響く。
薄暗い通路はそう長くはなく、少しすると奥に光が見える。
出口か。
通路を抜けるとそこは庭園だった。
色とりどりの花に木々、いつか見たオラトリアムの庭園ほどではなかったが立派な物だ。
窓の類はないと聞いていたが、光源は一体?
視線を上に向けると。
巨大な球状の魔石がいくつか天井からぶら下がっていた。
それを確認した後、ぐるりと周囲に視線を巡らせる。
下は芝生だが左右と上は壁だ。
そして正面に屋敷が一つ。
グノーシスの最高権力者が住むにはやや小さいような気もするが、立派な佇まいの屋敷だった。
…あの中か。
あまり時間はかけられない。
少し急ぐとしよう。 だが、その前に――。
小さく風を切る音。 飛んで来た物を掴む。 十字架を模した短剣だ。
豪奢な装飾とは裏腹に刃の表面には毒を流し込む溝などが彫り込まれており、殺傷能力は極めて高い。
聖騎士はこんな武器は使わない。
使うのは…。
「審問官ですか」
私の呟きに答えたかのように花壇や木々の陰から続々と現れる。
黒く染められた鎖帷子で全身を覆い、顔には教団の象徴が描かれた黒い仮面。
手に持っているのはさっき飛んで来た短剣の他に九尾と呼ばれる九つに別れた鞭、くすぐり器と呼ばれる鉤爪、先端が平たい処刑用の剣など、真っ当な武器を持っている者は一人もいない。
審問官。
彼等は異端や罪人に対して懲罰を担う、グノーシスの暗部。
様々な器具を使って罪人から自白を引き出すらしい。
以前なら特に気にもしなかったが、今は彼等の手にしている物に悍ましさしか感じなかった。
人数は――多い。 五十…五か六と言った所だろう。
ここに来るまで誰とも会わなかった理由に察しが付いた。
全員で迎え撃つためにここに陣取っていたのだろう。
様子を見る限り、私の侵入に対応したというよりは騒ぎが起こったと同時に下げてここを固めさせたのか。
…真っ先にやる事が保身とは…。
突き上げるような不快感。
それと同時に自嘲。 何故私は教団の正義を疑いなく信じられていたのだろうか?
以前の自分の愚かさに眩暈がしそうだ。
ふっ、ふっと荒い息遣いが聞こえて来る。
何だと思うと彼等の一部が呼吸を乱していた。
「お、女だ。 けひ、けひひ。 お、おい、オレにヤらせろ。 罪人には罰が必要だ。 こいつで淫売じゃないか調べ、しらべてやる」
口を開いた男が短い棒のような物を取り出すと付いている突起を引く。
すると棒の先端が大きく開いた。
一部が下卑た笑い声を上げる。
「なら、オデは悪魔の、一部が、移植されてないか、千切って、し、調べてやるるるる」
私は何も言わない。
最初に抱いた嫌悪感も消え、心は凪いでいた。
目の前の者達は神の威を借りて好き勝手を行う外道と言う事が良く分かったからだ。
彼等に対して何かを感じる必要すらない。
何故なら目の前の人型はただの障害物だからだ。
斬り捨てて先を急ごう。
私は無言で剣を抜いた。
「ひゃあ!」
短剣を持った数人が奇声を上げて真っ直ぐに突っ込んで来る。
速い。 装備が帷子だけと言う事を差し引いても聖騎士の水準を大きく越えていた。
剣の間合いに入る直前に一斉に投擲。
自分に当たる分だけを冷静に弾き、その内一本を掴んで投げ返す。
先頭の男の額を正確に射貫く。
審問官達は仲間の死に一切動揺せず、死体を避けるように左右に別れて向かって来る。
――右に三人。 左に四人。
私は右に向かって行く。
魔法で身体能力を底上げして間をずらす。
相手の想定よりも一瞬早く間合いに収め、袈裟に両断。
残りが左右から短剣で斬り込んで来るが、一歩下がってやり過ごす。
短剣が私が居た空間を薙いだ瞬間に切り上げる。
得物を握ったまま腕が二本、宙に舞う。
片方を蹴り飛ばし残りの首を刎ねる。
頭部を失った胴体が力を失って倒れる前に短剣を奪って蹴り飛ばした者に投擲。
右目の辺りを射抜く。 短剣は仮面を貫通して、柄ごと顔面に沈み込む。
「…か…」
何か言おうとしていたが声にならずに沈黙。
死んだと判断して次の標的に意識を向ける。
左から来ていた四人が僅かに驚いたように息を呑んでいたが、動きに乱れはない。
これは訓練と言うより、仲間の命に頓着していないのだろう。
落ちていた死体の頭部を蹴り飛ばす。
飛んで来た仲間の頭部を無造作に打ち払った男を腰から両断。
短剣で斬りかかって来た者は逆に懐に入って間合いを狂わせ、剣の柄で殴りつけ、怯ませたところで斬首。
私が大きく動くのを待っていたのか仕留めたと同時に向かってきた者が居たが遅い。
僅かに身を沈めて首を狩ろうとした一撃を躱し、下顎から真っ直ぐ頭部を貫く。
同時に浄化の剣から手を放し近くに落ちていた短剣を拾い、振り向き様に体重を込めて突きこむ。
やはり普通の短剣では貫通はしなかったが心臓を貫いたので問題ない。
短剣は刺しっぱなしで放棄。 後ろで崩れ落ちようとしていた者から浄化の剣を引き抜く。
これで七。
身体能力だけなら聖殿騎士と同等かそれ以上だろう。
だが、連携は聖騎士以下だ。
これでは数を揃えた意味がない。 やる気があるのかと言ってやりたくなる。
数の利を活かせてない時点で脅威足り得ない。
他も同等と言うのなら後は単純な制圧作業だ。
…それに…。
元とは言えこれでも聖堂騎士だ。
教団のこんな姿は見るに堪えない。
速やかに滅して進もう。
そう考えて、私は残った敵に向けて駆け出した。
誤字報告いつもありがとうございます。




