318 「侵入」
続き。
騒ぎに乗じてその場を離れる。
この城塞聖堂は正面に大聖堂と同規模の聖堂があり、その裏手に住居らしき巨大な建物が存在していた。
見た所、中で繋がっているようで住居には聖堂を経由して入るのだろう。
流石に目立つのでその入り口は使えない。
どこか別の出入り口を探す必要がある。
纏っていた外套を脱ぎ捨てて、自分の格好を確認。 普通の服と腰に浄化の剣。
聖堂騎士や異邦人を相手にする場合、中途半端な防具では役に立たないので身軽にする為に敢えて防具は身に着けなかった。
念の為、魔法薬をいくつか買い込んではおいたが、使わないに越した事はない。
植えられている木々の陰を通る。
見張りが居ない訳がない。 数人なら昏倒させるつもりでいたが、その気配は…いや…。
よく見ると建物の陰に人影。
音を殺して近づくと聖騎士が数名と聖殿騎士が一名が倒れていた。
動かない所を見ると死んでいる?
そっと確認すると全員死んでいた。 死因は…。
顔を見ると首に絞められた跡と、何故か口に砂が詰まっていた。
どうやったのか窒息させたようだ。 この様子だと声すら出せなかっただろう。
これだけの人数を音も出さずに仕留めた事も驚きだが、同時に問題でもある。
明らかに先に侵入した者がいるからだ。
この手際を見ると相当の手練れとみていいだろう。 加えて単独。
根拠は死んでいる聖騎士達の死因が全く同じだったからだ。
…狙いは何だ?
明らかに明確な目的を持った行動だ。
物品ではないのなら恐らくこちらと同じ枢機卿?
だとしたら不味い。
私は通信用の魔石を取り出してエルマン聖堂騎士に連絡を取る。
――どうした? こっちは何とか聖堂を抜けた所だが…。
――先に侵入した者が居ます。
余裕もないので端的に切り出す。
微かに息を呑む気配。
――数は?
――恐らく単独。 見張りが殺されていました。
――分かった。 警戒しておく。 そっちも気を付けろよ。
狙いに関しては分からないので推論を重ねても無駄だ。
最低限の情報共有を行って会話を終了させる。
周囲を確認。 安全と判断して先へ進む。
少し行くと頑丈そうな両開きの鉄扉が見える。
元々、施錠されていたであろうそれは鍵の部分が破壊されていた。
音を立てないように扉を開いて中へ入る。
内部へ入り、最初に目に飛び込んで来たのは豪奢な装飾を施された廊下だ。
絨毯のような柔らかい素材を使用した物を敷いた床に壁は光沢を放った滑らかな石造り。
以前に使用した事のあるどこかの高級宿を思わせる内装だ。
人の気配はないが警戒は解かない。
私は慎重に歩を進める。 床の敷物のお陰で足音は響かない。
少し歩くと不意に空気の振動を感じる。
音はしない。 不自然なぐらいに。
恐らくは魔法か何かしらの魔法道具で音を消しているのだろう。
この様子だと、先で戦闘が行われていると見ていい。
先へ進むと廊下が途切れ、広い空間が広がっているのが見える。
そっと覗き込むとそこには――。
「こんな事は止めるんだ! 人を傷つけてまでしなければならない事って何なんだ!」
「えっと? 藤堂さんだっけ? その信念はご立派だとは思うけど、こっちも余裕がないから早くどいてくれないかな?」
少年と聖堂騎士が戦いを繰り広げていた。
その周囲には聖騎士や聖殿騎士が複数倒れて動いていない。
状況から見るにあの少年が私の先に侵入した者で、聖騎士達と遭遇して戦闘になったと言う事だろう。
聖堂騎士の方に見覚えはないが、少年の方には見覚えがあった。
あの時、ムスリム霊山の大聖堂に居た者だ。
彼が居ると言う事はエルマン聖堂騎士の言う通り、襲撃を行ったのはあの時、霊山に現れた者達で決まりか。
対する聖堂騎士は見覚えがないと言う事と、鎧の上からでも分かる人間からやや逸脱した体躯。
間違いなく異邦人だ。
少年が床に手を滑らせると床から石の杭が無数に飛び出して異邦人に襲いかかる。
対する異邦人は手に持った戦槌を一閃。
飛んで来た杭は全て見えない何かに叩き潰される。
両者とも一歩も引かずに戦っているが、今の私には構っている余裕はない。
先へ進むにはあの広場を通る必要がある。
時間もかけていられないし、一気に走り抜けて突破しよう。
そう決めて足を踏み出しかけたが――。
「っ!?」
咄嗟に身を投げだして広場に飛び込む。
「参ったな。 新手かぁ…」
「貴女は…?」
いきなり現れた私と言う闖入者に両者はそれぞれ反応を示すが私はさっきまで居た廊下から視線を外さない。
「は、あれを躱すかよ」
声と共に何もない空間が揺らめいて全身鎧の聖堂騎士が現れた。
こちらも見覚えのない者だ。 新手の異邦人か。
「葛西!」
トウドウと呼ばれていた聖堂騎士が声を上げる。
カサイと呼ばれた聖堂騎士は小さく手を上げて、ゆっくりと肉厚の片手剣を抜く。
体格こそ人型に近いが被っている兜は何かの生き物を模したのか、変わった形状をしていた。
少年はカサイを見て「カメレオン?」と呟いていたのが聞こえたが構っていられない。
「流石に表に出るのは不味いってんで、中の警戒をしていたが正解だったようだな。 そっちのガキとこっちの姉ちゃんで入り込んだのは全部か?」
「分からん。 俺も彼とついさっき出くわして戦闘になったが、もしかして他にも居るかもしれない」
「他は? 侵入者なら三波辺りが大喜びで出張ってきそうな物だが…」
「北間は反対側を見に行った。 三波は奥で詰めてる。 さっき連絡があって無事のようだったからまだ、奥には入られてない」
二人は最低限の情報交換を行うとそれぞれ武器を構えるが、トウドウはじっとこちらを見て首を傾げる。
「あれ? 貴女は確か…クリステラ聖堂騎士? どうしてこんな所に?」
「あ? クリステラ? 確か最近、捕縛のリストに追加されたっつー…おいおい、本人じゃねーか。 そっちはダーザインのボスだろ? なーんでとんずらかました聖堂騎士さまがダーザインのクソ共と一緒なんだ?」
カサイの視線は面頬越しで分かり難いが訝しむような色を含んでいる。
不味い。 ダーザインの仲間と疑われている。
だが、否定した所で間違いなく信じてはもらえないだろう。
どちらにせよ撃破して押し通るつもりなんだ押し通――。
「助かったよ同志! 一緒に戦ってこの場面を切り抜けよう!」
少年はいきなりそんな事を言うと地面に叩きつけるように魔法を発動。
巨大な石の柱が現れると爆散。 破片を無差別にまき散らす。
飛んで来た破片を咄嗟に剣で打ち払う。
視界の端で少年が走っているのが見えた。
聖堂騎士をこちらに押し付ける気か。 そうはさせない。
私も同様に走る。 身体能力はこっちの方が上だ。
カサイは奥と言っていた。 恐らく重要人物がいる区画は北側だろう。
向かって右の廊下だ。 一気に行く。
トウドウはどちらに対処するか一瞬迷う素振を見せるが、位置が近い少年へ対処する事にしたようだ。
武器を向ける。
私はこれ幸いとトウドウの脇を抜けて廊下に入ろうとしたが、追って来たカサイに割り込まれた。
速い。 恐らくは鎧で身体能力を底上げしているのだろう。
私の光輝の鎧が無事であったのなら逃げ切れたかもしれないが、今の装備では逃げ切れない。
覚悟を決めて浄化の剣を構える。
カサイもだらりとした姿勢で剣を構えた。
「さーて? 一応、言い訳を聞こうか? なーんでゲリーベから逃げたあんたがこんな所に居るんだ?」
「私が理由を正直に話したとして貴方は素直にそれを信じるのですか?」
カサイは小さく笑うと「違いない」と呟く。
「そういう事なら何かと都合がいい。ちょっと色々教えて貰おうかね。 一応名乗るぞ? 聖堂騎士"異邦人"葛西 常行だ」
「私はクリステラ。 ただのクリステラです」
名乗り返す。
そして一瞬の沈黙の後、私とカサイ――いえ、カサイ聖堂騎士は同時に互いに向けて踏み出した。
誤字報告いつもありがとうございます。
注釈までつけて頂き、感謝しかありません。 本当に助かります。




