311 「伝手」
別視点。
これからの方針を決めた僕――ハイディが最初に向かった場所はアドルフォの姉であるパスクワーレさんの屋敷だ。
あの後、何食わぬ顔でアドルフォの屋敷を尋ねたが不在と言われ中に通して貰えなかった。
恐らく差し向けた手勢が返り討ちに遭った事を知って身を隠したのだろう。
屋敷に隠れているかもと考えたが、逆の立場なら恐らくそれはないと考えた。
そうなるとこちらから居場所を探る必要が出て来る。
残念ながら彼女が身を隠しそうな場所に心当たりはないし、セバティアールの拠点に精通している訳でもない。
なら知っていそうな人に聞くのが早道だ。
そこで真っ先に思い浮かんだのがアドルフォの姉であるパスクワーレさんだった。
恐らく彼女はアドルフォの豹変に気付いてはいない。
違和感を感じているぐらいはあるかもしれないが、何が起こったのか把握はできていないと睨んでいる。
なら味方に引き入れる事が出来るかもしれない。
信じて貰えるかは微妙な所だけど、分は悪くないと思う。
そう判断して彼女の屋敷に向かったのだが――。
「申し訳ない。 パスクワーレ殿は現在体調が優れずに対応が出来ないのだ。 悪いが日を改めて貰えるか?」
門番をしていた聖殿騎士にそう言われ、すごすごと引き下がる事になってしまった。
一応、僕が来た事は伝えてくれるとは言ってくれていたけど、これは望みが薄そうだ。
病気などは魔法でどうにでもなるにも拘らず、体調不良と言う事は過労で動けないと言う事なのかな?
疲労も魔法である程度はどうにかなるが、度を越えると体にかなりの負担がかかる。
彼女は仕事をしながら一等公官の勉強をしていると聞いていた。
それは並大抵の事ではない筈だ。
もしかしたら本当に過労で体調を崩したのかもしれない。
内心で首を傾げる。
…これはどう判断した物か…。
ともあれ、現状でパスクワーレさんの協力は期待できなさそうか。
出鼻を挫かれた形になって、次にどう動くか悩む。
――不意にお腹が空腹を訴える。
…取りあえず食事しながら考えようか。
小さく溜息を吐いて近くに食事処はあったかなと考えながら歩き出した。
何故かここ最近、空腹が酷い。
お陰で食事量も増えて食費も嵩むと良い事が――いや、変化はあった。
体の調子がいい。 良すぎるぐらいに。
疲れ難くなった上に身体能力も全体的に上がったような気もする。
切っ掛けはシジーロで怪我を負った事だろう。
リリーゼさん達の話によればローが僕の治療をしてくれたという話だけど…。
…彼は一体僕に何をしたんだ?
僕は近くの店に入って食事を注文する。
来るまでの間に考える。
自分の胸の辺りに触れた。 手に伝わるのは固い防具の感触。
あの時、確かに僕はこの辺りにまともに喰らったのは間違いない。
意識を失う直前に骨が砕ける音が体内で響くのを感じた。
あの当たり方だと、臓器の一つや二つが弾けても不思議はない。
気が付けば僕の体には何の傷もなかった。
一瞬、怪我なんて負っていないんじゃないかとも思ったけど、防具の損傷をみれば紛れもなく現実だと教えてくれている。
疑問は尽きない。
彼に会えればそれに関しても聞いておきたいな。
そんな事を考えていると、料理が次々と運ばれてくる。
それを見てローの食事風景を思い出して小さく笑う。
彼も山のように料理を食べていたなと思ったからだ。
…取りあえず、食べてから考えよう。
僕は一先ず、目の前の料理に集中する事にした。
腹具合が落ち着いた所で考える。
どうすればアドルフォに会えるのかを。
一番やっちゃいけないのは拠点を襲って力尽くで聞き出す事だ。
相手に警戒されて見つかる物も見つからなくなる。
足で探すのは無駄に時間を浪費してしまう以上、知っている人間を探して何とか聞き出すしかない。
問題はセバティアール家に関係なくあの家に詳しい人間が居るのかと言う点だ。
真っ先に挙がったのは行政やギルドなどの国の管理下にある組織や国自体。
協力を取り付けられれば行けるかもしれないが、やめておいた方がいいだろう。
伝手がない上にローの手配を出した張本人だ。
敵寄りの勢力と考えた方がいい。
そうなるとどこで情報を集めるべきか…。
加えて僕自身の身を守る事も必要だ。
捕まってローの足を引っ張るなんて事になれば笑えない。
今の所は尾行の類はないように思えるけど…大丈夫かな?
勿論、注意はしている。 けど個人である以上は限界があるので、楽観はできない。
あるという前提で動くべきだ。
従業員が空いた皿を下げながら、何か聞いてきたけど適当に答える。
…うーん。 情報を得られそうで、接触できそうな所……。
うんうんと唸っていると何故か新しい料理が来たので適当に返事をして口に運ぶ。
もぐもぐと料理を食べているとふと思いついた。
セバティアールの同業者である最近、王都に進出したというパトリック商会。
あそこならどうだろうか?
同業者と言う事なら情報位は集めているだろうし拠点や店舗の場所に心当たりがあるかもしれない。
…当たってみる価値はあるかな。
方針が決まったので勢いよく席を立ち――そこで気が付いた。
「あれ?」
さっきまで何もなかったはずなのに空いた皿がうず高く積まれていた。
どう見ても僕が食べたとしか思えない有様だ。
い、いつの間に!?
皿の数を数えて血の気が引いた。
財布の中の金額を考えて小さく溜息を吐く。
…やっちゃったよもう…。
「…それで? セバティアール家について聞きたいとの事ですが?」
通された部屋に現れたのは意外な人物だった。
パトリック・アラン・カーソニー。
随分前の話だったが、サベージを買いたいと言ってローに接触した人物だ。
確かストラタで剣闘奴隷を戦わせて稼いでいる人だったと記憶している。
一悶着あったけど、ローが交渉して手打ちにしたって話だけど…。
向こうは僕の事を覚えていなかったらしく特に反応はなかった。
「申し訳ないが私も多忙な身でね。 手早く済ますとしましょうか。 ハイディさんでしたな。 赤の冒険者とは随分と立派な肩書をお持ちだ。 さて、部下から聞きましたが、何でもセバティアール家について知りたいと?」
「はい。 事情があって彼等について知りたい事があってこちらを訪ねさせていただきました」
正直、追い返されるかもと思っていたから、こんなにあっさり会ってくれるとは思わなかった。
あの後すぐに店を訪ね、用件を伝えて取り次いで貰えるか聞いたらあっさりと許可が出たのだ。
ただ、今は忙しいので翌日の指定した時間に来て欲しいとの事だったので、日を改めて店を訪ねたらすぐに奥にある応接間に通されて今に至る。
「一応ですが簡単に調べさせて頂きました。 貴女はセバティアールに狙われていると、理由は巷で話題の手配犯。 彼への人質と言った所ですかな?」
小さく目を見開く。
たった一日でここまで調べるなんて…。
パトリックは口の端を小さく吊り上げる。
「図星のようだ。 なら、貴女はセバティアールの敵。 つまり敵の敵と言う訳だ。 力を貸す事はこちらに取っても得になりそうですし、できる限りの協力は致しますよ」
それで? 何が知りたいのですかとパトリックは続ける。
「セバティアールの当主である彼女に用事があります。 居場所に心当たりはありませんか?」
「あぁ、あの小娘ですか。 見た目とは裏腹に随分と老獪な印象を受けた物ですな。 それで、どこまでやってくれると期待していいのですかな?」
僕は小さく唾を呑む。
恐らくこれは交渉だ。 返事によって出て来る情報の質が変わる。
正直、記憶にあるパトリックという人物なら金と権力を笠に着て横柄に振舞うだけと思っていたが、違ったようだ。
口調に嘲るような色はなく、真っ直ぐにこちらを見据えて探るような態度すら見せている。
恐らく僕のような素人にも意図が伝わりやすいようにわざとやっているんだろう。
少なくとも彼が僕を対等な取引相手と認識していると伝わって来る。
…まるで別人だ。
これが本性なのかそれともあの後で彼の人生を劇的に変える何かがあったのか…。
腹芸で勝てる気はしないので真っ直ぐに行く。
「分かりません。 今言えるのは彼女にどうしても尋ねなければならない事があり、その返答次第では僕は彼女を殺す事になると言う事だけです」
パトリックは真っ直ぐに僕を見ると、小さくふっと息を吐く。
「真っ直ぐですな。 ごまかしは下策と判断しましたか。 交渉相手としては悪くありませんな」
そう言うとパトリックは懐から地図を取り出して広げて見せる。
「見れば分かると思いますが、王都の地図です。 この青で印をつけてある所がセバティアールの息がかかった店舗で、赤で印をつけている所が連中がお忍びで使う拠点。 そしてこの黒で印をつけている所が抱えている傭兵などの詰所となります。 居るとしたらこの赤い印の拠点のどれかでしょうな」
一通り説明をすると地図を僕に渡す。
余りにも手回しが良すぎるのでなんだか勘繰ってしまいたくなるが、パトリックは表情を変えずに「信じる信じないはお任せします」と付け足す。
「ありがとうございます」
「いえいえ。 こちらにも得になりそうな話なので構いませんよ。 ではご武運を」
僕のお礼に苦笑で応えたパトリックはそう言って席を立ち、部下に僕を外まで連れて行くように指示を出して部屋を後にした。
そのまま案内された僕は気が付けば店の外に連れ出されており、手には貰った地図。
上手く行きすぎて怖いぐらいだったけど、手掛かりは得た。
後は動くだけだ。
僕は手近な拠点へと向かう事にした。
誤字報告いつもありがとうございます。




