306 「選択」
続き。
思い出しつつ考える。
ローならどう動くか。
謂れのない罪を被せられた彼は怒っているかは分からないけど、少なくとも不快感を抱いているのは確かだ。
まず考えるのは恐らくこの状況の打開策とこの件の首謀者の洗い出し。
そう考えると……ここ王都に向かう?
まさかとは思ったが、逃げるという選択肢を取らないのであれば有り得ない事ではない。
手配を発行したのは国とグノーシスだ。
その中心はこの王都。 首謀者を探すにはここほど適切な場所はないだろう。
加えて相手の意表も突く事が出来るかもしれない。
まさか、追っている者が自ら向かって来るとはと。
考えれば考えるほどここに向かっている…いや、彼が街を出たと思われる時期を考えると既に到着していると見て間違いないだろう。
彼の性格を考えると逃げると言う事は考え難い。
恐らく…いや、間違いなくこの王都で身を潜めている。
そうなると起こす行動としては――調査?
一瞬、グノーシスや王城へ正面から殴り込むローの姿が浮かんだが、まさかと思い直す。
「ハイディ様?」
アドルフォが不思議そうにこちらを見ている。
いけない、考えすぎたか。
「……うん。 君の言う通り考えてみたのだけれど、もしかしたら冤罪を晴らす為にここ――王都まで来ているのかもしれない」
「そうなのですか? 随分と勇ましい方なのですね」
……?
何だろう? アドルフォの言葉が…いや、反応に何か引っかかる。
喉元まで出かかっているのに出てこない違和感の正体を探ろうとするけど、出てこない。
大事な事のような気がするけど…。
内心で首を振る。
うん。 今は話に集中しよう。
「…お話は分かりました。 その方の冤罪を晴らすお手伝いをすればよろしいのですね?」
「有り体に言えばそうなんだけど、できれば手配された経緯だけでも知りたいんだ。 何とか力を貸して貰えないかな?」
アドルフォは笑顔で頷く。
「勿論ですとも。 大恩あるハイディ様の頼みです。 喜んでお引き受けしましょう」
二つ返事で引き受けてくれた事で僕はほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとう。 本当に助かるよ」
外を見ると随分と長居してしまったようだ。
僕は慌てて席を立つ。
「わざわざ忙しい中、時間を割いてくれてありがとう。 僕はしばらくあの宿に泊まっているから、何かあったらそっちに連絡して貰っても構わないかな?」
「えぇ、調査の結果は必ずお伝えしますね。 私の方こそ久しぶりに貴女に会えて嬉しかったです」
「長居しちゃってごめんね。 じゃあまた」
アドルフォは笑顔で手を振る。
僕は小さく笑みを浮かべてその場を後にした。
「どう言う事だ?」
ハイディが去った後、アドルフォは大きく背を椅子に預け足をテーブルに乗せる。
見た目はまだ子供と言って良い彼女の行動を咎める者は居なかった。
足が乗った衝撃で食器がガチャリと嫌な音を立て、周囲の者はそれに怯えるように身を竦ませる。
「ちゃんと食事に仕込んだのか?」
さっきまでとは打って変わって平坦な口調でアドルフォは周りに言う。
「は、はい。 間違いなく、あの女の食事には遅効性の麻痺毒を入れておきました。 食べた量と経った時間を考えても間違いなく動けなくなっている筈です」
アドルフォは小さく溜息を吐くと、スカートを小さく捲り、足に付いているホルダーから短杖を抜いて発言した男に魔法を撃ちこむ。
風の塊を喰らった男はテーブルをなぎ倒しながら吹き飛ぶ。
「じゃあ何故、あの女は何事もなかったかのように帰ってるんだ? 言ったはずだな? 拉致してローとか言う男に対して人質にする為に監禁すると」
アドルフォはギイギイと音を立てて椅子を揺する。
「お、恐らくですが、あの女は毒物に対する防御効果を備えた魔法道具を所持していた物かと…」
「……普通に考えたらそうだが、仮に魔法道具なり護符なり持っていたとしても解毒の際に違和感を感じる筈だがそんな素振も見せなかった。 …妙だな」
考える。
アドルフォはそれなりの数の人を見て来た。
見る目には自信がある。 ハイディと言う女の反応は完全に信頼のそれだった筈。
それとも、演技だったのか?
内心で自嘲。 だとしたらあの女は大した役者様だ。
同時に今後の動きについて検討する。
セバティアールは国の上層部から正式に依頼を請けた。
内容は指名手配中のダーザイン首魁アスピザルと元冒険者ローの両者ないし片方の捕縛。
生きてさえいれば状態は問わないとの事。 だが、両者とも危険なので無理に捕縛を行わずしばらくは監視に留めよと。 つまりは基本は監視に留め、可能であれば捕らえよと仰せだ。
ダーザインに関してはそこまで深く絡んだ事はないのでどの程度の脅威か判断を付けるのが難しい。
ただ、世間の評判を見る限り、舐めてかかっていい相手じゃないのは確かだ。
その首魁と言うのなら相応の備えもあるだろう。
だからこそ、比較的ではあるが難易度の低い元冒険者とやらの捕縛に注力した。
幸いにも釣り上げるための餌にも当てがあったというのも大きな理由だ。
考える。
アドルフォの記憶に間違いがなければハイディと言う女は筋金入りのお人好しだ。
命の危険があるにも拘らず選抜に首を突っ込む程度には。
何があの女をそうさせるかは甚だ疑問だが、使える物は使うべきだ。
使い道は二通り。
表面上、協力をする振りをして発見した所を捕らえる。
もう一つはあの女を捕らえて人質にする事。
最初はその方針で行くつもりではあったが、いきなり頓挫したのでやり方を変える必要はあるが…。
両者とも一長一短だ。
前者の場合、堅実とも言えるがあの女がローを探す事と手配の調査、どちらに比重を置くかで色々と変わって来る。
調査であるならば、よほどの運がなければ見つからない。
捜索であるならば、望みはあるが気長にやる必要がある。
そもそもローという男がどう言う性格かも不明な以上、ほぼ博打になってしまう。
ハイディ自身は随分とご執心だが、相手がそうとは限らない。
だとしたら、意図的に避けているという可能性も存在するので、何とも言えないからだ。
ローとアスピザルは間違いなくこの王都には居る。
入った所を確認したし、尾行も付けた。
アスピザルに関しては、使っている宿を押さえたので監視はできている。
問題はローだ。 送った監視から見失ったと報告があった。
人員に損耗はないが気付かれて逃げられたらしい。
尾行に長けた人員を送ったつもりではあったが、あっさり看破されたところを見ると油断はできない相手だ。
そしてその後の足取りは途絶えている。
現在、捜索中だが、見つけられていない。
その点を鑑みると前者で行くべきかとも思うが、人を動かすのも無料じゃないのだ。
あまりダラダラと時間をかけて冒険者共にでも取られてしまえば大損なんて物じゃない。
そう考えるとやはり後者にするべきか…。
ハイディ。
赤の冒険者。
最下位の三級とは言え、金を除けば最高位の色を与えられている。
数が多い冒険者の中でも上の下に位置しているのだ。
それに選抜の際にその実力は見ている。
あの連中相手にあそこまで食い下がれていた以上、こちらの手勢にも相応の犠牲が出る事を覚悟しなければならない。
だが、捕らえる事さえできればこれ以上ない餌となるだろう。
食いつくかはまた別の話となるが。
見込みの薄い前者か。
博打の要素が強い後者か。
椅子を揺らしながらアドルフォはしばらく考える。
周囲は何も言わずに主の指示を待つ。
余計な事を言えば殺されてしまうからだ。
場は静かになり、ギイギイと椅子を揺らす音だけが響く。
どれぐらいそうしていただろうか、不意にアドルフォは椅子を揺らすのを止めると、足を下ろして席を立つ。
「人数を集めろ」
そう言って指示を出した。
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