305 「差異」
別視点。
色々と濃密な期間を過ごした所為だろうか?
遠くに見えて来た王都の姿を見て懐かしい気持ちになった。
同時に帰って来たという感情が沸き上がる。
こんなに早く戻れたのは運もあったけど、商隊の護衛に捻じ込んでくれたリリーゼさんのお陰だろう。
僕――ハイディはこれからの動きを考えていた。
まずは情報を集める必要がある。
ローの手配を行ったのが国とグノーシスの両方である以上、どちらかを調べれば何かが分かるはずだ。
その為には事情を知っていそうな人に話を聞かないとなんだけど…。
残念ながらどちらにも伝手がない。
とは言っても全く手がない訳じゃない。
情報を得る為には関係者以外で事情を知っていそうな所で聞こう。
幸いな事に当てが一つある。
アドルフォ。
セバティアール家の現当主。
先代の当主がウルスラグナの一等公官なので、多少は知っているかも知れない。
少なくとも上との繋がりは残っているとは思うから手掛かりぐらいは掴めるかも…。
淡い期待だが、彼女しか頼れる相手が居ないのも事実だ。
それがダメだったらギルド経由で情報を仕入れるしかない。
彼の関係者である以上、ギルドに顔を出すと面倒事になるのは目に見えているから、今は近づきたくないけど…。
最悪の場合、選択肢に入れておくべきかな。
そんな事を考えている内に王都の外壁が近づいて来た。
久しぶりの王都は特に変わっていないようにも見える。
まずはアドルフォに会わないと。
最初に向かったのは以前に行ったセバティアール家の屋敷だ。
門番に事情を話して取り次いで貰えるかを尋ねたが、アドルフォは屋敷を空けているので今は会えないとの事。
一応、来客があった事は伝えると言われたので、宿の場所と名前を伝えてその場を後にした。
流石にいきなり会えるとは思っていなかったので、特に落胆はしなかった。
けど、時間が空いてしまったな。
どうしようか?
一応、手持ちにはまだ余裕があるのでしばらくは無理に稼がなくてもいいけど…。
性分なのか、足踏みしている状態が続くとじっとしているのが辛い。
何かできる事があるんじゃないかと焦りに似た物を感じてしまう。
宿へ行って英気を養うというのが、無難な選択肢だとは思うんだけど…。
ぐるぐると益体もない事を考えながら歩いていると、妙な人の流れが見えた。
やや細い路地から人が多く流れているのだ。
…何だろう?
気になったので、人の流れに乗って路地に入る。
記憶によればこの辺は主に食料品を取り扱っており、奥は肉屋か何かの筈だ。
妙に建物が大きいから印象に残っていたけど、特に用はなかったので行った事はない。
何か変わった売り出し方でもしたのかなと考えていると、建物が見えて来た。
無機質な灰色の建物だったそれは今は色とりどりの塗装が施され、視界に入れば必ず目を引く派手な装いになっており、大きな門扉は開かれており看板がでかでかとかかっていた。
名称はパトリック百貨店。
百貨店? 書いてある看板の内容に僕は思わず首を傾げてしまった。
大きな出入り口と思われる場所からは多くの人々が出入りを繰り返しているのが見える。
気になったので中に入ると様々な物が売買されていた。
食料、武器、魔法道具。
その品揃えは凄まじく、ざっと見ただけでもここなら大抵の物は揃うんじゃないかと思うほどだ。
硝子か何かの入れ物に武器などが展示されているのが見える。
見ただけでも良質なものと分かる武器だ。
壁には簡単に何が売られているかの案内と店員に頼めば展示されている武具を見せてくれるらしい。
防具の試着も可能で、道具類や魔法道具についても尋ねれば詳細を教えてくれると至れり尽くせりだ。
ただ…案内の下に「当店で窃盗や喧嘩等、当方が問題と判断した行動を取った場合命の保証は出来かねます」と書いてあるのが少し気にはなった。
適当に眺めて回っているけど、本当に品揃えが凄い。
特に野菜や果物などの食料品は充実しており、冒険者以外の人は大半がそこに集まっている。
僕も気になったので後ろから覗いてみると、夕食の食材をめぐっておばさん達が野菜を取り合っている光景が目に入った。
恐らく最初は山のように積まれていた野菜や果物は目に見える早さで減っていき――人が居なくなる頃には何も残っていない有様だ。
武器の方も中々の売り上げのようで冒険者の人が次々と買って行っている。
どうやら古い装備の下取りもやっているようで、お財布にも優しそうだ。
武器、防具、魔法道具、回復薬などの棚を見て回っているとある一角に厳重に警備されている場所があった。
何だろうと見ていると身なりの整った人達が、血走った眼で警備の人に話をして通して貰っているのが見える。
内心で案内を見るとあの先は会員限定の高級食材や商品を取り扱っている区画で、一般の方は立ち入りは禁止と書かれていた。
出てきた人達は何やら上機嫌で果物らしき物が入った袋を抱えており、案内の通りなんだろうなと思ったけど…何で入る時にあんなに必死なんだろうと首を傾げる。
気にはなったけどそれだけなので僕はその場を後にして散策を続けることにした。
結局、消耗品の補充を行って店から出て宿へ向かう。
今の所、アドルフォの返事待ちなのでやる事がないからだ。
さっきの店の事やこれからの動きについてぼんやりと考えながら歩いていると宿に到着。
戻った事を伝えると、手紙を預かっていると言われた。
どう考えてもアドルフォからの返事だ。
思ったよりずっと早かった。
正直、数日は待たされると思っていたからだ。
逸る気持ちを押さえながら手紙に目を通す。
そこには――。
「お久しぶりです。 ハイディ様」
そう言ったアドルフォは微笑んで見せる。
宿で受け取った手紙に書いてあったのは、会ってもいいという旨を書いた内容に場所と時間。
意外だったのは今夜にでも是非と書いてあった事だ。
僕としても望むところだったので、すぐに向かう事にした。
場所はセバティアール家の経営する高級な食事店で、現在は貸しきりとなっている。
高そうな食事の並んだ食事机と椅子。 僕は向かいの席に腰をおろして彼女と向き合う。
久しぶりに会ったアドルフォは背も伸びており、雰囲気もかなり大人びて来ていた。
「久しぶり。 いつかの選抜以来だね」
「そうですね。 あれから本当に色々とありました…」
それからは食事をしながらお互いの近況を話し合う。
最近は何故かお腹が減りやすくなっているので食費が嵩んでいる。
お陰で食事がどんどん進む。
ある程度、皿が空いた所でアドルフォが話を切り出した。
「それで? 私に用事と言う事でしたが、それはいつか貴女と一緒だった方に付いてではありませんか?」
…やっぱりお見通しか。
あの時、少しだったけど彼女はローの顔を見ている。
手配書の事は知っているだろうし、僕が訪ねて来れば事情も察するだろう。
「そうなんだ。 彼が手配された経緯を知りたくて…」
「書いてある通りの事をやって手配されたのでは?」
「いや、違うよ。 これは冤罪だ」
僕は知っている限りの事を彼女に話した。
とは言っても僕の知っている事なんてシジーロでの出来事ぐらいな物だけど。
それでもあの時、彼が取った行動は正しいと僕は信じている。
「…なるほど。 手配書の罪状と事実に食い違いがある…と?」
「そうなんだ。 だから彼は何者かに陥れられたと見て間違いないと思う」
「確かにハイディ様の仰ることが真実であるならば、そうなのでしょう。 ただ、これだけの事ができると言う事はその方を陥れた者はこの国の上層部にかなり顔が利くと言う事になります」
間違いなくそうだろう。
正直、その辺りが引っかかるのだ。
果たして、そこまでやって彼を捕らえようとする意図は何だろう?
手配書の賞金額を見ると、討伐と捕縛で貰える額の桁が違う。
明らかに捕らえたいと言った思惑が透けて見える。
アドルフォもすこし考え込んでいたようだが小さく首を振る。
「現状では何とも言えません。 …ところでその方は今どこに? もしよろしければ当家で隠れ家を用立てますが?」
「…残念ながら。 随分前から彼とは会えていない。 シジーロで会えかけたんだけど結局、すれ違うような形になってしまって…」
「その方の居場所はご存じないと?」
「そうなんだ。 何とか捕まる前に見つけたいとは思ってるんだけど…」
「では、心当たりなどは?」
考えたが、全く思いつかない。
「ごめん。 それも思いつかない」
アドルフォはそうですかと呟く。
「では、考え方を変えましょう。 ハイディ様はその方の性格、行動の傾向などをある程度はご存知の筈。 そこから行動を予測する事はできませんか?」
つまりローの気持ちになって考えろって事かな?
誤字報告いつもありがとうございます。




