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パラダイム・パラサイト   作者: kawa.kei
10章

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293/1442

292 「逃避」

別視点。

 「く、クリステラさま…これは一体…」

 「私にも分かりません」


 動揺するイヴォンを不安にさせない為に平静を装っていたが、私――クリステラもまた激しく動揺していた。

 馬を走らせている途中で夜空を切り裂いた一条の光。


 それが通り過ぎたと思ったら次の瞬間にはゲリーべの街全体が燃え上がった。

 余りの光景に私も声が出せずにいる。

 飛んで来た方向を考えると、孤児院で何かが起こったと考えるのが自然だろう。


 修道女サブリナかあの者の仕業か――。

 どちらの仕業かは分からないが、恐らく孤児院での戦闘の余波なのだろう。

 問題はどちらが放ったかだ。 順当に考えるのならあの者だろう。 修道女サブリナが街を巻き込むような事を行うとは考え難い。 追い詰められて放ったとも考えられるが――。


 内心で首を振る。

 今はこの場を離脱する事が最優先だ。

 ゲリーべを出てもデクシアを突破する必要がある以上、急がなければならない。


 だから、周囲から聞こえる悲痛な声は聞かなかった事にした。

 イヴォンも気が付いてはいるだろうが何も言わない。 

 彼女も余裕がない事を理解しているからだ。


 何かを堪えるような表情で私の胸に体を埋める。

 私は片手で馬を操り残った手で、そっとその背を抱いた。

 もう少しで街から出られる。


 離れれば少しは落ち着く――。

 

 …?


 不意に耳が異音を拾う。

 何かが羽ばたくような音に似ていた。

 最も近いのは羽を持った魔物だが、この領で魔物?


 有り得ない。

 ここはグノーシスの影響力が強い。

 魔物の排除はかなり積極的に行っていた筈だ。


 聞いた限りでは人に害を及ぼす者は全て排除していた。

 少なくとも私の居た頃は魔物が出現したと言う話は聞いた事がない。

 後ろを振り返って目を見開いた。


 不自然な位置から羽を生やした人のような者達が火に巻かれた住民達に襲いかかっていたのだ。


 …何だあれは?


 手近な者に襲いかかるようで高速で移動しているこちらには関心がないようで、すぐに距離が離れた為、はっきりと見えなかったが一瞬で充分だ。

 あんな…あんな、悍ましい生き物が存在するのか?


 人の姿を冒涜しているとしか思えない形。

 子供らしき者もいたのが見えた所で、その正体を悟った。

 恐らくは修道女サブリナの実験に使用された者のなれの果てだ。


 大方、あの者との戦闘で苦戦を強いられたので解き放ったと言う事だろう。

 

 …修道女サブリナ…貴女と言う人はどこまで…。


 この日何度目になるか分からない恩師への失望と思い出が虚構だったという喪失感に胸が痛くなる。

 

 「クリステラさま? なにか――わぷ」


 顔を上げようとしたイヴォンの頭を抱えるようにして抱きしめる。

 

 「イヴォン。 お願いですからもう少しそのままでいてください」


 羽音が複数近づいて来る。

 こちらに狙いを定めた者が出て来たか。

 街から出るまでまだ距離がある。

 

 アレがどれだけいるか不明な以上、足を止めるのは自殺行為だ。

 振り切れるなら良し。 無理ならこのまま迎撃する。

 イヴォンから手を離し手綱を握りながら、反対の手で浄化の剣を抜く。


 空気を裂く気配。

 見た限り、魔法等の飛び道具は使っていなかった。

 直接攻撃をしてくるのなら対処はそこまで難しくない。


 近づいて来る。 幸いにも剣を持っている右側からだ。

 小さく振り返って視界の端に敵を収める。

 さっきの羽の生えた異形だ。 小さい、恐らくは孤児院の…。


 それ以上は考えずに冷静に急所を見極める。

 撃破は必須ではない。 ならば…。

 距離がある程度縮まった所で減速。 敵を間合いに収めたと同時に一閃。


 狙いは羽。

 浄化の剣は一切の抵抗を許さずに羽を切断。

 制御を失ったようで、そのまま墜落して石畳を転がる。

 

 同時に反対側で羽音。

 手綱で馬に指示を出す。

 馬は私の指示を正確に理解して右側に移動。


 その際に馬体が大きく揺れる。

 

 「きゃ…何が――」


 その揺れでイヴォンの顔が私の胸から離れる。

 恐らくは無意識だったのだろう、揺れた事でイヴォンが左側へおもむろに視線を向けた。

 そしてそれと目が合った――合ってしまう。

 

 「……エマ?」


 それを聞いて内心でしまったと歯噛み。

 奥歯を軋ませながら、剣と手綱を持ち替えて羽を切り落とす。

 イヴォンの友人に似た何かは失速して落ちる。


 「あれ…あれ? エマ? なん、何で?」

 

 私は馬を加速させる。 

 幸いにも追って来たのはあれで全部のようだ。

 剣を鞘に納めて空けた手で再度イヴォンを抱きしめる。


 「ねぇ、クリステラさま? あれは…」

 「違います。 見間違いです。 あれが貴女の友人である筈がありません! そうでしょう?」


 半ば言い聞かせるようにしてしまっているが、私にはこれしか言えない。


 「そう、そうです…よね」


 イヴォンは私の背にそっと手を回して小さくしゃくりを上げる。

 私は努めて気にしないようにして前を見据えた。

 視界の先に街の出口が見えて来た。 何とか抜けられたようだ。


 私はイヴォンの様子を見ながら早くと内心で馬を急かした。





 クリステラが街から出るのと同じ頃。

 マネシア・リズ・エルンストは部下を率いて住民を守りながら街からの脱出を図っていた。

 聖騎士が二十名。 聖殿騎士が二十五名。 住民が五十余名。


 それが彼女が連れている人間の数である。

 住民に対して聖騎士が少ないのはそれだけこの逃走が困難である事の証だろう。

 最初は比較的ではあるが上手くは行っていたのだ。


 例の魔物達は強力ではあったものの速度と言う点ではそこまで優れた個体が居なかった。

 だからこそ、イフェアスは命を賭して彼女達を逃がした。 たった一人で。

 幸か不幸か住民はほとんどが健常者で比較的若い者が多かったので、足の速さはそれなりの物だった。


 だが、上手く行ったのはそこまでだった。 

 街の外を目指してしばらく経った頃だ。

 彼女の耳が物が燃える音以外の異音を拾ったのは。


 羽音。

 音の発生源を認めたマネシアがとった行動は最善であった。

 走れと叫び、駆け出した事だ。


 周囲も釣られる形で走り出す。

 部下に殿を任せ先頭を行く。

 意志で捻じ伏せたが、動揺は収まらない。

 

 何だアレは。

 余りの悍ましさに思考が理解する事を拒むほどだった。

 羽の生えた人らしき者。


 姿こそ人ではあったが酷い有様であった。

 全身が焼け焦げて元の顔が分からない者、何故か腹から臓器を零している者、表情が不自然に引きつっている者など、一人として尋常な者がいない。


 そして、最も彼女が恐ろしいと感じたのはその服装だ。

 街の住人であったと思われる者はまだいい。

 だが、それに混ざって聖騎士や聖殿騎士の鎧を身に纏った者が居るのだ。


 彼等は虚ろな表情と致命傷を受けたようにしか見えない体で元同胞に襲いかかる。

  

 「走りなさい! 急いで!」


 マネシアには急かす事しかできなかった。

 そうする事で自らの心を誤魔化し、聖堂騎士としての己を保つ。

 走っている住民達も追って来る者の正体を認め、必死の表情で自らの全力を越えた脚力を発揮する。


 彼等を突き動かすのは信仰でも何でもなくただ、捕まれば自分達もああなると言った恐怖からだ。

 それは聖騎士達も同様で迫りくる知人に似た何かを迎撃しながら後退を開始。

 人々を守ると言った使命感や誇りには既に無数の亀裂が入り、一部の者は恐怖の余り泣き叫びながら戦っている者も居た。


 それを見ても誰も責める事はしない。

 何故なら自分達も子供のように泣き叫んで逃げ出したいからだ。

 彼等が戦い続けられるのは偏に砕け散る直前の誇りを拠り所に立っているに過ぎない。


 自分は聖騎士だ。 人々と信仰を守る剣であり盾だ。

 そんな自己暗示に近い祈りを捧げながら、剣を振るう。

 だが――


 ――仲間の一人が上げた悲鳴でその亀裂は致命的なものとなった。


 体勢を崩した一人に敵が群がったのだ。

 彼は剣で滅多刺しにされた後、腐肉に群がる獣のように生きたまま敵達に貪り食われた。

 散々人肉を味わい、血を浴びた者共は――全員、全くの同時に愉悦の笑みを浮かべる。


 中には彼等の仲間だった聖騎士も混ざっており、それを知る者の精神の均衡を完膚なきまでに破壊した。


 「あ、あぁ、ああああああああああ!」


 一人が剣を放り捨てて走り出す。

 他も一人、また一人とそれに続いて散り散りになって走り出した。

 こうしてマネシアが率いた聖騎士、聖殿騎士は大半が戦意を喪失して逃げ出し、足が遅い順に捕まって貪り食われ、屍を晒していった。


 だが、幸か不幸か、散ったお陰で敵の追撃もまた分散し、結果的にだが先行した者達を逃がす結果にはなったのだ。

 

 ――恐怖と狂気の中で死んだ彼等がそれをどう思うかは別の話だが。


 それでも人間だった者達は飛べるお陰で動きは速い。

 手近な獲物を貪った彼等は逃げた者達を追い、未だに踏み止まる者へ襲い掛かる。

 マネシアは皆を急かし自分も必死に足を動かして逃げた。


 その間に一人、また一人と捕まって引き倒される。

 助けを求める悲鳴を振り切り走った。


 ――どれだけ走ったのだろうか…。


 気が付けば街から出ており、追って来る者の姿もなかった。

 

 …助かった?


 マネシアは呆然と周囲を見る。

 少し離れた所に燃え盛る街。 近くには自分同様に生き残った者達。

 聖騎士三名。 聖殿騎士四名。 そして住民五名。


 そして自分。 それが生き残った人間の全てだ。

 生き残った面々も呆然と疲労も忘れて街を眺めていた。


 ――まるで悪夢の中にいるような気分だ。


 マネシアはそんな事を考えながら我に返るまで、呆然と街を眺めていた。

 

誤字報告いつもありがとうございます。

年内にあと一回更新の予定です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 冤罪ひどい冤罪w 修道女さんが作ったけどそれで冤罪ふっかけられてる。 普通の主人公は嵌められて冤罪を被せられるけど、この主人公は冤罪なはずが全て実行犯で主犯とかミラクルなことにw そして完全…
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