287 「陽動」
視点戻ります。
これは一体どういう事なんだろうか。
正直な話、状況がさっぱり呑み込めない。
だが、好機である事は確かなので動かざるを得なかった。
引っ張り出されたようで少々癪に障るが、やると決めたら徹底的にやるとしよう。
周囲には聖騎士、聖殿騎士。 それに加えて聖堂騎士までいる。
グノーシスの見本市みたいな有様だが、やってやれない事はないだろう。
さて、何故俺がこんな所に居るのかを簡単に説明すると一言で済む。
騒ぎが起こったから便乗した。 それだけだ。
ただ、驚きなのは騒ぎの中心があの電波女だった事だろう。
最初は何でこんな所に居るんだと首を傾げたが、その直後聖騎士共に取り囲まれて更に首を傾げる事になった。 訳が分からない。
クリステラは何故か子供を抱えており、動きから察するに孤児院から無断で連れ出そうとしていたように見えるが…。
…仲間割れか?
思いつく理由はそんな所だが、好機には違いない。
「見た所、仲間割れみたいだけど…どうしようか?」
隣で同様に困惑を浮かべているアスピザルがそう呟くが、こうなってしまった以上、動かない訳にはいかない。
「……中を調べてこい。 俺は適当に騒ぎを煽って連中の注意を引いておく。 見た所、主力はほぼ全員集まっているようだし、今なら手薄だろう」
「分かった。 ローも気を付けてね」
そう言ってアスピザルは孤児院に向かう。
俺は一人になった所でどう動いた物かと考える。
聖堂騎士が四人。
エルンスト、ヴィング、クリステラ、後は蠍に似た鎧を装備した騎士。
恐らくあいつが異邦人の一人だろう。
…で、隣に居るのが噂の修道女サブリナか。
修道服に片手に持っているのは錫杖かあれは?
クリステラの記憶を見る限り実力は他の聖堂騎士と比べても遜色ないだろう。
脅威度としてはクリステラと同格かやや下ぐらいと言った所か。
聖堂騎士クラスが五人。
纏めて相手にするのは普通に厳しいが、幸いな事に仲間割れしているようだし、ここはクリステラに助勢する形で割り込んで一部を負担してもらおう。
出来ればあの女はどうにかしてここで始末してやりたい所だが、今回は見送るべきだな。
上手くすればお仲間と潰し合ってくたばるかもしれんが…望み薄か。
さて、方針さえ決まれば後は手段だ。
まずは割り込むに当たっての偽装の為、魔法で姿を誤魔化す。
<茫漠>の応用で、自分の体にのみ作用させる。
そうすると俺の姿が形しか認識できなくなる筈だ。 完全に消すと囮にならんから正体は隠しつつ存在を認識はさせないといけないという半端な真似をしなければならない。
これの利点は姿は辛うじて見えるのに気配も音も臭いすらしないので今回の要求に合致している。
正直、顔さえ隠れればいいので、他はおまけみたいな物だ。
魔法の効果を確認した後、ちょっとした下準備を片付け、騒ぎの真ん中辺りに<榴弾>を叩き込んで飛び込んだ。
――で、今に至ると。
俺はクリステラを無視して近くの聖騎士や聖殿騎士をザ・コアで薙ぎ払う。
回転したザ・コアの破壊力は連中の防御を物ともせずに鎧ごと紙細工のようにその肉体を粉砕する。
こいつがあれば聖殿騎士クラスなら、当たっただけで仕留められるのでもう相手にならんな。
「止めなさい!」
薄紅色の聖堂騎士――声からしてエルンストが、戦槌で打ちかかって来る。
ヴィングがエルンストを援護しようとするがクリステラが子供を抱えて逃げようとしたのを見て逡巡。
いいぞ。 そのまま、半分ぐらい引き連れてこの場から消え失せろ。
内心でさっさと行けと念じながら、戦槌をザ・コアで弾く。 お互いの武器の破片が飛び散る。
一度打ち合っただけで、無数の傷が走った武器を見てエルンストが小さく息を呑む。
対するザ・コアも多少は欠けたが、即座に再生して損傷がなくなる。
…膂力は俺の方が上だな。
流石は聖堂騎士と言うべきか、俺と打ち合っても体勢を殆ど崩さずに即座に立て直したのは見事だ。
だが、躱さずに正面から打ち合うタイプである以上、俺の敵じゃない。
何せこっちは当てるだけでいいからな。
エルンストの武器を一瞥。 無数に走っている亀裂が深くなっている。
あの様子だと後、二、三回喰らわせれば壊れるか。
動きも遅いし仕留めるのは難しくない。
エルンストを仕留める算段は付いたな。 ただ、ヴィングは素早く動き回る戦い方のようだし、捉えるのが少し面倒か。
そんな事を考えながら手近な聖騎士共を挽き肉にしていると、視界の端でクリステラがガキを抱えて塀を越えるのが見えた。 よし。 後はどれだけ引っ張って行ってくれるかだが…。
「マネシア聖堂騎士、部下を連れてクリステラを追いなさい。 ここは私とアラクラン聖堂騎士のみで問題ありません」
サブリナの言葉でその場の全員が一瞬、硬直する。
おや? 俺の相手は二人に減るのか? そう言う事なら大歓迎だ。
邪魔しないから追いかけろ。 ついでに俺の代わりにあの女を始末しておいてくれ。
「…ですが」
「その者の目的がクリステラを逃がす事であるのなら、彼女を逃がす訳には行きません。 分かりますね? 時間がありません。 行きなさい!」
エルンストは俺とサブリナを交互に見た後――小さく頷いて生き残った連中に声をかけてクリステラを追って行った。 ヴィングもそれに続く。
人数が一気に減って静かになる。
場に残ったのは俺とサブリナ、蠍の三人のみだ。
「…まずは、貴方が何者なのか教えて頂けませんか?」
最初に口を開いたのはサブリナだ。
口調がクリステラにそっくりで少し不快だったが、時間を稼ぐ必要があるので多少は付き合ってやる必要がある。
「……クリステラに頼まれてな。 ここであんたらの足止めをする事になった」
俺は肩を竦めて適当な事を言うが――。
「嘘ですね。 さっきのクリステラの表情を見れば貴方と彼女が無関係と言うのは分かります」
…まぁ、気付かれて当然か。
サブリナは目を細める。
「…貴方はクリステラの言っていた転生者ですね」
…何?
思わず眉を顰める。
おいおい、察しが良すぎだろ。
どうやってその結論に至ったんだ?
「これでもクリステラの母親です。 子供の表情を見れば何を考えているか分かる物。 あの表情は貴方を知っている何かと認識していました。 …後は彼女が気にしているムスリム霊山の事件と結び付ければ、自然と予想は付きます」
…怖い位に鋭いな。
これで的外れだったら失笑物だが、ど真ん中だから笑えない。
「…沈黙していると言う事は肯定と言う事ですね。 素晴らしい。 探すつもりではありましたが、そちらから出向いてくれるとは思いませんでした」
サブリナは邪気のない笑顔を浮かべて手を差し伸べる。
「貴方の活躍は聞いています。 ムスリム霊山で随分と暴れたようですね。 ですが、悔い改めて私達と来れば全てを許しましょう。 主は寛大ですからね?」
内心で鼻を鳴らす。
何が寛大だ。 要は司法取引してやるから下に付けって事だろうが。
上から目線で許してやるから従えというのはグノーシスのお家芸か何かなのか?
まともに交渉する気があるのなら最低限、メリットとデメリットを提示しろ。
「無理なんじゃねーの? そいつダーザインのパシリか何かだろ? そんなんで裏切ってくれんのか?」
蠍が横槍を入れる。
その反応に俺はおやと首を傾げる。 蜻蛉女を逃がしたから色々と知られていると考えたが、言い切っていない所を見るとシジーロでの事は知らない? それとも俺と結びついていないのか?
…まぁ、知らんのなら好都合だ。
正直、会話するのが苦痛なので、さっさと仕留めてやりたい所だが、忍び込んだアスピザルの存在に気付かれて片方に消えられても敵わんし、こっちの下準備の成果が出るまでまだかかる。
もう少し引き延ばすか。
「…返事をする前に聞きたいんだが構わないかな?」
「何でしょう?」
「そっちの聖堂騎士がグノーシスに所属していられるのもその寛大さとやらのお陰なのか?」
「…それはどういう意味ですか?」
「そいつテュケの使徒だろ?」
俺がそう言うとサブリナの表情が固まり、蠍が驚いたのか微かに身を震わせる。
もうその反応で分かった。 半ば以上は確信していたが、これで決まりか。
グノーシスとテュケの繋がりははっきりした。
「あんたらが転生者をかき集めているのは良く分かった。 そっちの人は何をやっているのか理解してそこに立っているのかな?」
「……お前、どこまで知っていやがる?」
蠍が低い、探るような声を出す。
俺は無言で肩を竦めてやった。
分かり辛いが、やはりテュケの連中は全部理解した上で動いていると見て間違いないか。
さて、さっきからダラダラとしたくもないお喋りをしているのだがアスピザルの奴は上手くやっているんだろうか? 努めて悟られないようにはしていたが、気になったのでちらりと孤児院を一瞥。
それが不味かったのか、不意にサブリナがはっとした表情で孤児院に視線を向ける。
内心で舌打ち。 気付かれたか。
なら、時間稼ぎは終わりだ。 どちらにせよ正体を悟られた以上、始末するつもりだったし構わんだろう。
俺は無言でザ・コアをサブリナに向けて叩き込む。
即座に後ろに跳んで躱された。
虚を突いたと思ったが、良い反応だ。
起動したまま地面に叩きつけたザ・コアは土や石を巻き上げて、サブリナに向けて飛ばす。
「陽動でしたか。 私とした事が、貴方の存在に興奮して脇が疎かになっていたようですね」
咄嗟に顔を庇いながらそう言うサブリナと入れ替わるように蠍が前に出る。
「あんだけ派手な登場だ。 陽動ってのが一番しっくりくる理由だよなぁ。 舐めた真似しやがって、テメエただで帰れると思うなよ?」
見た所、無手だが武器はどうした?
蠍は突っ込んで来るかと思ったが拳を握って両腕をこちらに突き出す。
…?
構えから魔法かとも思ったが、答えは直ぐに出た。 腕から針のような物が撃ちだされる。
クロスボウではなく、いわゆるニードルガンと言う奴か。
ザ・コアを盾にして弾く。
蠍はバックステップをして間合いを一定に保ちながら、ニードルガンを連射。
なるほど、道理で手ぶらな訳だ。
豪快に撃ちまくっているが、残弾はどうなっているのだろうか?
ちらりと弾かれて地面に落ちた針を見てみると、形が崩れて砂のようになっていた。
それを見て理解が広がる。 恐らくは魔法で形成した針を撃ちだしているのだろう。
つまりは魔力が続く限り撃ち続けられるという訳か。
便利そうだな。 始末したら死体から剥ぎ取ってやろう。
そんな事を考えながら左腕を一閃。
狙いは蠍ではなく、孤児院に入ろうとするサブリナだ。
この場を蠍に任せてアスピザルの方へ行こうとしているようだが、そうはさせんよ。
咄嗟に下がって躱したサブリナは俺と孤児院を交互に見て逡巡した後、俺に向けて錫杖を構える。
背を見せると危険と判断したか、俺の捕獲で帳尻があうと判断したか、とにかくやる気にはなってくれたようだ。
「アラクラン聖堂騎士! 構いませんね?」
「あぁ、こいつ、思った以上にヤバそうだ。 テストの相手としても手頃だろう」
…何だ?
俺の疑問に答えるかのように、サブリナはポケットからハンドベルのような物を取り出す。
「残念です。 貴方は初めから対話をする気がなかった。 ならばこれ以上、かける慈悲はありません。 神の僕による罰をその身に受けなさい」
サブリナがハンドベルを鳴らす。
妙に澄んだ音が周囲に響き渡る。
同時に蠍が一気に距離を取るように下がった。
同時に俺の周囲に一メートル程の光の柱が複数現れる。
中に人影が見える。 入っていたのは――子供?
光が消えると、入れ替わるように簡素な服を着たガキ共がそこに立っていた。
…見た所、ここの孤児か何かのようだが…。
表情は虚ろで目はガラス玉のように何も映していない。
何故か頭には針のような物が何本も刺さっていた。
「さぁ、私の子供達よ。 神の敵に罰を与えなさい!」
いつの間にか蠍同様、距離を取ったサブリナがそう言うと、ガキ共は一斉に俯いていた顔を上げた。




