278 「変装」
十章に目途が立ったので、不定期にペースを上げます。
「さて、具体的にどうする?」
領に入った所で俺はそう切り出した。
隣にはアスピザル。 他は街から少し離れた所で待機だ。
そろそろ西側の街――デクシアが見えて来た。
西か南の街にある関所を通らないと中央にあるゲリーべには入れない。
中に入る者は通行証を持たされ、帰りに返却するといった手順が必要なので、持っていない事が露見すれば良くて捕縛、悪くて処分だ。
通行証には番号が振られ、記録も取られるのでごまかすのは難しい。
だからわざわざ正面から向かっている訳だが…。
「そろそろいいかな」
アスピザルはそう言うとごほんと咳払いする。
「ローも知っているとは思うけど、僕は人間ベースの転生者だ。 当然ながら固有の能力があると思わない?」
俺は無言。 まぁ、そうだったとしても不思議じゃないな。
どういう物かは今一つ想像はできんが。
「それがこれさ」
そう言うとアスピザルの髪が一気に伸びた。
元々短かった髪は腰に届く程になり、体格が僅かに変化。
…いや。
内心で否定する。 変化したのは骨格か。
振り返ったアスピザルは顔こそそこまでの変化はないが、ふざけた事に性別が変わっている。
「どうかな?」
喉仏が引っ込み、声も高くなっている。
なるほど。 顔つきも変わっているし髪も長い。
人相書きと比べると随分と印象が違う。
「これでも骨格から変わっているし、ちゃーんと胸もあるよ? どう? ちょっとなら触ってもいいよ?」
「戦闘に支障は?」
俺の質問にアスピザルはがっくりと肩を落とす。
「こう、もっと別の反応はないの?」
「興味ない」
お前が男だろうが女だろうが心底どうでもいい。
使えるか使えないかだけはっきりしてくれ。
「…そーですかー…戦闘にはそこまでの支障はないよ。 ただ、結構バランスが変わるからちょっと動きが悪くなるかな?」
魔法を使う分には問題ないが動き回るのに若干の支障が出ると。
「男の方が動きやすいからこっちは余り使わないんだ。 生理もあるから面倒だしね」
「本来の姿はそっちか?」
「残念ながらアスピザルは立派な男だよ。 でも、転生者としての僕は女なんだ」
…なるほど。
融合先が異性だったという訳か。
「あ、ちなみに髪形は結構自由に弄れるよ。 疲れるから頻繁にはやらないけど」
要は髪形と性別を自由に操れると。
まぁ、変装には便利だろうが、裏を返せばそれだけだな。
…次は俺の番か。
髪をなでるように触りながら色を変える。 金から明るい茶色へ。
顔を揉んで骨格を弄り、やや粗暴な顔つきへ変更。
水の魔法で鏡を作って確認。
…ふむ。 まぁ、こんな物か。
手配書に書かれていた俺の顔を思い出す。
これぐらい弄れば、本人と結びつかんだろう。
「……それ、どうやってるか聞いてもいい?」
俺は答えずに肩を竦めて歩き出す。
後ろからまってよーと言いながら追いかけて来るアスピザルの足音を聞きながら街を目指した。
関所は特に問題なく通る事が出来た。
見ている連中の中に俺達の手配書を持っている奴も居たが気付かれる事はなく街へと足を踏み入れたが、目に飛び込んで来た光景は――何と言うか、白い。
建物も石畳も白を基調とした物を使用しており、日の光を反射して輝いて見える。
「何だか目が痛くなりそうだね」
アスピザルはそうコメントしていたが、俺は何も答えずに視線を巡らせる。
…なるほど。
概ね聞いていた通りだ。
軒を連ねている店――屋台に至るまで目に付くもの全てにグノーシスのロゴが入っている。
何とも徹底しているな。
歩いている連中も神父やシスターが多く目に入る。
常駐戦力はともかく規模だけならムスリム霊山より上だな。
「さて、首尾よく入ったのはいいがここからどうする?」
「まずは宿だね。 狭いと言っても街だ。 一日では片付かないと思うから取りあえず腰を落ち着ける場所を作っておこう」
異論はない。
ただ、そう言う事なら二人並んで行動する必要もないな。
「分かった。 なら分担と行こう。 宿の手配と情報収集、お前はどちらがいい?」
「…僕が選んでいいの?」
俺が頷くとアスピザルは迷わずに宿の手配を選択。
まぁ、俺でもそう言うな。
「ならよろしく頼む。 俺は街を適当に回って情報を集めて来る」
そう言って俺は早足でその場を後にした。
アスピザルの姿が消えた事を確認して足を緩める。
さて、鬱陶しい奴と別れてすっきりはしたが、やる事はやっておかんとな。
適当に歩いて人気が途切れた所で魔法で姿を消し、<飛行>で近くにある背の高い建物に飛び乗る。
ぐるりと視線を巡らせて街を一望する。
シジーロと同様に似たような配色なので、正直見辛い。
広くないだけまだましか。
軽く見るだけで街の全体像が掴める。
それにしても見れば見るほどグノーシス一色だ。
目を引く教会に、併設されている関連施設。
シジーロでも見たが、その手の施設は教会に併設する決まりでもあるのだろうか?
それとも連中の建築方式なのかな?
街を眺めながらどうでもいい事を考えていたが、めぼしい物は見当たらない。
視線を遠くに向けるとここと似たような街が見える。
恐らくあれがゲリーべとか言う街なのだろう。
本命はあそこだが、出来ればここにないという確証が欲しい所だ。
やはり見ただけでは怪しい建物かの判断は付かんが地形は頭に入った。
聞き込みも面倒だし、適当な奴から記憶を引っこ抜くとするか。
飛び降りて着地。
さて、どれから引き抜くのが正解だろうか?
聖殿騎士以上が望ましいが…。
そんな事を考えながら透明化を解除して獲物を物色する事にした。
「結論だが、この街にはそれらしき物はなさそうだ」
一通りの情報収集を終えた俺はアスピザルの手配した宿で合流後、開口一番にそう言った。
「うん。 いきなり結論から入られても困るからもうちょっと細かい説明が欲しい所かな?」
「まず、この街をざっと見たが、物を隠せるようなでかい施設はない。 次に地下を疑ったがそれもなし」
わざわざ魔法で調べた後、井戸に潜って地下まで確認したんだ。
少なくともオールディアの時のように規模のでかい施設はない。
「この街のグノーシス関連施設は一通り洗ったが、怪しいデッドスペースも見当たらなかった」
その辺は関係者の記憶を引っこ抜いて確認したから間違いない。
本当にそんな施設があるのなら関係者が不審に思わない筈がないからな。
「…仕事が早いね。 半日足らずでそこまで調べたの?」
「まぁな」
実際、記憶を引っこ抜いただけだから半分はその辺で食べ歩きしてたぐらいだ。
面倒事は早めに片付けるに限る。
「そうなるとやっぱり怪しいのはゲリーべか…」
「規模が変わらん以上、南側の街もここと変わらんだろうしな」
「分かった。 明日にはこの街を出てゲリーべに向かおう」
消去法だが、あるとしたらゲリーべで決まりだろうな。
ただ、あの狭い街に転生者を置いておけるのかと言うのは甚だ疑問だが。
「……僕、ちょっと嫌な予感がしてきたな」
「奇遇だな。 俺もだ」
一応ではあるが、転生者を合法的にグノーシスの拠点に置く方法が存在するのだ。
予想が正しければ探すのは楽になるが、困った事になる。
「こことゲリーべって規模が違うだけでほとんど同じだよね」
「そうだな」
「あんな狭いコミュニティに転生者みたいな毛色の違う存在が紛れ込んで気付かれないっておかしいよね」
「そうだな」
この様子だとこいつも同じ結論に至ったか。
「もしかして、ここにいるテュケの転生者って…」
「俺も同じ意見だ。 恐らく連中はもう一つ肩書きを持っている。 はっきり言うが間違いなく聖堂騎士――要は異邦人だろうな」
「……だよねぇ…。 癒着はあると思っていたけど、ここまでとは思わなかったよ」
「国の中核が頭なんだろ? ありえん話じゃない」
テュケって思ったより手広くやってるんだな。
今の話が正しいのであればグノーシスとダーザイン、両方に技術供与をしていた可能性がある。
いや、アメリアとか言う女の地位を考えると国にも…か?
…呆れた連中だ。
まるで死の商人だな。
この様子だと他にも色んな所に技術供与と銘打って実験してそうだ。
「…まぁ、濃厚だけど決まった訳じゃない……と言うのは楽観かな? 明日はゲリーべで情報収集といこう。 顔を晒さない聖堂騎士がいればほぼ確定とみて間違いなさそうだね」
「そうなると本当の意味でのテュケの拠点はないと言う事になるな」
表向きどころか堂々とグノーシスの看板が下がった施設を使っているはずだ。
「…それも込みで確認しよう。 無理そうなら引き上げる事も視野に入れるよ」
「了解だ。 お前の仕切りだし、好きに判断すればいい」
その後、明日以降の簡単な打ち合わせをして今日はお開きとなった。




