273 「研修」
別視点。
こんにちは。 梼原 有鹿です。
わたしは今、オラトリアムという所にいます。
元々はグラート領という所で静かに暮らしていたのですが、色々あってここに送られました。
道中、何故か日本語を話せる人が現れ、人間の言葉を覚えろと言われて勉強しました。
到着までに覚えられなければ処分すると言われたので必死に頑張って覚えました。
何とか日常会話ができるレベルまでは話せるようになったので、処分されずに済みほっとしています。
長い移動時間をかけて辿り着いたオラトリアムは凄い所でした。
大きな屋敷、綺麗な川、整備された道。
他の領と比べても整備に力を入れているのが分かりました。
…あの男の人は自分の土地と言っていましたが、凄い人だったのかなぁ…。
案内された屋敷で責任者のファティマ様という人に会いましたが、とんでもない美人さんでした。
均整の取れたプロポーションにさっらさらの髪。
世の中の不公平を凝縮したような美しい顔。
対してわたしはアリクイと…どうしてこうなったんですか…。
挨拶と自己紹介を済ませた後、明日から研修の為にここの仕事場を一通り見て回る事になるらしいです。
そしてその当日。
わたしはカンカンと鳴らされた鐘の音で目が覚めて、迎えに来たメイドさんに案内されて屋敷の裏手に向かいます。
外は暗く、星が見えているぐらいで朝と言うには早すぎる時間でした。
屋敷の裏手は広大な畑で何だか甘い匂いが風に乗って流れてきます。
農業をやっている話だったけど、こんなに広いなんて思わなかった…凄い。
しばらく歩くと開けた場所に出ました。
下は綺麗に均されており、何だか学校のグラウンドみたいです。
朝礼台みたいな物がある所がますますグラウンドっぽい。
メイドさんに案内されるまま朝礼台?の近くまで行きます。
そこで待つように言われたので周囲をキョロキョロしていると、大量の足音が聞こえてきました。
ふとそちらを見やると思わず目を見開く。
現れたのは大量のゴブリンでした。
見た瞬間、体に震えが走ります。
以前に戦わされた相手だったのでその時の記憶が瞬いて体が震えました。
…なんでこんな所にゴブリンが?
疑問を感じてゴブリン達の方を見ると、奇妙な点に気が付いた。
わたしの知っているゴブリンと違って、身なりが凄い綺麗。
清潔そうな服に首には白いタオル。 手には鍬や鎌といった農具を持っています。
ゴブリン達はわいわいと雑談をしながら列を作って並び、少し遅れて遠くから巨大な人影が歩いてきました。
後で知った事ですが彼等はオークやトロールという亜人種と呼ばれる種らしいです。
彼等もゴブリンと同様に話しながら列を作って並びました。
その後も鎧を着た人や、メイドさんや普通の人間――屋敷の人かな?――が現れ列に並びます。
終わった頃には学校の朝礼のような…あれ? これってもしかしなくても朝礼?
全員が揃った事を確認したらしいメイドさんがメガホンのような物を取り出して朝礼台に上りました。
『皆さん。 おはようございます!』
増幅された声が周囲に響き渡る。
『おはようございます!!!』
一拍遅れてその場にいた全員が声を張り上げて挨拶をしました。
…え? え? え?
『それでは朝礼を始めます。 まずは本日の業務の確認と連絡事項、進捗の報告!』
本当に朝礼だ!?
見ている端で列の先頭に居たゴブリンが前に出ました。
「収穫班! 本日の業務はプミラを中心に収穫! 作業に遅れ無し!」
『次!』
別のゴブリンが前に出ました。
「管理班! 昨日の分の収穫分の計上! 現状、問題無し! ただし、サイネンシスの需要が上がっているので今後不足する可能性有! 検討を!」
『収穫班?』
「了解! サイネンシスの収穫量を増やす! 二割で問題ないか!?」
「問題ない!」
両者が頷いたのを確認してメイドさんが『次』と声を上げます。
次は重い足音を響かせてトロールが前に出ました。
「討伐班! 山脈、敵、掃討中! 飛ぶ者増えた! コンガマトー欲しい!」
メイドさんは懐から手帳を取り出すと何事かを書き込み頷く。
『検討します! 今日明日中に回答するので現状維持を!』
「分かった!」
『次』
その後も建築班、警備班と順次本日の作業内容と進捗、報告事項等を代表者が報告していきます。
…凄い。
ゴブリンは余り頭が良くないと聞いている。
でも、ここのゴブリン達は話とは全然違う。
人の言葉をやや訛りはあるけど聞き取れるぐらいに流暢に話し、頭も良さそうだ。
ざっと見渡すと、ゴブリンだけじゃなく様々な種が一堂に会している。
わたしはとんでもない所に来たんじゃ…なんて考えている内に一通り報告が終わって静かになりました。
『一通り確認が終わった所でこちらからの連絡事項です。 こちらが本日より研修を行うユスハラです。 各部署を回って適性を見た後に配属となるので顔を覚えておくように』
視線が集まり、わたしは恥ずかしくなって俯いてしまいました。
『――他、何かある者は?』
沈黙。
『では、これで朝礼を終了します。 全員、広がってください』
え!?
その場にいた全員が間隔を開けて広がり始めた。
ちょっと…これってまさか…あれじゃ…。
いつの間にか近くに控えていたメイドさん達が楽器のような物を取り出して演奏を始めた。
曲は夏休みに近所の公園でよく聞いたあの――。
…まさか異世界でラジオ体操をする事になるなんて…。
ラジオ体操が終わると集まった皆は話しながら散っていきました。
メイドさんにここで待つように言われたのでわたしは広いグラウンドにぽつんと取り残されています。
少しすると、仕事終わりなのかゴブリンやオーク、トロールの一団がぞろぞろと畑から離れて行くのが見えました。
どうやらここは昼と夜で交代制でやっているようです。
しばらく待っていると白い甲冑を来た人がこちらに来ました。
「お、待たせてしまってすまんな。 案内を任されましたアレックスという」
そう言うと小さく会釈する。
わたしも同じように返す。
「えっとユスハラだっけ? 向こうの人の名前は発音が難しいな」
「はい、梼原です。 よろしくお願いします」
「よろしく。 では、行こうか」
二人で並んで歩く。
アレックスさんは移動しながらこれからの予定を教えてくれた。
「一通り部署を回って業務内容を理解して貰う。 あ、ちなみに全部の部署は回らないから。 あんたが配属になるかもしれない場所を回る事になるんでその辺よろしく」
「あ、はい」
「最初は収穫班から行く…って言うかすぐそこだけどな」
収穫班は広大な畑で果物や野菜を収穫するのが仕事だそうです。
メンバーは大半がゴブリンで一部オークが混ざっている。
ゴブリン達は慣れた手つきで、果物を収穫して籠に次々と入れて行き、一杯になった物をオークが持って行く。
果物や野菜の種類は多岐に渡り、林檎、蜜柑、葡萄を始め見た事のない果物も多かった。
それ以上に、それらの果物が同じ植物から収穫できるのが凄い。
流石は異世界。 こういう植物があるんですね。
「見れば分かるんで説明は要らないかも知れないけど、この畑がこのオラトリアムの収入の大半を担っているんで規模は相当な物だ」
「どれぐらいの広さなんですか?」
「隣のライアードって所まで伸びてるって聞いてるな。 お陰でここはいつも人手不足だ」
そういって肩を竦める。
じゃあ次と言って先へ進む。
次に向かったのは、複数の建物が立ち並ぶ場所で、近づくと金属がぶつかる音が複数耳に入る。
アレックスさんの歩く方向から向かうのはそこのようです。
「始め!」
厳しそうな感じの人が鋭い声を上げる。
同時に弾かれたようにその場にいた甲冑を身に着けた人達や、狼?男みたいな魔物が戦い始めました。
狼男は素早く動き、甲冑を翻弄しているように見えますが、甲冑の方も落ち着いているのか攻撃を一つ一つ的確に捌いています。
しばらくするといくつかの組で勝敗が決まり、全ての戦いの決着がついた所で厳しそうな人がパンと大きく手を打ちました。
その場の全員がそれぞれ立ち上がる。
アレックスさんが厳しそうな人へ頭を下げると、相手は小さく頷き「素振り、動きと体勢を意識せよ」と言ってこっちに来ました。
…なんか怖そうな人だなぁ…。
少しハラハラしながら近づくの見ていました。
「どうもトラストさん。 お疲れ様です」
「……何用か?」
「彼女の案内と面通しに来ました」
トラストと呼ばれた人はギロリとわたしの方へ視線を向けました。
…ひっ!?
こ、怖いのでそんな目で見ないでください!?
「例の転生者か?」
「はい」
「どの程度に仕上げろと?」
「最低限、シュリガーラと戦える程度にと」
「最終的には?」
「聖堂騎士と同等にと」
何だかわたしを置き去りにして嫌な予感しかしない会話をしているような…。
背筋がぞわぞわと粟立ちます。
「承知したとファティマ殿に」
「分かりました」
その後、二言三言話してその場を後にする事になりました。
「今のは訓練場だ」
流石にわたしでもそれは分かった。
ちらりと視線をやるとさっきと同様に模擬戦が始まり、その周囲ではゴブリンやオークが走っているのが見える。
中でも目を引くのは緑色の鎧を着た人だ。 何やらぶつぶつ言っているようで、近くを通った時「何で僕がこんな目に」と言っているのが聞こえた。
「警備や討伐に関わる者だけでなく、勤務に入る者は最低限ここで訓練を受ける事になる」
…え?
いまちょっと聞き捨てならない事が聞こえたような…。
「あの、それってわたしも…ですか?」
「当然だろう? 何を言っているんだ?」
「え? でもわたし戦わなくていいって…」
アレックスさんは不思議そうな顔をすると小さく溜息を吐きました。
「…確かに戦闘には参加させるなとは言われているが、必要であれば駆り出すという話はされていると聞いているが?」
記憶を掘り出すと、言われてみれば確かにローっていう人はそんな事を言っていたような…。
もしかして騙された!?
「だから、ある程度は戦えるようになって貰う。 その為の訓練だ。 定期的に受けさせるようにと言われているから、精々頑張ってトラストさんにしごかれるんだな」
あの人教えるの上手いけど厳しいぞーと言われ、先行きに重い雲が見えてきました。
内心でこっそりと溜息を吐きます。
わたしどうなるんだろう…。
これで九章終了となります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
事前に告知させて頂いた通り、次回投稿後ペースを戻します。
十章もよろしくお願いします。




