271 「乞食」
――それで、次はその拠点に向かうと言う事ですか。
――あぁ、場所はここと王都の間らしいから結局はまた国の中央にとんぼ返りだ。
今、俺が居るのはミスチフ水運本部の一室で俺に宛がわれた部屋だ。
一人になった所でファティマに連絡して今までの経緯を話していた。
――こんな事になるのならダーザインとは早めに手を切っておくべきでしたね。
――言っても仕方がないだろう。 こうなった以上は業腹だが最後まで付き合うさ。
――…必要であればこちらから戦力を送り込みますが…。
――要らん。 これは連中の問題であって俺はそれに手を貸すだけだからな。 それより、そっちの状況はどうだ?
――まず、梼原と言う転生者ですが一応は日常会話が可能な程度には言語の習得が済んだので、近々研修に参加させて一通り回らせて適性を見る事になります。 勿論、監視も付けているので、妙な真似をすれば処分しても構いませんね。
――あぁ、問題ない。 使えなければ処分と言う話は本人にもしているからな。 後はヴェルテクスと首途の件だがどうなっている?
――その件でしたら商隊経由でこちらに連絡が入りました。 ヴェルテクス本人がこちらに訪れるとの事なので一通り中を案内するつもりですが…。
――それで構わない。 どこを案内するかもお前に一任する。 あいつと首途は可能な限り機嫌を損ねたくないので、その点に気を付けろ。
――分かりました。 失礼のないように持て成す事にします。
――よろしく頼む。
<交信>を切った俺は小さく息を吐いてベッドに座る。
取りあえずではあるがダーザイン関係の処理は完了か。
この後、幹部連中にミスチフ水運の運営などは任せるつもりのようだ。
だが、立て直しにはしばらくかかるとの事。
理由は簡単だ。 人が居ない。
あの後、本部に踏み込んで見れば中は空で人っ子一人いなかった。
構成員を始め、何も知らない一般の従業員の姿すら見えない。
話によれば結構な人数が居たらしいが、綺麗に消え失せている所を見ると死んだか…外をうろついている連中の材料にされたかのどちらかだろう。
抜いた記憶は穴だらけだったので、はっきりはしないが恐らくは後者だろう。
この様子だとそこそこ強そうだったアルグリーニとか言う奴も蛇か鰐に転生して死んだか運河を優雅に泳いでそうだ。
改めて確認するとプレタハングという男の記憶は酷い有様だった。
虫食いだらけで読めない部分が多く、特に直近の記憶に至ってはほとんど消えていて妬み嫉みぐらいしかまともに読み取れない。
間違いなく融合した悪魔とやらに何かされた事が原因だろう。
飛びまくった漫画を見せられているようで、面白くもなんともなかったな。
断片的ではあるがアスピザル達についての情報も手に入ったし良しとしよう。
…それにしても大した父親だったな。
息子に対して抱いていたのは優越感と劣等感だけ。
自分に依存しないと生きて行けない時期は思いっきり見下し、転生者と融合を果たし今の状態になってからは劣等感に苛まれて憎み続けていた。
そんな事なら自分で試せよと内心で思ったが、この男は呆れるぐらいの小心者でそこまでする度胸がなかったという落ちまで付く。
上手く行くかもわからん事を息子で試して、上手く行ったら妬むとは何とも救いがない。
ここまで一貫していると、アスピザルが哀れになって来るな。
奴自身がどう考えていたかは知らんが、仕事はこなしていたしやる事はやっていたのに当の父親は妬み嫉みを隠しもしないと。 もう少しアスピザルが無能であるのならましな親子関係を――。
小さく鼻を鳴らす。
俺には関係ない話か。 そう考えて思考を切り捨てる。
しばらくの間はどうでもいい事を考えていたが、最終的にはプレタハングから奪った物へ着地した。
感情を燃料に力を発揮する能力。
これは嫉妬のみを餌とする。
俺は試しに使おうとして見たが、まともに発動しなかった。
例の弱体技も一通り試してみたが、さっぱり機能しない。
やはり俺では使えないと言う事か。
嫉妬…つまりは感情の発露によって威力を発揮する力。
漫画とかでよくある感情が高ぶって発揮するあれだ。
まさか、ここまで露骨な物があるとは想像できなかったな。
何とか使えないか捏ね繰り回したが、ダメそうだったので断念。
…機会があるまで保留だな。
窓から外を見る。
時間的に夜明けの筈だが、街の周囲に広がった闇の名残の所為で光が余り差し込まない。
曇天と言うには暗すぎる。
アスピザルに聞いた話だが、オールディアも似たような状況だったが時間経過で消えたのでここもそうなるだろうとの事。
予定では今日一日は休息に当てて、明日出発する予定だ。
俺は窓から離れ、ごろりとベッドで横になる。
やる事も無いし今日一日は記憶と情報の整理、後は戦い方の見直しで潰すか。
そんな事を考えているとノックの音が耳に入る。
誰だと眉を顰め、どうぞと声をかけると入って来たのは意外な人物だった。
「邪魔するぜ」
ガーディオだ。
俺は身を起こしてベッドに座る。
「何か用かな?」
「あんたに聞きたい事がある」
今一つ意図が読めなかったので無言で先を促す。
「この手足、くっつけてくれたのはあんたか?」
「言っている意味が分からないな」
おいおい。
誰だ喋った奴は? シグノレかジェネット辺りかな?
殺さないといけないじゃないか面倒臭い。
あぁ、その前にこいつも殺さないとな。 次はジェルチだ。
左腕を持ち上げかけたが、察したのかガーディオは慌てた調子で手を翳して止める。
「待ってくれ! 別に誰かに聞いた訳じゃない。 あの場で他の連中に俺の傷を治せたとは思えねぇ。 だから自然とあんたじゃないかって思っただけだ」
ほー。
まぁ、そう言う事なら惚けるだけで済むか。
俺は手を引っ込めた後、肩を竦める。
「生憎と勘違いだ。 感謝ならアスピザルにでもしたらどうだ?」
「…繰り返すが、アスピザルにこんな真似ができるとは思えねえ。 他の連中にもだ」
そう言いながら自分の手を握ったり閉じたりしている。
…あぁ、展開が読めて来た。
大方もっと強い手足寄越せとか舐めた事言うんだろ?
「…で? 俺がお前の手足をくっつけてやったとして、それがどうした?」
一応、確認の意味で先を促す。
「俺にもっと強い手足を――」
いい終わる前に風の魔法で部屋の外まで吹っ飛ばしてやった。
予想通り過ぎて不快を通り越して呆れたぞ。
「が…はっ…」
「失せろ。 便利な手足が欲しいならお友達にでもつけて貰え」
倉庫に行けば在庫が――あぁ、そう言えば根こそぎ攫う予定だったな。
もう少ししたらこちらの息がかかった商隊が来るので、回収しておいた銃杖等の戦利品を含めた物を引き取りに来る。
移植したくても物がなくてはどうにもならんか。
その辺はアスピザルの責任であって俺の知った事ではない。
「待ってくれ…あんたなら強い手足を付けられるんだろ? 俺はもっともっと強くなりてえんだよ…」
バトル漫画に出て来そうな奴みたいな事を言っているが、やっている事は乞食と変わらんな。
厚かましい奴だ。
「なら体でも鍛えたらどうだ?」
言いながら治療の際に抜いた記憶を参照する。
この勢いだとつまらない身の上話をしそうだし、聞きたくもないので事前に知っておきたかったからだ。
適当に遡りながらざっと確認したが…まぁ、分かり易くはあるな。
「俺は今まで――」
「奪われたくないから奪う側に回りたい。 その為には力が必要…と言った所かな?」
俺がそういうとガーディオは硬直する。
図星か。
「…で? 可能な物は何でも支払うから力を恵んでくださいと」
「な、何で…」
「お前みたいな奴は掃いて捨てるほど見て来たからな」
実際はカンニングしただけだが、教えてやる義理はない。
こいつはただ力を得る事のみに執着しているだけだ。
それも権力などではなく、個人の武勇と言う力に。
ダーザインに入ったのもその目的の為、テュケに尻尾を振ったのも力の為。
力、力、ただ力が欲しい。
考え方としては正しいとは思うが、俺の知った事ではないな。
だが性格上、間違いなく殺しでもしないと引き下がらない。
ご自慢の力の象徴たる部位を失ってただの人間に成り下がった今は、俺の靴を舐めてでも力を得ようと考えているのだろう。
殺して喰ってしまってもいいがアスピザルに作った借りをこんな形で相殺されるのは面白くない。
俺は迷惑そうに大きく溜息を吐く。
「……お前はダーザインに仕えているのだろう? はっきり言おう、お前の要求に見合った対価をお前から見いだせない」
「言ってみてくれ! 何でも支払う!」
「お前の持つ全てを貰う。 要は人生を支払って貰おうか? 言っておくがダーザインの誓約とは訳が違う。 俺の気分次第でお前の首が物理的に飛ぶぐらい強力な制限がかかる。 その覚悟があるか?」
「ある!」
迷わず即答するが、それを見て内心で白けた気分になる。
嘘吐け。 勢いで物を言うな。
「…分かった。 なら、ダーザインを抜けた後に俺を訪ねろ。 前向きに検討する」
そう言って部屋から追い出した。
ガーディオの気配が部屋から遠ざかった事を確認した俺は小さく息を吐いて、ベッドに横になる。
今度こそゆっくりできそうだ。
静かになった部屋で俺はそっと目を閉じた。
後二話で今章は終了となります。
それに合わせて投稿ペースを戻します。
またストックが溜まればペースを上げて行きますのでよろしくお願いします。




