270 「方針」
視点戻ります。
人生には予想外の事が起こるとよく聞くがここまで驚いたのは久しぶりだ。
目の前で力なく倒れている女を見て目を見開く。
ハイディ。
俺の体の持ち主だった存在。
何故、こんな所に居る?
訳が分からない。
シグノレを探しに来てみれば残りの蛇共が暴れていたのでついでに駆除してやったが、周囲を見ると転がっている聖騎士連中に混ざって倒れていた。
小さく息を吐く。
…まぁ、こういう事もあるだろう。
驚きはしたがそれだけだ。
さて、どうした物か。 見た所、傷は結構深い。
少し迷ったがまぁ、治療ぐらいはしてやるか。
辺獄であのゴミ屑を処分する前は同行者と言う認識だったが、今は驚く程どうでも――いや、正直煩わしいとすら感じるな。
余り傍に置きたくないので、俺の知らんところで幸せになるなり野垂れ死ぬなりすればいいと思っていたが、この体をくれた事には感謝している。
だからこそ、多少の世話を焼いてやろうという気が起こる訳だが…。
取りあえず触診。
息はしているが思ったより重症だな。
胸骨に亀裂、肋骨が折れていくつか臓器に突き刺さっている。
即死しなかったのは防具のお陰か。
その辺の備えはしっかりとしていたようだな。
視線がある点で止まる。
プレートだ。 赤くなっていた。
いつの間にか赤の冒険者とは随分と出世したな。
この様子だと上手くやれているようだ。
さて、魔法で治療してもいいが、この様子だと時間がかかるな。
少し悩んだが手っ取り早い手段を取る事にした。
鎧を一部外して腹を露出させた後、爪を伸ばしてメスの代わりにして裂く。
開けた穴に根の塊を突っ込んで終了だ。
傷を負ったら自動で修復するように命令して裂いた腹を魔法で戻す。
これで簡単には死なんだろう。
まぁ、腹は減りやすくなるだろうが些細な事だ。
これで借りは返した。 後は知らん勝手にしろ。
ゆっくりと細かい傷が塞がっているのを確認して俺は踵を返す。
リリーゼやエイデンの姿もあったが負傷と疲労のお陰で動けないようだ。
声をかけられても鬱陶しいしさっさと戻ろう。
さっきの広場に戻ろうとしたが、魔石で夜ノ森が連絡して来た。
どうもさっきの倉庫で今後の話をしたいから集まろうと言う事だ。
シグノレには既に連絡済みらしい。
俺は了解と返して倉庫へと向かった。
「うん。 みんな揃ったね」
アスピザルがそう言うと集まった全員が各々頷いたりと反応を示す。
夜ノ森、石切、ガーディオ、シグノレ、ジェルチ、ジェネット、俺がアスピザルを囲むように地面に座ったり空の木箱に腰掛けたり近くの荷物にもたれかかったりしているが聞く姿勢はできている。
少し離れた所ではサベージとタロウが蹲って眠っていた。
「じゃあまずはダーザインの今後について話す事にするよ。 まず何だけど、テュケとは完全に縁を切る」
「…まぁ、あんだけ好き勝手やられて下に付こうって気は起こらねーよな」
そう言ったのはガーディオだ。
手を握ったり閉じたりしながら不機嫌そうにしている。
まぁ、口答えしただけで達磨にされれば文句の一つも言いたくなるか。
「で、では、我々は今後どうするのですか!?」
「うん。 いい質問だねシグノレ。 それなんだけど、まずは規模の縮小だね。 テュケの後押しがあったとはいえ今までは手広くやり過ぎた。 その辺を踏まえて今後は地道にやって行こうと思うんだ」
「じ、地道とは?」
「言葉の通りさ。 強引な勧誘や違法な品の販売等からは完全に手を引いて、悪魔関連の研究は僕達のみで行う。 幸いにも今まで培ったノウハウはあるから大きく後退はするけど何とかなるよ」
それを聞いて幹部連中の表情は微妙だ。
不安もあるだろうし当然か。
「ただ、君達に最後までそれを強要する気は無いよ。 運営が軌道に乗ったら誓約は緩めるから、その時は改めて身の振り方を考えてくれないかな?」
悪いけど今は余裕がないからできないけどねと付け加えた。
「その緩めるというのは?」
「単純に守秘義務を貫いて貰うだけの話だよ。 口外しないという条件だけを付ける。 僕達の事を話さないのなら好きに生きられるよ」
要は物理的な口止めか。
ガーディオとシグノレは考えるように黙り込んだが、ジェルチとジェネットの二人は反応が薄い。
恐らくは事前に話でも聞いていたんだろう。
「さて、幹部の皆への説明は終わったし次の話へ行こうか? 梓、ロー、石切さん。 僕達の今後なんだけど…」
「それは以前に聞いているから問題ねぇよ。 連中をぶっ潰すんだろ? 俺は乗るぜ」
「私もアス君に付いて行くわ」
…ここは俺も何か言っておく流れなのか?
まぁ、空気を読んでおくか。
「…約束だしな」
アスピザルはうんうんと頷いて笑みを浮かべる。
「皆の心が一つになって嬉しいよ」
別に一つにはなっていないとは思うがな。
「なら具体的な話に移ろうか、まずは僕の知っている限りではあるけどテュケについて話すよ」
テュケ。
そう呼ばれている組織らしいが、驚く程全容が掴めないらしい。
アスピザルも探りを入れていたらしいが、ある程度までしか知ることはできなかったようだ。
まず、活動範囲はこの国だけには留まらず、他の国でも活動している。
これは確定らしい。 国外から妙な物を頻繁に仕入れたり、この国以外の世情に明るい事からもそれは明白のようだ。
「規模を考えるとテュケ自体が巨大な組織の一角なのかもしれないね」
とアスピザルは補足した。
その辺は関係ないし興味もない。
俺の役目はあくまでこの国にいる連中の処理だけだからな。
俺の知らない所で俺に迷惑をかけないのなら悪魔召喚でも何でも好きにやってくれ。
「つまり、本拠がこの国にないから拠点の数は驚くほど少ないんだ」
聞けば国内に数か所しかそれらしき拠点が存在しないらしい。
それも大半があまり重要な物ではないので一番重要な一ヶ所を潰してしまえば、ウルスラグナでは活動できなくなる可能性が高いと言う事だ。
「それと責任者の処分だね。 彼女を殺してしまえばしばらくはこの辺でまともに動けなくなるし、残った人員も一度引き上げると思う」
「彼女って事は責任者はあの蜻蛉女か?」
俺の質問にアスピザルは首を振る。
「飽野さんの事? 彼女は地位は高いけど現場寄りの人だから違うよ」
じゃあ誰だ?
「アメリア・ヴィルヴェ・カステヘルミ。 この国の宰相だよ」
…何?
言っている意味が理解できなかった。
宰相? 聞き覚えがある単語だが何かえらい立場と言う事しか分からない。
「要は王の相談役みたいな物かな。 地位の序列で言えば上から数えた方が早いね」
正直、宰相と言う言葉のインパクトに驚きはしたが、同時に色々と察してしまった。
「…つまり場合によっては国が相手と言う訳か?」
「場合に寄らなくても国が相手になると思うよ?」
…なるほど。
だからテュケについて今頃になって話し始めたという訳か。
俺を後に引けなくする為にこのタイミングで。
「騙すような形になって悪いけど飽野さんに顔を見られた以上は…分かるよね」
「……まぁ、嵌められたようで気に入らんが状況は理解した」
やる事は変わらんからどうでもいい。
国が相手と言う事は俺の素性はある程度割れていると考えるべきか。
嘆息。
これはもう冒険者ギルドは使えんな。
最悪、お尋ね者扱いだ。
面倒な事になったな。
降りかかる火の粉を払っているだけなのにどうしてこう状況が悪くなるのか…。
「…怒ってる?」
アスピザルが恐る恐ると言った感じで俺の顔を覗き込んで来るが肩を竦めておく。
「怒っても仕方がないだろう?」
「そう言ってくれると助かるけど……後で何か報復的な事しない?」
「貸しにしておく」
「分かった。 何かで返すよ」
「そうしてくれ。 それで今後の行動は? 王都へ直接向かうのか?」
俺がそう聞くとアスピザルはうーんと腕を組む。
「そのつもりだけど、ちょっと寄りたい所があるからそこを経由してからかな」
「寄りたい所?」
おうむ返しに聞くとアスピザルは大きく頷く。
「うん。 さっき言ったテュケの拠点があるから一応調べておきたいんだよね」
…まぁ、いいんじゃないか?




