258 「意表」
形状は杖にも見えない事もないが、素材は完全に金属。
長さは一メートル弱、使っていた奴の構え方からして先端は細い棒状の部分。
そこから中ほどから大きく広がっており、機械的な出っ張りや、取り外しできそうなパーツが確認できた。
終端の少し手前に穴が開いており、やや大振りの魔石が嵌まっている。
何というか、銃の出来損ない見たいなデザインだ。
そう意識してみると、この取り外しが出来そうな部分は弾倉か何かか?
まぁいい。 わざわざ手間かけて捕まえたんだ。 詳細はこいつに聞くとしよう。
俺は捕まえたテュケの構成員らしき奴の記憶を引き抜いて捕食。
結果、分かったのはこいつは分類上、杖のようだ。
名称は銃杖。 まんまだな。
加工した魔石を発射して対象に当てると魔石が砕けて内包していた魔法が炸裂。
威力に関しては夜ノ森達が身を以って証明していた。
そして、この武器の最大の利点は誰でも使える事だ。
グリップらしき部分にある魔石に魔力を流すと内部の機構が動いて弾を発射する。
使い方もシンプルだが、運用もまた人をあまり選ばない。
本来、狙撃と言う行為は距離が離れれば離れるほど、難易度が跳ね上がる。
こんなスコープも付いていないような銃もどきでは普通は当たらん。
その問題を解決するのが、魔法を使っていた奴だ。
テュケが独自に開発した物で名称は<照準>。
任意の場所に透明なレンズのような物を作り、通過した物の軌道を操る効果がある。
要するに射手は撃つだけでいい。
後はサポートの魔法使いが弾を誘導してくれるので素人でも簡単に当てられる便利仕様だ。
運用方法は知っていたが、構造や細かい理屈は流石に知らなかったようで、それ以上の情報は出てこなかった。
少し考えたが使えなさそうなので銃杖は近くに隠しておいて、後で回収する事にした。
狙撃の種も分かったし、さっさと残りの狙撃手どもを排除するとしよう。
この武器の弱点は分かり易い。 弾道を誘導する魔法使いの存在だ。
そいつ等さえ排除すれば、本当の意味での狙撃が出来ん奴らは碌に当てる事が出来なくなる。
記憶によれば最近完成した武器なので、ノウハウの蓄積が足りていないようだ。
とはいっても効果的に使えているようだし、戦果も挙げている。
完全に物にするまでそうかからんだろう。
そんな事を考えながら俺は残りの狙撃手どもを始末した。
さて、鬱陶しい連中の始末は済んだ。
後はアスピザル達の援護だな。
視線を戻すと蜻蛉女がペラペラと楽しそうに何かを話している途中だった。
他は動いていない。 隙を見て仕掛けるか。
俺は頭の中でどう動くか組み立てながら機会を窺いつつ準備。 街の外にいるサベージ達に連絡して川から街に入るように指示。 街の端だったから近づくのは容易だ。
気長にやるつもりだったが、その機会はすぐに訪れた。
敵側に付いた幹部が蜻蛉女に食って掛かったからだ。 仲間割れとか何をやっているんだ? 好都合だからいいけど。
折角だし新技を試すとしよう。
さっき始末したフラグラから奪った能力だ。
指定の場所に特殊な空間を展開する物で、出入りは自由だが内外からの干渉をほぼカットできる。
内部の空間はかなり自由に弄れて音を消す事は勿論、視覚や嗅覚等も完全に誤認させ、感覚妨害系の魔法を良い所取りした便利な代物だった。
欠点は燃費と殺傷能力が低いので仕留める時は直接手を出さねばならない。
名称は<茫漠>とする。
範囲を定めた所で状況に動きがあった。
喰ってかかっていた奴が何かされて四肢をもぎ取られていたからだ。
良く分からんが好機だ。
展開。 その場にいた全員が<茫漠>の影響下に入る。
弄るのは視界と音だ。 内部の光景が歪み、連中は周囲と俺の姿を正しく認識できなくなった筈だ。
そこでさっき頂いた魔法道具の出番だ。
短杖で先端にでかい魔石が嵌まっている。
こいつは空間と空間を繋ぐことができる魔法道具でかなりの高級品だ。
欠点は射程の短さと発動の遅さ。
距離は良い所、十メートル前後で発動に十数秒もかかる。
フラグラは感覚を誤魔化した後に空間を繋げる時間を稼いで対象を仕留めるという殺し方を得意としていた。
俺もそれを真似ようという訳だ。
迷うまでもなく対象は蝙蝠女。 射程内まで近づき、杖で空間を繋げる。
奴の背後に空間の歪みが現れるが誰も気づいていない。
展開された<茫漠>に驚いている事もあり、完全に虚を付けたな。
俺は繋がった空間の穴からザ・コアをガラ空きの背に突きこむ。 後は角度を調整。
気付けなかった蝙蝠女の背を捉えて地面に叩きつける。
驚いて振り返る蝙蝠女と目が合うと同時に――。
「――起動」
ザ・コアが唸りを上げて回転。
いつかの蛙と同じ様に胴体が瞬時に挽き肉になった。
俺は空間の穴からザ・コアを引き抜いて移動。 吹っ飛んで来た蝙蝠女の上部分を足で止める。
自分に何が起こったのか理解していない蝙蝠女の頭を踏み潰す。
例の第二形態にはさせん。 そのまま死ね。
頭が弾け飛んだ所で<茫漠>を解除。 その場の全員の視線が俺に集まった。
「…これは割と爽快だな」
鬱陶しい蝙蝠女を始末出来たので、思わず呟く。
驚いている夜ノ森とアスピザルへ視線を向ける。
「取りあえず、こいつ等を皆殺しにすればいいんだな?」
念の為にそう確認した。
アスピザルは笑顔になり頷く。
「やぁ、助かったよ。 でも、タイミング良すぎない?」
俺は答えずに肩を竦めた。
まぁ、機会を窺ってはいたな。
「な、何だ貴様は! どこから現れた!」
小太りのおっさん――えっとシグノレだったか?が唾を飛ばしながら睨みつけて来るのを無視して獲物を見繕う。
蝙蝠は始末したし次は蜻蛉だな。
「蜻蛉は俺がやる。 他は任せても?」
「分かった。 頼むよ」
俺はさてと獲物の蜻蛉女に向き直る。
蜻蛉女は俺を興味深そうに眺めていた。
「あなた、アスピザル君が連れて来た冒険者よね? その武器は何?とても興味深いわ!」
「なら顔面に叩き込んでよく見せてやろうか?」
そう返すと面白い物を見たと言わんばかりに笑う。
「あなた面白いわ! 良かったらウチに来ない? ちょっと入れ墨するだけで好待遇、高収入よ!」
寝言を言うので鼻で笑ってやった。
どうでもいいが目の前でお友達の蝙蝠女を挽き肉にしてやったんだが、それに関してはコメントなしか?
「それは残念…ね!」
蜻蛉女の姿が霞んで、一気に突っ込んで来る。
速いが反応できない程じゃない。 タイミングを合わせてザ・コアを横薙ぎに振るう。
捉えたと思ったが空を切った。 ギリギリで急制動をかけたようだ。
そう認識した瞬間には顎が跳ね上がる。
膝を入れられたようだ。 次いで抜き手。 狙いは喉か。
指先が俺を貫く前にカチ上げられた顔を戻して噛みついて止める。
「ちょっ…」
蜻蛉女が何か言う前に指を喰いちぎってやった。
そのまま掴み掛ってやろうとしたが、胸の辺りを蹴られてその反動で距離が離れる。
蜻蛉女は少し離れた位置を羽を振るわせてホバリング。
「驚いた。 あなた本当に人間?」
「見ての通りだ」
食い千切られた指を押さえながら蜻蛉女が驚いたような口調で俺を見ている。
答えるつもりはないので適当に返しながら食い千切った指を音を立てて噛み砕いてやった。
蜻蛉女が空中で身を固くする。 怒ったか?
「あなた…いいわ! 気に入った! 本気で相手をしてあげるわ! …哀ちゃーん! 本気出すからよろしく!」
「えぇ…アスピザル君はどうするの?」
「いいから」
…?
何故か蜻蛉女は蜂女に声をかける。
相手が違うのに何でそっちに確認を取るんだ?
内心で訝しみながらも意識は蜻蛉女に集中。
さぁ、どう動く?
蜻蛉女は急上昇。 凄まじい速さで雲に突っ込む勢いで高度を上げる。
豆粒ほどの大きさにしか見えなくなった所で停止。
急降下でもしてくるのかと身構えるが蜻蛉女は体の向きを変えると、北の方へと飛んで行った。
…………え?
「逃げ…たのか?」
凄いなあの女。 あれだけの啖呵を切っておいて堂々と逃げ出したぞ。
「テメエ、針谷ぁどこ行きやがったコラぁ!!」
後ろで石切の怒声が響く。 振り返ると建物に八つ当たりしているのが見えた。
どうやら蜂女も逃げ出したらしい。
驚いた。 明らかに連中のほうが有利にも拘らず逃げるという判断はこちらの想像の埒外だ。
それは他にとってもそうであったようで、敵味方の大半が呆然と手を止めていた。
動いているのは夜ノ森とアスピザル、それにアルグリーニだけだ。
夜ノ森が棒立ちになった黒ローブを殴りつけた所で、凍り付いた時間が動き出した。
「な!? …まぁ、いいだろう。 この場を離れると言う事はこちらの好きにしても文句は言われんか…。 生け捕りは必要ない! 全員、殺してしまえ!」
プレタハングの声で敵が動揺から立て直す。
視界の端で、小太りの男――確かシグノレと言ったか? が四肢を吹き飛ばされた男に駆け寄っていた。
「ガーディオ! 無事か?」
ガーディオ? あぁ、あの芋虫みたいな状態の奴が戦闘専門の幹部か。
動けないのは好都合だな。
害はなさそうだし無視。
消化不良気味なので俺も少し暴れるとしよう。
ザ・コアを起動。 回転させたまま振り回す。
流石に人間相手では威力があり過ぎたのか、当たっただけで挽き肉どころか血煙になる。
俺を脅威と認識したのか、黒ローブの一部が俺に向かって来た。
流石にお仲間の死に様を見て近づくのが躊躇われたのか距離を取って構える。
どうやら飛び道具で仕留める気のようだ。
数人が高速で動き回って撹乱。 残りが腕や目等の体の一部から魔法に似た何かを飛ばしてくる。
そう言えばこいつ等全員部位持ちだったか。
飛んで来た全てをザ・コアの一薙ぎで打ち消す。
話には聞いていたがこれは凄い。
首途が壊れんと太鼓判を押す訳だ。
だが、近寄って来ない相手は殴れんな。
新しく作った魔法を試してやろう。
手の平に火球を生成し発射。 黒ローブ共は当然の様に散開して回避。
俺は火球を途中で静止させる。 同時に膨張して破裂。
周囲に小さな火球をまき散らす。
<榴弾>。 <火球>をベースに殺傷力を高めた魔法だ。
効果は目の前の光景が物語っている。
サイズが落ちたとはいえ<火球>を喰らった黒ローブ共は浅くない傷を負い、運の悪い奴は即死した。
これは使えるな。 改良して<爆発>に代わる先制用の魔法として使おう。
まだまだ試し撃ちの的はいるし、次行っとくか。
俺は手近な奴に魔法を撃ちこんだ。




