254 「襲来」
都合により少し早めの投稿となります。
その気配に最初に気が付いたのはアス君だった。
次いで、ジェネットと石切さん。
最後に私――夜ノ森 梓とジェルチがはっと顔を上げる。
同時に隠れ家の壁を貫通して黒い球体のような物が無数に飛び込んで来た。
球体は私達に襲いかかる直前に全て消滅。
隣を見るといつの間にかアス君が、手を翳して障壁を展開して防いだようだ。
「これはシグノレの能力だね」
アス君はそう言って穴が開いた壁をじっと見つめる。
「ついでに言うのなら囲まれてんぞ。 四、五十って所か、結構居やがるな」
石切さんも難儀そうに身を起こした後、戦闘態勢を取る。
残りの二人も同様に身構えた。
幸か不幸か、ここは街の外れで人はほとんど寄り付かない。
巻き添えは最小限で済むけど…どうしてここが?
街には気付かれないように入ったつもりだったのに…。
再びさっきの球体が飛んでくる。 同時に隠れ家の屋根が吹き飛び、空が見えた。
アス君が防ぐ前に球体が破裂して残った壁なども消し飛び、隠れ家が完全に崩壊。
遮るものがなくなり、周囲の状況が見えるようになる。
そこには私達を取り囲むように黒ローブの構成員、加えてシグノレにガーディオ。
――そして――。
「首領、使徒ヨノモリ。 このような結果になって残念だ」
最高幹部であるアルグリーニが居た。
「…主だった幹部はほとんどいるね」
全員ではないが戦闘に長けた人員はほぼ全て揃っている。
「これは本気みたいだね」
「まぁ、こいつらやる気みたいだし、お前に協力するって決めた時点でこうなるのは覚悟してたから俺は構わねぇぜ」
石切さんが前に出て獰猛な笑みを浮かべる。
「使徒イシキリ。 こちらに付くなら全てを不問にするが?」
アルグリーニの提案に石切さんは鼻で笑う。
「残念だ。 では裏切り者として処分する」
同時に風切り音。
石切さんが舌打ちして跳躍、空中で体を丸めて回転しながら突っ込むが空中で何かに撃ち落とされる。
「やっぱり出てきやがったか。 針谷ぁ! このクソ女!」
石切さんは着地しながら忌々し気に吼える。
「お久しぶり石切さん? いつぶりだったかしら?」
針谷と呼ばれた女性は空中で羽を震わせて静止している。
ダーザイン最後の転生者。 針谷 哀。
その姿は蜂に似ており、四枚の羽、やや明るい黄色の体色、腰から黒いラインの入った蜂の腹のような物が伸びており先端から針が顔を覗かせている。
人を辱めた上で、苦しめて殺す事に快楽を感じる精神異常者であり、中でも少年を好んで標的にする破綻者だ。 彼女に比べれば大原田さんはまだましと言えるレベルだろう。
同性と言う事もあるのか、私が一番忌避している相手でもある。
「夜ノ森さんにアスピザル君、裏切るなんて何を考えているの? でもいいわぁ…あたし、アスピザル君とイイコトしたかったからぁ…好都合?」
そう言うと針谷は針から毒液を滴らせる。
「大丈夫。 痛いのは最初だけだから。 このぶっといのですーぐ良くしてあ・げ・る。 死ぬほど気持ちいいわよぉ…」
そう言って下卑た笑みを浮かべ、向けられたアス君は無表情だが、微かに嫌悪感が滲んでいるのが分かった。
私はそれに不快感を覚え、反射的に前に出る。
「ガーディオ! シグノレ! あんた達、本当にこれでいいの!? このまま行けばテュケに使い潰される! 今、動かないと――」
声を出す前に割り込んだのはジェルチだ。
彼女はガーディオ達を説得しようとしているようだけど…。
「裏切りに俺を巻き込むんじゃねぇよ。 そもそも俺はアスピザルを首領と認めた訳じゃねぇ。 悪いが、お前の口車に乗る気はねぇよ」
「私もガーディオと同意見だ。 どうしてわざわざ不利な方へ付かねばならんのだ? お前達こそ馬鹿な真似は止めてこちらへ来い。 今なら取り成すぐらいはしてやろうじゃないか」
「お断りよ! あたしはこれ以上、あの子達が死ななくて済むようにしたい! だから今のダーザインには従えない」
それを聞いてガーディオとシグノレは思わずと言った感じで笑う。
「おいおい。 死なないようにしたいぃ? 冗談はよせよ。 今も昔も強い奴が生き残って弱い奴が死ぬ。 それだけだろうが」
「まったくだな。 そもそもダーザインはテュケと共に歩む事で今がある。 それを今更手を切るなど、愚かとしか言えん」
ジェルチは悔し気に歯噛みする。
あの様子では説得は難しそうね。
「ねぇ、アルグリーニ。 フラグラが居ないんだけど、どうしたの?」
アス君はジェルチ達の会話を無視して真っ直ぐにアルグリーニに質問をする。
確かにフラグラの姿が見えない。
後衛担当だから居ないのはおかしいと思っていたけど…。
「奴ならお前達が連れていた冒険者の始末に向かわせた。 貴様等を仕留めるのに人数を用意する必要があったからな。 今頃、片を付けてこちらに向かっているだろう」
「一人で行かせたんだ?」
「それがどうした」
「何でもないよ? ただ、気の毒だなって思っただけ」
その点は私も同感だ。
ローと一対一で戦うなんて私は恐ろしくてとてもじゃないがやりたくない。
フラグラは恐らく殺されている頃だろう。
「ふん。 余計なお喋りは終わりだ。 殺せ」
構成員達が一斉に襲いかかって来る。
「使徒ヨノモリ。 ガーディオとシグノレはあたしとジェネットでやります」
私が動く前にジェルチとジェネットが私の脇をすり抜けて定めた相手に向かって行く。
「俺は針谷だ。 あのクソ女、ぶっ殺してやる」
「それぞれ相手が決まったね。 僕はアルグリーニとやるから梓は他をお願い」
アス君と石切さんも同様に相手を決めたようだ。
というか…あの、私の分担多すぎない?
気が付けば戦闘が始まったので、もう行くしかなかった。
他の戦いを邪魔させるわけにはいかない。
私は大きく吼えて全体の注目を集め、手近な敵に襲いかかった。
「ジェルチよぉ。 お前、俺に勝てる気でいるのか?」
ガーディオの馬鹿にしたような物言いにあたし――ジェルチは何も言わない。
言われなくても分かり切っているからだ。
あたしは基本、戦闘では撹乱や援護。 対するガーディオは純粋な前衛。
正面から戦って勝つのは難しい。
でも、だからって負けてやる理由にはならないわ。
ガーディオは強い。 恐らく、幹部の中でも戦闘力では一、二を争う。
把握している限り、ガーディオの部位は両手足に口の中。
以前居た使徒によれば唾液腺?というらしい物だ。
それに加えて多種多様な魔法道具で力を底上げしている。
対するあたしは爪、目、足、肺の四つ。
恐らくこちらの手の内は全部知られている。
ガーディオは元々あたしの教育係で、付き合いも長い。
もう、不利な要素しか見当たらなくて泣けてくるわ。
「だんまりか。 周りも盛り上がっている事だし、さっさと片づけてアルグリーニの加勢に行かねえとなぁ!」
ガーディオは言い終わると同時に跳躍。
あたしは足に意識を集中。 動きをしっかり見ないと不味い。
空中のガーディオの腕が炎に包まれる。
「消し飛べオラぁぁぁ!」
腕から火球が飛び出す。
あたしは後ろに小さく跳んで最小の動きで躱す。
これは牽制。 怖いのはここからだ。
身を沈めて体勢を低くしつつ、足を活性化させて高速移動。
同時に頭の上を熱い何かが掠める。
ガーディオの腕だろう。
あいつの基本的な戦い方は両手足の能力を活かした物だ。
方法としては腕から火球を放つか拳に炎を纏って殴りつけると単純だが、問題は足にある。
空中で足から小規模な爆発を起こして体勢を変えたり、移動に使用して襲いかかって来るのだ。
速いが見切れない程じゃない。
だが、本当に厄介な所は連続でそれをやるので移動の軌道が読み辛いのだ。
呆けていると一瞬で死角に入られて殴り殺される。
だから、目を放す訳には行かない。
視界の隅でジェネットがシグノレと戦っているのが見える。
耳が拾う音から他の味方も同様に戦闘を繰り広げているのが伝わり、助けが期待できないと言う事を確信。
甘えは捨てて覚悟を決める。
「ほー。 躱すじゃねぇか」
「何とかね!」
これでも何度も見ているんだ。
数回ならなんとか躱せる。
あたしは言い返しながらも爪を伸ばして斬りつけるが、躱されて蹴りが飛んできた。
動きが完全に見切られている。
腕で防御しながら肺で生成した麻痺毒を息に乗せ、吹きかけるとガーディオは舌打ちして口元を押さえながら後ろに下がった。
あたしも同じように下がって距離を取る。
防御した腕を見ると完全に焼け爛れて、凄まじく痛い。
当たっただけでこれとかホント冗談じゃないわ。
懐から魔法薬を取り出し、口で瓶を開けて振りかける。
傷がゆっくりと癒されるが、完治には少しかかりそうだ。
「ガーディオ! あんた本当にこれでいいの!? 強くなるって言ってたけど、このままだと使い潰されて終わるのよ!」
テュケの連中にいいように使われて終わるのがあんたの生き方なの?
あたしは諦めきれずにそう言うが、ガーディオは鼻で笑う。
「そりゃ、アスピザルに付いた所で同じだろうが。 奴に何を言われたかは知らねーが、それが本当だという保証が何処にある? だったら、自分に都合の良い方に付いた方が気楽だろ? 俺は連中がくれる力に興味があるし、お前は奴の話が気に入ったから乗った。 お互い別の相手に付いた以上はこうなるのは当たり前だろうが。 俺をどうしてーかは知らねーが、萎える真似してんじゃねーよ」
…ダメだ。
説得は無理だ。
話を通したければ倒すしかない。
できるの? あたしにガーディオを倒す事が。
あたしは内心で歯噛みして余計な考えを振り払う。
まずは自分が生き残る事を考えないと。
ガーディオは話は終わりだと言わんばかりに手足に炎を纏わせてあたしに向かって来た。
 




