252 「不穏」
別視点。
「梓。 時間はそろそろだよね?」
「えぇ。 その筈だけど…」
アス君の言葉に私――夜ノ森 梓は頷く。
今いる場所はシジーロ内にある隠れ家の一つだ。
ベッドが二つと椅子、テーブルがあるだけの簡素な隠れ家で、居るのは私とアス君に石切さんの三人。
石切さんはベッドを占拠して腹を掻きながらいびきをかいて寝ている。
アス君はテーブルに備え付けている椅子に座り、私は向かいで腕を組んで立っていた。
こうなった経緯は街に入る前に遡る。
本来ならローを連れてアス君の実家へ向かう予定だったのだが、先に街に入ったジェルチとジェネットから連絡が入った。 集合前に会いたいと。
訝しみながらも了承した私は内心で、問題が起こったのだろうと考え、ローを切り離す事にした。
内容によっては彼には聞かせない方が良いかもしれないし、適当に理由を付けて別行動を取った私達はこうして隠れ家に集まる事になったのだ。
ちなみに石切さんは目立つので木箱に入って貰い、船で輸送した。
不意に扉を小さくノックする音が聞こえる。
「どうぞ」
私がそう言うと、待ち合わせ相手の二人が入って来た。
同時にアス君が魔法で音が外に漏れないようにする。
振り返ると石切さんも目を覚ましたのか上体を起こす。
「何があったの?」
余計な挨拶は挟まずに私は本題に入る。
二人は顔を見合わせると、ジェルチが小さく頷く。
「…その、本部で集合との事だったのですが、入る前に他の幹部と話をしようとした所、誰とも連絡が取れないのです」
「どういう事?」
時期的にはもう全員が到着している筈だけど…。
「私達にも分かりません。 流石におかしいと思って首領と使徒ヨノモリに指示を仰ごうと思って…」
「君達ってこっちに直の部下って置いてた?」
アス君が口を挟むとは思わなかったので、ジェルチはやや慌てて首を振る。
「いいえ、こっちには…」
隣のジェネットも首を振る。 彼女は移植部位が顔に集中しているのでまともに話せない。
声は出せるが、上手く発音が出来ないという欠陥を抱えてしまっている。
普段は部下かこういう場では仲のいいジェルチが代わりに話すのが暗黙の了解だ。
確かに他と連絡が取れないのは妙だ。
私はアス君の方へ視線を向けると、考え込むように俯いてぽつりと呟く。
「これは気付かれて手を打たれた感じかな」
「そんな! 今まで気付かれないように気を付けて来たじゃない!」
私は思わず声を荒げる。
何の為に今まで……いや、そもそもあの男がどうやって私達の動向に――。
「街にテュケが入っているかは分かる?」
「集会と言う事で何処かから漏れたかもしれませ――何? どうしたのジェネット」
ジェルチが話している途中、ジェネットが肩を小さく叩いて何事かを耳打ちする。
「すいません。 ジェネットがテュケの使徒が入っているかもしれないと言ってます」
「あー……これは何か吹き込まれた感じかなぁ…」
アス君は顔を手の平で覆う。
「これは一度、ローと合流して相談した方がいいかもしれないね。 …その前に、二人に事情を話すよ。 身の振り方を考えて欲しいしね」
そう言うとアス君は私の方を見る。
説明しろって事ね。 えぇえぇ、やりますとも。
私は二人にこの先の事と私達の目的を話した。
前首領の排除とテュケとの縁切り、その段取りと動機、その為に用意した協力者であるローについて。
二人は黙って私の話を聞き、終わったところでジェルチがぽつりと聞いてきた。
「返事をする前に聞かせて欲しいのですが、この反乱が成功したとして、首領や使徒ヨノモリは今後この組織をどう動かしていく気ですか?」
…確か彼女は…。
ジェルチは部下をかなり大事にしている。
この決断は預かっている部下の今後も左右するのは間違いない。
質問するのは当然だろう。
「やる事はそんなに変わらないけど、規模の縮小かな。 今まではテュケの後押しで活動していたと言えば聞こえはいいけど、やっている事は彼等の技術の臨床実験だ。 そう言う事はもうやらずに、手元にある技術を自分達なりに研究して、それを組織に還元していく形にしようと思っているんだ」
アス君はそう言うと小さく笑みを浮かべる。
「例えば、悪魔の部位移植も能力等を制限して簡単に移植できるようにするとかね。 皆も知っているかもしれないけど手足や部位の欠損は魔法で治療できるけどとんでもない金額を要求される。 それよりも安価で安全な手足として移植したり、あとは低級の悪魔を労働力として使役するとかかな? ぱっと出て来るのはそれぐらいだけど、危ない事はなるべく避けていけば部下の死亡率もぐっと下がると思うし、時間はかかるけど組織としてはかなり健全になると思うんだ」
そこまで言ってからどうかな? と私達に尋ねるような表情を浮かべる。
「それは本気で言っているのですか?」
「少なくとも僕は本気だよ」
ジェルチは小さく頷く。
「分かりました。 首領と使徒ヨノモリを信じます。 ジェネットはどうする?」
話を振られたジェネットも同様に頷く。
それを見て私はほっと胸を撫で下ろす。
良かった。 状況に不透明な物がある以上、味方は多いに越した事はない。
「ありがとう。 僕としても君たち二人が賛同してくれるのは助かるよ。 じゃあ、皆の気持ちが一つになった所で、今後の動きについて話そうか?」
各々頷くが後ろの石切さんだけ再び寝入ったようで、いつの間にか寝息を立てていた。
「ここがシジーロかぁ」
僕――ハイディはそう呟いて街の景色に思わず見入ってしまった。
石畳の道。 流れる運河。 そして行き来する船。
流石はウルスラグナ南部でも有数の大都市だ。
…聞いた話では移動は船を使うのが良いと聞いたけど…。
辺りを見回しながら僕はここに着くまでの経緯を思い出していた。
あの後、ウルスラグナを離れた僕はローの足取りを追って南を目指したのだけれど…。
流石に広い国内で人一人を見つけるのは難しい。
最初に訪れたクヴァッペ湖で話を聞くとそれらしい人物が訪れたという情報があった。
どこへ向かったかは分からなかったが、国内を南下しているのは確かだ。
聞いた話を総合すると、滞在期間は一日と言った所か。
サベージが居るにしてはゆっくりだけど同行している人物がいると言う事を考えると、そこまで不自然じゃない。
でも、僕が移動するよりずっと速いのは確かだ。
このまま後を追うだけでは追いつけないと判断した僕は立ち寄りそうな場所を事前に調べて先回りする事を決めた。
ウルスラグナ南部で有名な名所や大都市。 加えて、確実に先回りできる場所。
場所は南端に近ければ近いほどいい。
ローはあちこちに寄り道しながら動いているようだから離れていればいるほど、真っ直ぐに向かう僕が先回りできる可能性が高くなる。
そうなると候補は一つ。 最南端のディペンデレ領、シジーロ。
南部で最も遠く、有数の名所にして大都市。
来なかった時の事は考えない。 先回りできたと信じてここで待つ。
まずは冒険者ギルドで、認識票の更新と依頼の確認。
腰を落ち着ける必要があるので、どういう依頼があるのか調べるのと武器屋と長期間部屋を借りれる宿と――。
この街でやる事を頭の中で並べながら街を歩く。
それにしても凄い街だ。
聞いた話じゃ大きな川の上に作られた街だけあって、あちこちが運河で入る時も出る時も大きな橋を渡らなければならない所も珍しかった。
これまで様々な街や村を見て来たけど、ここほど美しい街並みは見た事がない。
恐らく、建物も道も全てが同じ石材で作られている事もあって、街全体が一つの芸術品にも見える。
…ギルドに行く前に少し歩いてみて回ろうかな?
「つ、疲れた」
気軽に歩き回るような場所じゃなかったよ。
似た造りの建物が多い上に入り組んでいるからあっさり迷子になってしまった。
何とか船着き場を見つけて冒険者ギルドの近くまで乗せて貰い、到着した頃にはすっかり遅い時間で、人通りもまばらだ。
ギルドの中も同様でほとんど人が居らず、数人が依頼の確認をしているだけだった。
僕も壁に貼られた依頼の紙を確認すると、人の居ない理由が良く分かる。
大半が荷物の積み下ろしや船の護衛等で、基本的に昼間だけだ。
仕事がない以上は冒険者も足を運ばない。
僕はなるほどと頷いて、受付へ向かい認識票の更新を申請する。
待っている間、受付のお姉さんに宿の場所を尋ね、ちょっとした世間話で時間を潰す。
手続きが終わった後、ふと気になって聞いてみる事にした。
「あの、この街にローと言う冒険者が来ませんでしたか?」
…と。
正直、そこまで期待はしていなかったが、帰ってきた答えに僕は目を見開いた。
「その方なら昨日来ましたよ」
僕はそれを聞いて思わず固まってしまった。




