250 「水街」
10/10 レビュー二つ目を頂きました。
本当にありがとうございます。
今後も頑張っていくのでよろしくお願いします!
水の流れる音があちこちで聞こえる。
日差しは強いが、周囲に水が多い所為か比較的涼しい。
周囲は建物も地面も全て石造りだ。
使用した石材が同一なのか色がほとんど同じなので、遠くから見ると一つの巨大な建造物にも見える。
その街の一角を俺は一人、ぶらついていた。
アスピザルは集会の段取りと転生者との面会の調整を行うそうで、準備が出来たら呼ぶから街で遊んでいろと言われ、俺はこうして観光という訳だ。
取りあえず、ここにも冒険者ギルドがあるらしいからプレートの更新をやって、適当に見て回るつもりだ。
宿は夜ノ森が手配してくれているようで心配しなくていい。
俺は出番が来るまで適当に時間を潰していればいいと気楽な物だ。
名物の小舟で移動してもいいが、特に明確な目的地がないので石畳の上を歩いていたのだが…。
…道が細いな。
移動のほとんどを船に頼っているので、徒歩での移動は余り推奨されない。
そもそも橋の延長として作られた街なので、道や建物は後付けだ。
結果、スペース等の問題で道が細くなってしまったらしい。
広い道なら人が二、三人が通れるぐらいで、細い道だと一人がやっと通れる物になる。
しかも細い路地が多くかなり入り組んでおり、初見は迷いそうな感じだ。
かく言う俺も正直どこを歩いているかさっぱり分からん。
西側から入ったんだが、移動した距離を考えればそろそろ街の中央付近の筈だが…。
冒険者ギルドってどこだ? 中央の辺りと聞いていたが見た目が同じ建物が多すぎてわからん。
普段なら適当に金貨をちゃらちゃらさせて人気のない所を歩いていると親切な人が記憶と有り金を分けてくれるんだが、そう言った輩も湧いてこない。
治安が良すぎるのも困った物だな。
これは素直に聞いた方が良いかもしれん。
周囲を見回すが、人は運河を行く船上にしか見えず、歩いている奴が一人も見当たらない。
…これは困ったな。
誰か居ないかなと歩いていると……見つけた。
全身鎧の騎士っぽい奴が歩いているのが視界に入る。
俺はそいつに近づいて声をかけた。
「すまない。 少しいいかな?」
「ん? 何だい?」
振り返った男はグノーシスの聖殿騎士だった。
ここ最近はどうも縁があるな。
「冒険者か? 見ない顔だけど、他所から来た人?」
「そんな所だ。 悪いんだが、道に迷ってしまってな。 冒険者ギルドの場所を教えてくれると助かるんだが…」
「あぁ、そう言う事か。 構わないよ。 俺も用事があったから一緒に行こう」
「助かる」
俺は礼を言って歩き出した聖殿騎士の背を追う。
どうも俺が案内を頼んだ聖殿騎士は中々、お喋り好きだったようだ。
名前はエイデン。 エイデン・アル・サンチェス聖殿騎士。
この街の教会が人員不足になったので少し前に派遣されて来たらしい。
最初は街の入り組んだ地形に苦労したが、慣れると面白いとこの街の魅力をたっぷりと語ってくれた。
美味い飯屋や歩き方のコツ、武器屋等の店舗と船の使い方。 知識をひけらかすタイプかと思ったが、話が上手で要点を押さえた説明は分かり易く、純粋にそう言う事が好きな奴なんだなと理解した。
結構、為になる内容の話だったので真剣に聞いてしまったじゃないか。
どうも俺は奥まった所まで来てしまったようでギルドまでは少しかかるようだ。
街の事を話し終えると、話題はお互いの事へと移行した。
「ギルドで依頼をこなしながら気ままな一人旅! 大変そうだけど、面白そうだな!」
「路銀さえ何とかなれば気楽な物だ」
「そうかぁ…俺も聖務であちこち飛び回れるかと思ったけど、国の南部を行ったり来たりなんだよ。 だから北の方は良く知らないんだ。 良かったら面白い話や珍しい物があるのなら教えてくれよ!」
エイデンは好奇心に目を輝かせている。
俺は少し考えて話しても問題なさそうな物を選んで話す。
当たり障りのない物ばかりだったが、中々好評だった。
中でも闘技場とダンジョン、それに大瀑布の話が好評で、その件は根掘り葉掘り聞かれてしまい少々閉口する羽目になった。 随分と好奇心が強い。
正直、こういう手合いは冒険者の方が向いていると思うが、なんでまた聖騎士なんかになったんだ?
疑問をそのままぶつけるとエイデンは少し照れたように笑う。
「いや、最初は冒険者やろうって思ったんだけどな。 ウチの姉さんが安定しない職業を嫌がってこうなった」
…姉ってお前…。
姉がダメって言ったから止めたのか?
自分の人生なんだから自分で決め――まぁ、言う通りにするのも本人の決断か。
多少引っかかったがスルーした。
「何だ? 家族を養っているのか?」
「いや、そう言うんじゃないんだが…」
まぁ、客観的に見ればいい姉なの…か?
弟に良い職に就いて安定した生活を送れるように勧める。
本人が納得しているのなら悪くない関係とも言えるな。
「…で? その姉ってのはどんななんだ?」
会話の流れでつい俺はそんな事を聞いてしまった。
失敗した事を悟ったのに要する時間は一秒にも満たなかったかもしれない。
「姉さんの事!? しょうがないなぁ~。 歳は二つ上なんだけど――」
その後、ギルドに到着するまで延々と姉自慢を聞かされる羽目になった。
微に入り細を穿つを地で行くその語りは、エイデンの姉の魅力を余す事なく表現した。
顔つきや性格に始まり、先輩聖騎士として尊敬できるだのなんだのと――終わった頃にはそうかと頷く事しかできなかった。
正直、お前の姉がどんな女神だろうが心底どうでもいいと言ってやりたかったが、案内して貰っている手前、そこはぐっと我慢した。
しかもこいつ、話の要点押さえるのが上手いから変に頭に残るのが若干癪だったが…まぁ、いいだろう。
何だかんだで目的地が見えて来たんだ。
この時間も必要経費と割り切ればどうって事はない。
…それにしても分かり辛い。
建物の形や色がほとんど同じなので見分けがつかないな。
そのギルドも申し訳程度に看板が付いているだけで、デザイン自体は他とそう変わらない。
本当に不親切な街だ。
中は王都の本部程ではないが人が多く、壁の依頼の概要が書かれた紙を見ている者や併設されている酒場で飲み食いをしている者達で賑わっている。
俺は壁の紙に目を向けると、ほとんどが似たような感じで船の護衛兼荷物運びだ。
エイデンの話だと護衛はおまけみたいな物でどちらかと言うと荷運びや雑用がメインで呼ばれるらしい。
この手の仕事は需要がかなりあるらしく、この街の冒険者の主な収入源だ。
今の所は金に困ってないから請ける必要はない。 用事もプレートの更新だけだしな。
「依頼を請けるのか?」
用事を済ませたらしいエイデンが寄って来る。
俺は首を振る。
「いや、プレートの更新だけだ」
「そうか、もし時間があるのなら俺の依頼を請けてくれないか?」
「内容次第だ」
…で、これか。
・雑用手伝い。
教会で必要な薪割りや清掃、食事の配膳。
本日限り。
報酬の額を見ると……まぁ、よっぽど暇な奴しか請けんなこれは。
「頼む! 人手が足りないんだ!」
聞けばエイデン達は最近この街に派遣されて来たらしい。
その際に入れ替わりで結構な人数が抜けたようで、色々と手が回らなくなったと言う訳だ。
「補充の神父や修道女が明日には来るから今日だけでいい! 何とか都合付かないか…?」
ちなみに報酬はエイデンが自腹を切って用意したらしい。
その様子だと、依頼の発行も独断か。 何とも泣ける話だな。
正直、面倒そうなので断ろうかとも思ったが、それをやると案内人が居なくなる。
「そ、そうだ。 請けてくれたら飯を奢るよ!」
俺が難色を示していると悟ったのか条件を上乗せする。
「…それは好きなだけ食ってもいいと解釈しても?」
そう言う事なら話は別だ。
「あぁ、あんまり余裕がないから一食だけで勘弁してくれよ」
「構わないとも。 そう言う事なら請けよう」
「ありがとう! 本当に助かる」
…どういたしまして。
さ、食事に行こうか。
「…………報酬をケチるような真似をした罰なのかこれは…」
エイデンは呆然と空になった自分の財布を見つめて歩く。
うん。 悪くない味だった。
案内された店で好き放題注文して食事をしたのだが、途中でエイデンが泣きながら勘弁してくれと言って来たので途中で切り上げて、今は教会へ向かっている所だ。
…ツケが利く店で良かったな。
「さっき言っていた急な派遣と言うのは?」
途中、黙って歩くのもなんなので気になった事を質問する。
グノーシスの情勢に関わる事なら触りだけでも知っておきたい。
「…え? あ、あぁ、北の方から来たんだったら知ってるかもしれないけど、少し前にウィリードって言う街の拠点が襲われてな。 大量の死者が出て、それで急な異動と調整であちこち大忙しだよ。 …ただでさえ、オールディアの一件でゴタついてて、それが落ち着いた矢先にこれだからな…」
後半愚痴っぽくなっていたが、理由は良く分かった。
つまり俺の所為か。 そりゃすまんな。
悪いとは欠片も思ってないが。
そんな理由でエイデンは上司である姉に帯同する形での着任のようだ。 そういえばさっき言ってたな。
ここは支部としてはそこまで大きくはなく、聖騎士と神父等の非戦闘員を含めても百人いるかいないかぐらいの数だそうだ。
そんな中で街の巡回や布教活動に加えて教会に併設されている孤児院の面倒まで見なければならないのだから人手が圧倒的に足りんらしい。
死亡率が高いこの世界には孤児が多く、グノーシスはそう言った子供達を引き取って育てているとの事。
…育てているねぇ。
クリステラの例を見る限り、洗脳の間違いじゃないのかとも思うが実際の所はどうなんだろうな。
その答えは直ぐに出そうだ。
視界の先に見えて来た教会を見てそう思った。




