24 「氷結」
塀だけかと思ったが立派な門まで付いてるとは…。
俺は目の前の門を見上げる。
真っ白でちょっとした清潔感すら感じさせるな。
「正面から行くのはまずいよ。せめて何か策を…」
「ハイディ。お前は裏から回れ。俺はこのまま突っ込む」
俺はハイディの言葉を無視して指示を出す。
お前が居るとやりにくいんだよ。
もう、言ってしまうと邪魔なのでその辺で隠れててくれないかな。
「でも、ズーベルが何かしらの罠を張ってるかもしれないんだろう?」
ふむ、食い下がるな。
どう動かしたものか…。
…これで行こう。
「ここに来るまでに考えたんだが…もしかしたら、ファティマはズーベルに脅されているのかもしれない」
「何だって!?」
「考えてみろ。あの奥ゆかしいファティマがこんな大それた事をするだろうか? いや、しないだろう」
奥ゆかしい? 自分で言っといて何だが、鼻で笑いそうになる。
ハイディは考え込むように俯く。
もう一押しだな。
「きっと優しいファティマはズーベルに反対したのだろう。そのせいで、もしかしたらここに囚われているのかもしれない。…そこでお前の出番だハイディ! お前が彼女を助けるんだ。そして、皆でズーベルを追いつめて罪を償わせよう!」
…まったく。こんなセリフを本気で口にできる奴の気が知れんな。
まぁ、ズーベルには死で償ってもらうがね。
「そうか…その可能性があったか…」
ねーよ。
「分かった! 僕は裏から回ってファティマを探してみるよ」
「頼んだぞ! お前が頼りだ」
「任せてくれ! 君も無理はしちゃだめだよ!」
ハイディはよしと気合を入れると走っていった。
…ちょろ過ぎて悲しくなってくる。
お前、そんなだから俺みたいな奴に体取られたんだぞ…。
全部片付いたら、何かしら警戒心を煽るような事を含んどいた方がいいかもしれない。
さて、あの様子だと監禁に適した場所から虱潰しに行くだろう。
これで時間が稼げるな。
…にしても鼻先でこれだけ騒いでも反応がないとは…どうなっているのやら。
軽く門に触れてみる。
冷たい感触が手に伝わる…が、これは鉄じゃないな。
氷だ。
…もしかしてこれ全部氷か?
見た感じ塀から門まで全て氷のようだ。
じゃあ、炎系統で吹っ飛ばせばいいか。
門から手を放そうとし…おや、離れないな。
触れた個所がくっついて離れない。
「ふんっ」
皮ごと剥がした。
ハイディが居なくてよかった。
傷を修復し、気を取り直して爆発Ⅱで門を吹っ飛ばした。
…この魔法便利だな。
大抵の奴は一撃で殺せるか行動不能にできる。
威力と指向性を弄れば加減して生焼けにできるしな。
俺は門があった場所を通り敷地内に入った。
何が出るやら。
門を通って敷地内に入る。
中は見た感じ記憶の通りだな。
庭園、屋敷…特に変化なし。
…で。目の前のこいつも記憶通りだな。
鼻先で騒いだんだ、そりゃ出てくるか。
「お久しゅうございます。ロートフェルト様」
目の前の女――ファティマも記憶通り温度を感じさせない目に鋭利とも取れる美貌。
前世なら緊張してアホみたいな事を口走っただろうが、今の俺にはこいつは昆虫の類にしか見えない。
何を考えているのかさっぱり分からない。
「やぁファティマ。私も会えて嬉しいよ?」
とりあえずロートフェルトっぽい口調で対応する。
…というか、今の俺を見て何か言う事はないのか? 随分と変わったんだが…。
まぁ、いいか。
「ところでズーベルは居るかな? 彼に話があるんだ」
どちらにしてもこいつは後だ。
まずはズーベルを殺そう。
「そんな事どうでも良いではありませんか? 色々と苦労されたのは存じております。ですが、これからは私が居ます。2人でオラトリアム家を立て直しましょう」
ファティマは頬を染めて笑みを浮かべる。
笑み!? 表情が変わったぞ感情を出さないタイプなんじゃ…。
…いや、そんな事よりいきなり何を言ってるんだこの女は?
最初は言い訳か何かを言い出すのか思ったが、家の立て直し?
表情に動揺の類が一切ない。微笑んでるだけだ。
元々変化に乏しかったが、これは本気で言っているとしか…。
「その前に私との婚姻が先ですね。盛大に式を挙げましょう。その後は…そうですね。跡継ぎを作りましょう。ロートフェルト様がお望みなら私は何人でも産んでみせますよ?」
………。
どうしよう。ちょっと何を言ってるか分からないです。
何だか寒気がする。
こいつから始末してもいいが、ハイディの事もある。
有罪確定するまでは後にしたいんだが…。
一応、聞いてみるか。ついでに威圧する意味でも口調を戻す。
「ふざけるなよ? お前がズーベルと組んで俺を殺そうとした事は分かっている。そんな奴と結婚? 冗談じゃない」
「あぁ、その事ですか? 協力はしました。ですが、ロートフェルト様を傷つけないという条件を出したうえでの協力でしたよ?………このような結果になり私も残念です。所詮、欲に目が眩んだ畜生。人の言葉を理解できなかったようですね」
…この女、あっさり認めやがった。
だが、目的は何だ?
ズーベルの目的は俺の排除だろう。
それに便乗したって事はこいつの目的も俺の排除…か?
なら、俺を生かしておく事のメリットは何だ?
わざわざ、条件まで付けて俺を生かそうとしたんだ。
…何かあるはず…。
俺は内心で首を振る。
この女が何を考えているのか分からんが、ズーベルの片棒を担いだんだ。
それだけ分かれば充分だ。有罪だな。
「…そうか。残念だよファティマ。お前は俺を裏切った訳だ。報いを受けろ」
会話に付き合うのも面倒だ。それにこの女…ぶっちゃけると気持ち悪いから殺したい。
ハイディが戻る前に殺してしまおう。
俺は腰のマカナを引き抜いてファティマの脳天に振り下ろす。
「まぁ、怖い」
マカナは狙った場所に当たらずに少し手前の地面を抉った。
目測を誤った訳ではないが…。
右足を見る。
凍り付いて地面に固定されていた。
いつの間に…。
「お怒りはごもっともですが、話を…」
俺は無視して強引に足の拘束を外す。
靴底と足の皮ががっつり剥がれて血が出たが些細な事だ。
足りない間合いを詰める。
流石に拘束を剥がされたのは予想外だったのか、眉が少し動く。
俺が再度振り下ろしのモーションに入るよりファティマが手を翳す方が早かった。
魔法か? 今更遅いんだよ。
遅くなかった。
次の瞬間、俺は吹っ飛ばされていた。
地面を派手に転がって止まる。
何をされた?
喰らった感じ、衝撃波か何かか?
そういえば風系統であったな。風の塊ぶつけて吹っ飛ばす奴。
威力出ないから俺は使ってないが。
「随分と無茶をなさいますね?私にロートフェルト様を傷つけるつもりは…あら?」
ファティマは不思議そうに俺を見ている。
何事もなく立ち上がった事に驚いてるのか?
あぁ、足が治っている事が不思議なのか。
…しまったな、うっかり直してしまった。
まぁ、いいか。
どうせ殺すし、見られても問題ないな。
マカナを構える。
それを見てファティマは小さく溜息を吐く。
「どうあっても私の話を聞いて頂けないのでしょうか?」
「寝言は寝て言え」
お前の話なんて聞きたくもない。事情は脳に聞いてやる。
俺は再度突っ込む。
ファティマは手を翳す。
また、衝撃波か。
もうそれは見た。
俺は事前に詠唱を終えた爆発Ⅲを発動。
爆炎がファティマを呑み込む。
少なくともダメージは入っただろうが俺は油断せず、追い打ちをかけるべく間合いを詰める。
何らかの手段で防いだとしても、間合いを詰めればあの女は何もできなくなる。
魔法の弱点は詠唱時間だ。
前衛を連れずに来た時点でお前の…。
「がぶっ」
壁のような物にぶつかって変な声が出た。
壁!? 障壁か?
俺は崩れた体勢を立て直す。
「…何だそりゃ」
思わず呟く。
爆炎が晴れ、ファティマのいた場所に…妙な奴がいた。
一言で言うなら氷の騎士だ。
全長5~6mで甲冑のようなデザインの氷の塊が、長槍と円盾を装備している。
盾は装備した腕ごとかなり溶けているので魔法はあれで防いだのだろう。
いや、本当に何だこいつ?
魔物…ないな。デザインが無機質すぎる。どう見ても人造物だろ。
ゴーレムって奴か?でも、あれってかなり使い辛い代物って話じゃ…。
魔道人形。
魔法で動作する傀儡だ。
作成自体の難易度はそう高くない。
適当な素材で形、関節等の稼働部分を作る。
命令を受信するための魔石を仕込む。
以上だ。
後は魔力を送ると魔石が自動で全身に魔力送り込んで動いてくれる。
動かすだけならそれで問題ない。
さて、では何が問題なのだろう?
答えは燃費と制御だ。
まずは燃費。
ゴーレムは動いている限り魔力を消費する。
つまりは使用している限り恒常的に魔力を持っていかれる訳だ。
普通にやれば、あのサイズなら並以上の魔力量のメイジが全力を振り絞っても10分保たないらしい。
残念ながら俺の記憶でも使った事がある奴は居ないので100%鵜呑みにはできないが、概ね正しいと考えよう。
ちなみにだ。
魔法で簡易な人形を作って即戦闘に投入する。
サイズを抑えて魔力の消費量を抑える。
魔石をバッテリー代わりに仕込んで動かす。
…などのアイデアがあったがどれも没になったらしい。
理由は…。
即席人形…形状を維持するのにも魔力を喰うので結局加工した方がまし。
サイズを抑える…概ね成功したが根本的な燃費の解決ができておらず「大きいよりまし」レベル。
バッテリー…内蔵すれば解決するが、高密度の魔力を内包できる魔石は貴重品なのでコスト面で問題あり。
そして、もう1つの問題は…。
「お見事です。今のは中々肝が冷えましたよ? ですが、いつの間に魔法を覚えたのですか?」
ファティマの声で思考を戻す。
「こっちも驚いたな。そいつは何かな? 見たところゴーレムか何かに見えるけど?」
「あら? ゴーレムをご存じなんてロートフェルト様は博識ですね」
おい、ハイディ。お前、婚約者に物知らずと思われてるぞ。
「お察しの通り。彼らは私の作り出したゴーレム。そうですね…氷人形とでもしておきましょうか」
ああ…やっぱりゴーレムなのか…。
…ところでファティマの言葉に不穏な単語が混ざってたんだが…。
「彼ら?」
ファティマは笑みを浮かべる。
うわ、また笑った。記憶にないぞあんな顔。
「ええ。彼らです」
俺がまともだったら血の気が引くような光景が目の前に広がった。
目の前のゴーレムと同じ奴がファティマの後ろの空間からいきなり現れた。
どう見ても10体以上いるな。
現れ方から察するに魔法で隠していやがったのか。
まったく分からなかったな。
隠蔽系の魔法は見破るのが難しいのは知ってたがここまでとは…。
うーむ。これはハイディと合流して逃げた方が…。
ちらりと入ってきた門を見る。
「そんなつれない事をなさらないでください」
門の周囲にでかい犬の形をした氷のゴーレムが数体現れていた。
…こうなるよな。
奇襲のつもりが蓋を開ければ待ち伏せされてましたって落ちか…。
…この展開もう何度目だよ。
俺は内心で溜息を吐いた。
主人公は学習しない…。




