246 「手掛」
9/29 いつも読んで頂きありがとうございます。
ついに初レビューを頂きましたので、喜びを表現する為に不意打ちで投稿してみました。
本当にありがとうございます。
別視点。
季節は流れる。
寒い冬は終わり、春が来たかと思えば最近は少し暑くなってきた。
風は熱を孕み、日差しは強くなる。
僕――ハイディは額の汗を拭いながら道を歩く。
ここ最近は少し忙しく、慌ただしい日々を送っていた。
階級が赤に上がったお陰で、仕事を探すどころか逆に振られるようになってしまったからだ。
やはり赤の肩書は大きいみたいで、商人の護衛、魔物退治だけでなく階級の低い冒険者達の指導なんて物もあった。
どうも僕の指導は評判が良かったらしく、最近は高い頻度で振られ、もうすっかり顔が売れて道で冒険者とすれ違うと声をかけられてしまうようになってしまったよ。
…恥ずかしいから勘弁してほしいんだけどな。
最近は貯金も増えて来たので、生活にも余裕が出て来た。
今までは武器と消耗品の使用や交換で、割と厳しかったのだけど青の上位に上がってからは少しずつではあるけどお金が溜まっていき、今ではそこそこの贅沢をしても問題ない。
お陰で、仕事終わりに少し高いお店でご飯を食べられるようになったぐらいだ。
今日の仕事は近隣の村を回っている商人の護衛だった。
数日かけて村々を回り、少し前に最後の村を回り終えたので王都へ帰るところだ。
特に問題もなく終わり、僕は気分良く伸びをして道を歩く。
依頼人の商人とは最後の村で別れて、今は一人だ。
足取りは軽いけど、時間がかかるのは少し面倒だと思う。
そう考えるとサベージに乗っていた頃が懐かしい。
あの風を切って進む快適さは一度味わうと忘れられないなぁ。
サベージ…どうしているのかな? ローと合流できたのだろうか?
そんな事を考えたけど、最近は益体もないなと考えてしまう事が多くなってきた。
僕にとってそれが良い事なのか悪い事なのかは分からない。
ローとサベージとの旅が夢なんじゃないかと思う事すらある。
彼等との日々が新しい日々の記憶に塗り潰されて行く。
少し前はそれは悲しいと感じていたけれども、今はそれも薄い。
いい加減、吹っ切った方が良いのかな。
そんな事を考えていると遠くに王都の巨大な姿が見えて来た。
数日振りに戻った王都は変わらずに賑わっており、変化のない日々を象徴してるかのようだ。
例の旧貧民街の復興も進んでおり、工事などで雇用も増えた。
結果的にではあるが、それで生活が助かった人が居る事も事実だ。
物事は単純じゃない。
あの事件で僕はローを失ったけど、代わりにこの街で生活の基盤を得た。
今では赤の冒険者だ。
受付のお姉さん曰く、二級への昇格も近いと聞いた。
これでいいのかもしれない。 何だかんだで僕は上手くやれている。
そうだよね。 それが――。
「ハイディさん! 大変よ!」
僕にそう言ったのはいつもの受付のお姉さんだ。
依頼完了の報告にギルドを訪れた僕を見るや開口一番それだった。
彼女とは何だかんだで付き合いも長くなってきたので、少し砕けた感じで付き合ってきてはいるのだが、こんな反応は初めてだ。
…何があったんだろう?
緊急の依頼かな?
以前にウルシダエがかなり多く現れた時は散々引っ張りまわされたなぁ…。
他の冒険者と合同での討伐や下位の支援等、一時期は出ずっぱりと言った感じだった。
忙しかったけど反面、報酬が良かったので結果的にではあるけど懐が温まったので痛し痒しだ。
今回もそう言った依頼なのかなと身構えるが、彼女の口から出た言葉に僕は硬直した。
「ローさんがここに来たわ」
一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
ローが来た? え?
その言葉を僕の頭が理解したと同時に彼女に詰め寄っていた。
「い、いつ?」
「二日前の夜に認識票の再発行に来たそうよ」
通常、冒険者の個人情報は他者には明かさない。
例外は国やグノーシスの要請、それと仲間には公開する事が許されている。
僕は事前にローの事を伝えておいて、訪れる事があれば教えてくれるようにお願いしていたんだけど…。
「間違いなく本人なの?」
「私が受け付けた訳じゃないから言い切れないけど、手続きに不備はないし、容姿も聞いてた特徴と一致したそうよ」
「彼はなにか依頼を?」
「いえ、再発行だけを済ませてすぐにギルドを出たそうよ」
僕はお礼もそこそこにギルドを飛び出した。
二日。 探すには厳しい時間だけど、滞在しているのなら…。
最初に向かったのは宿だ。 来たのは夜と言う事は間違いなく宿を取っている筈だ。
幾つか宿を回ったけど、それらしい人物の情報はなかった。
本当に彼が来ているのならサベージを連れていると思うんだけど…。
地竜は目立つ。 ローがサベージを連れているのならちょっとした騒ぎになるのは間違いない。
僕は全力で走って街の出入り口である門へ向かう。
出入りしているのなら間違いなく門を通っている。
門に詰めている警備の騎士に聞けば誰かは彼が通った事を覚えているかもしれない。
片端から回るつもりだったけど幸いな事に二ヵ所目で当たりを引いた。
聞けば背に巨大な武器のような物を背負っていたので印象に残っていたそうだ。
出たのは南門。 彼らしき人物は昨日の朝早くに王都を去ったらしい。
だが、妙な点がいくつかあった。
まずは地竜を連れていなかった事、これはサベージと合流できなかったと考えればいいけど、少し引っかかる。
もう一つが連れが居た事。 片方は大柄の全身鎧を着た人物ともう一人は小柄な少年とも少女ともつかない人物だったらしいけど…。
僕の知る限りローは人付き合いの得意な方では――いや、人との付き合いに抵抗を覚える性質だ。
それが他人と行動を共にしている?
俄かには信じがたかった。
少なくとも僕の知っているローの人物像とはかけ離れているからだ。
あれから随分と時間も経っているから心境に変化があったのかもしれないけど……。
見た目の特徴は一致するし、認識票の事を考えると他人の空似とは思えない。
…確かめたい。
考えるまでもなかった。
追いかけて彼に会おう。 その後どうするかはその時に考えればいい。
そうと決まれば準備にかかろう。
僕は逸る気持ちを抑えきれずに駆け出した。
僕と言う存在は思ったよりこの街に根付いていたらしい。
離れる際の準備や挨拶で随分と時間がかかってしまった。
幸いにもそれなりに蓄えがあるので路銀には困らない。
ギルドに挨拶をして、宿を引き払う。
後は顔馴染みにしばらく王都を離れる旨を伝え、すべてが終わって出発したのは二日後だった。
地図等も手に入れたし道に迷う事もそうないだろう。
…まずはどうしようか?
方角は南で確定だけど、目的地はどこだろう…。
歩きながら考える。
まず、彼がどういう目的で南を目指しているかだ。
わざわざ認識票の更新をした事を考えると何らかの依頼を請けて、その関係で南に向かっている?
それとも以前と変わらずに旅を続けている?
前者であるのなら明確な目的地がある以上、急がないとすぐに離されてしまう。
後者であるのなら彼の性格上、目を引く場所を順に回っていく筈だ。
そうなると、最初に向かうのは恐らくクヴァッペ湖。
王都の南側で特に目を引く場所だからだ。
僕はよしと方針を定めた。
まずは近場の村で情報を集めつつ湖を目指そう。
到着までにローの情報が入らなければ移動経路を見直せばいい。
後は、可能な限り村を回って聞き込みを行いつつ南下だ。
速さに差は出るだろうけど確実に足跡を探して追いかければ必ず追いつく。
「よし! 行こうか!」
僕はしっかりと地面を踏みしめて歩く足を早めた。
煩わしい。
男がここ数年、常に思っている事はそれだった。
病に侵された身は動く事も叶わず、今では寝台から上体を起こす事すら難しい。
この歳になるまでに山のように金を稼いだ。
手足となる配下も数え切れないほど増えた。
もう生活に何の不足もない――そう思っていたが、どうにもならない事がある事にも気付く。
寿命だ。
日に日に衰えて行く肉体は、魔法道具や魔法薬を湯水のように使用しても死を遠ざける事はできても避ける事が出来なかった。
それを自覚した瞬間に覚えたのは恐怖と焦り。
最初は漠然とした物だったが、意識するとどうにもならなかった。
これだけの物を築いたというのになぜ死ななければならないのだ。
自分が死ねば今まで得た物は被験体に持って行かれてしまう。
冗談ではない。 何であんな小僧に自分の財を持って行かれねばならんのだ。
黙って指示に従っていればいい物を、余計な知恵を付け始めて個人的な配下を作る始末。
気付かないと思っているのか?
男は歯軋りをして息子に憎悪を向ける。
アスピザル。 あの小僧。
折角、使徒として転生させてやったと言うのに――こんな事なら試さずに自分に使うべきだった。
次が手に入り次第回すという話だったというのに、未だに手に入らない。
あぁ、何もかもが上手く行かない。 何もかもが憎い。
自由にならない自分の体が憎い。 力をくれてやったのに自分に反感を抱いている息子が憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
思い通りにならない総てが憎い。
「憎いですか?」
不意に声が聞こえた。
声の方へ視線を向けるが、輪郭しか見えない。
もはや目も霞んで相手の姿をはっきりと捉える事も叶わないが誰かは分かっている。
「あ、あぁぁ」
男の声にならない声を聞いて、気配の主は小さく笑みを零す。
「私達が新たに開発した魔法道具があります。 上手く行けば貴方の悩みはこれで解決できますが、失敗すれば命はありません。 どうしますか?」
迷うまでもなかった。
男は気力を振り絞って手を伸ばす。
「素晴らしい。 望みは薄いですがその低い確率を突破した時、貴方は再び立ち上がれるでしょう」
気配の主はそっと男の枯れ枝のような手を掴んだ。
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