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パラダイム・パラサイト   作者: kawa.kei
9章

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238 「歩寄」

 『……まぁいいだろう。 試用期間を設ける。 それで使えるようなら雇用してやろう』


 少し悩んだ末にそう答えた。

 

 『ほ、本当ですか!?』

 『ただ、使えなければ処分だ。 精々、必死にやると良い』

 『ありがとうございます…ありがとうございます…』


 気が抜けたのかアリクイ女は崩れ落ちて泣き出した。

 それを無感動に眺めつつ嘆息。

 頷いたのには当然ながら理由がある。


 一つは転生者を押さえておきたいという事。

 他の勢力が執拗に集めている事を考えると何か見落としがあるのかもしれない。

 調べる意味でもサンプルを確保しておきたい。

 

 もう一つは割と直接的な理由だ。

 拳を固めた夜ノ森がやや前かがみになっている所を見ると、こいつに何かしたら恐らく攻撃されていた。

 だから誤魔化す意味でもここは頷いておいて、邪魔になればオラトリアムで秘密裏に処分すればいい。


 こいつ程度なら向こうの戦力でどうにでもなるだろうしな。

 見た所、無害そうだし監視を徹底させれば問題はないだろう。

 そんな事を考えて俺は内心で自分を納得させた。





 話が決まれば後は早い。


 オラトリアムへ送り届ける準備と、ファティマへの根回し、その他諸々を済ませてここでのやる事は終わった。

 だが、無駄に時間を喰った所為で移動が一日遅れてしまったな。


 気が付けば時間は夜。

 辺りはすっかり夜の帳が下りており、光源は空からの月光のみだ。

 やる事も無くなって砦の中をぶらぶらと歩いていると声をかけられた。

 

 「ロー君」

 

 振り返るとそこに居たのは夜ノ森だった。

  

 「何か?」

 「いえ、昼間の事でお礼を言っておこうと思って…」

 

 俺は肩を竦める。

 

 「それはまだ早い。 本人にも言ったが、使えなければ処分する。 あのアリクイ女がこちらの管理に移った以上は処遇も一任させて貰う。 言っている意味は分かるな?」

 「…えぇ。あなたに委ねた以上はそちらの流儀に従う。 私は口を挟まない」


 夜ノ森はそれでいい?と付け足す。 俺は問題ないと頷く。

 分かっているのなら結構。

 一々口を挟まれるのも鬱陶しい。 正直、今後は控えて欲しい物だ。


 「…で? 用事はそれだけかな?」


 そんな事を言う為に俺を探しに来たわけじゃないんだろう?

 言外にそう含んで近くの壁にもたれかかる。

 

 「今後の事を考えてお互いにすっきりしておいた方がいいと思って…」


 今一つ意図が分からなかったので首を傾げた。

 夜ノ森は俺の反応で察したのか話を続ける。


 「この際だから正直に言うわ。 私はロー君、あなたが怖い」

 「…特に怖がらせた覚えはないが?」


 むしろいつ寝首を掻かかれるかなんて事を考えさせられるから俺もお前が怖いな。

 

 「あなたは何者なの? 転生者と言っていたけど本当にそうなの?」

 

 俺は肩を竦める。

 一応、そうだがどう言えばこの熊女は納得してくれるんだろうか。

 

 「そうとしか言えんな。 そもそも違うのなら俺はどうやって日本語なんて言葉を覚えたっていうんだ?」

 「それは……そうかもしれないけど、少なくともあなたはアス君とは違う。 ただの人間ベースじゃないのは私にだってわかるわ」


 人間ベースではあるぞ?

 ただ、過程が逆なだけの話だが。

 そこまで聞いて、夜ノ森の意図は何となく掴めて来た。


 恐らく俺が怖いというのは紛れもなく本音なのだろう。

 だからこそ色々知って安心したいと言った考えなのだろうな。

 何となく理解できるが、俺がそれを汲んでやるかは別の話だ。

 

 「俺は人間ベースの転生者で、今はあんた等の敵じゃない。 それ以上の情報が必要か?」

 「っ! だから――」

 「あぁ、言わなくても分かっている。 信用とか信頼とかそう言う類の話だろう? 理解はしているよ。 …ただ、俺達の間にそれは本当に必要なのかと思ってな」

 「…どういう事?」


 夜ノ森の声に困惑が混ざる。


 「言葉の通りだ。 俺達の関係はギブアンドテイクだろう? グノーシスを追い払う事に協力して貰う事と引き換えに組織の浄化とテュケとの縁切りに協力する。 転生者共をどうにかするのもその一環だ。 それが終われば俺は好きにさせて貰うし、あんた等も好きにすればいい」

 「…歩み寄る気は無いの?」

 「充分に歩み寄っているだろう? 今回の一件が片付けばお互い、いい取引相手としてよろしくやればいいじゃないか」

 

 悪いが俺はお前等を信用はするが、信頼はしない。

 別に難しい事は言っていないんだがな。

 要は割り切ったお付き合いをしましょうという話だ。

 

 「そう…それがあなたの答えなのね」

 「最初からそう言っている筈だが?」

 

 何故か夜ノ森は憐れむような視線で俺を見ると踵を返した。

 良く分からんが理解が得られたと言う事でいいのかな?


 「…寂しい生き方ね」


 最後に夜ノ森がそう呟いたのが聞こえた。

 寂しい…ねぇ。

 考えたが特に考えた事も無かったな。


 思う所もなかったので次の瞬間には明日の移動の事へと思考が推移して、夜ノ森の事は頭からすっぽりと抜け落ち、会話の内容も記憶の海へと沈んでいった。

 




 「無事に済んで良かったよ」


 翌朝。

 タロウに跨ったアスピザルが上機嫌でそう言った。

 場所はグラード領の外れ。 次の目的地へ向けての移動中だ。

 

 面子は俺とアスピザル、夜ノ森の三人。

 俺はサベージにアスピザルはタロウに跨り、夜ノ森は徒歩だ。

 夜ノ森は昨日の事を引き摺る物かとも思ったが、彼女なりに折り合いを付けたようで態度は自然だった。

 

 「正直、殺すつもりだったから引き取ってくれる気になったのは意外だったよ」

 「まぁ、どうなるかは本人次第だ。 使えないようなら殺して標本にでもなって貰う」

 

 そう答えたが、その辺見越して俺に投げたんじゃないだろうかと邪推したくなるな。

 梼原はしばらくあの砦に留まり、後日オラトリアムの息がかかった商隊に引き取られて、ファティマの所へ出荷される予定だ。


 動向には注意を払うように念を押してあるので、問題はないだろう。

 食事もしっかり取っているようだったので少しは元気になっていたが、聞けば今まで随分と過酷な食生活を送っていたようで、泣きながら飯を食っていた。


 あのアリクイ女は土の中で穴に入ってくる虫を喰って今まで生き永らえて来たらしい。

 立地が良かったのか定期的に虫が入って来るので、それで飢えを凌ぎ、雨水で喉を潤していたようだ。

 俺も含めて、転生者は燃費が悪い。


 当初は俺も苦労したが、空腹のきつさはかなりの物だ。

 それに耐えて腹の足しにならん虫を主食に生きるとは、そこまでして引き籠りを貫いたのはある意味では大した物だと素直に思った。


 まぁ、今後は改善されるだろうし、オラトリアムで精々頑張ると良い。

 内心でそう呟き、梼原の事は思考の片隅に追いやった。

 考える事は次だ。


 あのアリクイ女が一番大人しいと言う話だから、次はもっと面倒な奴が出て来るんだろうなと考えるとやや気が重い。

 

 「……話は変わるが、次はどこでどんな奴が相手なんだ?」

 「結構、南下する事になるかな? どうだったっけ?」


 アスピザルは夜ノ森に話を振る。

 振られた夜ノ森は小さく息を吐いて捕捉を入れてくれた。


 「正確には南西よ。 かなり外れた場所にあるからそれなりに時間がかかるわ」

 

 聞けばプティート領と言う場所で、この国の外れにあり、敷地の半分が山や森と言う未開拓地だ。

 アスピドケロン大瀑布とか言うでかい滝がある事で有名らしい。 

 裏を返せばそれしか見所がない、田舎の領だ。


 水源が多く、大きな池や川が点在し、金持ちの避暑地としても需要があるらしいが…どうでもいいな。


 「まぁ、人が寄り付かなさそうな場所ではあるな。 …で? 転生者はどんな奴なんだ?」

 

 俺が聞くと夜ノ森は言い難そうに口籠る。

 何だ? 歯切れが悪いな。

 

 「あそこって、大原田さんだっけ?」

 「…ええ。 あの人よ」

 「あー、そっかそっかー。 あの人かぁ、何と言うか…長いようで短い付き合いだったね」


 アスピザルの反応でもうある程度は察してしまった。

 十中八九問題のある奴で、処分する事になりそうな感じだな。

 

 「……どう言う奴なんだ?」

 「大原田(おおはらだ) 敏郎(としろう)さん。 仕事はちゃんとする人なんだけど…その、対価に奴隷を要求する人で…その、えっと…」

 「女の子ばっかり欲しがるんだよね。 有り体に言えばそういう趣味の人だよ」


 …うわ。


 言い淀む夜ノ森の代わりにアスピザルが端的に答える。

 まぁ、分かり易い人種ではあるな。

 裏を返せば扱い易いとも取れる。

 

 明確に欲しがっている物が分かっているのなら餌で簡単に従える事が可能なんじゃないか?

 

 「だったら奴隷を餌にして、自分に付くように要求すればいいんじゃないのか?」 


 考えをそのまま口にするが二人の反応は悪い。


 「一応、説得は試みるけど多分、無理だと思う。 ここ最近、要求が段々とエスカレートしていてね。 こっちが応えきれなくなるのは時間の問題だよ。 奴隷の子も長くは保たないケースが多いし、父がもっと好条件を出すようなら躊躇いなく裏切るだろうしね」


 信用できないって訳か。


 「…それにあんなのを傍においとくと梓が不機嫌になっちゃうし」

 

 そう言ってアスピザルは笑みを浮かべる。

 

 「…アス君…」

 

 夜ノ森が嬉しそうにアスピザルを見る。

 俺は小さく溜息を吐いて視線を逸らした。 

 そう言う仲良しアピールは他所でやってくれませんかね。


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