表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パラダイム・パラサイト   作者: kawa.kei
8章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

227/1442

226 「誰彼」

別視点。

 人間とは善なる者である。

 だが、環境により悪に染まる事があり、非道を行う者達はそれによって悪へと堕落していく。

 少なくとも私はそう教わってきましたし、それを心から信じています。


 堕落を避ける為に我々は「霊知」と言う善にして正しい知識を蓄え、来るべき日に備える。

 グノーシスという組織はそうやって人の世界を導いて来た。

 人は本質的には善なる者なのだ。


 …だが…これは一体何だ?


 脳裏に汚濁の様に流れ込んでくるこれは何だ?

 

 男が居た。 女が居た。 老人が居た。 子供が居た。

 騎士が居た。 聖騎士が居た。 盗賊が居た。 商人が居た。

 ゴブリンが居た。 オークが居た。 トロールが居た。 エルフが居た。

 見た事も無い魔物や種族が居た。


 彼等の終生が叩きつけるように脳裏に瞬く。


 ある男は人から物を奪う事を生業としていた。

 何故なら自分で額に汗して働くより、他者から奪う方が楽だからだ。


 そこに切っ掛けなどなかった。

 彼は子供の頃から他者から奪い、成果をかすめ取る事に快楽を感じている。

 そこに善はなかった。


 ある女は魔法の才に恵まれていたが、それを鼻にかける性格をしていた事が災いして複数の男に乱暴されてしまう。

 その報復として自分に狼藉を働いた男達を魔法で焼き殺した。


 松明の様に燃え上がる男達を見て女が感じた物は悦楽。

 その後、彼女は魔法で人を殺す事に快感を覚えるようになり、止められなくなった。

 切っ掛けこそあったが、そこに善はなかった。


 そんな物が次から次へと湧いてくる。

 中には良き人生もあるにはあったが、多かれ少なかれ負と呼べる黒い物が存在した。

 何なのだこれは?


 そこまで考えて私――クリステラは自らの現状を思い出した。

 私は邪悪なダーザインの使徒と戦い、今一歩の所まで追い詰めた所だ。

 敵は強大にして残虐。 人の持つ善性を全て捨て去り、道を完全に踏み外した外道。


 そうでなければあれ程の光景を作り出せる訳がない。

 使徒――異邦人の事はどういう存在かは知っていたが、相対するのは初めてだった。

 名の通り異界から招かれた異形の人。


 そう人なのだ。 私を育ててくれた修道女(シスター)サブリナは様々な事を教えてくれました。

 礼儀作法と読み書きに始まり、立ち振る舞い、戦い方、そして知識。

 なぜ彼女が異邦人の事を知っていて、それを教えてくれたのかは分からない。


 恐らくは必要だと判断したからなのだろう。

 意図は不明だが、彼女はいつも正しい。 ならその判断を信じるべきだ。

 

 視線を目の前の男に向ける。

 全身は焼けるを通り越して、真っ黒な炭になっているのが分かった。

 その体は私の鎧から発する光に焼かれ、その体内は刺さっている剣に焼かれている。

 

 光輝の鎧と浄化の剣。

 私に与えられた武具だ。

 前者は邪悪を焼き払う光を発し、後者は光によって全ての不浄を焼き払い清める。


 その光によって目の前の邪悪は浄化されようとしているが、私自身の傷も深い。

 本来なら聖堂内で死ぬはずでしたが、朦朧とする意識に大いなる存在の声が聞こえてきました。

 声はΜιψηαελと名乗り、私に力を貸し与えると囁かれます。

 

 Μιψηαελ――様は時間にして瞬き程の刹那に必要な情報の総てを私にお与えになりました。

 内容は目の前の邪悪を滅ぼしうる力を与える。

 ただし、私の肉体の限界を越える力は渡せない。


 引き出せる量は集中力と信仰心に左右される。

 つまり私の信仰心が試されると言う事。

 ならば問題はない。 自然体であるがままを受け入れる。

 

 そうする事によって、私は大いなる力を得る事が出来ました。

 与えられた能力と「権能」の力は凄まじく、傷が瞬く間に癒され、力はあの邪悪を圧倒さえしています。

 だが、邪悪の抵抗もまた凄まじく、私は数多の傷を負いました。


 傷を癒しながら私は力の限り戦い、遂に邪悪を追い詰めたのです。

 剣で胸を突き刺し、木に縫い付け、浄化の光によって焼き尽くさんと力を振り絞っていますが、邪悪もまた諦めずに私の首に爪を突き立てる。

 

 首に痛みと違和感。

 恐らく毒か何かを流し込まれていると思った瞬間――。

 あの暴力的な記憶達の洗礼を受けた。


 これは何だ?

 一瞬、まやかしかとも思いましたが、音、匂い、感情まで思い出せる記憶の圧倒的な現実感の前にはそんな思いは消え失せます。


 頭の中に流れ込む生と死。

 それを感じている内に私は今の自分が何をやっているのか、何を考えているかが分からな――。

 私? 私は誰だ? 私とは誰だ? 私の名前は?


 ハング? ホンガム? クインハム? ガービス? バリル? コーラウ?

 ポック? トラスト? ディラン? アレックス? ファティマ?

 それとも…ロートフェルト?


 違う。 私は私は私は私は私は私は………………。 

 誰?

 

 首を傾げたと同時に腹に衝撃。

 視界が回転し、腹に激痛が走りますが気にもなりませんでした。

 首の違和感が消えた瞬間、感覚が怒涛の様に押し寄せ、現実感が戻ってきます。


 そうだ。

 私はクリステラ。 そう、クリステラ・アルベルティーヌ・マルグリット。

 グノーシス教団の聖堂騎士です。

 

 そう認識した瞬間、ついさっきまでの違和感と感覚を思い出し――。

 我慢できませんでした。 腹からせり上がってくる物を堪え切れずにその場で嘔吐します。

 べちゃべちゃと吐瀉物が地面を叩き、出す物がなくなっても体が違和感を排除せんとえずきました。


 口に広がる嫌な味と不快感が、現実感として私の感覚で体だと伝えてくれます。

 その事実にほっと息を吐き、力が抜けたと思ったと同時に私は意識を手放しました。






 その場所はすぐに見つかった。

 何故なら戦闘の余波で木々が薙ぎ払われていたからだ。

 その開けた場所が視界に入った瞬間に俺――エルマンが見た者は、吹き飛ばされるクリステラの姿だった。


 クリステラは立ち上がろうとしていたが、その表情は呆然としており、立ち上がろうとしたのも思わずと言った感じだ。

 だが、不意に動きが止まると彼女はその場に蹲り、盛大に嘔吐して倒れた。


 動かない所を見ると意識を失っているようだ。

 馬鹿な。 あのクリステラが負けただと?

 俺は気配を悟られない事に意識を割きつつ、相手を確認する。


 「…っ」


 思わず息を呑む。

 どう見ても生きているのがおかしい状態だったからだ。

 全身が焼け焦げて炭化しており、完全に人の形をした炭にしか見えない。


 胸には光を失ったクリステラの剣が刺さっており、そいつはぎこちない動きでそれを引き抜くとゴミでも扱うかのように投げ捨てた。

 損傷の所為なのか動きは悪いがしっかりと地面を踏みしめてクリステラの方へ向かう。

 明らかにとどめを刺す気だが――


 ――何で生きているんだ?


 真っ先に浮かんだのは、そんな事だった。


 燃えカスみたいな状態にもかかわらず、しっかり動いてやがる。

 見た所、弱っているようにも見えるが、仕留める方法が分からない以上は止めておいた方が無難だろう。

 考えている余裕もない、クリステラに迫るそいつの動きが少しずつだが良くなっている。


 歩く毎に歩き方がまともになっていく。

 俺は紫煙の短槍に魔力を込めて片手でぶん回す。

 紫色の煙が槍の回転が起こす風に乗って、一気にクリステラの方へ流れ込む。


 同時に俺は木陰から飛び出す。

 走りながら短槍を鞘に納めて両手を空け、素早くクリステラの剣を回収。

 敵が立て直す前に一気に駆け抜けて、倒れ伏しているクリステラを掬い上げて加速。


 一瞬、迷ったが俺は山を下る。

 本来なら踵を返して事務棟まで逃げるのが理想だが、坂を上るのは無理だ。

 クリステラを抱えた状態では追いつかれる。


 俺の斜め後ろの木が爆発して破裂するように破片をまき散らす。

 間髪入れずに風の刃らしき物や火球が飛んでくるが、狙いが定まっていないのか当たらない。

 化け物め。 あの状態で魔法まで使うのか!?


 だが、いける。 あの様子ならそうそう当たらん。

 木々もあるから尚更だ。 このまま山中で身を隠すかそれとも――。


 「が……はぁ…」


 背から右脇腹に灼熱した痛み。

 歯を食いしばって自分の体に視線を落とす。

 腹から氷の刃が生えている。


 …くそっ。 当てて来やがっ――。


 いや、違う。 腹から突き出た氷の向きから飛んで来た方向は分かる。

 肩越しに振り返ると、さっきの奴から少し離れた場所に別の人影が見えた。

 前を気にしながら目を凝らすと、姿がはっきりと見える。


 それを認識した瞬間、俺は目を見開く。

 特徴的な黄金色の鎧に同色の面頬を下ろした兜。

 身体の線から女性と言う事は分かるが、驚いたのは手に持っている武器だ。


 見た目は槍だが、銀の柄とあちこちに嵌まった大振りな魔石。

 斑の杖槍。 形状はやや変わっているが、鎧は収穫の軽鎧。

 両方ともマルスランの装備だ。 案の定、鹵獲されていたか。


 兜の所為で表情が分からないが、面頬の奥に怒りのような物が揺らめいている。

 杖槍をこちらに向け、氷の魔法が次から次へと飛んで来た。

 厄介な事に狙いはかなり正確だ。 魔法が体を掠める度に背筋が粟立つ。


 真っ直ぐに走らずに木々を縫うように移動。

 傷口が凍っている所為で出血は少ないが、その傷の所為で喉奥から血がせり上がってくる。

 鉄臭いそれを強引に飲み下すと、足に力を込めて安全な場所を目指す。


 …あぁ、くそっ。 何で俺は惚れてもいない女の為に血反吐を吐きそうになりながら走ってるんだ?


 腹は痺れるような鈍痛を絶えず送り込み、喉の奥からは血が出口を求めてせり上がる。

 苦痛を感じながらも足を緩めずに走る。 安全な場所を探して。

 急いで落ち着ける場所を探して治療をしないと不味い。 主に俺が。


 抱えたクリステラの重みを煩わしいと感じながらも俺は山を下っていく。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ