21 「同行」
…何だ? まだ、用があるのか?
ロートフェルトは勢いよく立ち上がると俺の肩を掴んだ。
「頼みがあるんだ」
「断る」
嫌だよ。どうせ面倒事だろ?
「僕も連れていってくれ! どうしても本当の事を確かめたいんだ」
確かめるもクソもないだろ。
お前は執事と婚約者に嵌められたんだよ。
「ズーベルやファティマにも事情が…」
ああ、お前の領地を毟り取るって事情があったんだろうな。
「だから!」
だからさっき断るって言っただろ。
俺は大きく溜息を吐く。
「まず、言っておく」
言い募るロートフェルトに被せるように言う。
「お前はどうだか知らないが、俺はな、ズーベルやファティマに思う所がない」
俺は噛んで含めるように続ける。
「いや、違うな。俺はあいつらが邪魔…もう、はっきり言おう。これからあいつらを殺しに行く」
「でも…」
「少なくともズーベルは絶対殺す。ファティマははっきりしない所がいくつかあるが、恐らくは殺す事になるだろう」
ロートフェルトは何か言おうと口を開け閉めしている。
「それでも付いてくるか? 先に言っておくが邪魔をする気ならここで手足を圧し折って動けなくなってもらうが?」
「僕は…僕は…」
ここまでだな。
こいつ、昔から普段の一人称は「私」だが余裕がないと「僕」と言う素が出る。
展開に頭が付いていけてない。これ以上は話にならんな。
「身の振り方はホッファーと相談するといい。では、俺はこれで失礼するよ」
軽く手を上げてその場を後にした。
ホッファーの屋敷を後にした俺はさっさとオラトリアムを目指す事にした。
急ぐ理由は2つ。まずはズーベルに次の手を打つ時間を与えないためだ。
恐らくは「魂の狩人」がしくじった事にはまだ気が付いていないだろう。
今なら先手が打てる。
もう1つはロートフェルトの事。
冷静になっても付いてくるなどと言われても面倒だからだ。
正直な話、俺は彼の体を使っているし境遇は気の毒だとは思うが、助けてやろうとは欠片も思っていない。
そもそも死んだのは奴自身の落ち度だし、俺は死体を再利用しただけだ。
むしろ、こんな形ではあるが蘇生できたんだ。
文句を言われる筋合いはないな。
精々、俺の知らない所で幸せになってくれ。
さて、移動ルートだが…。
俺は頭の中で地図を広げる。
前回とは違い亜人の領域を経由せず、境界の山脈を越えてオラトリアムへ向かう事になるだろう。
装備は特に問題ない。
連中から奪った毒ナイフや剣は一部を除いて後で売り飛ばそう。
リリネットの使っていた魔法破壊の指輪などは欲しかったが、あの状態のロートフェルトからは流石に奪えなかった。
後は、顔を隠すためのフード付きの外套か何か買う必要があるか。
空はまだ暗く、日が昇るまでは少しかかりそうだな。
…途中の村で買うか。
俺はやや足を早めて街の出口へ向かった。
…どうしてこうなった。
エンカウを出て、山越えの前に外套と食料を仕入れようと近くの村に入った所までは良かったのだが…。
店に入り外套を吟味している所に…。
「やっと見つけた!」
ロートフェルトが入ってきたのだ。
服装もドレスから動きやすい皮製の軽鎧になっていた。
長い髪も結い上げていたので、随分と印象が変わっていた。
あれから考えたとか彼らに問いただすとか言っていたが俺は適当に聞き流して外套を購入。
目立ち難く、頑丈な黒い外套だ。ついでに燃え難い。デザインも中々でいい買い物をしたな。
その後、保存食を仕入れ村を後にする。
村を少し離れた所で俺は足を止め、後ろのロートフェルトに向き直る。
「うん。話は分かったけど邪魔だから付いてこないでくれないか?」
ロートフェルトはいきなり突き放されて少し怯んだが、懲りずに食い下がる。
「で、でも君が居ないとズーベル達に話が聞けないじゃないか」
「……確かにそうだな。お前みたいな素性の知れない奴の話なんて聞かないか」
「うぐ…そ、そうなんだ。だから…」
「いや、聞くまでもないだろ。ズーベルの事はシュドゥーリから「聞いてる」だろ?」
「…聞いて?」
おいおい。
体を使ってるなら思い出せるだろう。
俺に勝手に喰われた間抜けの記憶ではズーベルが直接依頼に来てシュドゥーリが受けたらしい。
「思い出してみるといい」
「思い…」
ロートフェルトは考え込むように黙ると「ああ…」と得心したような表情を浮かべる。
「そうか…ズーベルが直接…。でも、これは…」
今度は苦い表情で額に手を当てる。
忙しい奴だな。
「自分の物じゃない記憶があるなんて、気持ちが悪いな…」
そうか?
俺は何ともなかったが…。
「ズーベルは有罪だな。なら後はファティマに話を聞くといい。ライアードまで気をつけてな」
「いや、ホッファーさんが言ってたじゃないか。今のオラトリアムを管理してるのはファティマだって。僕もオラトリアムに行くよ」
…何だ気が付いていたのか。
俺は内心で大きなため息を吐く。
面倒な事になった。
目的地が知られている以上、撒いても無駄だろう。
流石に叩きのめして黙らせるのも気が引ける。
…仕方がない…か。
「…………分かった。ただし、オラトリアムまでだ」
俺は折れる事にした。
ロートフェルトの表情が明るくなる。
こいつ、良くも悪くも分かり易い奴だ。
「話を聞かせてくれないか?」
それを皮切りに始まったロートフェルトの質問攻撃に俺は早くも同行を許可した事を後悔していた。
最初は俺の方をチラチラ窺うだけだったが、山に登り始めた所で我慢できなくなったらしい。
荒野に捨てられた後の話を聞きたがった。
「…ところで気になっていたんだけど、何だか体が大きくなっていないか? 僕の体はそんなに大きくなかったと思うんだけど…」
「成長でもしたんじゃないか?」
「え? いや、成…長…?」
俺は質問を適当に受け流しながら、こいつをどう黙らせたものか…などと
ああ、その前にはっきりさせる事があったな。
「1つ決めておきたいことがあるんだが?」
「何かな?」
「お前の名前だ。その見た目ではロートフェルトと名乗れないだろ?」
「あ…そうか、僕の体はリリネットさんの物だったね」
「リリネットでいいんじゃないか?」
「いや、それは何だかホッファーさんに悪い気が…」
「じゃあ、自分で考えたらどうだ?」
ロートフェルトはうんうん唸っていたが、力なく首を振った。
「良かったら君が付けてくれないか?」
えぇ…嫌だな。
「頼むよ」
じっとこちらの目を見てくる。
ふーむ。何だか調子が狂うな。
…名前ねぇ…。
いっそ、ハナコとかサチコにしてやろうかも思ったが止めておいた。
なるべく本人由来の名前がいいか…。
ロートフェルト…ロート…あぁ、いいのがあるな。
この世界では名前は両親が各々付ける物らしい。
ロートフェルトの場合はロートフェルト・ハイドン・オラトリアム。
オラトリアムは家名。ロートフェルトは父親が、ハイドンは母親が付けた名前だ。
それ以外に付いているのは両親以外にも名付け親が居る場合だ。
ハイドンで…って女の名前じゃないか?
じゃあ少々崩して…。
「ハイディでどうだ?」
「…ハイディ…うん、いいね。すごくいいよ。これから僕はハイディだね」
ロートフェルト改めハイディは自分の名前を確かめるように何度も呟いている。
それからしばらくの間は大人しかったが、再び質問が再開した。
無視したかったが、あまりにもしつこいので、シュドラス山での冒険をダイジェスト版で語って聞かせてやった。
ハイディは子供の様に目をキラキラさせながら俺の話を聞いていた。
体質の件はカットしたので、俺がほぼ無傷であの山を攻略したような内容になってしまったな。
都合の悪いところは魔法のちょっとした応用で切り抜けたで通した。無理があったか?
特に疑っている様子はなさそうだ。ならいいか。
「君は強いんだね!地竜の群れをほぼ無傷なんて凄いよ!」
いや、袋叩きにされたところをキレて無茶苦茶やって何とか仕留めました。
「僕だったら…何とか3頭ってところかな…」
3頭…ね。
そういえば俺も3つ仕留めてダウンだったな。
やはりハードとソフトの違いはあるが、元々同一人物か。
なら実力的にはそう変わらないのか?
俺の方は色々混ざって、もう元が何だったのか怪しくなっているがな。
変異しまくってるからな、元々の部分なんて脳みそぐらいしか残ってないんじゃないか?
ふと気になってハイディの体を頭から足まで見てみる。
なるほど、確かに鍛えてはいたようだ。
あの殺し屋は中々上手に体を作ったらしい、無駄な肉はほとんどついておらず締まった体をしている。
ふむ、喰いやすそうだな。
…いかん、いつの間にか食い物か何かと勘違いしてしまった。
「な、何だい? あまり見ないでほしいのだけど…」
「いや、腹が減ったと思ってな」
「何で僕を見ながら食事の事を考えてるんだよ!?」
「もう少し登ったら食事にするか」
「君? もしかして、何かごまかさなかったかい?」
知らんな。緊急時の非常食の事なんて考えてないぞ?
その後、少し上った所で野営をする事になった。
当然ながら坊ちゃん育ちのハイディに料理の類は無理だったので俺が作る事になった。
ちなみに今まで喰った連中の中に料理ができる奴が何人かいたので、俺は問題なくできる。
本当なら生で喰おうと思っていた肉を焼いて、買っておいた干し飯を水で戻した。
料理と呼べるような代物じゃなかったが、ハイディは大喜びで食べていた。
子供みたいな奴だな。
食事が済んだ後は交代で休もうとハイディが言い出したので好きにさせる。
何だかんだでもう日が沈みかけているしな。
俺はハイディを先に寝かせて焚火を見ながらオラトリアムでの行動を考えていた。
恐らくは先手を取れるだろうが、相手も保険をかけて防備を固めている事も考えられる…が、この辺は見てからだな。
対峙した際は楽なものだ。
ズーベルは執事であって戦士ではないので、戦えば楽勝だろう。
一撃で殺せる自信あるぞ。
まぁ、散々いらん事してくれたから楽に殺してやる気はないが。
問題はファティマだ。
聞いた話だが、あの女は水…と言うより氷の魔法に長けているとか…。
本当だったら厄介だな。
俺でも流石に芯まで凍らされるとやばいかもしれない。
最悪、ハイディが持ってる指輪を借りて無効化するか。
現状で揃っている情報で練れる対策はこんなところか…?
そんな事を考えていると物音が聞こえたので視線を動かすと、ハイディが起きようとしていた。
…そろそろ交代か。
寝れないから退屈な時間になりそうだな。
やる事ないし、奪った記憶の洗い直しでもしとくか。




