215 「猶予」
「猶予はどれぐらいありそうだ?」
翌朝。
作業を終えた俺はファティマとアスピザル、夜ノ森の四人で朝食を取っていた。
まぁ、食事と言うよりは進捗の報告会と言った感じだがな。
「数日ぐらいはありそうだね。 引き上げた聖騎士達はまだウィリードに着いていないみたいだから、そんなに急いでいる感じじゃないみたいだよ」
アスピザルは肉料理をバクバク食いながら俺の質問に答えていた。
行儀が悪いと言いたげな夜ノ森が肘で突いて窘めていたが効果はなさそうだ。
しばらくそうしていたが諦めたのか溜息を吐いて代わりに話し始めた。
「途中の村に人員を配置しているから、変な動きをすればすぐにわかるわ。 それと報告が一点」
夜ノ森はそう言って指を一本立てる。
「話に聞いていたエルマンと言う男が連れている部下が減っていたみたい。 もしかしたら別行動を取っているのかもしれないわ」
…マルスランの記憶にあったな。
何か冴えないおっさんってイメージで、マルスランは随分と嫌っていたようだ。
歳が行ってから聖堂騎士に任命された事が原因らしく、早くに聖堂騎士になった自分より下と見下していたようだが…。
…どう見てもこのおっさんの方が有能なんだよなぁ。
記憶を見る限り、指示待ちで言われた事しかやってないマルスランより、しっかりとクリステラの補佐をこなしているこのエルマンの方がよっぽど上等だ。
無意識ではあるがその辺の自覚はあったんだろう。 だからこそ劣ってる所を探して見下すと。
気持ちは分からんでもないが目の前でやられると見苦しいと感じてしまうな。
実際、マルスランは才能や資質と言った点ではかなりの物だった。
運もあったが、十代の若さで聖堂騎士になったのは実力と言う点も大きい。
この調子で慢心せずに経験を積めば、エルマンぐらいなら軽く超えていたと思うんだが…。
まぁ、こうなった以上は運が尽きたと思って第二の人生を頑張ってくれたまえ。
さて、その肝心のエルマンと言う男だが、才能ではなく経験を基に堅実に動くタイプだ。
こういう奴は下手に強い奴より厄介かもしれん。
引き際を弁えているから、逃げて妙な真似をされても困る。
個人的には早い所、始末しておきたい奴の筆頭だ。
脅威度としてはクリステラより上と考えている。
その部下が集団に居ないと言う事は――。
「…近くでここを監視してるんじゃないか?」
「間違いなくそうでしょう。 恐らくはマルスランの一件で入るのは危険と判断し、外からの監視に留めると言った所でしょう」
俺の言葉にファティマが即座に同意する。
あぁ、その辺は察していたのか。
「そうか。 鬱陶しいしさっさと片づけるとしよう」
ちょうどいい。
改造したマルスランの試運転にはいい相手だろう。
「いや、ロー? それはちょっと止めておいた方が良いんじゃないかな?」
殺そうと提案した俺を何故かアスピザルが苦笑しながら止めた。
何でだ? 始末すれば後腐れがないじゃないか。
「…迂闊に殺せば足が付くでしょ? そのエルマンって聖堂騎士は周到な性格みたいだし、定時連絡みたいなのを徹底させていると思うわ。 だったら迂闊に排除するのは危ないと思わない?」
あぁ、なるほどと夜ノ森の言葉に納得する。
殺してしまうと、逆に疑いが向くのか。
うーむ。 単純に消して片付けると言う発想は良くないのかな?
俺はちらりとファティマに視線を向けると、そっと視線を逸らされた。
おいおいマジか。 俺の考えってそんなにダメなのかよ。
軽くショックなんだが。
まぁいい。 ダメ出しするんなら、殺すよりいい考えがあるんだろうな。
その辺を聞かせて貰おうじゃないか。
「ならどうする? 放置か?」
「いえ、彼等には証人にでもなって頂きましょうか」
「証人?」
俺が聞き返すとファティマは笑みを浮かべて続ける。
「ええ。 どちらにせよ動いておかないと出遅れるので、早めにメドリームに戦力を入れようかと考えています。 その際に監視を躱して送るつもりなので、上に動きなしとでも報告して頂きましょう」
…なるほど。
「監視がここに居る間にウィリードに襲撃をかけて、その間ここに動きが無かったら多少は疑いを逸らす事が出来るんじゃないって事だね」
アスピザルがいいねと同意する。
「あの様子では疑いを完全に晴らすのは無理でしょうけど、ウィリードが襲われればこちらにかまけている余裕がなくなるでしょうし、最低でも時間は稼げるかと」
もっとも、いつまでもこの近辺に留まっていればですがとファティマは付け加えた。
…だろうな。
俺とファティマのエルマンに対する評価は高い。
記憶で見た限りでも豊富な人生経験に裏打ちされた強かさは厄介だ。
単純な強さならクリステラの方が遥かに上だろうが、馬鹿正直に突っ込んで来るタイプの方がやりやすい。
搦め手を使ってこないから正面から殴り殺せばいいだけの話だしな。
…まぁ、出て来るならどっちにしろ殺すけど。
さて、動かす戦力は多めに見積もって――いや、丸投げでいいか。
ここの連中の指揮権はファティマに預けてあるんだ。
勝手にやるだろう。
「位置と移動速度を考えれば聖騎士達の帰還まで六日。 報告、補給等で三日、マルスランの件で調査に取って返す判断をするまで二日…いえ、一日と言った所でしょうか?」
要は早ければ十日でこっちに向けて出発する訳だ。
「八日目の夜に仕掛けます。 ジェヴォーダンとシュリガーラの足なら三、四日あればウィリードまで辿り着けるでしょう。 モノスは騎乗させれば速度が出せます」
大型種は輸送の問題で、モスマンは平地での長距離移動に向かない以上は留守番だな。
コンガマトーは………必要に応じて…か?
後は改造した聖騎士共か。
それだけ居れば霊山の陥落も可能だろう。
「ジェヴォーダン? 何か聞き覚えがある単語だなぁ…何だっけ?」
アスピザルが首を傾げているが無視した。
さてと俺は残っていた食事を口に流し込んで席を立つ。
「話が決まったのならさっさと準備にかかるとしよう。 細かい動きは移動しながらでもできるだろう?」
「そうですね。 装備も仕上がったようなので今回は私も同行いたします」
…え? いや、お前留守番じゃないの?
「今回は相手が相手ですし、失敗は許されません。 ならば私が直接指揮を執るべきと愚考いたします」
俺の考えを読んだかのようにそう言われ、残れと言いかけた俺は二の句が継げなかったが、まぁいいと思い直す。
アクィエルを筆頭に目立ちすぎる奴を連れて行けない以上、戦力は多いに越した事はないか。
「そうだな。 好きにしろ」
「はい。 好きにさせて頂きます。 それと、ヨノモリ様。 そちらからはどれだけの戦力を出せそうですか?」
話を振られるとは思ってなかったのか夜ノ森は少し驚いた顔をした後、少し間を開けて答える。
「…二百弱と言った所かしら」
「その中で高位の部位持ちは?」
「二人。 他は平の構成員が大半で一~二位階が十数名。 三が数名よ」
「結構、では各々全力を尽くしましょう」
ファティマの言葉でその場の話は終わり、全員が席を立った。
監視を躱すと言ってもそんなに難しい話じゃない。
この領に点在する砦。 建造するに当たって地下に通路を繋げてある。
理由は表に出しにくい連中や物資の移動。 後は緊急時の避難経路だ。
どうやって造ったのかと言うと、ファティマはいつの間にかデス・ワームに渡りを付けて地下設備関係の基礎工事をやらせていたらしい。
あれだけの遺跡を地下に作れる連中だ。 トンネルを繋げるぐらい朝飯前だろう。
ちなみにこれは後で知った話だが、例の遺跡は現在あの場所には存在しない。
アブドーラが現れ、リクハルドが死んだ以上、あの入り口は役目を終えたからだ。
古藤氏の墓はシュドラス山の頂上付近、森を一望できる場所に移された。
リクハルドの遺体も同じ場所に埋葬し、家族で仲良く眠っているようだ。
同じ墓に埋葬する事がアブドーラの兄弟に対する最後の情だったらしい。
…俺には今一つ理解できんがな。
結果的にではあるがグノーシスの調査を躱す事ができたようだが…。
これはどちらにとっての幸運だったのやら。
デス・ワームの知覚範囲に入ったら連中は即座に聖騎士共が仇の一味と気づくだろう。
そうなれば間違いなく戦闘になる。
そのまま行けば邪魔な連中を全て片付けてくれていたかもしれんと考えると少し惜しいな。
俺は小さく息を吐きながら領内を歩く。
目的地は例の監獄だ。
改造を施した連中の具合を見る為に向かっていた。
気持ちゆっくりと歩き<交信>を起動。
一応、ファティマの所見を聞いておきたかったからだ。
――お前はあの二人の事をどう思った?
――あのヨノモリと言う女は分かり易くていいですね。
その辺は同感だ。
あの熊は良くも悪くも分かり易いな。 態度にすぐ出るし。
――理性的ではありますが、割り切ると言う行為が苦手のようですね。 声や態度にすぐに出るので比較的与しやすい相手かと。
――…だろうな。
――良く言って善人。 悪く言って馬鹿正直と言った所でしょうか? 恐らくは嘘が下手な性分なのでしょうね。 可愛らしいじゃありませんか。
おや、虫呼ばわりしない所を見ると中々の高評価だな。
――アスピザルはどうだ。
――……そうですね。
ん? 歯切れが悪いな。
――感情の動きが読み辛いので本性は今一つ掴めませんが、少なくとも敵対的な物は感じられませんでした。 これまでの話と態度から考えても間違いないかと。 ですが、引っかかるものを感じます。 くれぐれも注意してください。
――…? 具体的に何に注意するんだ?
――…あの手の輩は、刺されるまで不意打ちに気付けないと言う事もあり得ます。
考えが読めないから、裏切るにしても兆候が掴み辛いと言った所か?
一応は心に留めておこう。
口振りから察するに今の所は問題なさそうだし、一先ずは放置で良さそうだな。
その後、簡単な打ち合わせをして<交信>を打ち切った。
牢獄は目の前だ。




