213 「排除」
視点戻ります。
サベージを急がせて一ヶ月で何とかオラトリアムに戻ったのだが…。
「問題が発生しました」
俺はファティマの報告を聞いて頭を抱えたくなった。
場所は屋敷の庭園。
テーブルを囲んで俺、ファティマ、アスピザル、夜ノ森と座っている。
ちなみに夜ノ森は座れる椅子がないので庭に飾る予定だった加工前の石材に座っているのだが、特に文句は言っていない。
移動を終えて腰を落ち着け、何かあったかと聞けばいきなりこれだ。
グノーシスの連中が来たという所までは想定内だが、聖堂騎士が単独で忍び込んで来るのは予想外だった。
手強い相手ではあったらしいが、ディランが奇襲で仕留めたらしい。
外に居た部下も同様に処理済みだそうだ。
…そのマルスランとか言う聖堂騎士は馬鹿なのか?
部下置いて一人でのこのこ入って来てあっさり捕まったんだろ?
陽動とかの裏も無しで、文字通り考えなしに来た訳だ。
「そんな調子で良く今まで生き残れたね」
アスピザルはそんなコメントをしていたが、全く以て同感だった。
ヴォイドもそうだったが、聖堂騎士ってその手の馬鹿が多いのか?
それとも自分は聖堂騎士だから大丈夫とか言う根拠の薄い慢心に突き動かされた?
まぁ、血迷った理由は後で頭に直接聞くとしよう。
片付けたこと自体は悪い判断じゃない。 実際、同じ状況なら俺でもそうしただろうしな。
同時に問題でもある。 マルスランが戻って来ない以上、残りの二人にも何かしらの動きがあるだろう。
下手すると戻って来て調べさせろ等とほざくかもしれん。
権力があるって事は少々強引な真似をしてもうやむやにできるのだから困った物だ。
ファティマの話だと他に訪ねて来たのはクリステラとエルマンと言う聖堂騎士らしい。
…三人も送り込んで来るとは随分と奮発したな。
要件は支援の要請と遺跡の調査らしい。
それ聞いて何だそれはと思った。
有り体に言えば、オラトリアムの羽振りが良くなったので信者になって金を落とせと言う事らしい。
グノーシスってのは金に群がる守銭奴か何かなのか?
まぁ、何事にも先立つ物が必要なのは理解できるが、ここまで露骨だと失笑物だな。
後者に関しては、デス・ワームが守っている古藤氏の墓なのだが、アスピザル達に聞かせる気は無かったので適当に流した。
正直、こちらに関しては意図が良く分からん。
後でファティマの意見を聞く必要があるな。
…話を戻そう。
尋ねて来た残りの二人についてだが、クリステラは抜いた記憶にあるので人柄に関しては少しは分かるが、エルマンと言う男に関しては名前と見た目ぐらいは分かるがそれ以上は不明だ。
ファティマの所見だと、油断するのは危ない相手との事だがどうした物か。
マルスランとその配下を捕縛してしまった以上、動く必要がある。
折角、保険をかけたというのにな。
「アスピザル。 仕込みはどうだ?」
「そうだね。 そろそろ着く頃だけど…ごめんね。 間に合わなくて」
何を用意させたのかと言うと、ダーザインの構成員だ。
連中には一暴れして貰って色々引き付けて貰うつもりだったのだが…。
タイミングが合わなかったか。
予定では連中がオラトリアムに居る内に適当に襲わせて返り討ちに遭って貰い、村の一つで拠点が見つかり、オラトリアムは被害者面をして同情を買って穏便に済ますつもりだった。
…まぁ、間に合わなかったがな。
この領に点在している砦にはこちらの配下を配置しているので、動きがあればすぐにファティマに報告が行くようになっている。
そのお陰で聖騎士共の動向はある程度掴めていて、現在はオラトリアムから出て行こうとしているようだ。
「…用途に関しては理解しているな?」
間に合わなかった物はしょうがない。
俺は気にするなと手を振って話を続ける。
「うん。 ダーザインをグノーシスに嗾ける事によって注意をオラトリアムから逸らす事だね」
「問題はその注意を逸らすべき相手がオラトリアムから出て行こうとしていると言う点だ」
いない相手にどう干渉すればいいのかという話だが…。
「次に来た時まで伏せておくと言うのはどうかしら? そのマルスランっていう聖堂騎士が戻って来ない以上、相応の警戒と戦力を揃えて来ると思うけど…」
「だめだめ。 それじゃ放置と変わらないよ。 下手に考える時間を与えるのはいい手じゃない」
夜ノ森の案をアスピザルが一蹴。
それに関しては俺も同意見だ。 こうなった以上、連中はオラトリアムを怪しんでいるのは間違いない。
囮を用意するにしてもこっちの狙いが読まれた上で、対応できない程の戦力を揃えられたらどうにもならん。
ここはどうにかして攻めた方がいい。
そこでふと思う。 経験上、俺は同様の手段で脅威、または潜在的な脅威を排除してきたが…。
オールディアや王都での一件を思い出す。
自分なりにしっかりと証拠は隠滅しながら動いてはいたつもりだ。
だが、何かしらの要因で情報が漏れてしまう。
これは俺のやり方に問題があったのだろうか?
もっと穏便に片付く方法があるのでは? という考えが浮かぶ。
だが、それを鼻で笑って切り捨てる。
もしかしたらあるのかもしれない。
だが、それには他人を信じるという超巨大なハードルが存在しているのだ。
俺の思考は満場一致で論外と言う結論を叩きだした。
やはり脅威は積極的に動いて排除するに限る。
…何、徹底的にやればいいだけの話だ。
「待ちの手が良くないのは分かった。 なら、お前はどう考える?」
そう考えた結果、俺は夜ノ森ではなくアスピザルの意見を聞く事にした。
「こっちから攻めるって言うのはどうだろう?」
俺は無言で話の先を促す。
「タイミングが合わずに誤魔化せなかったのは確かに痛手だ。 でも、不幸中の幸いと言うべきか、決定的な物は押さえられていない。 …でしょ?」
ファティマを一瞥して同意を求める。
彼女は小さく頷く。
「なら、いっそのことこっちから分かり易くムスリム霊山辺りを攻めて、向こうに結論を出させればいい」
なるほど。
要するにこっちから名乗り出る訳か。
向こうの拠点に黒ローブ共を攻め込ませて、今回の件はオラトリアムとは無関係と知らしめようと言う訳か。
後は適当な証拠でも掴ませれば、マルスランの一件は解決となる。
…まぁ、上手く行けばと言う但し書きが付くが。
「集めた戦力を全部放り込めば、それなりに説得力は出ると思うよ?」
そう言ってアスピザルは話を締めくくったが、それでは少し弱いと内心で思う。
スケープゴートとしてそれなりに数は用意してはいたんだろうが、あくまで捨て駒。
グノーシスを納得させるには質も量も心許ない。
脅威は積極的に排除…だ。 それに基づいて考える。 考えるまでもなく結論は弾き出された。
皆殺しにした方が後腐れがなくていいんじゃないか? …と。
幸いにもあの山には一度登っている。 地理に関してはそこそこ明るい。
あそこは街から切り離された天然の要塞だ。
逆に考えれば、騒ぎが起こった所で余計な連中はそう簡単に寄って来ない。
何故ならあそこは四方に門を構え、夜間には出入りが制限される。
それに加えてあの長い山道を登る必要があるからだ。
野次馬共はそこまでの労力を払ってまで好奇心を満たしたいか?
考えたが答えはNOだ。 考え難い。
「いや、それでは弱い」
俺が方針を固めながらそう言うとアスピザルは少し不思議そうな顔でこちらを見る。
「うーん。 確かにそうかもしれないけど百ちょっとしか用意できなかったから、悪いけどこれ以上はちょっと難しいよ…」
「こちらからも戦力を出す。 後は俺とお前達がいれば落とせるんじゃないか?」
俺がそう言うとアスピザルは珍しく硬直し、夜ノ森は絶句した。
「あれ? 確かグノーシスの疑いを逸らすのが目的じゃ…」
「半端にやっても仕方がないだろ? 完璧に潰した後、お前等がやってやったぜと連中に向かって中指の一つも立ててやれば納得するだろ」
それだけ派手にやって犯行声明を出せば信じざるを得んだろう。
何せ規模が規模だ。 グノーシスはダーザインが本格的に動いたと判断する筈だ。
…何、信じなければ信じたくなるまでやればいい。
何だったら復興中のオールディアを襲うのもありだな。
どうせ罪は全部ダーザインが被ってくれるんだから、どれだけやっても問題ない。
それに、お前等も俺に危ない橋を渡らせる気なんだろ?
テュケと正面切って戦えとか、どう考えても楽な話じゃない。
なら、相応のリスクを負うべきだろう?
アスピザルは俺の方をじっと見た後、小さく溜息を吐く。
「…そうだね。ローの言う通りだよ。 大したダメージを与えずに鎮圧されると下手すれば逆効果だ。 やるのなら相応の説得力を持たせる事が必要になる」
「ちょ、ちょっと!? ムスリム霊山ってこの国では五指に入るグノーシスの大拠点よ? 聖堂騎士が最低でも三人以上はいるのよ? そこを攻めるの?」
さっきからそう言っているだろうが。
何を聞いていたんだこの熊は?
「梓。 誰でもいいから近くにいる幹部を呼び寄せて。 最低二人、可能ならそれ以上で」
「アス君!? 本気なの?」
夜ノ森が狼狽したような声を上げるが、アスピザルは表情を変えずに頷く。
「ローを味方にする以上、僕達もリスクを負うべきだ。 …分かっていると思うけどここまでやらせておいて約束を反故にする事は許さないよ?」
「分かっている。 テュケを潰す事は俺にとっても損な話じゃないし、裏切る気は無い」
ダーザインとテュケ。 上手く行けば鬱陶しい勢力が二つも何とかなるんだ。
裏切る訳ないだろうが。
夜ノ森はしばらくアスピザルの方を見ていたが……諦めたのか力なく項垂れると「連絡してくる」と言って席を立った。
「じゃあ方針も決まったし、具体的な所を詰めようか? 真面目な話、落とせるだけの戦力って用意できるの? こっちも上位の部位持ちを大急ぎで集めるけど、聖堂騎士が出て来ると厳しいよ?」
「足りない分に関してはこっちの戦力を出す。 上位の部位持ち程じゃないが聖殿騎士レベルなら問題にもならん奴がそれなりに居るからな。 一番厄介な連中を俺達で抑えればどうにでもなるだろう」
俺がファティマに問題ないなと視線を向けると、頷きを返される。
「分かった。 なら後はどれだけ準備に時間をかけられるかになるのかな?」
「そうだな。 動向を監視しておきたい所だが…」
「監視ならウィリードに潜り込ませているのが何人かいるから、大雑把な状況なら分かると思うよ」
随分と手回しが良いな。 いや、以前から配置していた人員か。
なら、連中が動く直前ぐらいに襲いかかるのがいいか。
やる事が決まった以上、時間を無駄にはしてられんな。
「了解だ。 動きがあったら教えてくれ。 俺は俺でやる事がある。 ファティマ、二人に部屋を用意してやってくれ」
そう言って俺は席を立つ。
ファティマは笑顔で頷くと、何処から取り出したのかハンドベルを鳴らす。
少し離れた所に居たエルフのメイドが数人、歩いて来るのが見えた。
「では、アスピザル様。 案内の者がすぐに参りますので何なりとお申し付けください」
そう言うと席を立って俺の隣に並ぶ。
「うん、分かっ…わ、耳が長い! エルフのメイドさんだ!」
驚いているアスピザルを尻目に俺はファティマを連れてその場を後にした。




