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パラダイム・パラサイト   作者: kawa.kei
8章

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212/1442

211 「捕縛」

続き。

 「ふぁ、ファティマ様…」


 僕は震える声で彼女の名を呼んだ。

 ファティマは昼間と変わらない微笑みを浮かべて、こちらに歩いて来る。

 片手には短杖。 服装は昼間と同じだ。


 魔物達は隊長格の一体以外が彼女の脇に移動。

 どう見ても彼女を守る位置取りだ。

 それで事情の大半を察してしまった。


 彼女は被害者でも何でもなく、全て分かっている。

 分かった上で魔物を受け入れているのだ。


 「ど、どうやって!? いや、どうしてですか!?」


 何故、貴女のような人が魔物なんかを連れているのですか!?

 そんな化け物に頼らなくてもグノーシスを頼れば…。

 僕をじっと見ていたファティマが不意に笑い出す。 まるで滑稽だと言わんばかりに。


 「ふふふ。 どうして? 私こそ聞いてみたい物ですね? どうして貴方はここまで愚かなのでしょうか?」


 彼女が何を言っているのか理解できなかった。

 僕の理解を置き去りにして話は続く。


 「大人しく帰っていれば何も起こらなかった物を、どうしてわざわざこんな馬鹿な真似をしたのでしょうか? 功名心に駆られて? それとも上の指示で仕方なく? いえ、それは考え難い。 率いていたクリステラという女は見た所、そういう性格ではない。 彼女は筋を通して正面から来る気質でしょう。 だからこそ、脇で控えていたあのエルマンと言う男が来ると予想していたのですが…」


 彼女は頬に手を当てる。


 「一番向いてなさそうな貴方が来るのは本当に意外でした」

 「…む、向いていない?」


 無意識に声が震えるのを感じる。

 彼女は何を言っているんだ?


 「だってそうでしょう? 人の上澄みしか見ない思慮の浅さ、周りの会話を額面通りにしか捉えない察しの悪さ、初めて見た時から思ってましたよ? 青臭いお子様ですね、と」


 その後に「そんな調子でよく聖堂騎士になんてなれましたね」と付け加えた。

 聞こえているのに意味が理解できない。

 彼女は何だ? 本当に昼間に会ったファティマと同一人物なのか?


 表情や物腰こそ昼間と変わらないのに、雰囲気がまるで別物だ。

 視線には見下すような色が、態度には侮蔑が滲み出ている。

 ファティマは小さく首を傾げると呆れたかのように小さく息を吐く。

 

 「…本当に一人のようですね。 陽動を警戒していたのですが、その気配も無し。 功名心に駆られた愚か者でしたか」


 隠そうともしない侮蔑の眼差しで僕を射抜いた彼女は魔物に声をかける。

 

 「ライリー、生け捕りにしなさい。 無理なら殺して構いません。 …それと、後でモスマンを失った事は説明して貰いますからね?」


 隊長格の魔物――ライリーと呼ばれたそいつは怯えるように身を震わせた後、大振りの剣をだらりと構えてこちらに歩いて来る。

 ライリーが最初の一歩を踏み出した所で、僕の呪縛が解けた。


 内心で首を振って切り替える。

 動揺している場合じゃない、彼女は敵だ。 割り切れ。

 何かしら方法で操られている可能性もあるが、今はどうにもならない。


 まずは目の前の状況を何とかする。

 見た所、ライリー以外は動いていない。 一騎打ちのつもりか。


 舐められている。 そう自覚して思考が赤熱したが、呼吸を整えて武器を構える。

 他に相手が居なければ負けはない。 その慢心、命で贖わせてやる。

 ライリーが咆哮と共に突っ込んで来た。


 単純な力では敵わないのは目に見えているので、正面から受けて立つのは下策なのだが、後ろが壁である以上は下がるのは無理だ。

 

 …前に出るしかない!


 初撃は譲る。 少なくとも、出方を見ておかないと対処ができない。

 上からの振り下ろし。 流石に人外なだけあって速い。

 

 …が。 速いだけだ。


 杖槍の刃を下にして、柄で斬撃を流す。 よし、一対一なら行ける。

 受け流した動きのまま刃を振り上げて太ももの辺りを切りつけた。

 血が僅かに噴き出るが浅い。


 固いな。 僕の腕力では数回切りつけないと厳しいか。

 ライリーは傷を負った事が不快だったのか、怒りに顔を歪めて更に攻撃を繰り出してくる。

 尋常じゃない速さだが、剣が一本、放つ腕も一本である以上は一つずつ捌けば問題ない。


 やや大振りの一撃を躱し、返しの一撃で胴体を切りつける。

 刃は鎧を抜いて体に届いたが、何かに当たって通らない。

 下に帷子か何かを着ているのか?


 だが、相手の底は見えた。

 身体能力は確かに凄まじいが、肝心の剣を扱う技量はお世辞にも高くない。

 強敵であるのは間違いない。 だが、攻略は可能だ。 勝てる!


 斬撃に蹴りや空いた拳での攻撃も織り交ぜて来るが、攻めが素直過ぎるので見切るのは容易い。

 目も慣れて来たのでそろそろ反撃に移る。

 攻撃の間隙を縫って、斬撃を返し、魔法を撃ちこむ。


 真っ直ぐに向かってくる拳を掻い潜り、足の傷口に<火Ⅱ>を喰らわせる。

 肉が焼ける音と、ライリーの苦痛の呻き。

 体勢が崩れた所で、反対の足を切りつける。 腱を狙ったが、固くて刃が通り難い。


 …躱しながらでの切断は難しいか。


 しっかり踏ん張れれば切り落とせるとは思うが、捌きながらでは無理だ。

 考えながらも体の回転は加速する。

 敵を見て、敵を観る。 攻撃を躱し、攻撃を返す。


 集中力が上がっていくのを感じる。

 見える見える見える見える。 敵の動きが引き延ばされたかのようにゆっくりに見えて来た。

 いつもの事だ。 こうなった僕に負けはない。 見たか! 僕は強い! 僕は強い!


 目の前のライリーは全身を血に塗れさせ息は荒くなっているのが見える。

 そろそろだ。 次の大振りを誘って、首を落とす。

 斬撃を繰り出してわざと隙を見せる。

 

 ライリーは僕が作った隙を逃さず、目に怒りを宿らせて大振りの斬撃。 来た。

 これで――。


 「…はぁ、ライリー。 後で折檻ですよ?」


 ファティマが溜息を吐きながらそう呟く声が耳に入り。

 激痛。

 

 「…な、に?」


 何が起こったのが理解できない。

 腕が肩口から切断されていて、血が噴出している。 次の瞬間に激痛が脳天を貫く。


 「が、あぁぁぁ…」


 痛みに声を漏らしながらも、脳裏には疑問が渦を巻く。 斬られた? いつの間に? どうやって?


 振り返るといつの間にか鎧を着た者が僕の後ろに立っていた。

 どこから現れた? どうして? どうやって?

 更に無数の疑問符が思考を埋め尽くすが、そんなモノはその襲撃者の姿を認識した瞬間に消し飛んだ。

 

 白を基調とした細身の全身鎧に闇を凝縮したかのような漆黒の剣。


 白雨の鎧に濡羽の剣。


 ここにある筈のない物だ。

 何故ならあれは行方不明のヴォイド聖堂騎士の――。


 「何故……何故なのですか! 何故あなたがここに居るのですか!? ヴォイド聖堂騎――」


 衝動的に疑問が口から零れるが、それと同時に後頭部に衝撃。

 殴られたと認識した時にはもうどうにもならなかった。

 頬に触れる地面の感触を最後に僕の意識は途切れた。


 

 


 聖騎士相手に動揺を誘うにはディランの鎧は最適でした。

 お陰で完全に無防備になってくれたので楽に捕縛できましたね。

 聖堂騎士を昏倒させたライリーは肩で息をしていますが命に別状はないでしょう。


 「…ふう」


 目の前で馬鹿な聖堂騎士が崩れ落ち、完全に意識を失った事を確認すると私――ファティマは小さく息を吐きました。

 備えは怠っていませんでしたが、実際に使う事になると面倒なと不快になりますね。


 取りあえず他は居ないようなので、地面に転がっている聖堂騎士は武装解除後に最低限の治療を施して拘束、壁の外に居るであろう部下の聖騎士達の対処ですが…。

 探りを入れて来るのは目に見えていますから、妙な動きをする前に処分するしかありませんね。


 損害はモスマンが四。

 聖堂騎士一人を討ち取る必要経費と考えると悪くはないのでしょうが、ライリーが先走って奇襲をかけさせなければ失う事はなかったので、面白くはありませんね。


 ライリーは戦士としては優秀ですが、指揮官としては二流…いえ、三流と言った所でしょうか?

 あっさり返り討ちに遭っているのを見ると、トラストに鍛え直させる必要がありますね。

 私は内心でライリーの評価を大きく下げました。


 ロートフェルト様がお戻りになられるまで、後五~六日と言った所でしょうか?

 余計な荷物を連れているようなので数日遅れると考えた方が良いかもしれませんね。

 マルスランの部下と思われる聖騎士、聖殿騎士が約五十。


 奇襲をかけてさっさと片付けてしまいましょう。

 できれば避けたかった事態ではありますが、想定内ではあります。

 戦力はシュリガーラ、ジェヴォーダン、モノスが合計で百五十も居れば充分でしょう。


 指揮官を欠いている以上、容易く瓦解する筈です。

 損失の補填も行いたいので、可能な限り生け捕りにし、装備品、物資はすべて回収。

 尋問はロートフェルト様が戻った後でいいでしょう。

 

 私は<交信>で指示を飛ばすと、無事なシュリガーラ達とディランにライリーの治療とマルスランを運び出すように命じてその場を後にしました。

 

 …それにしても…。


 遺跡の件ですか。

 内心で歯噛みする。 ズーベルの一件がここまで尾を引くとは予想外でした。

 恐らくは依頼を打ち切った事で冒険者ギルドからグノーシスに情報が漏れたのでしょう。


 打ち切った事は失敗だったかと言われると微妙な所ですね。

 一定期間、成果の報告のない依頼は調査が入るので、どちらにしても何らかの形で露見した事でしょう。

 ロートフェルト様自身が狙われている訳でないのが、不幸中の幸いと言った所でしょうか?


 …その辺りはマルスランから吐かせる必要がありますが…。


 外の連中の処分が済めば、時間は稼げるでしょうが残りの二人が戻って来る可能性があります。

 クリステラとエルマン。

 見た所、マルスランよりは格上でしょうし、功名心に駆られて無謀な行動をするような感じもしません。


 厄介ですね。

 

 …でも…。


 「ふふ」


 私は小さく笑みをこぼします。

 皆殺しにしても問題はありませんよね?

 幸いにもロートフェルト様が犯人(・・)を用意してくださるようですし、来るのなら迎え撃とうではありませんか。


 オラトリアムを狙う薄汚い羽虫共め。

 我等の地に土足で踏み込んだ事を命を以って償わせてあげましょう。


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