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パラダイム・パラサイト   作者: kawa.kei
8章

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204/1442

203 「聖務」

続き。

 メドリーム領 ウィリードにあるムスリム霊山頂上のグノーシス教団が保有する施設の一つ。

 その中で事務棟と呼ばれる建物の一室。

 

 部屋の中央にはでかい執務机に高く積まれた書類。

 その机に向かっているのは神経質そうな顔をした男。


 目は少し血走っており、表情には疲労の色が濃い。

 スタニスラス・エタン・アルテュセール聖堂騎士。

 ここの責任者の一人――主に事務関係を受け持っている。


 「良く戻って来てくれた」


 やや掠れた声でスタニスラスはそう言う。

 俺は肩を竦めクリステラの嬢ちゃんは小さく頭を下げ、マルスランの坊ちゃんは身を固くする。

 

 「早速ですが我々を呼び戻した理由を伺っても?」

 「…君らしいな、クリステラ聖堂騎士。 本題に入る前に簡単な話を済ませよう。 まずは、君から要請を受けた物資などの手配は済んだが、量が量なのでこちらの貯蓄をかなり圧迫している」

 「それは……」

 「いや、言わなくていい。 君の行為は正しいし、文句を言うつもりは毛頭ない。 だが、無い物は出せないと言う事も理解しているね?」

 

 俺は横でスタニスラスの話を聞きながら、内心で逃げ出したくなった。

 こいつがこんな回りくどい話の仕方をする時は大抵ろくでもない案件だからだ。

 

 「そこで、だ。 君達三人に頼みたい聖務は二つある。 オラトリアムは知って居るかね?」

 「……メドリーム北西にある領と記憶しておりますが…」


 …オラトリアム? あぁ、あのぱっとしない所か。


 ティアドラス山脈に面しているこの国の果てにある領だ。


 正直、山脈に面している領は収益よりは防護壁の役割が強い。

 あの山々はゴブリンを筆頭に亜人種の住処だ。

 どれだけいるかもわかった物じゃない危険な地で、連中は奴等を山脈に押し留める事を強いられる。


 降りて来るかもしれないゴブリン共の脅威に晒されているので、傭兵などを常に雇っておかなければならない、二重の意味で外れの領だ。

 加えて国に税も納める必要もあるから、領主の苦労が偲ばれる。


 中でもオラトリアムは特に知名度が低い。

 ぶっちゃけた話、これと言った特産がないからだ。

 正直、名前が挙がるまで忘れてたぐらいだからな。


 その認識は俺達の中でも共通で、クリステラの嬢ちゃんも訝し気な表情で、マルスランの坊ちゃんに至っては「何処だっけ」と言わんばかりの顔だ。

 

 スタニスラスは机の引き出しから赤い果物を取り出すと机に置く。

 重い音を立てて果物が机に乗る。


 …何だ? 音が重い?


 「プミラ…ですか?」

 

 俺は何も言わずに机に乗った赤い果物を持ち上げて眺める。

 普通の物より色が濃く、重たい。

 匂いを嗅ぐが、危険な感じはしないな。


 俺は腰の短剣を抜いてプミラを少し切り取って果肉を口に放り込む。

 

 …何とまぁ。


 「驚いたな。 こいつは本当にプミラか? 味が全く違う」


 言いながら残りをクリステラの嬢ちゃんへ投げ渡す。

 彼女はスタニスラスに確認を取り、俺と同様に切り取って口に含む。

 マルスランの坊ちゃんもそれに倣う。


 「…これは…」

 「凄い…」


 甘さもさる事ながらも瑞々しく後味も悪くない。

 何だこれは?


 「こいつが良質な果物ってのは分かったが、それがどうした?」

 「産地がオラトリアムなのだ」


 なるほど。


 「どうやったかは知らんが、ここ最近オラトリアムの発展は目覚ましい。 金や物の流れも凄まじく、つまりは――」

 「布教して来いって事か」

 

 やだねぇ本当に。

 俺は隠しもせずに溜息を吐く。


 要は金をせびりに行くんだろう。

 今までは見向きもしなかった癖に羽振りが良くなればこれだ。

 俺が向こうならいい顔はしないだろうな。

 

 …まぁ、だからこそこの面子か。


 聖堂騎士という地位のある人間を送り込んでの交渉。

 相手も相応の対応を取らざるを得んだろうな。 三人も必要なのかは怪しい所だが。

 スタニスラスも察しているのか表情は明るくない。

 

 「本来なら時間をかけたい所ではあるのだが…余裕がなくてな」

 「分かりました。 オラトリアムに協力を呼び掛けると言う事ですね。 それともう一つと言うのは…」


 スタニスラスが居住まいを正す。

 どうやらこっちが本題か。 ああ、嫌な感じだ畜生。


 「それなんだが……これは未確認の情報で、はっきりした事は分からないと言う事を念頭においてくれ。 オラトリアムに正体不明の魔物が現れたと言う噂があってな。 その真偽を確認して欲しい」

 

 ほら来た。

 情報のない魔物の調査とか俺が一番嫌いな案件だ。

 俺みたいな準備に力を入れる奴からすれば対策が練れない類の状況は可能な限り避けたい。


 「スタニスラス聖堂騎士。 もう少し詳しく聞かせて頂きたいのですが、それは新種…と考えても?」

 「いや、それすら不明だ。 話の出所も街の噂の域を出ん代物だが、今回オラトリアムに出向く事だし念の為に調べて欲しい。 ただ、新種の魔物を発見した場合は研究の為、必ず生け捕りにする事を徹底して欲しい」


 絶対嘘だ。 断言できる。

 オラトリアムへの交渉は二の次で本命はこれだと俺は確信していた。

 だが、理由は何だ? 嫌な予感がする。


 当たって欲しくない予感が。

 確認、するべきなんだろうなぁ。


 「そりゃ、その魔物とやらを調べる事も含まれるって事か?」

 「そうなる」


 俺達のやり取りを聞いて、隣のクリステラが納得するように頷く。


 「分かりました。 では連れてきた皆を休ませたいので、二日後にオラトリアムへ発ちます」

 「うむ。 すまんが頼む」


 物分かりが良いお嬢さんだよ全く。

 話が纏まって、嬢ちゃん坊ちゃんは挨拶して退出しようとしているが、俺はそうはいかない。


 「スタニスラス。 久しぶりだし後で飲まないか?」


 俺はグラスを煽る仕草をする。

 それを見た奴は俺の意図をすぐに汲み取ると小さく頷く。


 「構わんよ。 夜になったらここに来い。 一晩は無理だが少しなら付き合ってやる」

 「悪いな」


 そう言って俺は先に退室した二人の後を追った。






 「……取りあえず、説明してもらおうか」


 場所は変わらずスタニスラスの執務室。

 時間は夜。 窓から差し込むのは日光ではなく月光だ。

 室内の光源は魔石を利用した照明が数点。


 あの後、二人とは適当に理由を付けて別れた後、夜を待ってここに戻ったと言う訳だ。


 俺とスタニスラスは執務机を挟んで向かい合っていた。

 机の上にはグラスが二つと酒の入った瓶が一本。

 

 「…まぁ、取りあえず飲め。 面白くもない話だから飲まないとやってられん」

 

 スタニスラスはグラスに酒を注ぐ。

 橙色の液体が並々と注がれ、それぞれグラスを手に持ち小さくぶつける。

 お互いに「乾杯」と口にして煽る。


 甘味と爽やかな喉越しが素晴らしい。

 美味い。 それにこの甘みは――。


 「例の果物を使った酒か」

 「あぁ、あそこは随分と手広くやっている」 


 そう言うとスタニスラスは椅子に体を預けた。


 「さて、何から話した物か…」

 「まずはこの話の裏からだ」


 取りあえずはすっきりしておきたい。


 「……まぁ、お前の事だから察していただろうが、二つの依頼は後者が本命だ」


 …だろうな。

 

 そうでもなければ三人も送り込む必要がない。

 わざわざ複数用意したのは戦力としての役割を期待しての事だろう。


 「…お前なら知って居るかもしれんが、奇妙な言語を操る魔物の話を聞いた事があるか?」

 「あぁ、実際に出くわした事はないがな」

 

 眉唾かとも思ったが、長くこの組織に居ると色々と知りたくない情報が耳に入る。

 稀に一部の聖堂騎士に特定の魔物の捕獲任務が与えられるのは聞いた事があった。

 選ばれるのは戦闘力が高い者ばかりで、死亡して帰還という話も耳にした事がある。

 

 …それがどうしたっていうんだ? 


 「……去年の話だが、冒険者ギルド経由で情報が入った。 オラトリアムで遺跡が見つかったとな。 調査に入った冒険者は行方不明、恐らくは遺跡で死亡したと思われるがその後、依頼主の主人から依頼を取り下げる旨の話が来たのでその件は終わりだったのだが、主人というのが…」

 「オラトリアムと?」

 「正確にはその婚約者であるライアードのご令嬢……と言うか現当主だな。 依頼が破棄された事で情報がこっちに流れて来た」


 ライアードは確かオラトリアムの隣の領だったな。

 現当主が令嬢? どういう事だ?


 「何? 代替わりでもしたのか?」

 「詳しくは知らんが、不祥事があったので両親は退陣、次女である現当主が仕切る事になったらしい」


 …何ともキナ臭い話だ。


 次女って所がまた怪しい。


 「その直後くらいか、オラトリアムの景気が上向きになったのは…」

 

 実際は上向きなんて次元の話ではなかったらしい。

 例の果物を信じられない短い周期で次々と出荷して、傾いた財政を立て直し、数多の商会と関係を結び、一代どころか一年で大きく発展させたのだ。


 それに加えて、最近では武器まで取り扱うようになり、凄まじい勢いで収益を伸ばしているらしい。

 

 「そのライアードの現当主の手腕は分かったが今回の件とどう繋がる?」

 「上はな、その遺跡とやらでライアードの当主が何かを得たんじゃないかって考えているようだ」

 「何か…ねぇ?」


 えらくふわっとした話だな。

 そんなあやふやな情報で戦力を送り込む?

 察するに遺跡が魔物と絡んでいると? 話が読めんな。


 「その遺跡とやらに例の喋る魔物が居るってのか?」

 

 何でまた喋る魔物に興味があるのかね? 芸でも仕込むのか?

 スタニスラスは握り拳位の大きさの魔石を取り出すと魔力を流す。

 何かが空間を満たすのを感じた。

 

 「盗聴除けか」

 「あぁ、ここからの話は他に漏れると本当に不味いんだ、だから心して聞いてくれ」

 

 俺が頷くとスタニスラスは話を再開する。


 「お前は"異邦人(エトランゼ)"を知って居るか?」

 「あぁ、あの胡散臭い連中だろ?」


 異邦人。 

 全員が聖堂騎士という破格の待遇を与えられた集団で、聖騎士や聖殿騎士と言った過程をすっとばして任命される「選ばれし騎士」、出自どころか誰も鎧兜を脱がないので顔すら見た奴が居ないという奇妙な連中だ。


 …おいおいおいおい。


 そこまで聞いて嫌な想像が頭に浮かぶ。

 話の流れ的にはそれしかありえないだろう。 そうでもなきゃ異邦人の話なんてしない。

 ヤバい話ってのは分かっていたが、想像以上だな。


 「…まさかその喋る魔物が異邦人の正体だってのか?」

 「……そのまさかだ」

 「確かに他所には流せん話だな」


 聖騎士の頂点たる聖堂騎士。 その正体が魔物。

 性質の悪い冗談みたいな話だが、外に知れたら騒ぎなんてものじゃないな。

 異邦人の構成人数等は謎に包まれているが、少なくとも一人や二人じゃない筈だ。


 「そんな数の魔物飼い馴らして上は何をしようっていうんだ?」

 「分からん。 異を唱えて背信行為と取られるのも割に合わんから黙って頷いておいたが、上の連中に対する執着は異常だ。 今回、私が責任者と言う事で事情を知らされたが、過去にその近辺で喋る魔物を取り逃がしたという記録があるらしい」

 「過去って…その口振りからすると相当経過しているんだろ?」

 「あぁ、だがそんな事は関係ないらしい。 可能性があるのならいかなる犠牲を払ってでも捕らえよとの仰せだ」


 事情は分かったが話が一気にややこしくなったな。

 主目的が魔物の捕獲と言うのなら、オラトリアムを調べる必要が出て来る。

 例の魔物を囲っている可能性があるからだ。


 「……色々と文句を言いたいが、お前に言っても仕方がないか。 他の二人には?」

 「出来れば知らせずに済ませたいが、最後の判断はお前に任せる」


 …知らんならそれに越した事はないか。

 

 つまり俺の仕事は、あの二人に事情を伏せたまま、魔物の捕獲に動く様に誘導するって事か。

 クソが! 本当に碌でもない仕事だ!


 「ちなみにこの話はお前かクリステラのどちらかにするように言われていた」

 「…だろうな」


 畜生。 明日の事を考えると頭が痛い。

 全てを忘れて痛飲したい所だが、体調を考えるとそれすらできないと考え――溜息しか出なかった。


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