161 「義兄」
『随分と探したんだけど。どこに居たんだい?』
僕は動揺を悟られないように努めて平静を装って会話を続ける。
ローは軽鎧に黒い外套を羽織っただけの姿で武器は特に持っていない。
欠損したはずの肉体はどうやったのか元通りになっていた。
傍らには何故か地竜と人間?の男が1人、僕を威嚇するように佇んでいる。
「ゴブリン達と友好を深めていたんだ。連中はどっかの耳が長い連中と違って、訳の分からん奴に俺を差し出したりしないからな」
皮肉交じりに肩を竦めて答える。
やはり僕達は見当違いの場所を探していたようだね。
『それはそれは、結果は残念だったけど僕らなりに持て成したつもりだったんだけどね。別に命を奪う訳じゃないんだ、彼等と仲良くするぐらいなら僕らに協力してくれても良かったんじゃないかな?』
彼は答えずに鼻で笑う。
ある意味、当然の反応か。
彼は馬鹿じゃない。グリゴリの下へ行けば自分がどうなるのかも察していたのだろう。
『…所で教えて欲しいんだけど、あの化け物たちは何処から連れて来たんだい?少なくともこの森では見た事が無いんだけど?』
そもそもあの正体不明の魔物は何だ?
どこから連れて来た?
僕は内心の焦りは表に出さずに気軽な調子で質問をぶつける。
「産んだんだよ。お腹を痛めてな」
返って来たのはそんなつまらない冗談だった。
…まともに答える気は無いか。
「こっちも聞きたい事があってな。お前達ハイ・エルフがグリゴリに何かしらの細工をされているのは知って居る。それはお前も同様なのかな?」
ローは今度は自分の番と言わんばかりに質問をしてきたが、内容は不可解な物だった。
細工?何の話だ?
正直、覚えが全くない。
『何を言っているか分からないな?』
「本当に知らんと言うのなら試してみると良い。俺にグリゴリ関連――そうだな。連中の能力や授けられた魔法の事を話してみろ。たぶん口に出せないはずだ」
彼の言葉に訝しみながら当り障りのない事を口に出そうとして――。
『……は……』
…声が出ない。
成程、自分達の秘密はどうあっても外部に漏らしたくないと言う訳か。
ローはこちらをじっと見ていたが僕が声を詰まらせたのを見て視線の質が変わった。
興味から失望へと。
「…やはり全員か。なら本当に生かしておく価値はないな」
僕は素早く、腰に提げていた短杖を構える。
『それは僕も同じだ。生きて捕らえろと言う話だったが、君は危険すぎる。ここで死んで貰うよ!』
やる事は多い、ここで時間をかける訳にはいかないんだ。
「勘違いするな。お前の相手は別で用意している」
『…?』
「是非お前と遊びたいと言う奴が居てな。アブドーラ。好きにしていいぞ」
『なっ!?』
僕の動揺を置き去りにして、隣の地竜が小さく鳴くと、ローの隣の空間が揺らめいて何かが滲み出るように現れた。
「久しいな。リクハルド」
『義兄さん…なのか?』
エルフとゴブリンとでは寿命の長さが違う。
当然ながら老いの速度も同様だ。
僕は生まれてから60年ほど経つ。
義兄は僕とそこまで年齢の開きはなかったはずだ。
ゴブリンの寿命に関して詳しくはないがエルフ程長命ではないのは確かで、目の前の義兄はとっくに全盛を越え老齢に達している。
だが、目の前にいるのは本当に義兄…いや、ゴブリンなのか?
元々、緑に近かった体色は更に深さを増し、皮膚は魔物の様に硬質化。
体格はゴブリンの中でもかなりいい部類ではあったが、更に巨大化しており、僕の6~7割の身長しかなかった背の高さは今では僕より二回りは大きい。
筋肉量も最後に会った時の倍じゃ効かない事になっており、オークかトロールと言った方がまだ腑に落ちる体躯だ。
はっきり言おう。別人…いや、別の種族にしか見えない。
『に、義兄さん…その姿は一体…』
声が震えるのが自分でも分かる。
「貴様を滅ぼす為に主より賜った力だ」
言いながら腰に下げた肉厚の曲剣を抜くとゆっくりと構える。
その動きは長年見慣れた義兄の動きだった。
間違いない。本人だ。認めざるを得ない。
だが何故だ!何故そこまでして僕達を憎む!?
『どうしてだ!どうしてそこまで…!』
思わず言葉が出てしまう。
「貴様がヒロノリ様を裏切ったからだ」
義兄の言葉は最後に聞いた事と同じで、それが全てと言わんばかりの口調だった。
『僕も好きで裏切った訳じゃない!仕方がなかったんだ!』
当時の僕等の生活はギリギリだった。
この森に甘えは許されず、弱い事は死に直結する。
僕達を狙う魔物は後を絶たず、長い事脅かされ続けて来た。
それだけならあの誘惑には乗らなかっただろう。
だが、僕に……家族が出来たんだ。
妻が、そして僕の子が…。
僕は僕の家族を守らなければならなかった。
実の両親が僕にそうしてくれたように。
守る。その為には力が必要だった。
どんな物も撥ね退ける大きな力が。
だからこそ僕はグリゴリの手を取った。
義父の仇の同類であろう事は話してすぐに察しは付いたさ。
当時の……いや、今でもそうだが、僕には全く以て関係のない話だ。
重要なのは力を得る事が出来るか否だ。
彼等は約束事を遵守する。
そう言う契約だ。
だから僕達は「魂」を捧げ…いや、売った。
お陰で僕の家族は守れ、向こう千年の生活と安全は保障された…筈だったのに…。
それを脅かすのが、捨て去った物だと言うのは皮肉としか言いようのない事だ。
…やはり、あの時に殺しておくべきだったか。
あの時、僕は義兄を誘った。断られるのは百も承知だったが、できれば理解と納得をして共に手を取り合えればとの思いを捨てられなかったのだ。
断られた場合、義兄の性格だ。僕達を許さないだろう。
だからこそ、憂いを断っておく必要があった。
そう思っていたが、最後の最後で家族の情が僕を阻んだ。
家族を裏切って家族を守ったのに、その家族に今を脅かされる。
本当にこの世界は皮肉が効いてるよ。
…やるしかない。
僕は目の前の敵を仕留める為に杖に魔力を込め始めた。
ゴートサッカー。
俺がアブドーラを改造した際に付けた名称だ。
由来は南米で多数目撃された吸血する未確認生物でチュパカブラと言う名前の方が有名だろうか。
一応、量産案はあったが作るのに手間がかかるので、比較的簡単なモノスを量産する事にしたのだが、試せる場があって助かったよ。
今回、アブドーラの脳には手を付けていない。
…とは言っても体内に魔法起動用の予備脳が複数仕込んである。
こいつは戦闘の補助と裏切った時に肉体の制御を奪う安全装置も兼ねている。
家族の情とやらを発揮してリクハルドを殺す事を躊躇った場合は容赦なく肉体の制御を奪って確実に殺すように命じておいた。
これで負けない限りは問題ないだろう。
リクハルドも王と言う地位を与えられている以上、何かしらグリゴリに与えられている可能性がある。
勝敗は今の所、何とも言えんな。
正直、見ておきたい所だが俺は忙しい。
兄弟水入らずでやってくれ。
後ろで戦闘が始まった気配を感じながら俺は傍に置いている、サベージとトラストを連れて神殿へ向かう。
どうもグリゴリが使う肉体は全て神殿に集まっているようで、あそこを潰せば勝負は決まったような物だ。
その上空ではグリゴリに憑依されたハイ・エルフが俺の用意した切り札と戦っているのが見えた。
アクィエル。
以前、オールディアに現れた悪魔だ。
作成に当たって要求される素材の量が半端ではなかったので、完全再現せずに妥協した。
結果として劣化品にはなったが、ある程度の能力は備えている。
戦った時はほとんどゾンビみたいな有様だったが、こうして完品を見ると狼のような頭に山羊のような角。
足は蹄で、全身は黒い毛並みに覆われており、デザインとしてはシュリガーラに近い。
…どちらかと言うとバフォメットって奴の亜種になるのかな?
あれは頭が完全な山羊だっ…いや、羊だっけ?…思い出せん。まぁいいか。
サイズは妥協して本来の3分の2程で、能力は再現度4~6割かな?
取りあえず、以前に使った周囲を覆う黒雲と死者の使役はできているようだが、弾け飛んだり使い切って死んだハイ・エルフの死体は甦る気配がない。同様にこちら側の戦力もゴブリン以外は死んだままだった。
後者に関しては何となくわかるが、ハイ・エルフは起き上がらない所を見ると魂を抜かれているのか?
逆にエルフは起き上がっている以上、細工はされていないようだな。
空に浮かぶ星と月と言う光源を失い、アクィエルの霧で周囲の闇はさらに深くなる。
エルフ達は魔法で視力に補正をかけているようだが、そんな事にリソースを割く余裕はあるのかな?
因みにこちらは夜目が効かない奴は居ない。
何もせずに支障なく動ける分、色々と効いて来るだろう。
戦場の方ではちょうど隠れていたモスマン達が上からエルフ達に襲いかかるのが見えた。
同時に後続のシュリガーラ達が突撃をかける。
連中は奇襲と並行して光源になりそうな松明等も優先して狙っているので、連中は視界が悪い中で光源を守り、その上で同士討ちに気を使いながら動くと言う枷をいくつか嵌められることになる。
視線を戦場から神殿に戻すとアクィエルがグリゴリ数体相手に奮戦しており、既に数体仕留めている…いや、あれは自滅か。
こちらと違って連中には制限時間がある。
それに加えて、この黒雲は連中の力を吸い取って弱め、自分達の力を高める効果があるらしい。
自分ではなく自分達だ。
その辺は自分で制御できるらしく、敵から奪った力を味方にも還元しており、味方の支援に貢献している。
…何と言うかいるだけで便利な奴だ。
実際、俺の方にも多少だが流れてきており、ちょっと体の調子がいい。
とは言っても数が多い以上、任せきりにするのも不味い。
やられてしまえば流れが一気に傾くからだ。
だからこそ俺が今のうちに神殿を抑えに行っているのだがな。
視界の端でハイ・エルフが全身から派手に血をぶちまけて落ちる。
アクィエルは健在だが体のあちこちにダメージを受けており、一部の傷は深い。
神殿から新しい憑依されたハイ・エルフが飛び出して戦線に加わる。
一気に投入せずに逐次投入か。
使えばほぼ確実に死ぬ上にハイ・エルフは個体数が少ない。
出し惜しみをせざるを得んわけだ。
可能な限り手間をかけただけあってここまでは順調だが、油断せずに行こう。
大した距離でもなかったので神殿にはすぐに到着。
俺は気を引き締めつつ扉を蹴り開けた。




